OECDと東南アジアとの協力の機運の高まり


OECD東京センター所長 上田奈生子

 OECDは、より良い政策がより良い生活を実現するとの信念の下、幅広い分野について、時には分野横断的に、優先度の高い政策課題を先見し、質の高いデータに基づき分析し、世界中の英知を集めて議論・相互学習・啓発しながら合意を形成し、国際的スタンダードを設定している。スタンダード実施のためのツールの提供や能力構築支援も行っている。加盟国に加えて、関心と意欲のある非加盟国もこれに参画する機会を提供されている。OECD/G20BEPS(税源浸食利益移転)包摂的枠組み、OECD/G20コーポレート・ガバナンス原則、OECD/G20質の高いインフラ原則、OECD/G20AI(人口知能)原則等、OECDが設定したグローバルにインパクトのあるスタンダードの例は、枚挙に暇がない。

 本稿では特にOECDの東南アジア関与強化の取り組みを中心に紹介し、その中でOECD東京センターが果たす役割についても述べたい。

 OECDの加盟国は現在38に上る。近年では旧東欧や中南米からの加盟も増えており「先進国クラブ」のイメージも今は昔である。しかし、アジアからは日本(1964年加盟)、韓国(1996年加盟)以降、加盟が実現していない。こうした中、OECDは2007年に東南アジアを戦略的優先地域に位置づけ、2014年閣僚理事会(日本議長、安倍総理)で東南アジア地域プログラム(SEARP、読みはシアラップ)を創設した。日本は創設前から指導力を発揮し、インドネシアとともに初代SEARP共同議長を務め、その後も一貫してビューローの一員として貢献している。共同議長はその後、韓国とタイ、豪州とベトナムが務め、2025年6月OECD閣僚理事会を機にカナダとフィリピンに引き継がれた。

 SEARPは地域の統合と連結性を強化し、国内改革の優先事項を支援し、OECDスタンダードに近づけるために、OECDと東南アジア諸国の政策立案者との間で好事例の共有と相互学習の促進を行っている。13のワークストリームから構成されており、その内訳は、6つの地域政策ネットワーク(①税制、②優れた規制慣行、③投資、④持続可能なインフラ、⑤中小企業、⑥教育と技能)と、6つの地域政策ネットワーク(⑦イノベーション、⑧貿易、⑨競争政策、⑩グリーンな回復、⑪観光、⑫ジェンダー)、および⑬東南アジア・中国・インド経済アウトルック(OECDが毎年発表するこの地域の主要な経済評価))である。ASEAN、ADB、UNESCAP、APECとの協力も着実に進めており、特にASEANについては、2014年以来、OECDは、官民連携の公共ガバナンス原則に関する勧告、良い規制慣習や中小企業とデジタルに関する地域ネットワークの取り組み、起業家精神指標、競争査定ツールキット、海洋経済に関する取り組み、ASEAN中小企業政策インデックス等の提供を通じて、歴代のASEAN議長国の成果に貢献しており、これは、OECDとASEANのスタンダードの収斂にも資するものとなっている。

 SEARPはビジネスの参画にも定評がある。2022年にはOECD・東南アジア・ビジネスネットワークが設立され、OECDのビジネス諮問委員会(BIAC)とASEANビジネス諮問委員会のメンバー(ABAC)を結集して、SEARPに対する民間部門の視点を提供している。

 こうした息の長い関与が功を奏し、2023年7月にインドネシアがOECD加盟を申請、2024年2月にタイが加盟を申請し、2024年2月、6月にそれぞれの加盟審査プロセスが開始した。同年5月、10月にそれぞれにロードマップが手交され、2025年6月閣僚理事会に際してインドネシアからOECDにイニシャル・メモランダム(自己アセスメント)が提出された。現在、両国の加盟プロセスを促進するための様々な取り組みが進められている。(なお、現在、他にアルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、クロアチア、ペルー、ルーマニアが加盟審査プロセスにある。)

 加盟の利点としてOECDが挙げるのは主に4つある。第一に、OECDの専門知識、経験、ベストプラクティスの利用を通じて国内改革への支援を受けられること。第二に、最先端の課題についてのグローバルな議論、OECDスタンダードの策定や改訂への参加の機会を得られること。第三に、グローバルレベルでの政策調和を通じて自らの効率性を向上できること。第四に、国内外の投資家の信頼を向上できること。加盟プロセスにおいては、25の専門委員会により幅広い政策分野を対象とした詳細なレビューが行われ、OECDの法的文書を実施する国の意欲と能力、OECDのベストポリシーやベストプラクティスと比較した当該国の政策や慣行の評価が行われ、それらに合わせるために行動するよう勧告が行われる。加盟国となるには、OECDの基準やベストプラクティスとの整合性を高めることを目的とした複数年にわたる技術的対話が必要であり、これがその国の経済発展に必要な構造改革への触媒となることから、OECD加盟の価値は、そのプロセスそのものにもあると言われる。

 なお、関与強化には加盟が唯一の方法ということではなく、その他にも様々な手段がある。一つ目は国別の協力。例えばタイとは今回の加盟申請に先立ち2018年から国別プログラムを実施しており、現在は二期目として、良いガバナンス、ビジネス環境・競争力、社会包摂・人的資本開発、グリーンな回復を柱とした協力を実施中である。また、ベトナムとは2022年に覚書を結び、経済審査、多元的国別レビュー、海外直接投資の質的レビュー等様々なプロジェクトを通じて、ベトナムの経済発展に重要な貢献をしている。さらにシンガポールとも2022年に、デジタル貿易、サプライチェーン強靭化、貿易と持続可能性等を対象とした覚書を結んでいる。また、2025年1月にはフィリピンとも、インフラ、競争、デジタル・ガバナンス、環境等を対象とした覚書を結んでいる。その他、ASEAN、ADB(アジア開発銀行)、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)、JICAとも覚書(JICAとは協力覚書)を結んでおり、関係強化を進めている。

 関与強化の方法の二つ目は、委員会、作業部会、グローバル・フォーラム等への参加である。実際、東南アジアの国々の多くはこうした会合に参加しており、自国の関心課題(例:サプライチェーン強靭化、貿易と持続可能性、デジタル貿易等)との関係で委員会(この例の場合は貿易委員会)への参加に大きなメリットを感じているとの声も聞かれる。こうした声の背景には、WTO、APEC、ASEANなど国際的場裏における議論にOECDがエビデンスと専門知識に基づく質の高い分析をもって果たす影響力への高い評価がある。

 2024閣僚理事会(日本議長、岸田総理)におけるOECD 東南アジア地域プログラム(SEARP)の 10 周年記念も、重要なマイルストーン(里程標)であった。インドネシアとの加盟審査を開始し、タイからの加盟申請を歓迎するという歴史的な会合となった(前述のとおりタイもその後2024年中に加盟審査を開始)。日本は議長国として「日本OECD・ASEANパートナーシップ・プログラム」(英語の略称でJOAPP)を表明し、存在感を見せた。なお、同閣僚理事会ではOECDのインド太平洋戦略枠組み(2023年採択)の実施計画が歓迎され、インド太平洋地域における OECD の基準とベストプラクティスの更なる普及へのコミットメントが共有された。
 日本は、資金面その他の協力に加えて、首脳外交を通じてもOECDの東南アジア関与強化を支援し、際立つ存在感を見せている。2025年1月、石破総理はインドネシア訪問時の首脳会談や地元紙への寄稿を通じてインドネシアのOECD加盟への支持を表明した。また、2025年4月、石破総理はベトナム訪問時の首脳会談でベトナムのOECDとの更なる関係強化への後押しを表明した。さらに、2025年5月、石破総理と訪日中のカンボジア首相との首脳会談及び共同声明で、OECDを通じたビジネス環境改善に言及した。

 こうした関係者の一連の努力に支えられてOECDと東南アジアの信頼関係が深化した結果、2025年5月のSEARPフォーラム(於:バンコク)は、東南アジア関与の機運のこれまでにない高まりを多くの参加者に実感させるものとなった。

 会合では総括として、OECDと東南アジアの協力は双方向で相互に裨益するものであること、貿易、投資、教育、腐敗防止、AIとデジタル技術、持続可能性、責任ある企業行動、優れた規制慣行、インフラ、クリーン・エネルギー、資金調達、制度改革等、協働できることは沢山あること、多国間協力は最も差し迫ったグローバルな問題に効果的に対処するための最良の方法であり、OECDはコンセンサスに基づくデータ主導の技術的な組織として現在の地政学的な複雑さの中にあってもアジェンダを前進させるのにふさわしい立場にあること、さらに、透明性と予測可能性を重視し投資と成長を促進するビジネスの声に耳を傾け続ける必要があること等が確認された。

 なお、2025年6月のOECD閣僚理事会(コスタリカ議長)では東南アジアは主要議題ではなかったものの、にもかかわらず東南アジアからインドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、ベトナムの閣僚、ASEAN事務局長、ASEAN議長国(マレーシアWTO大使)が参加し、議論に活発に参加したことは注目に値する。

 最後に、東京センターの役割について付言したい。

 OECD東京センターは、1973年設立以来、対日広報、出版物販売、照会対応が活動の中心であったが、2024年に広報局から対外関係・協力局に所属替えとなり、新たに東南アジア関与強化の地域拠点(ハブ)として機能することとなった。(対日広報等は本部広報局に移管された。)勿論対日関係は依然として重要な業務であり、事務総長や事務次長はじめ幹部の訪日に際しては引き続き外務省や関係省庁のご協力を得ながら支援業務を行うが、軸足が代わり、現在は以下の三つを活動の柱としている。

 第一の柱は、強固なネットワークの構築。日本政府、援助機関、経済団体、労働団体、議員ネットワーク、国際機関、ASEAN関連機関、シンクタンク、さらには東南アジアの国々およびOECD加盟国の大使館を含む、日本を拠点とする政策コミュニティとの信頼に基づいたネットワーク構築を進めている。

 第二の柱は、活力溢れる政策対話の場の提供。質の高いデータと分析は、効果的な政策形成の礎であるとの信念から、OECDの知見やベストプラクティスを共有する政策ラウンドテーブルを開催し、共通の関心事項に関する活発な意見交換を促進している。また、出版物の公表や幹部の来日などの機会を活用し、対話の場をさらに広げ、時宜を得たインパクトのある議論を展開している。

 第三の柱は、知見の共有と発信。ニュースレターの発行や、東南アジアの国々およびOECD加盟国の駐日大使館向けブリーフィングを通じて、政策形成に資するOECDの主要な考察を発信している。日本を拠点とする政策コミュニティとの連携を通じて、OECDの知見をさらに深めることも目指している。

 特に、第二の柱にある政策ラウンドテーブル・シリーズは新生東京センターのフラッグシップ・イニシアティブ(目玉となる取り組み)である。初回は2025年1月、外務省との共催で「東南アジアの持続可能な未来の共創」と銘打ち、外務省から英利アルフィア外務大臣政務官を筆頭に、OECD事務局からは武内良樹OECD事務次長を筆頭に、東南アジアの国々および豪州、カナダからは駐日大使または首席公使と、それぞれハイレベルが登壇し、またフロアには各省庁、関係機関、駐日国際・地域機関、経済団体、企業、シンクタンク、学術関係者など、幅広い関係者の出席も得て、SEARPの進捗状況、加盟プロセスを含むOECDと東南アジアの国々との協力に関する最新の動向や今後の協力の可能性について活発な議論を行った。

 第二回会合は、2025年5月、AI(人工知能)をテーマに、OECD科学技術・イノベーション局(STI)の AI および新興デジタル技術部門(AEIDT)との緊密な協力の下、多くの専門家の出席を得て開催した。AI のメリットを活用し同時にリスクを効果的に管理するための協力について理解を深めるため、前半ではAI の開発・導入・ガバナンスに関する新たな動向・課題・優れた政策事例に焦点を当て、後半では特に農業と災害対応における AI の活用に焦点を当てた議論を行った。東南アジアからASEAN事務局、タイ国立科学技術開発庁、シンガポール情報通信メディア開発庁、シンガポール地球観測所、フィリピン所在の国際稲作研究所(IRRI)、タイ所在のアジア工科大学(AIT)、韓国から国家災害管理研究所、日本から総務省、内閣府、農研(NARO)、東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)、FAOから投資とデジタル農業担当部局の登壇を得たことは、地域色と多様性への深い理解と高い専門性に裏打ちされた議論を可能にした。

 機構再編に伴いOECD東京センターはリソースの削減を余儀なくされたが、ピンチはチャンスである。山椒は小粒でもぴりりと辛い、をモットーに活動を強化中であるので、引き続き関心を寄せて頂ければ有難い。 (了)