G7広島サミットと核軍縮・不拡散


内閣府原子力委員会委員・元軍縮会議日本政府代表部大使
佐野利男

はじめに

 2023年のG7サミットはウクライナ戦争が継続する中、岸田総理の出身地で被爆地である広島で開催された。そしてG7史上はじめて独立した核軍縮文書である「広島ビジョン」が発出された。また、G7の首脳及びゲスト参加したゼレンスキー・ウクライナ大統領、グローバル・サウスの主要国首脳たちがそろって平和記念資料館を訪れ、慰霊碑に献花した。

 今回のサミットで合意された「広島ビジョン」については、日本国内でも様々な意見があるが、現在の国際情勢の文脈でどのように評価されるだろうか。

広島サミットをめぐる国際情勢

 今回の広島サミットは核軍縮にとって逆風の中で開かれた。冷戦後の国際協調の時代は遥かに遠のき、今や国際社会は米中露の大国間競争に時代にある。言い換えれば核軍縮が大きく進展した時代から核抑止、核軍拡の時代にいるといってもよい。また、ウクライナ戦争が続行する中、ロシアの核の恫喝は核使用の閾値を下げ、核兵器の政治的価値を上げてしまった。これにより、これまで国際社会が積み上げてきた核不拡散努力が危殆に瀕している。また、米中対立が中国を急速な核軍拡に走らせ、台湾問題も含め状況を緊迫化している。中国は2035年までに核弾頭を1500まで増す模様で、その狙いは米国との核のパリテティーを求めているかのようだ。また、戦後の安全保障体制の礎であるNPT(核不拡散条約)の運用検討会議が、昨年ロシア一国の反対により最終文書に合意できず失敗した。核不拡散体制の求心力が弱まっている。更に冷戦後核削減を担ってきた米露軍備管理条約であるSTARTプロセスの行方が不透明になっている。ロシアが米国との新START条約に後ろ向きな姿勢を示しているからだ。今回の広島サミットは、このような先が見通せない厳しい国際情勢の中で核軍縮・不拡散につき議論した。

広島ビジョンの評価

 それでは、このような文脈で発出された「広島ビジョン」を見てみたい。まず、積極的に評価しうるのは以下の点だ。

 第一に、「77年間の核不使用の記録」を継続し、「核戦争に勝者はなく、核戦争は決して戦われてはならない」との5核兵器国首脳の共同声明(本年1月)を再確認し、更に「冷戦後の核兵器数の全体的減少は継続しなければならない」ことを明確にし、ロシアの核使用の恫喝や使用の可能性を強くけん制している。

 第二に、G7の安全保障政策の基盤が核抑止にあることを明示した。「我々の安全保障政策は、核兵器はそれが存在する限りにおいて防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」としている。これは言い換えれば、昨今もてはやされている核兵器禁止条約の思想、即ち核兵器や核抑止を即禁止・否定する「規範的アプローチ」をG7としてはとらず、核兵器・核抑止を前提とした現実的な国際情勢認識を基本としている。但し、「核兵器はそれが存在する限りにおいて」との制限句を設け、遠い将来の「核のない世界」を視野に入れていることがわかる。

 第三に、核軍縮推進のためにNPT(核不拡散条約)を軸とした「漸進的核軍縮アプローチ」を採用している。「我々は、(中略)現実的で、実践的な、責任あるアプローチを通じて(中略)核兵器のない世界という究極的な目標」への約束を再確認する、としている。この寓意はやはり核兵器・核抑止を即禁止する性急なアプローチではなく、CTBT(包括的核実験禁止条約)の早期発効やFMCT(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の早期交渉開始などを通じ、核軍縮をステップ・バイ・ステップで進めて行こうという政策を表明している。

 第四に、核戦力や核軍備競争を牽制する上で、核装備の透明性向上が重要であることを指摘している。そのためにNPTの運用検討プロセスにおける核兵器国により提出される「国別報告書」を活用し、非核兵器国との対話を推奨している。これは、取りも直さず、核装備の透明性が最も低い中露へのメッセージである。

 第五に、非核化及び新たな核保有国を防止するため、北朝鮮とイランを特記し、両国を牽制している。

 第六に、原子力の平和利用につき、次世代原子力技術も含め、保障措置、原子力安全、核セキュリティーにおいて各国が「最高水準を満たす責任」を強く求め、特にロシアによるウクライナ原発の管理に深刻な懸念を表明している。また、別途ウクライナに関する首脳声明でも「原子力安全及び核セキュリティー」の項を設け、IAEAの取り組みに対する強い支援を呼びかけている。

 第七に、原発の専用品・汎用品の移転を規制している原子力供給グループ(NSG)のガイドラインに、厳しい査察を含むIAEAの追加議定書の締結を条件とすることや、各国によるプルトニウム管理の透明性を重視するとともに、プルトニウムに加え、民生用高濃縮ウラン管理の必要性につき言及している点が注目に値する。

 第八に、軍縮・不拡散教育において各国指導者のみならず、若者、女性、市民の被爆地訪問に関する様々なイニシアチブやアウトリーチを歓迎している。ユース非核リーダー基金(日)、ヤングプロフェッショナル・リーダーシップ(5核兵器国)などだ。この点は今後被爆地訪問を進め、被爆の実相を世界に広めるうえで評価できる。

建設的批判

 次に、今後に向けた建設的な批判として以下を挙げたい。

 第一は、今回のサミットが東アジアにおいて開催されたにもかかわらず、「広島ビジョン」において中国の核兵器増強への動きなどにつき言及が弱く、危機感・緊迫感が今一つ感じられない。またロシアとの新STARTに言及するなら、今後の米中の緊張緩和に向けて、少なくとも米中戦略対話の緊要性や軍備管理交渉の開始を米中に勧奨する具体的文言が欲しかった。

 第二に、新しい脅威、即ち核兵器関連インフラに対するサイバー攻撃が核兵器国間の戦略的安定を害する危険性につき、これを牽制し、管理し、ルールメイキングする方向での具体的なメッセージが必要ではなかったか。また新たな戦場と言われて久しい宇宙における衛星破壊兵器(ASAT)を含む軍備管理についても言及して欲しかった。

 第三に、「広島ビジョン」は、わが国が毎年国連総会に提出し、圧倒的な支持を得てきた「核廃絶決議」を彷彿とさせ、「手堅さ」を感じる内容になっているが、新たな具体的アクションに欠けるきらいがある。例えば、核使用の脅威と共に緊迫した問題であるザポリージャ原発をはじめとするウクライナの原子力施設防護について具体的な提案ができたのではないか。ゼレンスキー大統領も記者会見で「ロシアは一年以上もヨーロッパ最大の原発を占拠し続け、戦車で原発を砲撃した唯一のテロ国家です。原発を武器や弾薬の貯蔵施設にした人々など他にいませんでした。ロシアは私たちの街をロケットで攻撃するために、原発に身を隠しているのです」として具体的に危機感を表明し、ロシアを非難している。これに対し、G7としてプーチン大統領に近い中国やカザフスタン、ブラジル、インドなどグローバル・サウスの首脳を通じた外交的説得や国連総会を活用した原発防護部隊の派遣、更には原発保有国(39か国プラス台湾)の声を糾合し、戦時における原発の安全確保につき議論を提起するなどの提案ができたのではないか。

 第四に、軍縮・不拡散教育の重要性を主張することは結構だが、その内容につき今一度吟味することが求められる。核廃絶を訴え、署名活動を続けることは重要だが、同時に学生たちが「なぜ核保有国が核を手放さないか」などを考える契機、即ち国際政治のリアリズムを自覚できる内容への進化を期待したい。

 尚、これらの点については、「広島ビジョン」の下敷きの一つとなったと思われる「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」の報告書(IGEPメッセージ、2023年4月)についても言えよう。

おわりに、広島サミットは失敗だったのか

 最後にサミット直後に被爆者や被爆者団体から「サミットは失敗だった」との声が上がった。その理由は、「広島ビジョン」が核抑止の考えに立っており、米英仏の3核兵器国の核については棚上げしていること、核兵器禁止条約への評価や被爆者への言及がないことなどだ。

 このような批判については、第一にサミットを広島で開催することにより被爆者や被爆者団体の期待値を上げてしまったことがあろう。しかし、筆者は逆にそのような重い期待にもかかわらず、G7各国が国際政治のリアリズムを失わず冷静な政策態度に終始し、日本政府が議長国として取りまとめに奔走したことを評価したい。日本政府はこれまで北東アジアの厳しい戦略環境と広島・長崎の経験という重い事実にサンドウィッチにされてきた経緯がある。そして時と場合に応じていずれかに比重を置き、その考えを説明してきた。しかし、問題は畢竟「核抑止による安全保障か核廃絶か」の選択ではない。核兵器が破滅的かつ非人道的な破壊をもたらすものであることは広く認識されているとおりであるが、国の独立と自由を守る価値は核廃絶の価値を超えて優先され、核廃絶を実現する為に国家安全保障政策を害する政策をとることは現状ではあり得ない。この辺りの言説について広島・長崎には、それを憚る独特の言論空間が無いだろうか。

 今回のサミットでは、核軍縮・不拡散につき満点ではないにしても現実的な「広島ビジョン」を発出できたこと、G7の首脳、ゼレンスキー大統領、インド、ベトナム、ブラジルなどグローバル・サウスの首脳たちを招いて核兵器廃絶の理念を掲げ、ロシアによる核使用の恫喝を厳しく非難したこと、またこれら首脳が被爆者慰霊碑に献花し、資料館を訪問し、被曝の実相を具に学んだことなどを公平に評価すべきだ。被爆の実相を知ることは核廃絶のみならず核抑止にも活用できるとの議論はある。しかし、資料館を見学した後、あの筆舌に尽くしがたい惨禍から力強く立ち上がった美しい広島の現状との対比に首脳たちは重いものを感じたに相違ない。広島サミットはこの一点をもって「失敗」などではない。ただ「広島ビジョン」の評価は、今後日本を含むG7が、困難な国際情勢の中で如何に核軍縮・不拡散にリーダーシップを発揮できるか、そのために如何に知恵を出せるかにかかってこよう。

(この論考は筆者の個人的見解を示したものであり、如何なる組織の見解を代表するものでもない)