G20議長国南アフリカの経済外交方針と日本が採るべき外交方針(経済協力を中心に)


前駐南アフリカ共和国大使 牛尾 滋

はじめに
 2024年5月、南アフリカで実施された総選挙は、アパルトヘイト終焉以降30年間政権を担ってきたアフリカ民族会議(ANC)が初めて議会の絶対多数を失う歴史的な結果をもたらした。国内の深刻な社会経済問題や政府の機能不全に対する国民の不満が背景にあり、ANCは10党による連立政権を余儀なくされ(その後1党が離脱)、政権運営の複雑化が進んでいる。ANCの支配力は揺らぎ、南アフリカの政治は転換期を迎えている。
 国内の不安定な状況故か、南アフリカ政府は外交政策において積極的な姿勢を示している。2023年6月、ラマポーザ大統領はアフリカ諸国によるウクライナ和平イニシアティブを率い、和平案を提出。パレスチナ情勢では一貫してイスラエルを非難し、2024年1月には国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。更には、BRICSの枠組みを活用し、国連安保理改革を訴えるなど、国際社会での影響力を高める動きを見せている。
 このような中、2024年12月1日、南アフリカは「連帯、平等及び持続可能な開発」というテーマを掲げ、G20議長国に就任した。同年12月3日のラマポーザ大統領によるメディア向けリマークスでは、アフリカ諸国が初めてG20を主宰する機会であり、南アフリカはアフリカ諸国及びその他途上国の開発優先事項をG20議題に反映させる決意である旨発信された。南アフリカは、G20という主要な国際経済問題を議論する場をどのようにリードしていくのか。
 南アフリカの経済外交政策を理解するには、国内情勢や政治的変化、特にANCの支持基盤の変化や連立政権の形成過程を考察する必要がある。本稿では、これらを踏まえつつ、同国のG20議長国としての政策の方向性について概説した後、日本として南アフリカ、そしてアフリカ諸国に対して展開すべき政策の方向性に関し私見を述べたい。

南アフリカの国内事情
 アパルトヘイト終焉以降、ANCは、国民の解放と経済的平等を掲げることで、長年にわたり単独政権を維持してきたが、近年ではその支持基盤が急速に弱体化している。2004年の選挙では約70%の支持を得ていたが、2024年には約40%にまで支持率が落ち込んでおり、国民によるANCへの不満が顕著に表れている。
 南アフリカの国内問題は多岐にわたる。分配の不平等度を示すジニ係数は63%と世界最高水準で、失業率は全体で32.1%、若年層に限ると60.2%という深刻な状況が続いている。また、高い失業率を一因とする治安の悪化により、世界有数の犯罪率・殺人率を記録し続けている(殺人発生率は世界第2位)。加えて、老朽化した基盤インフラ(電力、水道、道路、港湾等)の整備が進まず、汚職対策も遅々として進んでいない。
 さらにANCを支える伝統的な支持基盤も変化している。ANCはかつてアパルトヘイトとの闘争と南アフリカの解放に関連して労働者階級や歴史的に抑圧されたコミュニティから大きな支持を得ていたが、現在ではこれらの層からの支持が急速に低下している。その背景には、「経済的解放の闘士」(EFF)の台頭がある。この急進左派政党は、鉱山や銀行の国有化や保護主義的経済政策、無補償での土地収用を掲げ、特に現状に不満を抱える労働者や若年層を中心に一定の支持を集めている。
 また、今回の選挙でANCが過半数割れをした主要因と言われているのが、ズマ前大統領が率いる「民族の槍」(MK)の存在である。MKは、ANC左派グループの一部が離脱し設立された党で、主に南アフリカの一大民族グループであるズールー族から支持を集めたことで今次選挙において大躍進を遂げ、ANC、DAに次ぐ第三党に躍り出ることとなった。
 引き続きANCに代わる人種・民族横断的な支持を集める政党の出現は見られないものの、大きく支持を落とすANCにとって重要となってくるのは、伝統的な連立相手である南アフリカ労働組合会議(COSATU)や南アフリカ共産党(SACP)との三者同盟である。この同盟は、1994年に民主化を実現した総選挙にあたり、ANCの得票を確実なものとするために重要な役割を果たし、その協力関係は現在まで続いている。
 しかし、この三者同盟においても、緊張関係が存在する。特にANCは、連立政権内には自由市場主義を標榜する第2政党DAを抱え、またANC内部で市場経済の自由化を推進し外国投資を重視するグループを抱えている一方、COSATUやSACPは労働者階級の利益を守るために保護主義的経済政策を求めており、DAや一部のANCの経済政策に不満を募らせている。また、ANCとしては国内問題解決に向けた成果をあげるべく、例えば失業率の改善に向けて労働市場の規制緩和等を進めようとするが、これに対しては主にCOSATUからの強い反発を招くこととなる。
 国内政策で緊張関係が高まる中、三者同盟の連帯の維持のため、ANCとしては外交政策において解放運動の理念である国家民主主義革命の推進を示すべく、従来からの外交方針・国益観である「汎アフリカ主義」や「反帝国主義」、「反植民地主義」が強調されている。実際にこの方針は、2022年に開催されたANCの第55回党大会(5年に一度開催)で採択された、国家民主主義革命の継続・深化を謳った決議でも確認されている。一方で、近年アフリカにおける南アフリカの相対的な影響力が低下していることには留意が必要である。アフリカ全体を代表し連帯を呼びかける南アフリカの姿勢が、他のアフリカ諸国からの支持を得られているとは言いがたい。
 10もの与党から成る連立政権ではあるものの、依然として最大の政党であるANCは、引き続き財務省、国際関係・協力省(外務省)、電力エネルギー省、貿易・産業・競争省等での大臣ポストを独占し、主要政策の意思決定を行う権限を有する。また、ANCは外務省の閣僚以下主要幹部には政治任用者を置いており、南アフリカの外交政策には、ANCの影響が色濃く反映されている。実際に、AUやBRICSといった枠組みの活用やパレスチナ情勢等への積極的な関与を通じて、南アフリカ大統領府をはじめとする政府機関から、右に挙げたANCの方針に基づいた発信が行われている。ANCによる、国内情勢や支持基盤に配慮した外交方針は、南アフリカとしての外交方針として反映されており、また、その支持基盤の安定が近い将来に見込めないため、今後しばらくの間、こうした方針は変わらないものと思われる。

G20に向けた南アフリカの経済外交姿勢
 こうした国内情勢や外交姿勢を背景として、G20でも、2022年のインドネシア、2023年のインド、2024年のブラジルと続く途上国が議長国を連続して務める最後の年として、開発重視の方針を継続・強化すると見込まれるが、米国の動向をはじめとする国際秩序の影響を受け成果の見通しは判然としない。
 そもそも、現在の南アフリカの経済外交の基本は、SADCやAU等の地域接続性を重視するとともに、中国やインド等の新興国と連携できるBRICSを重視するというものである。南ア政府が2030年までの中長期経済計画として発表した「国家開発計画」(National Development Plan、2012年)でも、SADCやAUとの連携を通じて地域の経済社会開発を進めていく重要性が述べられるとともに、米国や欧州諸国といったいわゆる西側諸国との関係性維持に加え、中国をはじめとする新興国との連携をBRICSを通じて深めていく必要性が明確に言及されている。
 それ故、南アG20議長国のベンチマークとして注目できるのが、BRICSでの議論動向である。例えば、2024年のBRICS外相会合では、インド、ブラジル、南アフリカとBRICS加盟の3か国がG20議長国を連続して務める3年間は、G20プロセスが世界経済における不公平・不均衡・欠点に対処する機会として活用できるとし、BRICS貿易大臣会合ではEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)を非難するなど開発重視の姿勢が前面に打ち出されている。
 ラマポーザ大統領は、南アフリカG20議長国について、上述の本年12月3日のメディアブリーフにおいて、具体的な優先分野として、①気候変動に起因する自然災害への対応、②低所得国における債務の持続可能性の確保、③公正なエネルギー移行のための資金動員、④包摂的な成長と開発のための重要鉱物の利用を挙げた。いずれも、アフリカ諸国の開発を主導するとする南アフリカの立場を象徴するアジェンダである。
 また、南ア側は、悪化の一途をたどる米国との関係改善をG20を通じて行う意向である。一方で、米国のトランプ大統領の当選は、米国の出席拒否によるG20への全体的関心の低下に繋がり得る。トランプ大統領の当選と世界的秩序の劇的変化により、どのような展開になるのか予断を許さない状況である。

おわりに
 本稿では、南アフリカの国内情勢の変化とそれに伴う外交政策の展開、さらに2024年にG20議長国を務めるにあたって掲げる経済外交の姿勢について考察した。国内課題や支持基盤の変化を受けて一層、南アフリカは「汎アフリカ主義」や「反帝国主義」といった従来の外交姿勢を強調している。G20議長国として南アフリカが、アフリカ内での相対的な影響力の低下に直面しつつも、アフリカ諸国やその他途上国の立場を反映した開発重視の議題を打ち出す中、日本は南アフリカ、そしてアフリカ諸国に対して、今後どのような政策を採りうるか。
 まず、対南アフリカでは、南アフリカがG20議長国として掲げる途上国を主導するとの役割を尊重し、かつ、先進諸国が重視するイシューのいくつかは議論の中心となり得ない可能性が高いことを冷静に認識する必要がある。寧ろ、南アフリカ議長のG20や、その後も続く対南アフリカの議論の場では、相手側のニーズに応える形で実を取ることを重視し、日本の開発政策は何たるか、開発政策と貿易・投資をいかに結びつけられるか、よってもって途上国の経済発展にどのように寄与できるかを打ち出すことに注力するのも一案ではないだろうか。この点、G20が打ち出す「成果」を含めて全体的関心が低下するのであればなおのこと、議論の場での発信内容自体にフォーカスを当てることが重要と考える。必ずしも他の先進諸国とその軌を一にしない日本の経済協力の独自性と強み、例えばエネルギートランジションでも現実的なアプローチを採る、自動車産業や鉱物資源といった実体的な産業ニーズが背後にあるといった、実効性ある貢献を発信することが有用と考えられる。
 一方で、その先の議論として、他のアフリカ諸国との関係では、先述の内政や経済事情故に、南アフリカが必ずしもアフリカ全体を主導できている訳ではないとの認識も重要である。そのため、アフリカ全体の開発に貢献するためには、各国との対話を強化するとともに、産業ごとの課題を広域的に把握することで、アフリカ諸国が直面する課題やニーズを細かに理解することが必要である。この点、日本として投入できるリソースには諸大国と比べ最早限りがあることを認識し、どの分野でどのような協力が可能であるか、慎重な見極めを行うことも肝要である。ここでも、例えば、気候変動における適応や、現実的なエネルギー移行など、日本独自の経済協力の独自性と強みが活かせる分野に注力することが一案となろう。
 こうした経済面での関係深化は、米中露等の動向により不安定化する国際情勢の中で、日本と南アフリカ、そして他のアフリカ諸国との他分野での連携を促進し得る。日本として、南アフリカがG20議長国年に掲げる開発重視の議題を活用し、また一方で、南アフリカが直面する複雑な課題とアフリカ諸国間の微妙な力学を理解し、各国の課題やニーズを把握した上で、実効性ある経済協力政策を打ち出していくことで、経済協力分野を超えた成果、特にFOIPの実現をはじめとする日本の外交政策の達成に向けたアフリカ諸国との協力関係の構築を狙うべきである。(了)
(※本稿は個人の見解であり、筆者の属する組織の立場を表明するものではない。)