EUが直面する最大の危機 ―エネルギー危機とその世界的影響―


駐欧州連合日本政府代表部大使 正木 靖

 本稿を書く11月の初め,ここ欧州では,先日まで欧州を覆った酷暑のなごりか,例年になく暖かな日々が続いていた。この異常気象は,欧州の人々に,地球温暖化の現実をあらためて目の前に突きつけた。同時に,2月のロシアの侵略により始まったウクライナ危機は,出口が依然見えず,長期化が現実のものとなりつつある。エネルギー価格の高騰を中心にインフレが進み,危機の陰が,人々の生活に確実に及びつつある。国際社会における気候変動対策の議論をリードしてきたEUは,エジプトで開催されるCOP27を前に足下が大きく揺らぎ,難しい舵取りを迫られている。10月,2度にわたり行われた欧州理事会(EU加盟国の首脳級会合)の最大の議論は,ウクライナ情勢ではなく,もっぱらエネルギー価格高騰への対策であった。これは,この問題が,コロナ,ロシアのウクライナ侵略という二つの危機に際して何とか連帯と団結を示し困難を乗り越えてきたEUが,その分裂への端緒となりかねない「ギリシャ危機」に続いて創設以来最大とも言える存立危機を迎えていることを示している。本稿では,この問題について,このEUの存立危機と日本を含む世界に与える衝撃という角度から解説を試みたい。勿論内容はすべて筆者の個人的見解である。

EUの脱炭素化政策

 EUは,2050年の脱炭素という目標を掲げており,その目標を達成するため,欧州委員会(EUの行政機関)は,2021年7月,2030年までに排出ガスを55%削減するための包括的政策パッケージ 「Fit for 55」 を提案し,同年12月にも追加的な施策を提示した。その中身は,EU排出権取引制度(EUETS)の改正,炭素国境調整措置(CBAM)の提案,自動車CO2排出基準の見直し(2035年内燃機関車の新車販売実質禁止)などである。これら野心的な政策案は,多くが現在引き続きEU加盟国,欧州議会と協議中である(但し,ガソリン車の新車販売実質禁止は,本年10月合意が成立。)。これら各政策は,外国企業,輸入品の扱いに大きな影響を与えるものであり,域外国関係者は,日本の関係者も含め大きな関心を持って議論の成り行きを見守っている。当然,EU加盟国の中でも化石燃料への依存度合いは種々異なり複雑な利害の対立がありコンセンサスを得るのは容易でない。2021年12月の終わりに欧州委員会が,タクソノミーと呼ばれる,いかなる経済活動が持続可能性に資するかについてのEUの統一的な分類の中に,環境派には到底受け入れられない原子力発電と天然ガスを経過的な持続可能性のあるエネルギーに含めるという提案を突然出し,年末というタイミングを含めEU加盟国間で大いに物議をかもした。これは一例であるが,この時点でも,既に2030年,2050年に向けてEUが予定通りのスピードで再エネ移行,脱炭素化を実現できるか,まだまだ楽観できない状況であったことをよく示している。また,原子力産業を有する国々,ガス輸入に依存する国々など,種々の利益,思惑が混在していることも事態を複雑にしていた。

ロシアによるウクライナ侵略の衝撃

 しかし,この状況の行方を更に不透明にしたのが,本年2月にロシアの侵略により始まったウクライナ危機である。2021年におけるEUの天然ガス調達におけるロシア依存度は2021年の欧州委員会発表の統計で45.3%となっており,特に独,東欧,バルト三国などの過度なロシア依存は正に深刻な状況であった。ウクライナ危機により,対ロ制裁の先頭に立つEUがロシアへのエネルギー依存から脱却することは,最大かつ喫緊の課題であり,一刻の猶予もなくなった。欧州委員会は,3月,ロシア産ガス依存の解消を目指すために 「より経済的で,安全で持続可能なエネルギーに向けたアクション」 と題するコミュニケーション文書を発表した。その直後にベルサイユで非公式な欧州理事会が行われ,欧州委員会は2027年までにロシアからのガス輸入をゼロにする目標を掲げ,5月,エネルギー(ガス)輸入の多様化,クリーンエネルギー移行の加速化,省エネ,投資促進など脱ロシア依存対策の主な内容とする 「REPower EU」 という名の政策を発表した。

 これだけを見ると,ウクライナ危機は,脱炭素のためには,危機でなく,むしろ再エネを促進する絶好の機会となるという意見が正しいかのように思えるが,事態はそれほど単純ではない。その後,9月から始まった各国間の議論でも,ロシア産石油の輸入禁止に関して依存脱却のために時間が必要な内陸国ハンガリー,スロバキアが適用除外を獲得した。天然ガスについても10月の非公式欧州理事会後のフォンデアライエン欧州委員長の会見では7.5%まで,ロシア依存が下がったというが,ノルウエー,カタールなどその代替供給先の継続的な確保も容易ではない。気候中立の観点から言えば,そもそも天然ガスは過渡期のエネルギー源であり,再生エネルギーへの移行が,欧州委員会の絵図通り進められるかは楽観できない。また,ロシアに代替するガス供給のパイプラインを船舶からの搬入受入れ施設のあるスペインから需要の高い独,東欧に引くのが理想だが,そのためにはピレネー山脈を越えて仏を通過しなくてはならない。しかし,自国の原発から独などに電気を供給する仏は,そのパイプラインの通過を認めようとはしない。また,将来性のある水素エネルギーについても船舶で供給する場合は,受入れ設備のあるスペインからどうやって,スペイン以東に移送するか同様の問題が生じることとなる。このように各国の思惑が異なる中で,欧州委員会の描くクリーンエネルギー移行の加速化が円滑に進むかは疑問である。加えてウクライナ危機の中で存在感を増すポーランドは,以前より,化石燃料依存を継続したいという立場で気候中立に関してはEUの共通立場とは離れていた。今後,どのような立場を推し進めるか,また,現在の戦況でEUがポーランドにこの問題でNOを突きつけられるかはわからず,選挙で安定を得たオルバーン首相の率いる親露派ハンガリーの立場と相まって不確定要因である。

 もう一つ無視できないのは,再生可能エネルギーについても,太陽光パネルや,バッテリーの製造は未だに中国に依存しており,再エネの推進は,確実なサプライチェーンの確保という観点からも時間を要し問題があるという点である。ここで,コロナ以来の,医薬品,半導体など,センシティブな品目の同志国によるサプライチェーンの確保というもう一つ別の大きな産業政策上の課題に直面することとなるのである。EUでは,戦略的自律という目標をあげており,再エネを推進するにあたり,この課題を避けることは出来ないのである。また,独自のサプライチェーンの確保には,大きな投資が必要であり,コロナ,ウクライナと負担が膨大なものとなっているEU,各国にその余裕があるかはわからない。

最近の欧州理事会での議論

 しかし,より深刻なのは,既にコロナ,ウクライナ危機による経済上の大打撃を受けている欧州各国が,今冬,来年の冬を迎え,更なる経済悪化の中,財政負担増に耐えきれるか,そのような中で加えてクリーンエネルギー移行に充当する経済,政治的資源が未だあるかという問題である。それを如実に示すのが冒頭で触れた,喫緊かつ最大の課題である,エネルギー確保,価格高騰対策をめぐる先般の欧州理事会における議論である。欧州の首脳はこの課題に全力で取り込む中で,はたして,気候中立の問題に引き続き立ち向かう政治的余裕があるか,また,EUがその環境を整備できるかという点である。以上を念頭に,先月の欧州理事会における議論を振り返ってみたい。

 9月から,この冬に向けてのエネルギー供給逼迫の予想は高まり,更にロシアによるノルドストリーム1と呼ばれる独向けのパイプラインによるガスの供給停止,また,何者かによる一部パイプラインの破壊と,事態は悪化する一方であった。また,EU加盟各国のエネルギー価格,電気価格は高騰して,各国独自の対策を講じざるをえない状況に陥っていた。この様な中,加盟各国の財政状況,エネルギー供給状況の差異もある中で,日に日にEUとして共通の政策をとるべきという声は高まってきた。9月には,電力需要削減のための自主的努力目標設定,発電コストが比較的安い再エネ,原子力等の発電の収益の上限を規定して,それを超える収益を高騰に苦しむ者への支援に充当,化石燃料企業の超過利潤の徴収などを内容とする最初のパッケージを欧州委員会は提案するも,国内からの不満の突き上げをうける各国より,その内容では不十分とされた。しかし,いかなる政策をとることが効率的かという技術的側面,その各国へのインプリケーションの差異などの問題もあり,各国の思惑の違いがあり,これ以上の共通の立場を形成できない状況が継続した。この様な中で不満は,共通の立場を形成できないフォンデアライエン委員長率いる欧州委員会に集中した。この様な緊迫した雰囲気の中で2度にわたり開催された10月の欧州理事会では,当然エネルギー価格高騰対策が中心の議題となった。

 欧州委員会は,REPower EUに続くエネルギー対策の第二弾として,ガスの共同調達,ガス価格ベンチマークの策定・一時的価格介入,加盟国間のガス融通のための制度整備などを内容とする新たなパッケージを提案,また,プライスキャップといわれるガス価格の上限設定,電力市場改革の中期的検討を引き続きの課題として提示した。これを基に各国首脳の議論が行われたが,その技術的複雑さに加えて,各国の間の深刻な立場の違いが表面化した。エネルギーを大きく域外や他国に依存して,価格高騰に苦しむ独は,自国の経済力をバックに9月に独自のエネルギー価格の高騰に対処するための2千億ユーロの対策予算案を発表した。この内容は,事前に他の国に相談無く,10月の欧州理事会前というタイミングも悪く,この様な財源を持たない各国から強い反発を受けることとなった。自国第一で,EUの団結を損なうものという批判である。しかし,これには,EUにおける独と他国との根深い伝統的対立が陰を落としている。ギリシャ債務危機以来,財政規律を第一として,他国に安易に資金を流動させないという独の伝統的政策は,南欧の国々を中心にEU内から大きな反発を受けてきた。また,独国内では,自国の強い経済力を背景に,EUから受ける利益には目をつぶり,なぜ脆弱な他国を助ける必要があるのかという声が強い。このような立場が,コロナ危機を受けて2020年7月に設けられた復興基金の財源としてEU共通債発行を認めるなど,メルケル政権の政策転換によって,より積極的な親EU政策を推進することになり,大きく変わったと考えられていた。しかし,今回,一気に亡霊のように過去の独至上主義が復活したととらえられた。逆に,仏は,EU内で最も積極的な原発政策をとり,この危機に際して更なる新規原発増設を決定するなど,今回の危機対処を自国に有利に進めようとしている。したがって,多くの国が求めるガスの価格上限設定には賛成し,逆にスペインから独を結ぶ新たなガスパイプラインの早期開設に慎重な姿勢を見せるなど,露骨なエゴを示している。Brexitにより只でさえ微妙に崩れたEU内勢力均衡は,本来牽引車となるべき独仏連携のゆらぎにより,さらに崩れつつある。この様な状況の中,各国は,それぞれの置かれている状況から独自の立場を形成し,EU内はいわば星雲常態になり,求心力は低くなりつつある。この冬は,今までの対策で,価格高騰も多少おさまり,乗り越えられるかもしれないが,中国などの需要が復活する来年冬は更に厳しいものとなり,新たな対策をEU全体として打てないとより大きな危機が再来すると言われている。

対外政策への影響

 この様なEU内の揺らぎは,その対外政策にも影響を与える。ウクライナ危機で強い連帯を見せたEUであるが,今後,その出口を巡っては,徹底的にロシアを倒そうとする東欧,バルト,北欧と,プーチン後のロシアとの共存を計ろうとする仏独らとの間で深刻な対立が生じることは疑いない。対米関係も,エネルギー危機では,輸出国としてもっぱら利益も得る米国に対して仏などは複雑な感情を有しており,中間選挙後,米国がウクライナ支援を緩めていくこととなれば,バイデン政権の誕生により回復したと思われていた堅固な大西洋関係も再びほころびを見せかねない。対中関係も,11月,独ショルツ首相が,真っ先に,経済代表団を率いて,再選された習近平国家主席と会談するため訪中するなど,EUの共通立場が,形骸しつつある。

今後のEUの動向

 この様にエネルギー危機を巡るEU内の揺らぎは,波状効果のように他の分野でも,影響を及ぼしつつある。では,この様な中で,今後EUはどの方向に向かうのであろうか。分裂を更に深め,危機を乗り越えてきた求心力を失い,弱小化し,域外大国の影響力で分断されるのであろうか。
 この問いには誰も答えることは出来ない。一つ言えるのは,戦後,一貫して危機を迎える度にEUは,その予想に反し,団結を深め,妥協が成立し,力を保ってきているということである。今回の危機は戦後未曾有のもので,乗り越えられない大きさかもしれない。しかし,戦後の荒廃から立ち上がった復興欧州はEUの求心力なしには,その平和と繁栄を保てなかった。そして,その統合は,周囲の想定以上のスピードで拡大,深化と歩みを進めてきた。筆者が初めて欧州の土地を踏んだ30年以上前は,各国の通貨が統合されユーロとなるなど夢物語であった。この想定以上のスピードのうんだひずみが,Brexitの一つの要因であったかもしれない。また,この土地で二度と戦争を起こさないために創設されたEUの存在する欧州大陸で,隣国であるウクライナで武力紛争が起こることを目にするなど,久しく想像できなかったこともその通りである。歴史的な欧州の知恵,レジリエンスが,この未曾有の危機を果たして乗り越えられるか正念場である。

日本との関係

 EUが,求心力を保ち続けることは,中国,北朝鮮,ロシアに囲まれ厳しい環境にある日本にとって,また,気候中立,環境などグローバルな課題解決が不可欠な日本にとって,他人事でなく死活的に必要なことを忘れてはならない。そのためにも日本とEUはかつて無いパートナーシップをより強固なものとしなければならない。ウクライナ危機での連帯,対ロ制裁,インド太平洋での連携は,その中核である。気候変動を含むグリーン政策のような共通のグローバルな課題での協力も重要である。

 EUは,域外国では最初の相手として日本との間で,2021年5月の日EU定期首脳協議でグリーン・アライアンスという枠組みを立ち上げた。これは,2050年の脱炭素に向けて,気候中立で,生物多様性に配慮し,資源循環型の経済の実現を目指す協力の枠組みである。具体的には,エネルギー移行,環境保護,民間部門支援,研究開発,持続可能な金融などの内容で協力を推進し,定期的に日EU首脳レベルで進展をレビューしてきている。協力分野は広範に及ぶがエネルギー移行での水素での協力などが特に重視されている。本稿で述べたウクライナ侵略から生じたエネルギー危機の文脈で,このアライアンスでの日EU協力は益々重要な意味を持ってきている。ウクライナ危機の下でも,この協力が結実し,世界的課題の解決をリードすることを強く期待したい。

 最後に,この場を借りて,本アライアンスの創設に尽力し,本年8月22日に急逝された欧州委員会気候行動総局ペトリチオーネ総局長の貢献に改めて敬意を表すと共に同氏の予期せぬ早逝に心より弔意を申し上げたい。同氏は,WTO紛争処理,日EU・EPA締結交渉でも中心的役割を占め,日本との関係の深化に長年努力した大変な親日家であった。同氏の多くの日本の友人の中の一人としてご冥福をお祈りして筆をおくこととする。