ASEANと日本-友好協力50周年をどう生かすか-


ASEAN代表部大使 紀谷昌彦

はじめに
 本年、日本とASEANの友好協力関係は50周年を迎えた。既に各種の記念行事が始まっている。毎年夏と秋に議長国で開催されるASEAN関連外相会議・首脳会議に加え、12月には東京で日ASEAN特別首脳会議が開催される予定である。
 筆者は昨年11月末にASEAN代表部大使としてジャカルタに着任した直後から、この日本ASEAN友好協力50周年の機会を最大限に生かすべく、各種の作業に携わってきた。年初のキックオフ行事が一段落し、特別首脳会議の準備が本格化する現段階で、現地から見ての最新状況と課題について、今般ご報告する機会をいただいた。日ASEAN外交をはじめ経験豊富な霞関会会員や読者の皆様から、今後の取組についてアドバイスをいただければありがたい。

(写真)日本ASEAN友好協力50周年の特設ウェブサイト

1 経緯と助走
 ASEANは日本にとって、太平洋とインド洋を結ぶ地政学的要衝に位置し、約6.7億人の人口と成長著しい経済を擁し、東アジア首脳会議(EAS)をはじめ東アジアの地域協力の中心にある、極めて重要な地域的枠組である。
 日本はASEANと、1967年の設立後間もない1973年に合成ゴム問題について閣僚級のフォーラムを開催し、ハイレベル対話を行った先駆けの国となった。これを記念しつつ関係強化に活用すべく、2003年の30周年と2013年の40周年に際して、当時の小泉総理と安倍総理はASEAN加盟国全首脳を東京に招待して日ASEAN特別首脳会議を開催した。
 更に、「インド太平洋」という地域概念について、ASEANは2019年6月に「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を首脳文書として採択した。これを受けて、日本はいち早く支持を表明し、翌年11月にはASEANとAOIPに関する首脳共同声明を発出した。
 昨年11月、プノンペンで開催された日ASEAN首脳会議で、本年12月を目途に東京で50周年特別首脳会議を開催することが合意され、岸田総理からは50周年に向けて海洋協力、連結性支援、保健、気候変動対策、防災、サプライチェーン強靱化、デジタル技術、食料安全保障を強化するとともに、アジア・ゼロエミッション共同体構想を実現したいと表明した。更に本年1月、岸田総理は米国ジョンズ・ホプキンス大学での政策スピーチで、グローバルサウスの中でも「東南アジアは日本にとって最も近く重要な仲間たち」であると位置づけ、来る特別首脳会議で、日本と東南アジア諸国との関係がインド太平洋地域の平和と繁栄の中核的な要素であることを示していきたいと述べた。
 以上の首脳レベルでの決定・表明と並行して、特別首脳会議に向けて内容面での検討作業が進められてきた。昨年5月に首相官邸の下に学界・経済界からの委員で構成する有識者会議(座長:大庭三枝神奈川大学教授)が発足して研究会を重ね、本年2月3日に木原誠二内閣官房副長官に報告書を提出した。新たな日ASEAN協力の柱として、①自由で開かれたルールに基づく公正な地域秩序の構築、②経済発展・持続可能性・公正性が充足した共生社会の実現、③相互理解と相互信頼の醸成の3つを提示し、協力の具体的項目を詳細に列挙している。翌週の2月7日には50周年関係府省会議が立ち上げられた。

(写真)50周年有識者会議が報告書を提出(2023年2月)

 また、昨年7月には経産省・JETROと経済界で「日ASEAN経済共創ビジョン」の策定に向けての検討委員会(座長:白石隆熊本県立大学理事長)を立ち上げてヒアリングや議論を行い、本年1月に同ビジョンの「中間整理」を取りまとめた。「日本とASEANが50年の友好協力を通じて培った『信頼』を原動力として、安全で豊かで自由な経済社会を、公正で互恵的な経済共創で実現する」ことをビジョンに掲げ、①持続可能性、②イノベーション、③連結性、④人的資本の4つを経済共創の柱としている。現在、本年夏の最終とりまとめに向けて、更にASEANの経済界等の意見も聴取して議論を深めている。

2 ASEANと対話国の協力の進展
 日ASEAN協力を推進するためには、当然ながら、ASEAN側の動きも踏まえる必要がある。特記すべきは、日本のみならず他国にとってもASEANの重要性が高まる中で、ASEANは多くの対話国との協力を強化し、枠組みの制度化が進んできたことである。
 ASEANは、日豪NZ米加韓中印露英の10か国とEUを「対話国(Dialogue Partners)」と位置付け、ASEAN+1外相会議を毎年開催している。うち日中韓印米豪の6か国は、ASEAN+1首脳会議を毎年開催している。
 最近の動きは、対話国とASEANの周年行事として「特別首脳会議」が頻繁に開催され、その中で包括的戦略的パートナーシップ(CSP)の立ち上げが行われていることである。
 2021年、中国はASEANとの対話国関係30周年を記念して6月に特別外相会議を重慶で開催し、10月にオンラインで開催された中ASEAN首脳会議の議長声明でCSPの立ち上げに合意したことを発表、11月には特別首脳会議をオンラインで開催してCSPの立ち上げを正式に発表した。
 同年10月、豪州はASEANとの第1回年次首脳会議をオンラインで開催してCSPの立ち上げを発表した。
 昨年は、米国がASEANとの対話国関係45周年を記念して初の特別首脳会議をワシントンDCで開催し、同年11月のプノンペンでの米ASEAN首脳会議でCSPの立ち上げを発表した。
 同じく昨年、インドはASEANとの対話国関係30周年に際して年間を通じて各種の記念行事を開催し、11月のプノンペンでの印ASEAN首脳会議でCSPの立ち上げを発表した。
 なお、昨年12月には、EUがASEANとの対話国関係45周年を記念して初の特別首脳会議をブリュッセルで開催し、ビジネスサミットやユースサミットなどのサイドイベントも行った。EUとASEANの関係はCSPに至っていないが、2020年の外相会議で戦略的パートナーシップ(SP)を立ち上げ、昨年の外相会議では2023年から5年間のSP実施行動計画を採択している。
 韓国は、昨年11月のプノンペンでの韓ASEAN首脳会議で、2024年の対話国関係35周年に際してCSPを立ち上げることを正式に提案している。
 更に、2024年には豪ASEAN対話国関係50周年、2024年にはNZ・ASEAN対話国関係50周年が控えており、特別首脳会議開催の可能性も検討されている。
 日本は、2003年の30周年に際してASEAN域外で初めて特別首脳会議を開催し、これまでの協力内容も他の対話国に先鞭をつけるものであった。しかし、ASEAN自身がその間に大きく発展し、各対話国と周年行事を頻繁に開催してパートナーシップを進展させている。今や、日本の協力はASEANにとって群を抜いて特別なものではなく、他の対話国の協力と比較されるようになってきたことを十分認識する必要があると感じている。

3 議長国・対日調整国・事務総長との連携
 本年、一連のASEAN関連会議と特別首脳会議に向けて準備を進める上で特に重要なのは、本年のASEAN議長国インドネシアと対日調整国タイ、そして本年年初に着任したカオ・キムホン事務総長との連携である。
 インドネシアは議長国として、本年のテーマを「ASEANは重要:成長の中心地(ASEAN Matters: Epicentrum of Growth)」を掲げるとともに、AOIP優先4分野(海洋協力、連結性、SDGs、経済等)の主流化・実施を大きな柱として打ち出した。ルトノ外相は年頭の外交演説で、平和で安定し、国際法を尊重し、包摂的協力を優先するインド太平洋は、ASEANが成長センターとなる鍵であり、AOIPの実施が議長国優先事項の「魂(spirit)」であると表明した。そして、9月のジャカルタでの首脳会議に際して「ASAENインド太平洋フォーラム(AIPF)」を開催し、インフラを中心に具体的成果を示すべく精力的に準備を進めており、日本も同会議への貢献に向けて検討中である。
 日本との関係で現在ASEAN側の調整国となっているのはタイである。50周年特別首脳会議や各種記念事業の日程や内容の調整をはじめ、ジャカルタのタイASEAN常駐代表部やバンコクのタイ外務省を通じて緊密に連絡し、日ASEAN関連会合では日本とタイが共同議長となって議事進行・意思決定を行っている。ウラワディー・タイASEAN常駐代表はタイ国連代表部次席、在ラオス・タイ大使館次席を務めた女性で、着任以来頻繁に連絡を取り合い、特にASEAN内の手続きについて親身のアドバイスを得ている。
 カオ・キムホン事務総長はカンボジア出身で、1990年代からシンクタンクや大学でASEANを専門に活躍した後、カンボジア外務省でASEAN高級実務者(SOMリーダー)を長年務め、本年1月にから任期5年でASEAN事務総長に就任した。精力的で発信力があり、ASEANの機能と事務局の強化に情熱を持って取り組んでいる。

4 記念事業の開始と展開
 50周年記念ロゴとキャッチフレーズ「輝ける友情、輝ける機会」は公募を経て昨年8月に決定・発表されており、昨年末から年初にかけて、50周年記念事業と対外発信の開始が最初の課題となった。東京とジャカルタの関係者間で連絡を取り、昨年末に日本アセアンセンター(AJC)が運営する50周年特設ウェブサイトが立ち上がり、記念事業の公募を開始した。
 1月には、金杉憲治駐インドネシア大使の示唆を受けて、ジャカルタポスト紙に「福田ドクトリンを新たに推進する」と題して連名で寄稿し、英語での発信を始めた。

(写真)ジャカルタポスト紙への連名寄稿(2023年1月)

 ジャカルタでの50周年キックオフ行事は、外務本省との調整の結果、2月13日に50周年シンポジウムを開催することとなった。日本・インドネシア・タイ外相のビデオメッセージに加え、カオASEAN事務総長の開会挨拶、有識者会議の大庭座長・相澤委員、有馬南部アジア部長、ナタレガワ前インドネシア外相のパネル討論が行われ、全てのASEAN各国常駐代表部から大使級の出席を含め多数が参加する盛況で、対話国日本の存在感を示すことができた。林外務大臣はビデオメッセージでAOIP主流化支援を発表し、NHKでも報道された。

(写真)ジャカルタでの50周年シンポジウム(2023年2月)

 東京ではキックオフ行事として、3月16日に国際交流基金主催シンポジウムが開催された。岸田総理のビデオメッセージに加え、日ASEAN双方から多数の有識者がパネリストとして参加し、レセプションで林外務大臣が挨拶を行った。
 6月5日~9日には東京とハイブリッドで経産省他関係団体の共催で「日ASEANビジネスウィーク」が開催予定である。その他、ASEAN各国や日本、そしてオンラインで50以上の文化やビジネス関連の記念事業が既に企画・開催され、関連情報が50周年特設ウェブサイトのイベントリストや関係府省会議の関連行事・事業予定リストに掲載されている。

5 主要分野での協力推進
 協力の具体化も進んでいる。3月20日、岸田総理はニューデリーでのFOIP新プラン演説で、特別首脳会議に向けて、日ASEAN統合基金への1億ドルの新規拠出と、包括的な日ASEAN連結性イニシアティブの12月までの刷新を表明した。
 3月28日には、東京の椿山荘で日ASEANフォーラムが開催された。山田外務審議官とサラン・タイ外務次官が共同議長で、ASEAN各国SOM及びASEAN事務次長が出席、東ティモールSOMがオブザーバー参加し、12月に東京で開催予定の特別首脳会議に向けての準備を中心に意見交換を行った。

(写真)東京での日ASEANフォーラム(2023年3月)

 12月の特別首脳会議では、次の50年に向けた日ASEAN協力の新たなビジョンを打ち出す予定である。それに向けて、現在関係省庁とともに、幅広い分野での協力の方向性と、それを裏付ける具体的な案件形成を検討している。
 ASEANでは、各分野でコンセンサスを得て実施する上で「分野別プロセス」が重要であり、特別首脳会議に先立ち開催される日ASEAN閣僚級会合も大きな役割を果たす。
 7月6~7日に日ASEAN特別法務大臣会合とASEAN・G7法務大臣特別対話が東京で開催され、「法の支配」のための日ASEAN協力を具体化する予定である。10月には日ASEAN観光大臣特別対話が東京で開催される。その他、ASEAN各国で農業など各分野の日ASEAN閣僚会合が開催される。
 また、ASEAN主導の枠組ではないが、3月4日に東京で開催されたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)閣僚会合にはASEAN9か国と日豪の関係閣僚が出席し、域内協力を具体化している。

6 多層的な交流の強化
 ジャカルタ着任以来、ASEAN側の幅広い関係者から日ASEAN協力に対する評価を聴取する中で、最も多い声は「信頼(trust)」である。あるASEAN常駐代表からは「船(ship)」が良かったと聞いた。学生時代に「東南アジア青年の船」に参加して、ASEAN草創期で各国間の交流も少なかった時期に、ASEAN各国と日本から選抜された若者と2か月間船で生活を共にしたことは、目を開かれるような経験だった由である。
 日本が1977年の福田ドクトリンで、「真の友人として心と心のふれ合う相互信頼関係を築き上げる」、「対等な協力者の立場に立ってASEANと加盟国の連帯と強靭性強化の自主的努力に積極的に協力する」と表明し、長きにわたり実施してきたことが、この評価につながっていると感じている。
 過去の信頼の積み重ねを未来につなげるためには、次世代に向けて、幅広い分野で多層的な交流の強化を推進することが重要である。幸い、有識者会議の報告書では、「新たな日ASEANパートナーシップの基盤となる相互理解と相互信頼の醸成」の項目で詳細な提言が行われている。これを是非実現したい。

おわりに:特別首脳会議からその先へ
 本年12月の日ASEAN特別首脳会議を求心力に、一連の会合や記念事業に多くの人を巻き込んで発信し、「お祭り」のように楽しく盛り上げていくことは大事だと思う。
 その上で、日本とASEAN、そして世界のために、本年の取組を「お祭り」で終わらせず、これを新たな発射台・ステージとして、次の50年につなげていく発想が求められている。
 そのためには、今般の開発協力大綱案で提示されているように、「対話と協働によって解決策を共に創り出していく共創」が重要と考える。各分野の協力案件形成は、ASEANを中核に置いた上で、日本の経験や知見、教訓等を活かしつつ、他国や国際機関等も巻き込んだプラットフォームを形成・活用し、多様な資源の動員を通じて力強く後押ししていくことを目指すべきであろう。
 また、新たな解決策を日本にも環流させ、日本とASEANの次世代を担う人材を育てていくことで、日本自身が直面する経済・社会課題解決や経済成長につなげることも大事である。本丸は日本の変革と国力の向上である。今回の記念事業を契機に、様々な日ASEAN交流団体のプラットフォームを形成し、その担い手とすることも考えられる。
 そして、本年のモメンタムを、その先につなげていく機会を捉えることも大事である。例えば、2025年4月~10月には大阪・関西万博が開催され、ASEAN事務局や加盟国も出展が予定されている。50周年のその先に向けて、今から多くの関係者とともに、様々な布石を打っていきたい。