「ライン河畔のリトル・トーキョー」と「日本デー」


在デュッセルドルフ総領事 角田剛隆

1.日本とデュッセルドルフ市及びノルトライン=ヴェストファーレン州との関係

(1)ドイツへの旅行を計画しようとする日本の方が思い浮かべるドイツの都市といえば、首都ベルリンか、オクトーバーフェストで有名なミュンヘン、或いは有名な古城のあるハイデルベルクあたりであろうか。しかしながら、欧州第3位、そしてドイツ最大の在留邦人数を誇るデュッセルドルフという都市名はあまり馴染みがないかもしれない。

(2)ドイツには約1900社の日系企業が進出しており、これは欧州第2位のイギリスの約950社、第3位のフランスの約840社を足しても追いつかない欧州最大数である。このうち、デュッセルドルフを州都とするノルトライン=ヴェストファーレン州(以下NRW州と略す)には約640社が進出しており、ドイツにある16の各州別で比較すると最も多い(因みに、デュッセルドルフには約390社が所在している)。

(3)デュッセルドルフにおける日本人コミュニティーの歴史は1950年代にまで遡り、第二次世界大戦後の日本再建に必要な鉄鋼産業及び重工業を求めて日本の商社マンが「ルール工業地帯前の仕事机」と呼ばれていた当地を訪れたことが始まりといわれている。その後、日本クラブ、日本食レストラン、日本食材店、日本商工会議所、日本人学校等、医療や教育の面でも日本人にとって大変住みやすい生活インフラが整っていき、現在約7000人の邦人が生活するに至っている。欧州ではロンドン、パリに次ぐ在留邦人数であり、デュッセルドルフはドイツ人から「ライン河畔のリトル・トーキョー」とも呼ばれている。当地の日本人コミュニティーがこのように発展してきた背景には、日本側のこれまでの努力も当然あったが、デュッセルドルフ市をはじめとするドイツ側が日本人を温かく受け入れてくれていることも一因であったと考えている。

(4)デュッセルドルフを州都とするNRW州と日本との関係は、全独的にみても類を見ないほど緊密であると言えよう。例えば、デュッセルドルフ市とNRW州は、デュッセルドルフに滞在した日系企業関係者に対して、数年毎に日本で「デュッセルドルフの夕べ」を開催し、デュッセルドルフの郷土ビールである「アルト・ビール」を振る舞ってくれている。直近の例では、昨年6月にケラー・デュッセルドルフ市長とヘラー・NRW州経済省次官が訪日して本行事を催し、城内特命担当大臣(当時)、熊谷千葉県知事を含む約700名が参加して大いに盛り上がったと承知している。このような行事を開催してくれるようなドイツの地方自治体は恐らく他にはないであろう。更に、当地でNRW州、デュッセルドルフ市、そして当地邦人社会の3者が互いに協力して、60万人以上の集客力を誇る大規模日本紹介行事「日本デー」を毎年開催していることは、緊密な友好関係の象徴とも言えるであろう。

2.欧州最大級の日本祭「日本デー」

(1)「日本デー」(正確には「デュッセルドルフ/NRW 日本デー」と称する)は、1999年/2000年に開催された「ドイツにおける日本年」を契機として、日本人を温かく受け入れてくれたデュッセルドルフ市及びNRW州に対する当地の日本人社会の感謝の気持ちを表すべく2002年から開始され、現在では欧州最大級の日本祭へと発展している。「日本デー」は、大きく分けて「文化・市民交流祭」と「日独経済シンポジウム」の2つの柱から成り立っており、開始時より当地邦人社会(日本クラブ、日本商工会議所、日本人学校の3団体、及び当館により代表される)、デュッセルドルフ市、NRW州(同州経済省が代表)の三者が共同で立ち上げた公益法人「デュッセルドルフ/NRW 日本デー協会」を形式的な主宰組織として、2つのイベントにかかる費用を三者で分担する(邦人社会については日本商工会議所による寄付金)緩やかな合議体の形で運営されてきた(当館は日本側事務局を務めてきた)。しかしながら、日本デーの規模が拡大したこと等を踏まえ、2023年の「日本デー」終了後から関係者間で協議を行った結果、同公益法人は解散し、2024年からは、「文化・市民交流祭」についてはデュッセルドルフ市、「日独経済シンポジウム」についてはNRW州経済省傘下の経済振興公社であるNRWグローバルビジネス社を主催者として開催することが決定された。また、「日本デー」は主に「文化・市民交流祭」と「日独経済シンポジウム」の2つの行事から成り立っているが、他にも多くの日本関連行事が両行事の前後で開催され、2025年より、「日本週間」という名称も使用されている。

(2)「日本デー」の準備に際しては、それぞれの日独関係機関による専門の準備グループが設置されている。
ア)「文化・市民交流祭」に関しては、日本側は当館の他、ケルン日本文化会館、日本クラブ、日本商工会議所、日本人学校、ドイツ「惠光(えこう)」日本文化センター(注:仏教に基づく日本文化伝播活動を行う仏教伝道協会の海外活動拠点のひとつ)、ドイツ側はデュッセルドルフ市及び同市傘下のイベント会社「D.ライヴ」が、それぞれ事務レベルで参加して準備のための協議を行っている。例えば、今年の準備のために昨年10月末に第1回会合が開催され、その後、4月までに計4回が実施された。
イ)「日独経済シンポジウム」に関しては、日本側は当館の他に日本商工会議所、ジェトロ・デュッセルドルフ、ドイツ側はNRWグローバルビジネス、デュッセルドルフ市、日独産業協会(DJW)、デュッセルドルフ商工会議所が、同様にそれぞれの事務レベルが参加して準備のための協議を行っている。例えば、今年の準備のために昨年9月上旬に第1回会合が開催され、その後およそ1ヶ月に1回実施された。

3.2026年「日本デー」の注目点

(1)本年の第23回「文化・市民交流祭」は5月23日(土)に開催された。
ア)旧市街地のブルク広場に設置されたメイン舞台を中心に、約2キロに及ぶライン河沿いの広場や遊歩道に設置された約130帳のテントや舞台等で、各種日本文化、日本武道、ポップ・カルチャー、日本食、日本企業による最新テクノロジー紹介等、多様な日本体験が楽しめる場となり、会場は来場者で埋め尽くされ、特にコスプレ姿の若者の姿が目立っていた。また、デュッセルドルフ市と姉妹関係にある千葉県、NRW州と友好関係にある福島県も参加して日独自治体交流を深めた。当日は好天に恵まれたこともあり、主催者によれば、今年の来場者数は過去最多の約70万人と発表されている(因みに、デュッセルドルフ市の人口は約62万人である)。
イ)正午頃にメイン舞台で行われたオープニングでは、デュッセルドルフ市長、邦人社会代表としての日本クラブ会長と筆者の他、NRW州政府を代表して、ヴュスト州首相とノイバウアー州副首相兼経済大臣の両名が挨拶を行った。州首相がオープニングに出席したのは今回が初めてであり、「日本デー」の持つ日独友好の象徴性が更に高まったと言えるだろう。
ウ)メイン舞台では20の各種プログラムが披露され、その様子は全て「日本デー」のウェブサイトでライブ配信された。プログラムの最後には、日本の民謡を現代の感覚で再編成し、次世代へ継承する和楽器ユニット「MIKAGE PROJECT」のコンサートが行われ、会場は大変盛り上がった。「文化・市民交流祭」のフィナーレとして、欧州で唯一日本人花火師が打ち上げる恒例の日本製花火が夜空を彩り、多くの観客を魅了した。なお、この花火の様子は、例年、西ドイツ放送(WDR)により全独に生放送されている。
エ)また、今回の「文化・市民交流祭」の様子は共同通信社ベルリン支局の取材により、産経新聞や東京新聞の他、多くの日本の地方紙で報道されたようであり、当地の「日本デー」が日本でも広く知られることになったのではと期待している。

(2)第23回「日独経済シンポジウム」は5月27日(水)に開催された。今回の経済シンポジウムは、「新技術の商業化が導く循環型経済の実現に向けて」と題し、循環型経済はどのような可能性を秘めているのか、既に実績のあるアプローチにはどのようなものが存在するのか、そして、日独は市場性のあるソリューションを共同で開発し、協力関係を構築するために、それぞれの強みをどのように結集することができるのか等について、日独合わせて9社が、各社の取り組みについて講演・紹介し、活発な質疑応答が行われた。主催者によれば、約330名が参加登録し、約270名が当日参加したと発表されており、これも日独間の経済関係シンポジウムとしては最大級であろう。

4.終わりに

 これまで述べてきたとおり、デュッセルドルフ市及びNRW州と日本との関係は大変緊密であるが、このような信頼に基づく緊密な友好関係は一朝一夕にできたものではなく、先人達のたゆまぬ努力の賜であると認識している。これまで非常に多くの日独の関係者の方々が、それぞれの分野で献身的な努力や大きな貢献を積み重ねてこられたからこその結果であり、そのご尽力に対して、敬意を表すると共に、心より感謝申し上げる。しかしながら、注意しなければならないのは、現在の緊密さが必ずしも将来にわたって保証されているわけではないということである。例えば、デュッセルドルフ市内の日本人コミュニティーを代表する場所の一つである「インマーマン通り」(ドイツ語の標識の下に日本語での公式標識も付けられている)界隈では、以前筆者が勤務した20年程前に比べて「日本の単独性」がやや薄れ、韓国、中国、ベトナム等の進出により「アジア的色彩」が増してきているように感じる。また、最新の進出企業数をみると、中国はNRW州内に約1000社、うちデュッセルドルフ市内に約710社となっており、日系企業数の倍近くまで達している。筆者としては、現在の状況に決して甘えることなく、様々な分野で活躍されている日独の関係者の皆様と手を携えて、この緊密な関係を更に拡大・深化させるための努力を続けなければならないと考えている。(了)