書評 レオン・ロッシュ著、矢田部厚彦訳、杉田英明編集/校訂 『回想のイスラーム 1832-1845』(法政大学出版局)

片倉邦雄(元駐エジプト大使)

 日本の幕末史にも名を残す仏外交官レオン・ロッシュ(1809-1900)の、その「前史」ともいうべき北アフリカ時代の「実体験」を回顧した自伝である。駐日公使着任以前、北アフリカ・イスラーム世界を遍歴し、波乱万丈の青年時代を送っていた。母国フランスがアルジェリア植民地を征服する過程で、「堪能な」アラビア語通訳として「便宜ムスリム」を装い、一時期 対仏抵抗運動の英雄アブデル・カ―デルの信頼をかちえるも、やがて袂を分かった劇的な年月を回想する。『日本人の中東発見』(1995 東京大学出版会)などで知られる中東地域文化研究の泰斗、杉田英明東大名誉教授の批判的校訂を経た驚異の日本語全訳である。
 この膨大な仏語記録を綿密な注釈付きで翻訳されたのは文人外交官として知られる元駐仏大使 矢田部厚彦である。同氏はロッシュが幕末日本に駐日公使として赴任し、当時 倒幕勢力薩長に肩入れする英H.パークス公使と張り合いつつ、幕府側に対し精力的に軍事・技術支援を行うも、結局本国政府から梯子を外されて失脚する運命にあったロッシュの回想録、『敗北の外交官ロッシュ―イスラーム世界と幕末江戸をめぐる夢』(白水社、2014年)も遺している。残念ながら、矢田部氏は本書の刊行を見ずして2024年4月亡くなった。
 もちろん、本書は、この幕末に来日した仏外交官ロッシュが70歳を超えてから記述した自らの若き日を彩るイスラーム世界、アルジェリアでの冒険を語った回想録であり、杉田先生の解題によれば、史実の記録としては母国フランス専門家筋からその信憑性に疑問を呈され、かなりの部分で創作の可能性が高いと批判される面があり、また、イスラーム理解、正則アラビア語能力についても限界があったのではないかと指摘されるむきがある。さらに、ロッシュがA・カ―デルの下で鋳物工場や兵器工場建設の監督を任され、フランスの新聞報道を翻訳して彼にブリーフィングしたことなどが「利敵行動」として仏側から非難された。他面、A・カーデルの下で仏との和平を実現するために尽力していたのだと強調するため、「異教徒に領土を侵略されたムスリム住民がキリスト教徒の侵入に対して、異教徒を駆逐できる希望を維持しうる限り戦ったのち、もはやその抵抗がムスリムに貧困、荒廃、死をもたらすのみであることが確実と認められた時は闘争を停止し、異教徒の統治の下に生きることを許容される。ただし、引き続きその宗教を自由に信仰できること、および妻や娘たちが尊重されることが明示的条件とされなければならない」とする裁定(ファトワァ)をイスラム法学者ウラマーからとりつけ、ひいては「アルジェリア人がフランス人の統治下で生きることを認める」路線を引いたことになり、結果的には「仏のアルジェリア侵攻を正当化するのに貢献した」という二面性があったと解釈される。
 このような来日以前の体験を踏まえ、幕末の官吏が英公使パークスの威嚇を恐れ自己主張ができずにいたのに対し、ロッシュは「つくづくその情況を見て大いに悟る所ありて思いひらく」、「欧米の人士が東洋半開の国に来りて…徒に威嚇脅迫の手段をのみ執る」ことは「我々が職任を尽くしたるものといふべからざれば…」との言葉を残した外交官としてのロッシュの柔軟な姿勢を高く評価する向きもある。(なお、2027年度のNHK大河ドラマはレオン・ロッシュに依頼して洋式軍隊の整備、横須賀海軍工廠の建設を敢行した江戸幕府外国奉行、『小栗上野介の一生』が取り上げられる由で、この観点からも本書は注目に値する)。
 アラビストの草分けとして評者がこの全2巻123節に亙る膨大な回想録を通じて特に着目したいのは・・・当時に使われていたアラビア語やアルジェリア方言が豊富に記録されていることである。自然地理的には、サーヒル(海岸)、ダフラ(高地)、サハラ(小砂漠)などの定義、また文化人類学的にはアラブ人の分類―「遊牧民」(アラビア語動詞アリバに由来ーサウデイ方面で使われるべドウインの表記なし)および「定着民」(ハダルまたはバラデイーヤ)、「ザガリード」(アラブ女性たちが舌を震わせて叫ぶ歓喜の声)、「ウルス」(結婚の饗宴)、「サル―ギー」(狩猟犬)などの記述は極めて興味深い。

 矢田部氏が訳者あとがきに書いているように、同氏が1960年代初頭の3年間をエジプト大使館に勤務し、その縁でアラブ世界に少なからぬ親近感、関心をもつに至り、その後、今回の本書誕生に繋がったという経緯があった。そして当時の倭島大使夫妻をはじめ、多くの館員同僚との接触を懐かしく回想されており、アラビア語研修3年を終えたばかりの評者は確かにこの先輩から公私ともにご指導頂いた。そのころの関係者のうち唯一の生き残りとして、評者がこの書評を書かせていただくことになった。