ルクセンブルク勤務を終えて


前駐ルクセンブルク大使 松原正浩

 2022年10月に当地に着任して以来、瞬く間に三年が過ぎ、このたび任務を終え帰国の途につくこととなった。この三年間、館員一人ひとりの献身、本省官房、欧州局をはじめ関係各位の絶えざるご支援に深く感謝申し上げたい。民間出身である筆者にとって、新しい環境は未知の挑戦であったが、館員の努力、そして本省のご支援により、充実した任期を全うすることができた。

 本稿では、当地で感じた日ルクセンブルク関係の手触りを、所感として述べさせていただきたい。ルクセンブルクの魅力を少しでもお伝えできれば幸甚である。
 地図の上では小さな点に見えるこの国は、実際に暮らしてみると驚くほど深い陰影と奥行きをもっている。断崖の上に築かれた旧市街、谷を渡る石橋、アルデンヌの森から流れ込む澄んだ空気。朝、館から坂を下ると、渓谷の向こうに薄く光が差し、トラムの静かな音が霧に吸い込まれていく。ここでは「都市が森を抱く」のではなく、「森が都市を包む」。その感覚が日常に自然と溶け込んでいる。

 さらに特筆すべきは、治安の良さである。夜、旧市街の石畳を歩く人々の表情には安心の色があり、子どもたちは学校帰りに公園で遊び、老夫婦は夕暮れの散歩の途中でカフェに寄る。見知らぬ者同士が自然に挨拶を交わし、街全体に「信頼の温度」が宿る。安全は制度だけでなく文化の表れでもあり、仕事上もプライベートな時間もこの治安の良さは貴重なものであった。

 そして、この落ち着きは、長年にわたって培われた政治文化の結晶だと思う。他の欧州諸国と同様に、この国も複数政党による連立政権が一般であるが、政権の枠組みが代わっても国家戦略はぶれず、合意形成を重んじる政治的安定性(political stability)が社会全体に行き渡っている。政労財が集まって重要な政治課題をオープンな形で話し合う「三者会合」(tripartite)は小国ならではの、市民に近い政治の実践である。そして、極左や極右の政党はなく、自由、民主主義、人権、法の支配そして多国間主義と言った基本的な価値を重視する風土は、政治家の穏やかさ、政府高官の実務本位かつプロ・ビジネス、自由貿易の志向に繋がっている。

 安定の象徴としての大公家の存在は、この国の大切な柱である。アンリ大公殿下は在位二十五年の間に十五回訪日され、日本と皇室への敬意を折に触れて示してこられた。今年6月の国祭日の式典で流れた「在位25周年の軌跡」という30分ほどの記録映像の冒頭では、東京駅と新幹線の車窓からの富士山が映され、その後も、天皇皇后両陛下のルクセンブルクへのお立ち寄りや、大公家と皇室の皆様とのご交流の歴史が数多く織り込まれていた。アンリ大公殿下の日本への深い愛着を感じさせるとともに、皇室とのつながりを大切にされておられる思いが見事に表現されていた。

 今年の10月にアンリ大公殿下がご退位となり、同日戴冠されたギヨーム新大公殿下は、「開放性・多様性・連帯」を掲げ、人口の半分を占める外国籍住民を包摂する新しい国民統合の姿を示された。その柔らかくも芯のある語り口に、伝統と未来を橋渡しするリーダーの覚悟を見た。ご即位の際のスピーチの中では、第二次世界大戦中にナチスの占領下にあったルクセンブルクから国外に逃れてもなお国民を鼓舞し続けたシャルロット大公(ギヨーム大公の曾祖母)の有名な一節「私は私の国民とともに生きている。私は彼らの喜びだけではなく、悲しみもともにしているのだ。」を引用され、感動を呼んでいた。

 経済の分野では、金融センターという基盤に安住せず、宇宙・データ・AI・医療・サステナブル金融など新たな分野へ挑戦している。日本企業ispaceの研究開発拠点や世界的衛星運用会社SESの存在は、当地の視線が地球の外側にまで届いている証しである。ispace社の今年の月面着陸の失敗は残念であったが、来年以降のミッションに期待したい。

 データ分野では、NTTや東京大学との医療データ基盤協力が進み、個人の尊厳を守りつつ社会的価値を最大化する欧州的課題に真正面から取り組んでいる。金融の信頼と技術革新を同じテーブルに載せる知恵は、日本にとっても多くの示唆を与えてくれる。
 この三年間、ハイレベルな往来は目に見えて増えた。特に、この2025年は大阪・関西万博もあり、アンリ大公殿下、ギヨーム皇太子殿下(当時)、フリーデン首相の訪日、三度にわたる大規模な経済ミッションもあった。

 大阪・関西万博ではルクセンブルク館が最大五時間待ちの行列となり、そのホスピタリティに加えて、先進的な没入体験型の3D映像、そしてフードコートでの大型ソーセージが話題となった。ルクセンブルク国旗をイメージした青・白・赤の三つのマカロン(アルザス地方で有名なお菓子)が偶々ミャクミャクの三色と同色となったことで、SNS上でも話題となった。また、パビリオンはCircular Economy(循環経済)コンセプトの実践の場となり、基礎のコンクリートをモジュールにして再利用しやすくし、天幕はバッグや子ども施設の素材として活用するなど、万博閉会後の資材の徹底的な再利用に取り組んできた。閉会後の今も一年間はこの再利用プロジェクトが続く。こうした取り組みが評価され、BIE(博覧会国際事務局)のサステナビリティ賞を受賞した。小国が誠実な努力で国際社会を前に動かす——その実例だと思う。

 国と国との関係の未来を担うのは若い世代である。当地の中高等学校での日本語教育は着実に広がり、教師の熱意が生徒・学生の探究心を引き出している。中高生だけではなく、最近は若い社会人の参加も増えている。なお、アニメとマンガの強力な魅力が彼らの日本文化への興味と日本語習得へのモチベーションとなっている。ディーキルシュ市のリセ(中高等学校)と、長野県の木島平中学校との相互交流は既に20年を越え、隔年ごとに10人程度の生徒が相互の町を訪れる伝統が定着している。また、大学間連携でも相互訪問が定着し、ルクセンブルク大学と日本の学生たちが課題を共有して共同研究を行う例も出てきている。

 武道は当地で最も生活に根づいた日本文化の一つであり、空手・柔道・剣道・合気道・弓道の道場では礼節と集中が息づいている。空手や合気道の大会で子供たちが畳マットの上で礼を交わす光景を見たとき、「敬意」と「信頼」がこの社会を支えていると感じた。週に三回の稽古、年に一度約二週間の日本での合宿と、まさに人生の大半を武道を極めることに賭けている人たちが少なからずいて、日本武道の普及を支える核となっている。その真摯でひたむきな姿勢には敬意しかない。また、各種の大会にしばしばご臨席されるルイ王子殿下(アンリ前大公殿下のご三男)のお姿は、文化交流が儀礼を超えて市民の誇りとして根づいていることを示している。

 和食もまた日常に溶け込み、人々が自然に箸を使う光景はもはや珍しくない。現地の料理学校で日本食コースの新設を検討するアイデアもあり、人材育成が文化普及の鍵になると確信している。

 ルクセンブルクの市民社会は驚くほど成熟している。犬を連れた老夫婦が川沿いをゆっくりと進み、夕暮れの城壁の上では、ジョギングを終えた若者が谷風に汗を冷まし、ベビーカーを押す父親が街の灯りを見上げている。通りには騒音が少なく、路上のゴミもほとんど見当たらない。見えないところで多くの人がルールを守り、互いの自由と安全を支え合っている。こうした穏やかな環境こそが民度の高さと豊かさを物語っている。
 政治家や高官との距離も近く、電話一本で面会が実現することも珍しくない。形式より信頼、序列より実務——この小国外交の真髄とも言うべき軽やかさと機動力そして徹底的にオープンマインドな姿勢は、日本にとっても学ぶべき点が多いと感じる。

 安定の裏には課題もある。年金制度の見直しや労働時間の柔軟化、越境労働者を含む包摂のデザインなど、他の先進国同様の課題を抱え、将来世代のための改革は痛みを伴う。それでも、必要な議論から逃げず、合意の着地点を粘り強く探る政治の胆力が社会の信頼を支えている。

 外交団コミュニティは、規模こそ小さいものの、まさに「良いサイズ」と言えるものであった。ルクセンブルクは欧州の中心に位置しながらも、在住の大使は20名ほど。多くの国はベルギーのブリュッセルに本拠を置き、ルクセンブルクを兼轄している。したがって、当地に常駐する大使館は限られ、その分、互いの距離が近く、家族的な連帯感と機動力に満ちている。文化行事でも経済イベントでも、自然にほとんどの大使が集まり、一緒にイベントを盛り上げる。こうした連帯感がいろんな場面で、フランクな情報の交換に役立っている。

 ここで桜の話をひとこと付け加えたい。モーゼル川沿いのレーミッシュ市では、遊歩道整備と併せて2020年に樹木の老化により伐採されてしまった桜並木の復活が計画されている。春、淡い花が川面に映り、風が吹くたびに花びらが舞う。その光景を2027年、外交関係樹立百周年の節目に皆で見上げたい。桜は咲いて散るたびに、人と人の記憶をやさしく結び直してくれる。自然が持つ時間のリズムは、文化と外交の持続性を教えてくれる師でもある。計画が立ち上がってから五年が経過しているが、レーミッシュ市の意欲とコミットメントは変わっておらず、当館としても側面から桜並木の再現を支援していきたい。

 また、他の欧州諸国が国際園芸博一般に消極的な姿勢を示す中で、ルクセンブルクには2027年の横浜グリーン博への参加を前向きに検討頂いている。ルクセンブルクの横浜博への参加は、この百周年を祝う大きなイベントとして位置付けられ、大阪・関西万博に続き、日本への友情とコミットメントを再び示すものとなる。大いに期待したい。

 最後に、ルクセンブルクから学べる日本への示唆を三点あげると、第一に、政治の安定と未来に向けた長期戦略は経済の多角化にとって最大の無形資産であること。第二に、小規模でも信頼に根ざしたネットワークがあれば国際社会で動かせることは多いこと。第三に、文化は一過性のイベントではなく、人材育成という時間軸で捉えるべきこと。武道も和食も桜も、結局は「人」を育てる営みに帰着する。

 この静かな国で、熱意ある素晴らしい人々と出会えたことに深く感謝している。安全で穏やかな環境が人の思考を深くし、対話を豊かにする。そうして生まれる信頼は、紙の上の合意よりも長く生き続ける——そのことをルクセンブルクの日常が教えてくれた。

 ルクセンブルクは、基本的な価値を共有し、国際場裏でもウクライナ支援や核廃絶など多くの案件において信頼できるパートナーである。日本とルクセンブルクの協力関係が更に深化・発展することを祈りつつ、筆を置く。