(中国特集)カンボジアから見た中国


駐カンボジア大使 三上正裕

1.はじめに
 最近、カンボジアというと何かと中国との近さのみが話題になり、マスコミでは、「対中依存が強まっている」という文句が枕言葉のように使われている。そして、米中対立の構図の中で、ASEANの中ではカンボジアはラオスなどとともに完全に親中派に分類されている。これは事実の一面ではあるが、あまりにも単純であり、それだけで外交を処理すると誤った判断の原因になりかねない。本稿においては、カンボジアと中国の関係をいくつかの側面から紹介、考察してみたい。

2.歴史・地政学的関係
 カンボジアに来てまず驚くのは、街中で漢字表記を多く目にすることである。建設現場では中国語の看板が目立ち、また、多くの店が、クメール語表記とともに漢字の看板を掲げている。そして中国のカンボジアへの進出もここまで進んだのかと驚くのであるが、小さな商店などは昔ながらの華僑系カンボジア人が経営しており、昨日や今日に始まったことではなさそうである。シェムリアップのアンコールトムの中心にあるバイヨン寺院の回廊のレリーフを見ると、クメール人と一緒になってチャンパ軍(注:チャンパはかつて今の南ベトナムにあった国)と闘う中国人兵士の姿も見られるように、カンボジアと中国との交流の歴史は古い。商店の片隅には中国風の祠や七福神などが飾られ、日々の生活に中国の影響が溶け込んでいる。しかし、他の東南アジアでもそうであろうが、華僑系といっても何代も経て中国語も話せない人も多く、現在の中国に対する親近感が特に強いわけでもなさそうである。同時に、中には中国語を話し、祖先の出身地である中国の地方との交流などを保っている人々もおり、それが中国とのビジネスの基盤になっているケースもあるようなので、一概に言うことは困難である。

 歴史的・地政学的な対中警戒感は他の東南アジア諸国と比べても低いが、一方で、近年は中国の急速な進出に対する反発も見られる。まず、対中警戒感が低い理由であるが、中国とは直接国境を接しておらず侵略された経験がないこと、および、歴史的には東と西の隣国であるベトナム及びタイこそが脅威であり、中国はむしろこれら両国へのカウンター・バランスとして支援を求める相手であったことが挙げられる。中国は1970年代から1980年代にかけてクメール・ルージュを支援したが、この背景には、同じ共産主義でありながら、クメール・ルージュがベトナムを敵視していたことがあり、当時ソ連と対立していた中国は歴史的に緊張関係にあり、しかも親ソ連のベトナムを抑えようとした。ベトナムが、ヘン・サムリン、フン・センらクメール・ルージュに反旗を翻した勢力を支援する形でクメール・ルージュをプノンペンから放逐したのは1979年1月であったが、2月には中国はベトナムを攻撃し、中越戦争が勃発した。そして、1980年代を通じてベトナムに支持されたプノンペンの政権と西部を拠点に中国やタイに支援されたクメール・ルージュとの内戦が継続したのである。しかし、国民感情からしてもベトナムに依存し続けることは難しく、野党の攻撃材料にもなる。1990年代以降、フン・セン政権は、ベトナムとの間で特にハイレベルでの関係は保ちつつも、徐々に中国との関係を強化するという微妙な外交を展開してきた。ベトナムへの警戒感は依然強いが、同時に、かつて中国がクメール・ルージュを支援した記憶も国民の中には残っており、カンボジア人の対中感情は一筋縄ではない。
 なお、カンボジアは1999年にASEANに加入し、自らの安全保障に関してASEANの役割に対する期待感も高まった。しかし、2008年にタイとの国境にあるプレアビヒア寺院がUNESCO世界遺産に登録されたことをきっかけとして、タイとの緊張が高まり、武力衝突が発生した際のASEANの対応はカンボジアを失望させ、これをきっかけに一層中国への傾斜が強まったと言われている。

3.経済関係
 現在のカンボジアと中国の関係を考える時、経済面での中国の存在感の大きさは圧倒的である。カンボジアに対する直接投資(フロー)の約8割以上は中国(含香港)から来ていると言われている(主たる分野は、不動産、インフラ建設、リゾート開発、縫製業等)。援助分野でも、中国は2010年頃以降、日本を上回り、最大の援助国となった。また、メコンの要衝に位置するカンボジアは、中国の一帯一路構想の中で、タイ湾やマラッカ海峡に海洋パワーを投射するための優れた拠点としての重要な地位を占めており、カンボジア側も、一帯一路構想はカンボジアが発展し、他の地域諸国に追いつくための巨大な機会を創出するとの認識を持っているようである。
 貿易分野では、カンボジアの最大の輸出先は欧米であるが、輸入では中国からの輸入が一位である。人的往来でも、世界が新型コロナに見舞われる前の、2019年の時点では、日本からの年間来訪者約20万人に対して、中国からの来訪者は200万人を超えていた。このように、今やカンボジア経済は中国の存在抜きには語ることができない。カンボジア経済は、2019年までの20年間、年率約7%の高度成長を続けてきたが、EUによる特恵関税(EBA)の一部停止など、内政・人権状況を巡る欧米との関係が厳しくなる中で、中国との関係を良好に保つことは、経済的にも不可欠である。但し、カンボジアは債務を比較的手堅くコントロールしており(GDP比約32%(2020年末。経済財政省公的債務統計))、いわゆる「債務の罠」の状況にはないと言われている。(ただし、BOT等を含めた政府保証のない対外債務を含めるとGNI比約62%(2019年末。世界銀行)。)

 他方で、中国の急激な経済進出は、カンボジア人の生活に大きな影響を与え反発も生まれている。政財界をはじめとする多くの関係者が中国からの援助やビジネスで受益する一方で、急激な中国の進出に伴う弊害、特に、不動産開発による土地の高騰や環境破壊、犯罪やギャンブル、マネロン、麻薬等の問題に眉をひそめている国民も多い。それが凝縮的に現れたのがタイ湾に面したシハヌークビルであり、かつては漁村で、その後は欧米人に人気の静かなリゾート地であったシハヌークビルは、カジノ・ホテルが乱立し、犯罪の多い街になってしまった。いい加減な建設も多く、2年前には、中国人オーナーが増築していたビルが深夜に突然崩壊し、隣の日本レストランが下敷きになるという事故も発生した。幸い、日本人の親子3人は奇跡的に助かったが、ビルの内部で寝泊まりしていたカンボジアの作業員28人が命を落とした。カジノについてはさすがに弊害が大きくなり、また、一説によると、中国側からの要請もあり、一昨年夏にオンライン・カジノが禁止された結果、最低でも8万人程度はいると言われたシハヌークビルの中国人の数も減り、さらに新型コロナが追い打ちをかけて、現在はかなり落ち着きを取り戻してはいる。
 なお、日本との経済関係については、近年では、大型商業施設としては初めて、イオンが進出し活況を呈し(現在3号店を建設中)、ミネベアミツミや日本電産などが工場を建設して、付加価値の高い製品を作っている。中国の場合、製造業は縫製業などがほとんどであるが、日本の場合は、より高度な製造業も出てきており、また、企業のコンプライアンスや従業員の扱いもしっかりしていることから、カンボジア政府としては、カンボジアのイメージを高めるためにも、日本からの投資を切望しており、日カンボジア投資協定の下に設置された官民合同会議などを通じて、投資環境の改善に取り組んでいる。

4.政治・安全保障
 今年は国際社会が関与してカンボジア内戦を終結させたパリ和平協定から30年である。冷戦終了とほぼ時を同じくして成立したパリ和平協定は、人権尊重や多党制自由民主主義など理想的な内容を盛り込んでいる。他方、その後は、1993年の制憲議会選挙を第1回として5年ごとに国民議会(下院)議員選挙が行われてきているが、フン・セン政権が長期化するにつれて、政治権力が強化されてきた。それでも、2013年の選挙では野党が全123議席中の55議席を獲得したが、前回、2018年の選挙の前には、最大野党救国党の党首が国家反逆罪の嫌疑で逮捕され、最高裁の決定で救国党が解党された結果、与党人民党が下院全125議席を独占することになった。これに対しては、特に欧米諸国から大きな反発があり、それがEUによるEBAの一部停止などにもつながった。これに対して、カンボジア側は、客観的な法の執行であることを強調しつつ、ベトナムやタイ、ラオスといった周辺諸国と比べても、まがりなりにも多党制民主主義を維持し、選挙も行っているのに、なぜ、カンボジアだけが非難されるのだと反発している。
 外交的には、カンボジアは中立政策、全方位外交を標榜しているが(カンボジア憲法は第1条で、カンボジア王国は、「永久的に中立かつ非同盟の国家」であると規定している。)、このような中で、欧米諸国との関係強化は難しく、内政不干渉を掲げ、経済的な関係が深まっている中国との関係が目立たざるを得ない。2019年7月には、ウォールストリートジャーナルがシハヌークビル近辺にあるリアム海軍基地について、カンボジアが中国に排他的に使用させる密約を結んだのではないかと報道し、国際社会、特に米国が神経をとがらせている。なお、このリアム基地問題に関しては、カンボジア側は、「基地の外国への貸与はカンボジア憲法によって禁止されておりありえない(注、カンボジア王国憲法第53条は、「カンボジア王国は、国際連合の要請の枠組みを除き、外国に自国の領土を軍事基地として提供せず、自国軍を外国の軍事基地に駐在させない。」と規定。)。貧弱な基地の施設を改善するために中国の支援を受けていることは事実だが、排他的な使用の約束などはなく、基地はいかなる国の艦船にも開放される。」と説明している。

5.中国の対カンボジア政策と新型コロナ外交
 では、中国にとってカンボジアはどのような位置づけであろうか。南シナ海でベトナムやフィリピンなどと緊張関係にある中国が、ASEANが一致して自国に対抗してこないようにASEANの中にしっかりとした友好国を作っておきたいと考えることは自然であろう。中国が、かつてフン・セン政権の敵であったクメール・ルージュを支援していたのは不都合な真実であろうが、「内政不干渉」を掲げ、経済支援を行ってくれる中国はカンボジアにとって居心地の良いパートナーであり、かつてフン・セン首相が「諸悪の根源」と呼んだという敵もいつの間にか「鉄壁の友人(ironclad friends)」になっている。
 昨年はじめ、武漢で新型コロナが猛威を振るった直後の2月、フン・セン首相は韓国訪問の後で突如、北京を訪問して習近平主席と会談し、連帯感を表明した(当初は武漢訪問を希望したようであるが、さすがに実現しなかった)。その後、中国はいわゆるマスク外交、ワクチン外交を展開し、軍用機なども使って大量の医療物資をカンボジアに送るとともに、医療チームなども派遣している。ワクチンに関しては、第一弾として、2月7日、シノファーム社製のワクチン60万回分が到着する(無償)とともに、3月26日にはシノバック社製ワクチン150万回分が有償(単価10ドル)で届いた。
 カンボジアには、我が国なども支援するCOVAXメカニズムを通じて、インド産のアストラゼネカ・ワクチンも入ってきているが、これまで、二国間での支援は中国のみであり、中国のワクチン外交は全体として好意的に受け止められていると思われる。他方、比較的うまく感染を抑え込んできたカンボジアであったが、2月後半以降は、「2月20日事案」と呼ばれる大規模な市中感染が広がり、それ以前は500に満たなかった累積感染者数が2か月あまりで1万人以上に、また、ゼロだった死者も100人に迫り、4月15日からは遂にプノンペンがロックダウンされた。報道によれば、この市中感染の原因を作ったのは、プライベートジェットでカンボジアに来て、2週間の隔離中にホテルの守衛に金銭を渡して抜け出し、顧客やナイトクラブを転々としていた中国国籍の女性であり、当初中国人を中心に感染が広がった。せっかくワクチン外交で良いイメージを作りつつあっただけに、中国のイメージには相当の打撃になったと思われる。 

6.日本との関係
 カンボジアに着任するまではあまり認識していなかったが、カンボジア人は極めて親日的である。これにはいくつか理由があろうが、大きな理由として、日本には負の過去がないことが挙げられる。日本は太平洋戦争中頃から末期にかけて、カンボジアにも進出し、フランスを放逐したが、その過程で被害はほとんど出さず、また、後の独立への途を準備する形にもなった。また、現代史では、何といっても、200万人ともいわれる国民が死んだクメール・ルージュによる経験が鮮烈であるが、クメール・ルージュの登場、支配、そしてその後の内戦に至る歴史は、ベトナム戦争をはじめ、インドシナ半島におけるフランス、米国、ソ連、中国といった大国間政治と密接に関連している。米国がベトナム戦争時にカンボジア領内に落とした爆弾の数は太平洋戦争で日本に落とした量よりも多いと言われているし、また、中国は一貫してクメール・ルージュを支援した。カンボジアにおいては、いずれの大国も何らかのうしろめたさを持つ中で、戦後日本がそのような国際政治に加わっていなかったことは幸運であった。そして、冷戦が終わり、カンボジアにおいても和平への動きが本格化したところに、経済力が絶頂で冷戦後の国際秩序構築に積極的に貢献しようとする意欲に満ちた日本が登場し、和平成立に貢献するとともに、その後の復興プロセスで大きな役割を果たしたことは、カンボジアの人々の記憶に強く刻み込まれており、高品質な日本製品といったイメージなどと相俟って(現在、カンボジアを走っている大多数の車は日本車である)、極めて良好な日本のイメージを生み出しているようである。

7.おわりに
 先にも書いたようにカンボジアは全方位外交を標榜しており、できれば中国のみならず、各国との関係を改善したいと考えていると思われる。しかし、内政・人権状況ゆえに、欧米諸国からの風当たりが強まる中で中国を頼らざるをえないというのが現実であろう。そのような中で、外交的にのみならず、時に中国に批判的な国内世論との関係でも、せめて日本と良好な協力関係を持つことはカンボジアにとって極めて重要と思われる。あまり知られていないが、安倍総理が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を打ち出した際に真っ先に支持した国の一つがカンボジアであったし、カンボジアは日本の安保理常任理事国入りは勿論ほとんどの選挙での日本を支持している。来年はカンボジアが10年ぶりにASEAN議長国を務める年であり、再来年にはまた5年ぶりの国政選挙が巡ってくる。カンボジアが様々な問題を抱えていることは紛れもない事実であるが、かつての惨状を考えれば、フン・セン政権が政治的安定を実現し、経済的な発展も成し遂げて国民生活を向上させてきたことは評価しなければならないだろう。米中の対立が深まる中で難しい局面にあるが、日本としては、これまで培ってきた良好な関係をうまく使いながら、カンボジアが多党制自由民主主義を維持し、ASEANの意義・役割を認識した上でその一体性を重視しながら、バランスのとれた外交を展開していくよう働きかけていく必要があると思う。

高層ビルの建設が進むプノンペン都内
中国の援助でプノンペン郊外に建設中のスタジアム
シハヌークビルの様子
シハヌークビルのカジノ・ホテル

(以上は、筆者の個人的な見解をまとめたものであり、筆者が属する組織の見解を示すものではない。)