<帰国大使は語る>カリブ海の小さくても存在感のある国・ジャマイカ


前駐ジャマイカ大使 藤原聖也

 2020年8月から2022年12月まで駐ジャマイカ大使を務めて最近帰国した藤原聖也大使は、インタビューに応え、ジャマイカの特徴と魅力、在任中に経験したことや力を入れて取り組んだこと、日本との関係とその展望等について以下の通り語りました。

―ジャマイカはどんな国ですか。その魅力は何ですか。

 ジャマイカは、カリブ海に浮かぶ東西235Km、南北84Kmの島国です。面積は日本の秋田県とほぼ同じで、人口は300万人弱です。学生時代にボブ・マーレイを聞いていましたが、外務省に入ってからは、中米やカリブとの関わりはなく、あまり知識がないまま赴任しました。実際に在勤してみると、ジャマイカは、自然豊かで活気のあふれるジャマイカ人が住む魅力あふれる国でした。ジャマイカは、原住民が「ザイマカ」と呼んでいたのが国名の由来とされています。「木と水の国」という意味です。カリブの島というと青い海と白い砂浜を思い描きますが、ジャマイカには標高2000メートルを超えるブルーマウンテンがあり、水も豊富で、生物や植物も多様です。

 歴史的な経緯から、アフリカ系黒人が人口の90%を占めますが、白人、先住民、中国やインドといったアジア系の人など様々なルーツを持った人がいます。“OUT OF MANY, ONE PEOPLE” をモットーに、出自は違っても同じジャマイカ人として誇りを持ち、活気あふれる社会を築いています。低成長や治安といった問題もありますが、「国境なき記者団」の報道の自由ランキングでは、180ヵ国中第7位の高い評価を得ています。ジャマイカを語るときよく “Punching above its weight” という言葉を使います。音楽やスポーツの世界で世界に名を馳せていることはよく知られていますが、国際政治や外交でも存在感があります。国連海洋法条約は1982年にモンテゴベイで署名され、キングストンには深海底の資源開発のルール作りを行う国際海底機構(ISA)本部があります。ジャマイカは、日本同様、国際司法裁判所(ICJ)と国際海洋法裁判所(ITLOS)に判事を送り出していますし、ジャマイカ外務貿易省には、外交や国際交渉の分野で活躍する優秀な人材がたくさんいます。かつて国連安保理改革の政府間交渉議長として交渉を進めたのは、ジャマイカのラトレイ国連常駐代表でした。日本としても大事にしないといけない国だと痛感しています。

―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事柄はありますか。

 私がジャマイカに在勤したのは2020年8月から2022年12月までの2年4か月です。コロナ禍のため行動が制限され、思うように対面の会合が実施できない時期が続きました。そのような中で、2021年7月に茂木外務大臣(当時)がジャマイカを訪問されました。

(写真)2021年7月、茂木外務大臣とジョンソン・スミス外務大臣との会談

 ジャマイカには、2015年に安倍総理が日本の総理として初めて訪問されました。ジャマイカからは2016年にジョンソン・スミス外相が、また、2019年にはホルネス首相が訪日するなど、日本とジャマイカの間の要人往来は活発ですが、日本の外務大臣の訪問はありませんでした。その機会に、ホルネス首相、ジョンソン・スミス外相との会談に加え、オンラインでカリコム諸国外相と日カリコム外相会合を行いました。日カリコム外相会合は8回目になりますが、カリブの地で開催されたのは初めてです。コロナ禍が続く中での茂木大臣の訪問はジャマイカ側から歴史的な訪問と受け止められ、日本がジャマイカやカリコム諸国との関係を重視しているというメッセージが伝わりました。一連の会合では、環境、防災、気候変動対策といった小島嶼国特有の課題やポスト・コロナにおける協力の在り方など幅広く議論が行われ、有意義なものとなりました。茂木大臣のジャマイカ訪問は、ロシアによるウクライナ侵攻の前ですが、世界各地で国際秩序に対する挑戦が起こっている中で、ジャマイカをはじめとするカリコム諸国との間で、自由で開かれた国際秩序、法の支配の重要性を確認したことは意義深かったと思います。

 2022年はジャマイカが独立して60年の節目の年でした。「偉大さに向けての国家の再活性化」をテーマに年間を通じ様々なイベントが行われ、新国会議事堂建設や米州で最も古い歴史を有するジャマイカ鉄道の運行再開といったレガシー・プロジェクトも始まりました。そのような中で、英国国王を国家元首とする立憲君主制から共和制に移行する動きが出てきています。この問題は1970年代から歴代政権が公約に掲げてきましたが、進展が見られませんでした。2022年3月にエリザベス女王即位70年を記念しウィリアム王子夫妻がジャマイカを訪問しましたが、その際に、英国に対する謝罪や賠償を求めるデモが起こり、ホルネス首相がウィリアム王子に対し、近い将来ジャマイカは立憲君主制から共和制に移行すると述べたことがニュースとなりました。ホルネス首相は、首相府に憲法、法律問題担当大臣を置き、2023年の議会に法案を提出し、2025年の次期総選挙までに結論を得るという道筋を示しています。戴冠以来10年おきにジャマイカを訪問し、ジャマイカと関係が深かったエリザベス女王が9月に崩御したことは、この流れを不可逆なものにするのではないかと思います。共和制に移行しても、英国型の議会制民主主義やコモンウェルスの一員であることは変わらず、日本を含む対外関係において大きな変化があるとは見られませんが、奴隷制や植民地を経験した国としての象徴的な問題であり、どのように決着させるのかが注目されます。

―ジャマイカと日本との関係はどのようなものですか。今後の展望はいかがですか。

 日本とジャマイカは、1964年に外交関係を開設して以来、良好な関係を維持しています。日本とジャマイカの関係は、「JJパートナーシップ」と称されています。日本とジャマイカ両国の頭文字をとったものですが、私もジャマイカ要人に会うたびに、日本との間には「JJパートナーシップ」があると言われ、心強く思いました。両国は国連など国際会議でも隣同士になりますが、マルチ外交に携わった人の中には、ジャマイカ代表と親しくなった人も多いのではないでしょうか。2015年に安倍総理がジャマイカを訪問した際に、「JJパートナーシップ」強化に関する共同声明」が出されています。

 日本とジャマイカ両国は、基本的価値を共有するパートナーです。同じ島国として、日本はジャマイカに対し、小島嶼国特有の脆弱性克服のため、防災、環境分野を中心に様々な協力を行ってきました。私の在任中は、コロナ対策として医療機材の供与やワクチンを現場に届けるためのコールドチェーン体制の整備である「ラスト・ワン・マイル支援」を行いました。2022年10月には、ジャマイカ独立60周年を記念して、秋本外務大臣政務官にジャマイカを訪問していただきましたが、その際、日本から到着したばかりの海上保安や災害対処を目的とした警備艇の引き渡し式が行われました。大使館も草の根人間の安全保障無償資金協力として、救急車やスクールバスの供与などを積極的に行っています。このような日本の支援は、ジャマイカ側から高く評価され、日本とジャマイカ関係の柱となっています。

(写真)2022年10月、秋本外務大臣政務官訪問時の警備艇引き渡し式

 日本とジャマイカの関係で特筆すべきは、草の根レベルの交流です。1989年以来、累計450名を超えるJICAボランティアが、ジャマイカの国づくりのために貢献し、高い評価を得ています。中でも、JETプログラムは2020年にジャマイカで20周年を迎え、延べ400名を超えるジャマイカ人が日本各地で英語教師として活躍してきました。私が在勤中に会ったジャマイカ要人の中にも、家族や親せきがJETプログラムで日本に行ったことがあるという人が多く、日本が身近な存在になっています。陸上短距離王国であるジャマイカとの間では、スポーツ分野の交流も重要です。とりわけ、鳥取県がジャマイカとの交流の推進役を担っています。鳥取県は2008年の大阪世界陸上の機会にジャマイカ選手団の事前合宿を受け入れて以来、姉妹都市関係や東京オリンピックのホストタウンなどを通じ、ジャマイカとスポーツや文化、高校生交流などを行っています。残念ながら、2021年の東京オリンピックではコロナ禍のため事前キャンプは実現しませんでしたが、鳥取県は引き続きポスト・オリパラの新たな交流や協力をジャマイカの間で進めており、ありがたく思います。

(写真)2022年4月、一時帰国時に平井鳥取県知事への表敬訪問

 日本とジャマイカは、2024年に外交関係60周年を迎えます。日本は2024年を「日カリブ交流年」とすることを決定し、ジャマイカをはじめとするカリブ海諸国と様々な交流を強化しようとしています。世界各地で国際秩序が挑戦を受ける中、カリブ海の要衝に位置し、自由、民主主義、法の支配といった基本的価値を共有するジャマイカとの関係はますます重要になってきます。「日カリブ交流年」を通じ、日本とジャマイカの関係が新たな時代に向けてさらに発展することを期待しています。

―大使として在任中、特に力を入れて取り組まれたことは何ですか。

 大使として特に力を入れたのは、日本とジャマイカの経済関係の強化です。日本企業の進出や貿易、投資の拡大は、ジャマイカ政府が最も重視する点でもあります。ジャマイカ政府の進める経済特区開発やエネルギー転換、治安改善などの分野で、日本の技術を生かした協力により、経済関係強化を図ることに取り組みました。

 ジャマイカは日本から遠くマーケットが小さいため、日本企業の関心が高いとは言えませんが、キングストンという天然の良港を有し、アジアからパナマ運河を越えて北米や中南米へ向かうカリブ海交通の要衝に位置しています。また、西半球で米国、カナダに次ぐ英語人口を有しています。ジャマイカ政府は、これらの強みを生かし「ロジスティックス・ハブ」として発展する戦略を立て、日本に対して「スマートシティ」開発やエネルギー転換の分野での協力を要請しています。幸い日本企業がジャマイカの電力セクターに進出していますので、日本企業やJICAの協力を得ながら、日本としてどういう協力ができるかを模索しました。世界的なエネルギーや食料の価格高騰が続く中、ジャマイカにおいてもエネルギー改革や食料安全保障が喫緊の課題になっています。2022年10月には、チャールズ・ジュニア農業漁業大臣に訪日してもらいましたが、このような新しい分野で日本の技術や知見を活かした協力が進展することを期待しています。

(図表)ジャマイカ経済特区庁作成のジャマイカの位置関係図

 長年低成長と治安問題に苦しんできたジャマイカにとり、経済成長と雇用拡大は最重要課題です。日本はかつてジャマイカのブルーマウンテン・コーヒーの発展に尽力し、ジャマイカ側から高く評価されています。ジャマイカが現在の厳しい世界情勢のもと新たな挑戦を行う中で、伝統的なパートナーである日本として、官民連携してジャマイカの経済成長や雇用拡大につながる新たな協力を行うことができれば、日本とジャマイカの関係を一層強固なものにできると思います。

―在外勤務を通じて強く感じられたことはありますか。

 これまで42年8か月の外務省生活のほぼ半分を海外で在勤しました。フランスでの研修に始まり、アフリカ、欧州、東南アジア、北米、カリブと多様な地域で勤務できたことは幸運でした。この間に日本をめぐる国際環境は大きく変わり、日本の立ち位置も変わりました。フランスには、研修時代を含め3度在勤しましたが、経済摩擦や文化が突出していた関係から、今日ではグローバルに政治、安全保障も含め幅広く協力する関係に進化しました。東南アジアやアフリカ、カリブの新興国、途上国での勤務では、日本の近代化や戦後の歩み、戦争や自然災害を乗り越えて発展する日本の姿が強いインパクトを与えていることがわかりました。日本の持つソフトパワーというものは、自分が考えていた以上に大きいのではないかと感じました。もちろん、外から見ていると、日本が変わらないといけないと思うところもあります。小さい国、新しい国であっても、自国の歴史や文化に誇りを持ち、それぞれの国がたどってきた道のりから日本も学ぶべき点があります。日本の良さは謙虚さでもありますので、これからも謙虚さを失うことなく、日本の強みやソフトパワーを積極的に打ち出していけばいいのではないかと思います。