(中国特集)フランスから見た中国


駐フランス大使 伊原純一

(導入)
 ヨーロッパでのコロナ感染が一時小康状態を迎えていた2020年秋、茂木外務大臣は、菅内閣の閣僚による初の外遊先としてフランスを訪れ、ル・ドリアン外相と会談を行った。国際情勢についての意見交換はほとんどがアジア情勢に割かれ、中国についても突っ込んだ議論が行われた。その際、ル・ドリアン外相からは、中国との関係について、国際的課題に対処する上でのパートナー、貿易や経済などの分野での競争相手、体制上のライバルの三つに分けた説明があり、私は聞いていて、なかなかうまい整理だなと感心した。しかしその後、その三分類はフランスのオリジナルではなく、すでに2019年にEUが中国に関する戦略的アウトルックを発表した際に使われていることを知った。米国では2021年1月にバイデン政権が発足し、欧州を訪問したブリンケン国務長官は記者会見などで中国との関係について、competitive if it should be, collaborative if it can be, adversarial if it must be、とスマートに表現したが、この三つはまさにEUの三分類に対応している。こういった対中関係のとらえ方は、少なくとも理念的なレベルではいまや主要先進国間ではコンセンサスを得ているように思われる。むしろ実際の政策レベルにおいて問題となるのは、この三つの側面のそれぞれの比重と、個別の分野における具体的な政策であろう。ここではフランスの見方とその対中政策について考えてみたい。

(対中認識の変化)
 フランスの中国に対する見方はここ数年大きく変化してきている。
 その一つのきっかけとなったのは新型コロナウィルスの世界的感染拡大である。本来であれば国際的な協力や協調が求められるパンデミックを前に、中国は、感染の発生源としてその対応に透明性を欠きWHOの調査にも非協力的で、世界的なマスク不足やワクチン需要を外交上の機会としてあからさまに利用し、自国の感染対策の有効性を共産党の一党支配体制の効率性・優位性として喧伝した。これは国際的な課題に対処する上でのパートナーとしての中国のイメージをフランスにおいても大きく傷つけた。
 またコロナ危機はフランス(さらにはEU)がいかに多くの製品や技術を外国に頼り産業的に脆弱であるかを露呈し、その関連で、特に中国への依存の高さが改めて注目された。同時に、中国が戦略的に補助金などの手段を駆使して重要産業の育成をはかり、投資などを通じて海外からの技術移転をすすめていることなどから、中国は自分たちと同じ条件で競争している相手ではないとの印象を強めた。さらに5Gの導入との関連では,EU域外の製品をネットワークの基幹部分に使用することへのセキュリティ上の懸念も強まった。
 以上に加え、香港の民主化運動の抑え込み、ウイグル人に対する人権侵害と宗教的・文化的な抑圧など中国における人権問題も広く関心を集めた。その一方で,中国側から西洋の民主主義を効率の悪い体制だといった批判を聞くに及び、フランスでは中国の価値システムは自分たちのものとは異なるとの認識がますます深まったとみられる。エピソード的ではあるが、コロナ対応や台湾問題に関するフランス駐在中国大使のSNS上での攻撃的な発信も中国が異質の国であることを印象付けるうえで「効果」があったとみられる。
 こういった諸々の事象を通じて、対中関係の三つの側面の中で、三番目の体制上のライバルであることの比重がより強くなっているように思われる。

(実利面での関係)
 他方で、この三分類には明確にはでてこないが、フランスも世界の多くの国と同様、中国とは商業上、経済上の実利で深く結ばれている。したがって、理念的側面だけで対中関係を整理することは現実を反映していないといえる。
 中国はフランスの第2の輸入元で(2020年で輸入の11.3%を占める)、輸出先としては4.2%で第7位であるが、航空機や自動車などフランスの重要産業分野にとっては大切な市場であり、また、香水やワインなどの分野でも今後さらに輸出の拡大が期待されている。また、中国はフランスへの投資国としては累積投資額で日本を抜きアジアでは最大で(雇用への貢献では日本が引き続きアジア諸国の中ではトップを占める)、ファーウェイはフランス東部での大型製造投資案件を進めている。また移動無線通信の分野ではすでにアンテナ局などのインフラ面で,フランスはファーウェイなど中国製に大きく依存しており、5Gをめぐる規制強化においても一定の配慮がなされている(詳細は後述)。

 以下ではいくつかの具体的事例をもとにフランスの対中政策の特徴をみてみたい。

(開発援助)
 フランスは開発援助に関しては特にアフリカ諸国の債務問題に大きな関心を有しており、5月18日にはパリでアフリカ経済の資金調達に関する首脳会合を開催するなど、積極的なイニシアティヴをとっている。ル・ドリアン外相は、中国を念頭に、開発援助の世界で手法や意図の異なる新たなアクターに自由に振舞わせるわけにはいかない、と表明し対抗意識を隠さない。同時にフランスは、パリクラブ議長国及びG20のワーキンググループ共同議長として、中国をできるだけ取り込んで債務問題に対処する努力もしており、アフリカなどの低所得国の債務返済モラトリウムへの中国の参加などで一定の成果を上げている。今やメジャーな債権国となった中国を疎外するのではなく,むしろ同国が既存の秩序や体制を受け入れるようにエンカレッジしていこうと腐心しているといえよう。

(気候変動・生物多様性)
 気候変動・生物多様性といったグローバルな課題では、世界最大の温室効果ガス排出国であり、広大で多様な国土を擁し、その経済活動が国内外の自然環境・生態系に大きな影響を与える中国を抜きにしては、国際的に真に意味ある進展は期待できない。そのような認識から、フランスは中国をパートナーとして扱い、さらに野心の高い行動をとるよう求めてきている。4月16日には、米国主催気候変動サミットを前に、仏独首脳が習近平首席とテレビ会談をおこない、本年9月にフランスが主催するIUCN(国際自然保護連合)総会、10月に中国が主催する昆明COP15(生物多様性)、11月のグラスゴーCOP 26(気候変動)の成功に向け、これらの分野での一層の協力を確認した。フランスは、こうした前向きなパートナーシップも織り交ぜて、自らの優先課題である気候変動・生物多様性の分野で、中国により大きな貢献をさせるよう促している。

(5G)
 フランスは2019年8月に施行された法律により、国家安全保障上の利益確保を目的として移動無線通信ネットワーク機器の運用にあたり事前許可制度を導入した。一部の通信事業者は、この法律は事実上ファーウェイ機器の使用を禁止するもので憲法に反するとして憲法院に訴えたが、憲法院は国家の基本的利益の保護の必要性にかんがみ問題なしとの判断を下した。
 実際の施行状況を見ると、ファーウェイ機器に依存している通信業者にも配慮して、ファーウェイ機器の使用にかかる一部の許可申請は8年の期限付きで認められるなど、脱ファーウェイ依存と通信事業者への影響の両面を考慮した現実的な対応が取られたものと考える。

(インド太平洋協力)
 フランスはヨーロッパ諸国の中では唯一、インド洋と太平洋に領土を持つインド太平洋国家である。もちろん、だからといって台湾海峡をめぐる緊張や南シナ海の軍事化といった切迫した問題に日本と同等の危機感を持っているわけではない。しかし、国際秩序はルールに基づくべきであり、力による現状の変更は許されない、特に海上の安全保障は国際社会の共通の利益であり海洋における法治主義は擁護されるべきである、といった基本的価値や原則において、フランスは日本や米国、豪州、インドなどと立場を共有しており、日仏のインド太平洋協力は両国の特別なパートナーシップの重要な柱となっている。本年5月には、日本の陸上自衛隊と仏陸軍、米海兵隊合同での着上陸訓練が九州でおこなわれ、相前後して海上ではこの三か国に豪州も加わって洋上演習が行われた。また、日仏間では機雷探査技術の共同研究も進展している。なお,フランスは昨年から本年4月にかけて攻撃型原潜「エムロード」をインド太平洋地域に派遣し、南シナ海を航行した上で、その旨を対外的にも公表している。

(戦略的自立とEUの連帯)
 フランスは米国バイデン政権が中国問題を極めて重視しており、その観点から、国務・国防両長官の最初の外遊先が日本と韓国で、ホワイトハウスに招かれた最初の外国の首脳が菅総理であったことを自然なこととして受け止めている。そのためフランスは、トランプ政権のころからすでに顕著であった、「戦略的自立」(strategic autonomy)政策をこれからも追求していくものと思われる。これは必ずしも米国離れではなく、世界的に見た中国問題の重要性を理解するがゆえに自分たち(ヨーロッパ)の身の回りのことは自分たちで処理できるようにして米国の負担を減らす、ある種の対米協力ともいえよう。
 また、フランス自身が中国に対峙する際には、(フランスの実益をできるだけ損なわないようにという配慮もあるのであろうが、)同志国やEUとしての連帯を重視している。例えば、中国の人権問題について立場を表明する場合には一国としてではなくEUとしての声明を重視する、また、習近平主席がエリゼ宮(仏大統領府)を訪問する際にはメルケル首相とEU首脳と共に会談する、といった点にそれはあらわれている。

(まとめ)
 以上要するに、フランスの対中認識においては、中国は体制上のライバルであるとの意識がより前面に出てきつつあるが、同時に政策面では、国際社会共通の課題に対しては中国をできるだけ取り込んで、その大きさに見合った責任を果たすよう求め、また経済や技術の面での国際競争においては、中国に国際ルールを守らせることにより、より公正な競争条件を確保する、というのがフランスの基本的な対中スタンスであるように思われる。さらにはこういった政策を進めるにあたり、常にフランスにとっての経済的その他の実益を見失うことなく対応している。
 フランスの関係者の中には、米国の対中政策との違いとして、ブリンケン国務長官はadversarial という言葉を使っているが、ヨーロッパの言うsystemic rival にはそのような敵対的な意味はない、という人もいる。そこには米中の覇権争いには巻き込まれたくないとの気持ちがあるのかもしれない。他方で、基本的価値や原則においては中国に譲ることがあってはならないし、中国がパートナーとして協力的態度を示したり、経済分野で実益をぶら下げたりしても、価値や原則と取引することはあり得ない、との主張もみられる。
 いずれにしても、今の時点での日仏両国の中国に対する見方には多くの共通点があり、引き続き緊密に意見交換をしつつ可能な分野での協力を今後とも進めていくべきであろう。