(中国特集)トルコから見た中国


駐トルコ大使 鈴木量博

はじめに
 「トルコ」と言われて最初にイメージするのが「エルドアン大統領」という人は、私だけであろうか。アヤソフィア博物館のモスク化、ロシアからのS-400ミサイル防衛システム導入決定、トルコ中央銀行総裁の突然の解雇、最近では欧米10カ国の駐トルコ大使に対するペルソナ・ノン・グラータ(好ましからぬ外交官としての国外退去処分、PNG)発言など、大統領の言動を巡って国際メディアを賑わす報道ぶりは枚挙にいとまが無い。特に、欧米メディアはエルドアン大統領を強権的、独裁的だとして、「エルドアン=アンストッパブル」とのイメージで報道する場合が多い。ただ、その多くはエルドアンのポピュリスト、ナショナリスト的言動に対する欧米との軋轢が関心の中心であり、影の主役として登場するのもロシアぐらいまでである。拙稿の課題である中国がトルコ外交の前面に躍り出るケースは少ない。ただ、私は日本の外交官であるから、当然中国のトルコにおける動向が気になり、機会あらばトルコ人やアンカラ駐在の外交官等に聞くことにしている。ただ、特に関心を有する人以外、トルコでは一般的に中国の活動実態に余り関心が無いのが実情である。それは上述の「エルドアンvs欧米」という当地における外交の関心の主軸から外れるせいでもある。では、トルコにおける中国の活動実態は、本当に微々たるものなのか。この機会に掘り下げて見ていきたい。

トルコ人の対中意識
 トルコには世論調査会社が相当数存在し、その精度は比較的高いと言われている。先ずは最近のトルコにおける意識調査結果から、トルコ人の対中イメージを見てみよう。下の図表1~3のグラフを始め各種調査結果から大きく次のことが浮かび上がってくる。
●各国に対する信頼度・脅威度比較で見ると、トルコ人一般にとって最もネガティブ・イメージの国は米国。中国に対するイメージは米国ほど悪くない。(図表1)
●一方、中東で最も影響力があると認識されている国は、1位が米国、中国は4位。(図表2) 「トルコが今後10年で直面する最重要外交課題は?」との問いでも「中国の台頭」は8位であり、一般には中国のプレゼンスはさほど認識されていない。(図表3)「どの国が経済超大国?」との問いでも米国が突出して1位(43.3%)。2位EU(17.7%)、中国は3位(14.5%)である。
●しかし「米EU/NATOからの圧力をかわす為に中露との関係を強化すべきか?」との問いでは、イエスが44.6%、ノーが39.5%である。エルドアン大統領の外交手法が欧米とロシアを秤にかけるようだとして欧米マスコミが頻繁に批判するが、トルコ国内では実はかかる手法を支持する見方の方が強いことが判る。
●面白いのは、「あなた又はあなたの子供は将来どの国に住みたいか?」との質問では、1位独(27.0%)、2位英(10.9%)、3位米(8.2%)、4位露(2.9%)、5位中国(1.8%)となっており、憧れの対象は引き続き欧米である。
●「ウィグル人問題」はどうか。「政府は東トルキスタンのウィグル人問題で必要な反応を示しているか?」との問いに対し、イエス23.0%、ノー53.2%との結果があり、政府の対応が不十分だとの意見が強い。
 以上から見えてくることは、一般トルコ人の対外関心上、米/EUが占める地位が圧倒的であること、中でも対米イメージが極端に悪い一方、同時に対米関係を改善する必要性も感じていること、かかる状況の中で、中国のプレゼンスは小さく、関心も低いこと、あえて対中イメージを聞かれれば、「何となく悪い」という程度かと思われる。国民一般の向いている方向(憧れの対象)は欧州(独、英等)である。

二国間外交関係
 過去10年程度のトルコ・中国関係では、2012年に習近平が国家副主席としてトルコを公式訪問して以来、エルドアンと習近平はこれまで11回、首脳会談を対面で開催している。過去2年間コロナ禍で習近平の外遊が無いことを考えれば、年1回をかなり上回るペースで首脳会談を実施してきたことになる。G20サミットを利用した二国間バイ会談が多いが、エルドアンは、2017年一帯一路サミット参加の為や2019年大阪G20サミット後にも訪中している。エルドアン・習近平という二人の強力な指導者間の頻繁な首脳会談が目につく。なお、エルドアンはロシアのプーチン大統領とは過去38回も会談している。欧米とも中露とも対等に渡り合う「大国トルコ」というのはエルドアンが非常に好むイメージだし、そうしたイメージをトルコ国民も実は好ましいと思っていることは先述の意識調査の結果のとおりである。
 このような中、新疆ウィグル自治区で人権状況が懸念されるウィグル人問題が中国トルコ関係上、微妙な懸案だとされている。実際、ウィグル人は民族的にトルコ系なので一般トルコ人の関心も高い。この問題に対するエルドアン大統領の基本発言ラインは、「ウィグルのトルコ系が中国における同等の市民として、豊かに、自由に、平和に生活することの重要性を強調しつつ、中国の主権及び領土の保全をトルコは尊重する」(本年7月トルコ中国首脳電話会談。トルコ政府発表)である。トルコ側は常に「中国の領土保全の枠組みの下での人権尊重」というフォーミュラで公表している。これはエルドアンの国連総会演説でもトルコ国会演説でも変わらない。他方、この結果、国内野党勢力から、エルドアンは対中配慮のあまり、中国への働きかけが不十分だと批判され、政治的に微妙な問題になっている訳である。トルコ政府は、やるべきことはやっているとの姿勢をとって野党批判をかわしつつ、同時に対中関係に配慮して、できる限りローキーで扱っているとの見方が当地では強い。(注:但し、マルチ外交の場では、本年10月国連総会第三委員会の新疆に関する共同声明に参加する等より柔軟な対応を取っている。)
 両国間の政党間交流の現状はどうか?与党の公正発展党(AKP)はイスラム主義政党なので、中国共産党との間でのハイレベル交流は従来さほど活発でなかった。他方、AKPは結党以来エルドアンが党首として君臨してきたエルドアン個人商店のような組織である。エルドアン・習近平の緊密な関係を背景に、習近平「総書記」を戴く中国共産党とAKPの関係が緊密化しても不思議ではなかろう。本年6月にはAKPと中国共産党との間で交流メカニズム設置が正式に合意された。これからの展開が注目される。

うまく行かなかった対トルコ・ワクチン外交
 2020年11月にトルコは中国から1億本のシノバック・ワクチン供与、うち5000万本を本年2月末に受領することに合意した。しかし本年2月までの本数は5000万本を遥かに下回る1800万本。本年3月にトルコを来訪した王毅外相に対し、エルドアン大統領自身、「2月末までに5000万本受け取る予定なのに未だ来ていない。」と注文を付けた。中国が自国内での接種を優先した結果、海外へのワクチン供与の速度が落ちたのが実態のようである。エルドアン自身が早い段階でシノバックを2回接種し、公表したことが示しているように、トルコは当初シノバック頼みだった。供給が遅れた結果、ファイザーも導入し、その後ファイザーに主流の地位を取られてしまった。国民一般の意識でも「中国は約束を守らなかった」との印象をより強く与える結果となった。

経済
 トルコの経済官僚に「中国はどうか?」と聞けば、声を揃えて返ってくるのが、トルコが抱える巨額の対中貿易赤字の話である。図表4を見ると、トルコの貿易全体像としては、対EUが突出し巨額だが、輸出入全体はほぼ均衡していること、一方、対中貿易では中国側の黒字が突出し、貿易赤字額でダントツ1位であることが判る。同時にこの統計が示すEUの独占的地位からもトルコが事実上、EU経済圏にあることが明瞭である。

図表4(いずれもトルコ統計局データを基に作成)

 
 エルドアン政権にとって近年の通貨トルコリラ急落は頭の痛い問題だが、その背景に経済ファンダメンタルズ上の慢性的貿易赤字構造がある。このためトルコ貿易省は、トルコが赤字を抱える各国に輸入増大を要請してくる。我が国も例に洩れずトルコから頻繁な要請があるが、トルコの対日貿易赤字は約33億ドルである。トルコの対中貿易赤字が約202億ドルもあることを考えれば、彼らが中国に常々文句を言っているとしても不思議でない。
 ただ、こうした貿易赤字があっても両国関係が険悪にならないのは、上述のエルドアンの大国外交志向、欧米バランサーとしての中露、そして緊密なエルドアン・習近平関係があるのであろう。更に重要な点として、トルコの対外経済関係上、巨大な地位を占めるのはまだEU/米であり、トルコでの中国プレゼンスは東南アジアほど大きくないことが指摘できる。
 この関連で、貿易(モノ)収支の裏側にあるファイナンス(カネ)の収支も見てみよう。図表5からは、中国が貸付国として重要ではあるものの、ここでも主要国の一つに過ぎないことが判る。(なお日本が近年、公的ローンで対トルコ融資額トップを占めたことは意外と知られていない。)ただ注意すべきは、AIIB(アジアインフラ投資銀行)が2018年以降エネルギー分野を中心に、2020年以降はコロナ対策分野も含め、合計約25億米ドルの対トルコ融資を承認している点である。この2018年という年には、同年8月の米トランプ政権の対トルコ経済制裁がきっかけで、近年のトルコ通貨リラ急落の契機になったという象徴的な意味がある。大胆に中国(貸付額)+AIIB(承認額)を合計すると2018年以降、公的ローン額ではトップの日本に肉薄する第2位に台頭する。また中国は、通貨スワップ協定を2012年に総額約17億ドルで締結して以来、2015年、2019年と改定し、現在、約60億ドル規模の枠組みになっている。トルコが中国以外で通貨スワップ協定を有するのは、カタール、韓国のみである。最近のトルコリラ急落の状況の下、通貨リラの安定はエルドアン政権にとって切実な問題であろう。トルコのリラ安の主因は、トルコ中銀による強気の金利引下げと慢性的経常収支赤字にあるとよく言われる。中国は、トルコの最大貿易赤字相手として、このリラ安の一因である一方、近年、積極的貸付で通貨リラの安定化に向けた貢献もしている訳である。ただ、これが貸付である以上、将来、トルコ側の返済義務が中国側によって政治利用されるリスクも増す点には注意を要しよう。

図表5(世界銀行国際債務統計、アジアインフラ投資銀行のデータを基に作成)

 なお、インフラ分野では、中国が「一帯一路」、トルコが「中部回廊計画」という似たコンセプトのユーラシア大陸横断開発計画を持っている。この二つを繋げる了解覚書が2015年のトルコ中国首脳会談で合意された。この結果、2020年12月から実際にイスタンブールと中国西安間で貨物列車の運用が開始した。これまで7回ほど、42-50両の車両で鉱物資源などを12日程度で輸送している模様である。船便であればトルコ・中国間は通常1ヶ月以上要するので大幅な日数短縮になるが、大型コンテナ船に比べると運搬できる物量が遥かに小さいという制約がある。

安全保障
 先述したように、中国という国は、トルコ人一般にとって、それ程ポジティブなイメージは無い一方、目に見えた脅威といった認識も乏しい。では、かかる中、トルコの安保・防衛上、中国との関係はどのように推移してきたか?それは、NATO加盟国であるトルコ側が積極的に中国との防衛協力を進めようとし、それに米国が「待った」をかけてきた歴史だと言える。NATO諸国の中で自国内で中国との最初の共同軍事訓練を実施したのが2010年のアナトリアン・イーグル空軍演習でのトルコである。この演習は当初、中国のスーホイ27戦闘機4機が参加しトルコのF16と共同演習をする計画であった。しかしF16戦闘機の対中情報漏洩を恐れた米国から「待った」がかかり、結局、トルコは旧型F4戦闘機を使用し中国との共同演習を実施した。2013年にはトルコは対空ミサイル防衛システムの入札で中国精密機械輸出入公社(CPMIEC)が落札した。トルコ側は価格競争力と技術移転のメリットの結果だと説明したが、CPMIECは米国の制裁対象企業で、「NATO防衛体制の脆弱性を高めてしまう」として米国が繰り返し反対。結局トルコは計画をキャンセルせざるを得なくなった。これは正に現在のロシア製対空ミサイル防衛システムS-400の導入を巡る米トルコ間の軋轢を彷彿させる。ほぼ同様の問題が、ロシアとの間で発生する以前に、すでに中国との間で生じていた訳である。
 なお、情報デジタル分野では、ファーウェイ社がイスタンブールに有するR&Dセンターは現在世界第二の大きさの施設だとされる。その他ZTEが2016年にトルコのNETAS社の48.04%株式を取得しこの地域での活動を拡大。本2021年は、Oppo、Xiaomi、Vivo、Tecno Mobile、Realme、TCLといった中国企業が一斉にトルコでの生産や提携を開始し話題となっている。

広報文化
 注目すべきは孔子学院の活動であろう。トルコ主要4大学の学内に孔子学院が存在する。このうちボアジチ大学(在イスタンブール、上海大学と提携)と中東工科大学(在アンカラ、厦門大学と提携)は国内トップクラスの国立大学である。他の2校はイスタンブールにある私立大学。この4校中、ボアジチ大の孔子学院は、イスタンブール大他5大学等とも提携関係を築いていて、2012年に「孔子学院賞」を受賞する等、4校のリーダー格として活発な活動を行なっていると見られる。
 余り知られていないのは、CRI(China Radio International)という中国のFMラジオ局、ネット・ニュース・サイトの存在である。ラジオ局はトルコ全土向けにトルコ語で、ネットサイトもトルコ語で、中国とトルコに関するニュースを流している。当然、台湾問題など中国政府の宣伝ラインに則ったニュースが中心だが、トルコ人の関心を惹くようトルコ国内や中東ニュースも一部扱っている。ただ、一般トルコ人で同局を知っている人は少なく、アフリカにおけるCCTVのような存在とはなっていない。

終わりに
 去る10月28日の独立記念日、大統領宮殿で恒例のエルドアン大統領に祝辞を述べる行事が開催され私も出席した。各国大使からの祝意を大統領が受ける式典だが、ペルソナ・ノン・グラータの威嚇発言を受けた欧米10カ国(NZを含む)の大使の顔は見えなかった(10大使は招待されなかったとトルコでは報じられている)。これら大使の一部からは事後、私も事情を聞いたが、皆、一様に最近の大統領の言動に辟易としていた感があった。エルドアン政権において権威主義的傾向が強まってきていることは事実であろう。ただ、トルコ・ナショナリズムを国内の支持基盤とするエルドアン的発想からすると、人権問題などで欧米から圧力をかけられれば、より中露に近づいて乗り切ろう、との対応が取られても不思議ではないし、現にそれを支持するトルコ人一般の意識調査結果があることは先に見たとおりである。プーチン大統領と同様に習近平とも頻繁に会談するエルドアンは、欧米へのカウンター・バランスとして中国を考えている面があると思う。ただ見てきたようにまだまだトルコにおける中国プレゼンスはさほど大きなものでない。同時に、過去10年程度の中期トレンドで見れば、政治・経済・文化等あらゆる面で中国プレゼンスは徐々にだが確実に増している。その一方、この事実をトルコ人一般は余り意識していないのが、当地の実情である。
 こうした状況下、日本は如何に対応すべきであろうか?トルコ人の「親日ぶり」は余りに有名なエピソードなので本稿では割愛したい。重要なことは、日本が持つパーセプション上のこの大きな利点を単に漠然としたイメージに留めるのでなく、如何に役立てていくかであろう。上から目線ではない、日本らしいエンゲージメントによって、トルコが民主主義、法の支配等の基本的価値や原則を守りつつ、NATO加盟国であるとの立ち位置を基本として、中国に対峙していくよう働きかけていくべきだと考えている。

(以上は筆者個人の見解であり、筆者が所属する組織の見解を示したものではない。)