(中国特集)スリランカから見た中国


駐スリランカ大使 杉山 明

1.はじめに
 「インド洋の真珠」と言われるスリランカは、近年、東西を結ぶシーレーンの中心に位置するという地政学上の要衝として改めて国際社会の注目を集めている。とりわけ、2017年、同国南部のハンバントタ港について、スリランカ政府と中国企業の合意により、中国企業に対して港湾運営権及び港湾施設等が99年間リースされることが明らかになって以来、中国による「債務の罠」(インフラ事業実施のために条件の厳しい借款を供与し、債務国が返済に窮することを利用して当該インフラの運営権等をdebt equity swapにより取得する手法)の典型例として取り上げられることが多くなった。翌2018年、ペンス米副大統領(当時)は、対中国政策に関する演説の中で、このハンバントタ港の事例を念頭に、スリランカを中国の「債務外交」の代表例として取り上げ、改めて注目を集めた。最近では、日本や欧米でスリランカの現政権につき報じられる際は、必ずと言っていいほど「中国寄りの」という枕詞が付けられるようになっている。
 このような国際社会からの視線を受ける中で、スリランカ自身は中国をどう見ているのか。以下、筆者の当地での勤務の経験を踏まえつつ管見を申し述べることと致したい。なお、以下は筆者個人の見解であり、筆者が属する組織の見解を示すものではないことを冒頭にお断りしておきたい。

2.中国の存在感の高まり
 中国はスリランカを「一帯一路」構想における重点国と位置づけていると考えられ、過去約10年間におけるスリランカにおける中国の存在感の高まりは各分野において顕著なものがある。
(1)援助
 中国は、2012年以降、日本を抜いて最大の援助国となり、援助額(ディスバースベース)は400百万ドルを超える水準で推移し、2019年には2010年に比して約5倍となる約650百万ドル(全て借款)に達し、同年のスリランカが受け入れた援助総額の約40%を占めるに至っている(財務省年次報告)。因みに、同年の2位はアジア開発銀行(約17%)、3位は日本(約11%)と続く。隣国インドは全体の約2%に止まる。中国の援助は、先に触れたハンバントタ港(同地はマヒンダ・ラージャパクサ元大統領(現首相)の出身地)の他、ハンバントタ国際空港、南部の主要都市ゴールとハンバントタを結ぶ高速道路、当国最大の石炭火力発電所(当国電力需要の約3割を供給)、コロンボ市で目を引く電波塔(蓮の花をかたどりロータス・タワーと呼ばれる。)、ラージャパクサ元大統領(現首相)の名を冠する巨大な劇場等目立つ案件が多く、中国の進出をスリランカの人々に実感させている(但し、上記国際空港には定期便が就航しておらず、電波塔は未だ正式稼働していないことが話題になる。)。
 中国の開発援助増大(殆どが借款)に伴い、同時期に対中債務も急速に増大し、2019年末には対中債務がスリランカの対外債務の約10%を占めるに至っている(財務省年次報告。但し、中央政府の債務のみ。)。因みに、長年支援を継続している我が国、ADB、世銀の割合も同程度であるが、注目すべきは約10年の間に我が国(1960年代から円借款供与)等と同水準に達した対中債務の急激な増加である。なお、国有企業の債務を加えれば、対中債務の割合はさらに増えると見られている(スリランカ政府は国別債務残高に係る包括的な統計を公表していない。)。
 2020年末時点のスリランカの対外債務残高は約492億ドルで対GDP比60.9%(2020年中銀年次報告)と高い水準にあり、対外債務の返済・管理は当国にとり最重要課題の一つである。現政権は対外債務を削減し投資を呼び込むという方針であり、新たな借款の受入れに慎重である。今後の対外債務(中国からの借入れ)の動向が注目される。
(2)貿易・投資・観光
 貿易については、輸出はアパレル製品の輸出先である米、英、EU諸国向けが主であるが、輸入については中国が約20%を占め、2019年にはインドを抜いて第1位となった。この輸入増は中国からの投資に伴う資本財・中間財等の輸入増によるものと思われる。中国との貿易総額は過去10年で約3倍という急速な伸びを見せ、2020年の暫定値で隣国インドを抜いて中国が最大の貿易相手国となった(中銀年次報告)。
 中国からの投資も顕著な増加を見せている。「一帯一路」構想が発表された2013年から2019年までの中国の投資総額は2,857百万ドル(日本は188百万ドル、インドは937百万ドル。いずれもジェトロ、スリランカ投資委員会による。)で、中国はほぼ毎年最大投資国となっている(2018年は投資総額の46%を占めた。)。主要投資案件は「一帯一路」関連のプロジェクトであり、コロンボ港の主要コンテナターミナルとなっている「コロンボ国際コンテナターミナル」(中国企業が85%のシェアを保有)、ハンバントタ港及び同港周辺の産業地区の開発、コロンボの沿岸部を埋め立てて進められている「コロンボ・ポートシティー」計画が挙げられる。その中でも最近スリランカ政府が大きな期待を寄せているのが、ハンバントタ港周辺の産業地区への投資誘致と「ポートシティー」計画である。特に「ポートシティー」計画は、中国企業の投資によりコロンボ港付近約270ヘクタールを埋め立て、今後、外国投資により国際金融センター、商業地区等を含む経済特区を整備して、インド洋におけるハブとしてのコロンボの地位を強化するという構想である。スリランカ政府は、今後5年間で約150億米ドルの投資を見込んでおり、投資機会は全ての外国企業に開かれているとするが、事業会社である中国企業に埋立地の43%が99年間リースされるなど、今後、中国とスリランカの主要な共同事業となっていくことが予想される。
 中国からの観光客も2018年には約26.6万人に達し、2010年の約22倍に急増している。これはインドに次ぐ数である。因みに、日本からの観光客は同年約4.9万人であった(スリランカ観光開発庁)。スリランカの重要な外貨獲得手段である観光においても中国の存在感は増している。
(3)政治・軍事
 スリランカと中国は、両国関係を「戦略的協力パートナーシップ」と位置づけ、ハイレベルの交流を活発に行っている。2019年11月の現ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領(マヒンダ・ラージャパクサ元大統領(現首相)の弟)の政権が発足して以来約1年半の間に、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領と習近平国家主席との電話会談が2回、グナワルダナ外務大臣と王毅外相との電話会談が2回行われているほか、中国側から、20年1月に王毅外相が訪問、さらに、コロナ禍にあっても、同年10月に楊潔篪中国共産党政治局委員、21年4月に魏鳳和国防部長がスリランカを訪問している。なお、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領訪中も計画されたようだが、コロナ禍もあり実現していない。
 スリランカにとり国連人権理事会における中国の支持は特に重要である。2012年以来、欧米諸国は、同理事会において、スリランカにおける内戦末期の人権侵害の真相究明、責任者処罰等に関する決議を提出しているが、中国は「内政不干渉」の立場からスリランカを一貫して支持し、欧米の圧力に対してスリランカを擁護する形になっている。本年、本件決議が投票に付された際にも中国は反対票を投じ(但し決議は採択)、これに対し、大統領が直接習主席に謝意を伝えた模様である。
 内戦時に中国がスリランカ政府を軍事的に支援したこともあり、軍事面での中国とスリランカの関係は緊密である。ハイレベルの軍関係者の訪問、合同軍事訓練、艦船寄港(但し、潜水艦寄港は2014年以降行われていない模様)等が活発に行われているほか、最近では、陸軍士官学校への大講堂の供与(2018年)、フリゲート艦の供与(2019年)等も行われた。また、スリランカの軍人には中国で研修等を受けた者が多く、両軍間の人的な結びつきも強いと見られる。
(4)新型コロナウィルス関連支援
 新型コロナウィルス支援においても中国は存在感を示している。昨年はいわゆる「マスク外交」を進め、さかんに広報を行っていた。そして、本年のワクチン開発後は、自国製ワクチン(シノファーム)を5月末までに110万回分無償供与したほか、年内に1400万回分を商業ベースで供与する模様である。当初期待されていたインドからの供与がインドの感染拡大により滞る中、スリランカは中国からの支援を歓迎している。さらに、新型コロナウィルス対応のための財政支援として、昨年3月に5億米ドル、本年4月に5億米ドルの借款を中国開発銀行から供与した。また、新型コロナウィルス対策等に係る中国とスリランカを含む南アジア諸国(インドを除く)の協議を大臣レベルも含めて昨年来3回開催している。

3.中国に対する見方
 スリランカにおける中国の進出ぶりは上記のとおりであるが、スリランカの政府、国民はこれをどう見ているのか。
(1)まず、大統領以下スリランカ政府関係者が歴史的背景として指摘するのは、中国が(マヒンダ・ラージャパクサ政権下の)内戦末期に政府側に軍事支援を供与し、その後、内戦後の復興期において欧米諸国が人権問題等を理由に経済協力を減少させる中で、その空白を埋めてくれたのが中国であり、経済的必要から中国を頼らざるを得なかったという点である。もっとも、我が国はこの時期も経済協力を積極的に実施しており、その点はスリランカ側も深く感謝していることは付言しておく。
(2)上記のような歴史的経緯や大規模プロジェクトの実施を通じて、スリランカは社会経済開発面において中国への依存を深めている。スリランカは中国の「一帯一路」構想を自国の発展に資するものとして支持し、右構想の一環として進められているプロジェクトを推進する姿勢を明確にしている。
 一方で、スリランカ(特に現政権の強力な支持者である多数派仏教徒)の中国に対する警戒感は、植民地支配や内戦の歴史を背景とする欧米諸国や隣の大国インドに対する警戒感と比べてあまり強くないというのが私の個人的印象である。国際社会から指摘される「債務の罠」についても、スリランカ政府は、「ハンバントタ港には元々開発需要があり、スリランカ側の開発計画に(他の国が断わる中で)中国が資金提供してくれたものであり、中国がスリランカの支配権を獲得するために計画したものではない」として、「債務の罠」批判を否定し、さらには、同プロジェクトを開始したマヒンダ・ラージャパクサ政権は債務返済を行う計画であったとする。現ラージャパクサ政権は、選挙公約において、前政権が行ったハンバントタ港の港湾施設や土地の99年間リースを批判し、中国との合意の再検討に言及していたが、政権発足後早々、右合意は中国企業との「商業契約」であるので再交渉はしないことを明らかにした。ただし、中国との関係は飽くまで商業目的であり、艦船寄港等安全保障面ではスリランカ政府が管理するという姿勢を明確にしている。
 メディアにおいても、中国の協力で実施された個別のプロジェクトを批判する報道(事前調査不足、採算性欠如、環境問題、看板の使用言語等)が時折なされる程度であったが、上述の「ポートシティー計画」をめぐっては、中国主導による経済特区設立という構想に対して、野党や一部マスコミから「中国の植民地」をコロンボに作るものであるという批判がなされたことが注目された。
(3)一方で、スリランカ政府も、特に経済・開発面で特定の一国(中国)に過度に依存するのは適当ではなく、バランスをとる必要性があることは認識していると思われる。国際社会に「スリランカは中国寄り」という見方があることも自覚している。そのような状況下でスリランカ政府が標榜しているのが「中立外交」である。インド洋の中心にあって東西シーレーン上の要衝に位置するというスリランカの地政学的重要性が国際社会で改めて注目される中、スリランカ政府は、米、中、日、印、豪等がスリランカをめぐり地政学的競争を行っているという認識の下、冷戦時代からの「非同盟」の伝統を踏まえ、特定の国やブロックに与せず「中立」を保つとする。特に、隣の大国インドに対する配慮を重視し、安全保障面ではインドに対して脅威になる措置は取らないという「インド第一」を強調している。
(4)「中立外交」の含意として、いずれかの国乃至ブロックを選ばなければならないような立場に置かれたくないということに加え、大国間の競争から最大限の利益を引き出したいという思惑もあろう。当地では、QUADは中国に対抗するグループという捉え方をする向きが多いが、「一帯一路」が地域のインフラ開発に焦点を当てた、ある意味即物的な構想であるのに対し、QUADの掲げる「自由で開かれたインド太平洋」は、法の支配や航行の自由という理念の共有と実現が重要な要素であるが、それに加えて、開発面でどのような恩恵を関係国にもたらすのかという観点をスリランカも重視していると考えた方がよいであろう。

4.おわりに―日本の対応
 当地に勤務して印象深いのは、官民を問わずスリランカの人々の日本に対する深い親近感と信頼である。日本は開発支援を内戦時も止めることなく継続してきた長年にわたる主要ドナー国であり、日本がこれまで実施してきた援助はスリランカ側から高く評価されており、「日本は本当にスリランカの利益を考えて支援してくれる(日本の支援にはhidden agendaがない)」という言葉をしばしば耳にする。現在もコロンボ国際空港改善計画(円借款)など重要案件が実施中である。さらに、日本が内戦期以来スリランカの平和構築・復興に真摯に協力してきたことも日本に対する信頼感の背景にある。
 中国の存在感が高まるという上述のような現実の中にあって、戦略的要衝にあるスリランカが各国との間でバランスをとった外交(スリランカによれば「中立外交」)を標榜していることは重要であり、我が国としてはそれを後押ししていくべきである。そのためには、我が国が米、印、豪、欧州等と連携しながら、スリランカに対して「(同国の発展に真に資する)良き選択肢」を示していくことが重要である。その意味で、現政権発足早々(2019年12月)、域外の外務大臣として最初に茂木外務大臣に当地をご訪問頂いたことはスリランカ官民に強い印象を与えたと考える。最近、コロンボ都市交通システム(LRT)整備計画(円借款)やコロンボ南港東コンテナターミナル開発運営事業(日印スリランカ共同投資案件)をスリランカ側が一方的に取り止めるという遺憾な動きもあったが、日本からの開発援助、投資に対するスリランカ官民の期待は依然として強い。我が国としては、両国間の歴史的な信頼関係を大切にしながら、引き続きスリランカ側と粘り強く対話を続け、スリランカの真のニーズに沿った「良き選択肢」(開発援助、投資、海洋安全保障協力等)を提示し実現していくことが肝要であると考える。