(コロナ特集)脆弱な医療体制下でのコロナとの戦い


駐モザンビーク大使 木村 元

はじめに

 モザンビークは最貧国の1つです。人間開発指数で言えば,189カ国中180位であり,何もかもが不足しているというのが現実です。このため,今回の新型コロナ感染症(以下「コロナ」)に対しては非常に脆弱であり,罹患して重傷化したら命の保証はないというのが正直なところだと思います。

コロナの現状

 モザンビークのコロナの現状は,8月15日現在で,感染者総数が2,708人ですが,現在急激に増加している局面です。グラフ1は感染者数の累積で,グラフ2は一日当たりの感染者数の推移ですが,感染者数が増加していることが良くおわかりいただけると思います。とは言え,南アフリカ共和国やエジプト,ナイジェリア等の国々に比べれば,感染者は非常に少なく,政府も国民もよく戦っていると言えると思います。何故モザンビークは感染者数が少ないかについて,当地のWHOは,そもそも外国との往来があまり活発でないこと,早くから予防措置をとった事などが考えられると述べていました。しかし,首都のマプトでは状況は少し違っており,8月10日,保健大臣が記者会見で,マプト市が市中感染の局面に入ったと発表しました。大臣によれば,マプト市の7月の感染者数は261人でしたが,8月の最初の10日間だけで217人が罹患しており,感染は急速に広がっているとのことでした。感染者総数で言えばマプト市だけで全国の総感染者数の25%を占めているそうです。しかも,陽性率が5.1%であり,これが5%を超えると市中感染の表れだそうです。何故8月になって急激に感染が広がったかというと,緊急事態宣言が7月29日で終了し,それまで我慢していた人々が一斉にはめを外した事が原因ではないかと国家保険院長官が述べていました。いずれにしても,マプトでもモザンビーク全国でも,ピークはこれからです。

(グラフ1)
(グラフ2)

緊急事態宣言

 さて,コロナの状況を少し時系列でご説明します。私が当地に赴任してきたのは2月19日でしたが,その頃は誰もコロナなど気にしていませんでした。しかし,3月に入った頃から世間がざわざわし出し,3月20日には大統領が水際対策を発表し,22日には最初の感染者が発生しました。その頃には既に,日本企業の皆様も日本に帰国し始めており,JICAも専門家や青年ボランティアを一斉に帰国させました。この頃は,まだ商業フライトが通常通りに飛んでいましたが,母国に帰る人たちでごった返し,席の予約が難しいくらいでした。JICAの帰国組の一部はマプト・ヨハネスブルグ間のフライトが取れず,ヨハネスブルグまでバスで移動し,大使館からもポルトガル語を話す若手館員が国境まで付いて行ったりしました。そのうちに感染者も増える傾向を見せてきたため,政府は4月1日,緊急事態を宣言しました。上記の水際対策を更に強化したもので,概要は,入国査証発給の停止・発給済みの査証の効力停止,外国からの入国者及びその濃厚接触者全員の14日間の自主隔離,幼稚園から大学まで全ての公立・私立学校の休校,宗教・文化・スポーツ・政治等,公的・私的なイベントの禁止,企業は交代制導入,居酒屋,バーなどの遊興施設禁止,レストランなどは5時までしか営業できない等,様々な制限をかけました。商業フライトはまだ飛んでいましたが,いつ止まるかわからない状態でしたので,大使館でも在留邦人の皆様全員に直接電話して,状況を確認していました。結局,モザンビーク人と結婚している,あるいは自分で会社を興している等の特別な事情を持つ方々を除き,在留邦人はほぼ全員帰国しました。8月15日時点で,帰国したいけど帰国手段がないという人はいません。皆様が早々に帰国されたのは,モザンビークの医療体制が非常に脆弱だからです。少し前に,当館が調べたところでは,全国にある11のコロナ指定病院に全部で41台しか人工呼吸器がありませんでした。しかもその半分は外国からの贈与でした。つい最近(8月10日),米国が人工呼吸器50台を贈与したという記事が新聞に載っていましたので,人工呼吸器の数は少なくとも倍増しているはずです。米国の素晴らしいところは,人工呼吸器を贈与するだけではなく,その使い方を教えるための研修もセットにしているところです。この意味するところは,人工呼吸器があっても,それを使える人がいるとは限らないということです。これはこの国の医療水準の低さを明確に表しているのですが,たとえば,この国には医師が約2500人しかいません。OECD加盟国の人口1000人当たりの医師数の平均は3.5人ですが,モザンビークの人口は3千万人ですので,人口1000人当たりの医師数は0.083人となります。コロナに罹患した場合は外国への緊急搬送も実質的にほぼ不可能ですので,もしコロナに罹患して重傷化したら,脆弱な地元の医療施設にかかるしかないのです。企業の方々がほぼ全員商業便がある間に帰国されたのは賢明な判断だったと思います。実際に,5月11日,何の前触れもなく,商業便はすべて停止されましたから。

(写真1 シャッパ)

 緊急事態宣言下の日常がどうだったかと言いますと,まず,人がいなくなりました。いつも買い物をするスーパーのあるショッピングモールでも人が急に減りました。日本大使館の隣はEU代表部なのですが,ここは早々に全員,テレワーク又は帰国して,もう長いこと警備員しか見かけません。交通機関も,バスは50人までと乗車制限を課されましたし,シャッパ(写真1)と言われる10人乗りくらいの乗り合いバン・タクシーがあるのですが,これも定員の半数に制限されました。ですが,そもそもぎゅうぎゅう詰めですから,1.5mのソーシャルディスタンスは取れていません。

(上:写真2 チョベーラ)

 チョペーラ(写真2)と言われるギリギリ3人まで乗れるモトタクシーがあるのですが,これは一人で乗れるので,こちらの方が安全という説もあります。国境も封鎖し,物流に限り一部のみ開けるということになりましたので,物がなくなるのではないかとの不安から,一時は買い占めに走る人々も出ましたが,結局,物自体はなくなりませんでした。また,ほとんどすべての店は,入るときにアルコール消毒とマスク着用を義務づけていました。中には社会的距離を確保するために人数制限をする店もありましたので,時間と場所によっては店の前に列ができることもありましたし,この現象は,現在でも続いています。マスクについてなのですが,勿論モザンビーク人にはマスクをする習慣はありません。ですが,コロナ禍が始まると,見事にみんながマスクをし始めました。当初はマスク不足が心配されたのですが,そのうちにモザンビーの伝統的な生地であるカプラナで作ったカラフルなマスク(写真3)がいくらでも出て来て,マスク不足は嘘のように解消しました。最近,シモイオ市で,若者達のグループがマスクを持っていない人達にただでマスクを配るという活動をしているというニュースを見ましたので,そのようなボランティア活動も貢献しているのかもしれません。

(写真3 マスク)

 緊急事態宣言の甲斐があってか,モザンビークでは爆発的な感染は起きていません。しかし,少しずつではありますが確実に増え続けたため,政府は緊急事態宣言を3回延長するに至りました。政府の作戦は,できるだけピークを遅らせて,その間に医療設備を整えようというもので,その作戦は今のところ成功しているのだと思います。8月15日現在での死者数は19人で,人口100万人当たりの死者数は0.63人です。これは世界的に見て極端に低い数字です。しかし,コロナがピークを過ぎる兆候を見せないことから,政府は7月29日に緊急事態宣言を解除したにもかかわらず,8月8日から9月6日までの30日間にわたり,新に緊急事態宣言を発出しました。

経済への影響と政府の対策

 コロナの経済への影響に関しては,8月13日、モザンビーク経団連(CTA)が調査結果を発表しています。それによると,本年上半期に、企業は約4億5,300万米ドルの事業損失を被り、これにより30,000人以上の従業員の雇用契約が停止されたそうです。また,事業活動のレベルは,平常時から約65%減少し、特に、観光分野は平常時の75%以上減少したとしています。5月の発表では,約1,175社(観光業765社を含む)が営業を停止したと発表していました。コロナ禍による経済への影響は本年後半にかけて更に悪化し、企業の事業損失は約9億5,100万ドル(国内総生産の約7%)となり、雇用の停止は年末までに63,000人に上る可能性があると見ています。この人数は、モザンビークの民間部門の雇用量の約11%に相当するということです。CTAの想定する最悪のシナリオでの今年の経済成長率は-0.5%とのことです。マプト随一の伝統を誇るポラナホテルの稼働率は3%であると聞きましたし,モザンビーク航空の稼働率は25%だと言っていましたので,CTAの発表は肌感覚で納得できます。

このような危機的な状態に対し,政府は,強制預託金,政策金利,預金金利,貸出金利,プライムレートの引き下げ,ガソリン代及び軽油代の値下げ,石けん,食用油,砂糖への付加価値税の免除,綿花生産への補助金交付,食料品,医薬品,衛生用品などの輸入ライセンス免除や関税の猶予,銀行融資に関し,緊急事態宣言の影響による返済遅延損害などの免除等の措置を講じていますが,とても十分とは思えません。

外国からの協力

このような状態に対し,国際機関も含めた世界各国から支援が寄せられており,報道に現れている物のうちいくつかをご紹介しますと,FAO(国際連合食糧農業機関)が2000万ドルの食料安全保障計画を発表しました。キューバは60人の医師の派遣を5月28日に発表しましたが,まだ到着できていないようです。旧宗主国のポルトガルもコロナで影響を受けた教育分野用に25万ユーロを支援すると発表しています。EUは世界各国に150億ユーロを拠出すると報じられており,その一部がモザンビークにも来るものと思われます。中国は検査キットやマスク,防護服などの医療物資の支援を早々に打ち出しており,テレビ会議による知見の提供も実施しています。なお,中国とアフリカの団結抗疫サミットには,ニュシ大統領も参加しました。韓国も医療物資や知見の共有の支援を行いました。我が国は,IMFを通じた途上国の対外債務支払い猶予のため1億ドルを拠出した他,モザンビークには基礎的な医療機材が不足していることから,5億円分の医療機材を供与します。また,UNICEFを通じて,74万5200ドルを支援しました。この他にもありますが,現時点では公表できません。

北部のテロ

気になるのは,数年前から北部に現れたイスラム過激派のテロが攻勢を強めていることと,その結果出ている多くの国内難民です。前者はコロナと関係しているかもしれませんし,後者は,難民キャンプが一杯で,コロナ予防どころではないという状況だからです。この状況を改善するための支援も必要であり,日本はUNDP(国際連合開発計画)を通じて支援しています。

終わりに

8月11日の記者会見で,ティアゴ保健大臣は,ワクチンも治療薬もない現状では予防措置を強化するしか方法はないので,各人,予防の徹底をお願いする旨述べていたのが印象的です。国民の側にはコロナ疲れが出ており,最近では,特に低所得層において,マスクを使用しない人が増えていると先日のニュースで報じていたからです。これからピークがやってくるというのに,ここで疲れてどうするのだと思うのですが,さすがに緊急事態宣言が4ヶ月続き,更に新たな緊急事態宣言が発出されると意識が麻痺してしまうのもわかりますが,もう一度保健大臣の言葉を思い起こして,とにかく予防に気をつけて欲しいと思います。特に,この国は医療体制が脆弱であり,自分の体は自分で守るしかないのですから。 (2000年8月20日記)