(コロナ特集)新型コロナウイルスとドミニカ共和国


駐ドミニカ共和国大使 牧内博幸

1.はじめに 

 ドミニカ共和国(以下「ドミ共」)はカリブ海のキューバの東に浮かぶイスパニョーラ島にある。1492年にコロンブスが初回の航海で発見した。同じ島の西側が最貧国のハイチ、東側がバチャータとメレンゲの音楽の発祥国ドミニカ共和国だ。九州より一回り大きい約1000万人の国で、主な産業は観光(年間外国人観光客約650万人)、農業、鉱業、繊維、医療製品製造等だ。主に米国に住む約250万人のドミニカ移民の送金が、観光収入(約80億ドル)より若干少ない年間60億ドルくらいあり、国民の生活を助けている。近年はラ米トップクラスの6~7%の経済成長を示し、一人当たりのGDPは約8000ドルだ。しかし、未だ貧富の格差が激しく、今回のコロナ禍で約20%の貧困層、約20%近くにもなった失業者、そして約55%ともいわれるインフォーマル・セクターの労働者に大きな苦難を強いている。
 このドミ共では、東部高級リゾート地に滞在していた62才のイタリア人観光客のコロナ感染(3月1日)から始まった。以降、イタリアやスペイン程ではないが、徐々に感染者数と死亡者が増え、現在(9月26日時点)の感染者総数は110,957名、死亡者は2,093名で、病床数やICU設備を増加させる等して何とか持ち堪え、医療崩壊には至っていない。
ドミ共の今回のコロナ禍の最大の特徴は、3月15日の地方統一選挙と、1カ月半延期して7月5日に実施した大統領選挙と重なったことだ。

2.コロナ禍問題は上流から下流へ

 3月1日の感染者発生以降、私は、事務所と公邸の職員に家族や隣近所で感染者が出ていないか声をかけてきた。ある職員は「コロナは金持ちがかかる病気で、我々貧乏人には関係ないですよ」と、冗談交じりに答えた。確かに当初は全くそのとおりで、数日たって当時の外務大臣の子息がリゾート地のホテルでの結婚式に参加した後感染が分かり、その後、その父親の外務大臣や外務次官も感染した。また3月の統一地方選挙や7月の大統領選挙に向けた選挙活動もあってか、少なからずの政治家や軍人等が感染したと大きく報道された。驚いたことに、後に大統領に当選したアビナデル大統領候補夫妻も感染した。幸い、上記に挙げた人達はほぼ全員回復し元気になったようだ。関心を引いたのは、時間が経つに従い富裕層の感染者が少なくなり、貧困層の感染者が徐々に増える傾向がみられるようになったことだ。

3.コロナ禍で喘ぐ貧困層

 毎年この頃ドミ共では、デング熱やマラリア等の感染症対策に追われる時期で、いずれも昨年に比して増加しており、更に度重なるハリケーン等の復旧に忙しい中でコロナ禍に襲われ、国民と政府が如何にこの難局を乗り越えるのか心配だった。感染者はここ数ヶ月間毎日200~2000人の幅で、また、死者が1~40人の幅で増加する中、イタリアやスペインのような悲惨な情況を起こしてはならないと、当時のメディーナ大統領は3月19日に非常事態宣言を発出し素早く対策を打ち出した。夜8時から翌朝6時まで(時間帯は度々変更)外出禁止、薬局・スーパー・ガソリンスタンド等以外の一般商業施設の閉鎖、全ての教育機関の休校、テイク・アウト及び宅配を除くレストラン営業の禁止、公共交通機関の営業停止、不特定多数の集会を禁止した他、総従業員数に応じて出勤可能職員数を制限した。多い時で全国で2~3千人の外出禁止令違反者が出たが、違反者は容赦なく軍・警察に逮捕され罰金刑(上限10万ペソ(約18万円))等が課せられている。マスク着用も義務だが、ドミ共ではこんなに暑いのにほぼ全員がマスクをちゃんと着けているのには感心する。一方で政府は企業に優先的に融資を行っており、少なからずの企業が休業中も従業員に給与を支給しているとの美談も伝わってくる。
 最大の課題は、厳しい経済活動等の制限により、特に貧困層、インフォーマル・セクター労働者、また増え続ける失業者への支援を如何に行うかにあった。悪いことにこの状況を更に深刻にする、恒常的な水不足による断水と燃料・送電網問題等による頻繁な停電もあり、手洗いもままならない状況が続いている。徐々に手製マスク等で常時自己防衛が出来るようになり、また、通勤バス等の車両が動き始めたが、自家用車通勤など出来ない大多数の労働者は、常時寿司詰め状態のバス等での通勤で三密どころではない。
 9月上旬にユニセフは、人口の5%の貧困層は食事が出来ない日がある他、42%の国民が食事を削っていると警鐘を鳴らした。特に深刻なのは、ドミ共では午前及び午後の二交代制で二倍の数の児童・生徒に授業を行う学校が多く、家庭での食事が不十分なため、何れの学校でも朝食、昼食、午後の食事を出している。従って現在の休校が児童等の栄養不足を更に深刻にしている。また、何処の教育機関も休校中だが、私立の裕福な学校以外はやっと9月中旬から、約7万人の教員にパソコンを配布して教員訓練を開始し、近い将来のネット経由の授業に備え始めた。何時全ての子供たちにパソコンが行き渡るのは分からないが、頻繁な停電、未だ電気やWi-Fiもない地域があることを考えると前途多難だ。代案として、教科書を利用しつつテレビやラジオを利用した授業も併用するアイデアが出されている。
 悪い時には悪いことが重なるものだ。コロナ禍が始まって約二か月後の4月後半から5月にかけて、サントドミンゴ首都圏と隣接のハイナ市の広大なゴミ収集場で大火災が起こった。数日間その煙により首都は夕暮れのように薄暗くなり、その悪臭で特に肺疾患患者等を悩ませた他、我々一般市民も心身両面で辛かった。結局有効な解決策はなく、約一カ月間で燃え尽きるのを待ちながら土で覆って終わったようだ。
 社会面では、ドミ共の大きな問題であった家庭内や恋人間の不和等を原因とする男性による女性の殺害、また、自殺者(うち男性が84%)が若干増大したとの報道がある。厳しい生活苦の中で職を失い、支援も十分得られない各家庭の惨状が窺われる。
 医療面での問題としては、薬や集中治療施設等の不足の問題は当然のこととして、特に検査施設や人員不足のため、特に貧困層がPCR検査を受けるのに検査施設前で炎天下数日間も待たされ、その結果通知は酷い時で一週間以上遅れる等の問題が日常的に指摘されている(主に富裕層が受ける有料の検査でも酷い時で10日前後検査を待たされることもあるようだ。)また、集計能力の問題からか、一カ月前の死亡者が今日の数字に加算されたり、厚生省のコロナ関連死亡者数と市民登録局の死亡者数が1000人以上違っていたりと統計全体の信憑性も問題視されている。

4.コロナ禍で学んだこと?

 コロナ禍で残念なことが多いが、何か将来に向けて学んだこと等はあったのだろうか。
 見ていて何よりも羨ましかったのは、感染者が増えると見るや大統領令が発出されドンドン対策が打ち出され、軍と警察を動員してその実施に政府が厳しく臨んだ点だ。また、心温まる事案として、米国を中心に約250万人のドミ共移民が外国にいるが、その移民の全てが必ずしも裕福ではないだろうに、今回のコロナ禍に際して米国等からの家族送金が昨年より10%前後増えていることに感動した。ドミ共の人達は家族を大切にするとは聞いていたが、この国の良いところを見せてもらった。
 また啓発面で良い事例があった。ドミ共は観光立国でありながら約200の海岸が遊泳禁止になるほどゴミ・廃棄物などの処理が遅れた国だが、今回のコロナ禍を機に各地方政府や各コミュニティーが衛生維持管理により高い関心を示し、住民を巻き込んでゴミ収集活動を積極的に始めたことだ。面白かったのは、外出禁止違反者に罰金の代わりに地域のゴミ拾い活動への参加を義務付けていたことだ。最近は、新聞紙上で市民を動員したゴミ拾い活動の報道が多くなった点はコロナ禍の良い面だ。
 町の洋服店等でもコロナ禍の嬉しい反響がみられる。当初マスク等とは無縁であったドミ共人も毎日マスクをつけるようになり、街の多くの洋服店や小物店で色々な色とデザインのマスクが売られ始めた。また、人に優しいお国柄なのだろうか、何れのスーパーマーケットも朝7時から8時までは65歳以上のお客のみ入場可能としたので、私たち夫婦も大変助かっている。夜6時から7時までの最終一時間は医療関係者、警察・軍関係者等のみの時間帯になっている。生活の中にも色々な配慮が感じられる嬉しい事例だ。
 更に国際関係に目を向けると、お隣のハイチとの関係でも色々な動きがある。ドミ共には不法・合法含めて約100万人前後のハイチ人がいるとされているが、今回のコロナ禍により当国での仕事が全くなくなってしまったので、多くのハイチ人が母国に帰国したといわれている。不法移民が帰国するのは、当国一般市民にとっては良いニュースだ。しかし、当国の所謂3Kと言われる炎天下での農業や建設業等のきつい仕事の殆どはハイチ人の手に頼っているので、何れハイチ人に戻ってもらわないとこの国の経済が回らなくなる。とは言ってもコロナ禍で今後のハイチでの感染拡大や社会不安が深刻化すると、多くのハイチ人が再び不法に国境を越えて流入してくるので、現在軍は増員を図って国境監視を強化している。
 日本との関係で驚いたこともある。当国が補聴器などの医療機器一般、防護服、消毒薬などの様々な医療物資を生産していることはよく知られているが、今回のコロナ禍により米国を中心とした諸外国への医療物資の輸出が急増したが、特に日本への医療物資の輸出が以前の当国内シェア0.06%から17.5%に増えていることである。得意な繊維産業を通じて防護服などを輸出したのではないかと思う。

感染症対策及び保健・医療体制整備のための無償資金協力署名式

  

5.選挙運動に利用されたコロナ

 今回のコロナ禍の特徴の一つは、1か月遅れて実施した3月15日の統一地方選挙と同じく約1ヶ月半遅らせて7月5日に実施した大統領選挙と重なったことだ。大統領選挙では、結局16年政権を担い汚職塗れを批判された「ドミニカ解放党(PLD)」が破れ、「変革」「透明性」「正義」を訴え続けた「現代革命党」(PRM)が勝利した。興味深かったのは、前与党のPLD党が、コロナ対策と称して補正予算や国債発行による潤沢な資金を以て、貧困層とされている約150万人などに対して、外出禁止令の時間帯の間でも党員等を総動員して、食料などを配布して選挙を有利に進めようとしたことだ。また、貧困層約150万人の一部には「団結カード」(同カードでスーパーなどで食糧等購入可能)が与えられており、その利用限度の増額を図ったりして貧困層への手厚い支援も行ったが、統一地方選挙においても、また、大統領選においても敗北を喫した。
 各党による活発な選挙キャンペーンが行われ、三密が守られていたとは言い難いが、ほぼ全員がマスク着用を励行したせいか、感染者数は概ね毎日200~2000人の幅で、また、死者は1~40人の幅で推移するなど、特に選挙後に急激な感染者が出ることもなかった。

6.おわりに

 観光立国である当国は、産業界・国民一般から外出禁止令の撤廃や緩和を強く求められる一方で、医療機関からは厳しい制限の維持を求められ、政府は厳しい立場に置かれている。しかし、失業を減らし経済を回すことを優先し、前政権は7月1日から国際航空便の発着を許可した。また、新政権も、外国人観光客に対しては呼気検査キット6万個(イスラエル製)を含め合計50万個を準備して、全ての医療機関を以て感染対策を講じるとして、10月1日から全てのホテルの営業開始を求めた。(旅行者の到着空港でのPCR陰性証明提示は任意。感染患者は国家の保険で手当てする由)
 新政権の苦しいところは、前政権が選挙直前に補正予算を組んだり国債を発行するなどして殆ど予算を使い尽くしてしまったため、新政権として42億ドル~100億ドル程度の国債発行(債務合計がGDP60%超えとなる)を行って、コロナ対策やその他政権運営に当たらなければならないことだ。現在国会では労働者年金基金の3割程度を労働者支援金に当てることも検討し始めている。何れにしても予算が全く残っていない中で、「透明性」を旗印に勝利した新政権が、今後如何に予算を捻出して有効な対策を打ち出し経済を回復していくかが注目される。
 また、今回のコロナ禍は非常に悲しい出来事ではあるが、世界の指導者と全ての人々が、決して起こって欲しくはないが、将来あり得る更に厳しい温暖化問題や戦争などを避けるため、自然の回復力の中での賢明な生き方を模索し、また、イデオロギーを乗り越えて一致団結して取り組む契機になることを切に願っている。