(コロナ特集)新型コロナとキューバ ~対外関係の側面~


駐キューバ大使 藤村和広

 ハバナの町から音楽が消えた。
 この国の首都は昨年創設500周年を祝った。5世紀の間,この町に音楽のない時間がどれほどあった事だろうか。
 現在,キューバも新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」という。)感染の最中にある。9月30日時点で感染者は一日73人,これ迄の累計5670人,死者122人である。日本と比べれば遙かに少ない。しかしキューバは人口約1100万人,日本が約1億2千万人で,この国の感染数を大雑把に11倍すると,同日時点で一日の感染者は803人(日本の実数531人),累計62370人(同83010人),死者1342人(同1564人)となる。月単位の新たな感染確認者数は9月がこれ迄で最多になった。今後の展開は予断を許さない。
 本稿では,日本でも報じられた国際医療団派遣を含め,新型コロナ感染下におけるキューバの対外関係の側面を紹介する(公開情報に基づく)。
 固より,この国でも政府首脳の陣頭指揮で様々な施策が講じられている。それは移動規制や空港閉鎖の様な感染防止面,食料等の外貨購入解禁を含む経済関係,国産ワクチン開発と言った医療分野等,多岐に亘るが,紙幅の都合もあり他に譲る。

ひとけの消えたハバナ旧市街(4月3日筆者撮影)

 キューバは新型コロナ感染下で独自の手法で,またオンラインで対外活動を多方面で展開している。

1.国際医療団の派遣
(1)キューバは1960年のチリ地震時等に医師を派遣して以来,多くの国で医療協力を行ってきた。新型コロナ感染発生以前で,58カ国に28000人以上の医療関係者を派遣していた。
新型コロナの世界的感染拡大に対し,キューバは3月以降次々に国際医療団を派遣した。19世紀のキューバ独立戦争で戦った若き米国人医師の名前から「ヘンリー・リーブ医療団」と称する。その数は9月22日の大統領の国連演説によれば39カ国・地域に3700人以上とされる。

国際医療団の派遣先(8月18日付外務省HP)

(2) 派遣先の特色を幾つか挙げる。
○まず中南米,次にアフリカ
 地域別で圧倒的に多いのは近隣のカリブ諸国,中米・南米諸国である。
米州ボリバル同盟(ALBA)諸国には全て派遣している。中南米諸国の間では今世紀初頭から米国寄りとアンチ米国の路線の別が際立ってきた。ALBAは後者でキューバ,ベネズエラ,ニカラグア等7カ国から成る。ベネズエラには約1000人派遣との報道もある。
 しかし国際医療団はALBA以外にも広く展開した。メキシコには600名近くが派遣された。同国は感染者数が世界でも最上位で,必要性が大きかったのだろう。また南米ではペルーへの医療団派遣は1970年の大地震時以来50年ぶりと強調された。カリブのジャマイカ,バルバドスや小島嶼国にも展開した。
アフリカではアンゴラ,南アフリカが200人以上で格別に多い。
○先進国にも派遣
 国際医療団が先進国にも派遣された事は注目される。まず欧州で感染が早くに拡大したイタリアに対し,キューバは3月下旬には北西部ロンバルディア州へ52人,4月中旬にピエモンテ州へ38人を派遣した。またアンドラには3月末に39人を派遣した。
 欧米本国に国際医療団が派遣された例は他にない。但しカリブ海の海外領への派遣例として英領ヴァージン諸島等,仏領マルティニークがある。
○木目細かく展開
 派遣先は最多のベネズエラ,メキシコから200人以上のアンゴラ,南アフリカ,クウェート,カタール等の大口ばかりではない。アフリカのトーゴに11人,エスワティニ王国に10人,中にはグレナダや英国海外領の中に一桁の派遣先もある。小国も大切にしている事が見て取れる。
○不在で目につく国々も
 一方,派遣先一覧になく却って目につく国もある。
 中南米でブラジル,コロンビア,エクアドル,ボリビア等は現政権がキューバと路線を異にし,派遣なしはさほど奇異ではない。しかし,今は政治的立場が近いアルゼンチン,また欧州で歴史的に関係が深いスペインに派遣がない事は留意される。国内で医師会等の反対が強いとの報道もあった。
友邦とされる社会主義国の中国,北朝鮮,ベトナム,ラオス,またロシアにも派遣はない。
(3) キューバ国内では国際医療団は政治的に高く賞賛されている。出発時は閣僚級臨席で壮行式典が行われ,帰任すると大統領,首相が接見し労をねぎらう。国内での感染拡大後は,帰国後まず政府首脳が大画面のオンラインで慰労し,隔離期間後,対面で接見する事もある。いずれも国営メディアで賛辞と共に大きく伝えられている。5月下旬頃からは国際医療団にノーベル平和賞を,との声が諸外国で高まりつつあるとも報じられている。他方,国際的には特に米国等から,医師達がキューバ政府により行動を制約・搾取され報酬も僅かだといった批判もある。

大統領がオンラインで慰労(7月17日付外務省HP)

2.外国客船の入港受け入れ
 日本では2-3月に横浜港で大型客船ダイヤモンド・プリンセス号内の集団感染への対応が困難を極めたが,同じ頃,キューバは感染者が乗る外国客船の入港を受け入れた。
 3月,カリブ海を航行中の英国の大型クルーズ船「ブレーマー号」で5人の新型コロナ感染者が確認された。同船はバハマやバルバドス等から受け入れを拒否され,13日,英国政府がキューバ政府に寄港を要請した。これに対し16日にキューバ外務省は緊急性と人命への危険に鑑み寄港を許可すると発表,17日に同船はマリエル港(ハバナ西方約40Km)に入港した。その後,600人以上の乗客は大型バスに分乗し空港へ移動,18日に英国政府手配のチャーター機で英国へ向け出国した。
この一連の動きは非常に手際よく進められた様に見受けられた。

3.国際支援の受け入れ
 キューバは国際医療団を派遣する一方で国際社会からの支援を受け入れている。
(1)支援国の中で他国に先駆けたのは中国である。中国は4月初めにマスク等20万ドル相当の支援を表明,下旬にはキューバに届けた。5月には中国共産党からの支援として42500ドル相当の医療用品が到着した。8月中旬,駐中国キューバ大使は,4月中旬から6便の上海発臨時便や30回の民間貨物便で180トンの医薬品等支援物資が届けられたと明らかにした。
(2)EUの積極的な取り組みも注目される。7月,EUは駐キューバ代表部と加盟国大使館が共同で「チーム・ヨーロッパ」を結成し作業,衛生・防護用品に26万ユーロ,食糧増産に150万ユーロでUNDPを通じ3案件を,また高齢者・医療従事者向けに200万ユーロでNGO関与の2案件を実施すると公表した。
(3)この他,ベトナムから5千トンの米,汎米保健機構から10万点・ロシアから1万5千点のPCR検査キットの供与,更にカナダ,南アフリカ,スイス等からの支援が伝えられた。

4.その他の外交活動
(1)新型コロナの世界的感染拡大の中で,各国の外務省にとって自国民の帰国支援は最重要課題となっている。キューバもこれに取り組み,7月22日時点で外務省は,3月22日以来77の航空便で50カ国から5033人の自国民が帰国したと明らかにした。
(2)その他の外交活動は主に電話会談,ウェブ会議で実施されている。
 まず二国間では中国との関係が目を引く。4月,6月にロドリゲス外相は王毅外交部長と会談を実施,7月に外務次官が中国・中南米諸国外相会合に参加した。9月末には首脳間で外交関係60周年の祝辞が交わされ,ハバナで外国貿易外国投資大臣・中国大使が鉄鋼製品供与等の協力文書に署名した。
 またロシアとは5月にディアスカネル大統領とプーチン大統領は戦勝75周年と外交関係60周年の祝辞を交換した。ロドリゲス外相は4月と6月に既述の中国とほぼ同じ日にラブロフ外相と会談,また両国の保健相,運輸相の会談も行われた。9月にはカブリサス副首相が訪露した。
 更に8月末に同大統領と北朝鮮の金正恩委員長が外交関係60周年の祝辞を交換した事も大きく伝えられた。
 この他,オンラインで6月にドイツ・中南米諸国との外相会合,8月にアルゼンチンとの政策協議(次官級)が行われた。9月には東南アジア友好協力条約(TAC)に加入しASEANとの接近も目を引いた。
 次にマルチでは,9月に国連総会でディアスカネル大統領がビデオ演説を行った。その前にも同大統領は5月の非同盟諸国首脳会議,6月のALBA-TCP(米州ボリバル同盟人民貿易協定)会合,7月のILO首脳会議等に参加した。
また5月のWHO総会では保健大臣がオンラインで演説した。
 更に8月,キューバは国連と2024年迄の持続可能な開発に向けた協力枠組みに署名した。これはウェブ方式ではなく,ハバナで外国貿易外国投資大臣,国連側は在キューバ国連常駐調整官との間で行われた。

5.米国との関係
(1)米キューバ両国は,2015年に外交関係を再開,翌年にはオバマ大統領のキューバ訪問も実現したが,2017年のトランプ政権発足後,関係は厳しさを増している。特に2019年4月にヘルムズ・バートン法第三章の全面適用(キューバと取引する第三国企業に制裁)を発表以来,米国は次々に制裁を実施し,新型コロナ感染拡大後も続けている。
本年初め以来の主な制裁は次の通り(日付は発表時点):
・1月 ハバナ空港を除き両国間のチャーター便の運航停止
・2月 (海外送金を扱う)Western Union銀行による米国以外からの対キューバ送金停止
・5月 「テロ対策非協力国」再指定(2015年以来)
・6月 FINCIMEX(Western Union銀行のキューバ側取引相手)を制裁リストに追加
・8月 両国間の個人保有チャーター便の運航停止
・9月 米国居住者のキューバ国営ホテル宿泊,ラム酒・葉巻輸入の禁止
    AIS(外貨建てカードや海外送金を扱う金融機関)を制裁リストに追加
 これに対しキューバ政府は強く非難をしてきている。4月末にはワシントンDCでキューバ大使館への銃撃事件が発生し,対米非難は一段と険しくなった(容疑者は逮捕され現在司法手続中)。
 なお,キューバは国連総会で毎年10-11月に「米国の対キューバ経済制裁終了の必要性に関する決議」を提出し,賛成多数で採択を得ている。この国が最も重視する外交課題の一つであるが,本年は新型コロナの影響を理由に決議案提出を明年5月に延期した(7月)。
(2)このように両国関係は新型コロナと関わりなく益々厳しくなっているが,夫々の自国民の帰国は事務的に粛々と調整・実施した。在キューバ米国大使館は少なくとも15便のハバナ発フロリダ行き臨時便を手配し,2000人以上の米国籍保有者が帰国した。このうち,5-6月にハバナ行きの数便で米国からキューバ人が帰国した。5月22日に140人のキューバ人が帰国した際,ロドリゲス外相は「これは両国当局の調整の成果である」と述べた。

6.日本との関係
 日キューバ関係は,2018年が日本人の移住120周年,2019年が外交関係90周年で多くの往来や行事が実施された。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでこの流れが一層進む事が期待された。実際は全く異なる展開となった。
 新型コロナの感染拡大以降,日本大使館は在留邦人への関連情報提供や出国希望者のサポートを最も重視して業務に当たっているが,ここでは二国間関係での出来事を二つ紹介する。
 第一は令和2年7月豪雨に際するお見舞いである。この時,多くの一般の人々に加えて,ディアスカネル大統領から安倍総理宛にお見舞いのメッセージが届けられた。大統領はキューバ国民と政府を代表し豪雨で犠牲になった方々へのお悔やみと被災地域へのお見舞いを伝えた。キューバ外交の木目の細かさが感じられた。これに安倍総理はお礼の書簡を返された。
 第二は日本の医療支援である。9月,両国は感染症対策及び保健・医療体制整備の為の無償資金協力(供与額5億円)に関する書簡を交換した。キューバで感染収束の見通しが立たない中での人道的な支援である。既述の通りキューバへの国際協力は多くの国・国際機関からなされているが,この日本の支援は国内でとりわけ大きく伝えられ高い評価を得た。

日本の人道支援(9月16日日本大使館撮影)

 キューバは200近い国・国際機関と関係を持ち,ハバナには120以上の国・国際機関が大使館・代表部を置いている(本年2月時点)。この国の外交の成果であろう。新型コロナ感染拡大下も,国際医療団の派遣やオンライン外交を積極的に展開し,国際場裡で存在感を示したのではなかろうか。
 ハバナの町に音楽が戻り,外交の世界にも日常が復す時,私達はこの事をよく心して二国間関係に取り組んで行くことになろう。

(令和2年10月1日記。本稿は筆者個人の責任で書かれ所属する組織の見解や立場を述べたものではない。)