(コロナ特集)パナマにおける新型コロナ対策への取組み


駐パナマ大使 大脇 崇

■立ち上がりが早かったパナマ
 パナマは中南米の中でも新型コロナに対する対応には最も早くかつ厳しい規制をもって取り組んだ国のひとつでした。3月9日に1人目の感染者が確認され、コルティソ大統領は3月13日国家非常事態を宣言、以後、全ての企業の一時閉鎖、完全外出禁止令などが次々と手際よく実施に移されました。出入国についても3月22日からパナマ発着の国際線を停止するなど、パナマ政府は3月中旬から3月末にかけて、新型コロナ感染防止のための規制強化が段階的かつ迅速に進められました。また、同時に貧困層、失業者対策を念頭においた経済対策として、食料の入った袋(bolsa)の配給、食料・医療品購入のためのクーポンの配布、税金支払期限の延長、さらに政府のコロナ対策に必要な資金需要に対応するため、国債の発行、国際金融機関からの融資の確保など、コロナ禍を乗り切るための財政面の準備も着々と進められました。

■男女別の完全外出禁止措置
 

3月25日から導入された完全外出禁止令は、身分証末尾の数字ごとに1日2時間の外出を許すというものでしたが、コルティソ大統領はこの完全外出禁止令を4月1日からさらに強化することを発表、性別によって外出できる曜日を限定するものとしました。例えば身分証の下1桁が7の男性の場合、火曜、木曜、土曜の朝7時を挟んで6時半~8時半までの2時間だけ外出を許可するというものです。女性の場合は、同様に月曜、水曜、金曜に外出を許可するという具合で、日曜は完全外出不可という厳しいものです。加えて,感染拡大の傾向が見られる場合には,週末も完全外出禁止とする臨時措置が繰り返されたので,多くの男性が土曜の外出機会を奪われることも度々です。外出禁止令に違反した場合は10万ドル以下の罰金が科されるなど、厳しい取り締まりが行われています。
 それから、他国ではあまり例がないかも知れませんが、パナマでは完全外出禁止にともない、3月末から5月上旬までの約1ヶ月半、アルコール飲料の販売が禁止となりました。大変厳しい措置でしたが、お陰であちこちでパーティを開いて騒ぐなどといった感染拡大に繋がる行為を抑えるのには一定の効果があったのではないかと思われます。アルコール販売はその後解禁されましたが、一人1回の買物につき缶ビール6本またはワイン1本までという制限が暫くの間継続していました。

■政府による経済対策
 3月13日の国家非常事態宣言では、経済活動への影響を最小限に抑えるための経済対策についても発表されており、貿易産業省、農牧開発省、国税局などの担当省庁が以下のような取り組みを発表しています。
・政府は、銀行監督庁主導の下、総額12億5,200万ドルの銀行準備金の使用を許可
・農牧開発省は、国内畜産業者から肉牛2千頭を購入、主食の米約10トンの輸入
・失業者及び非正規従業員に優先的に食料や医薬品の購入を目的としたクーポンを配布
・国税局は納税手続きを3月16日~4月3日まで一時的に中止、企業は従業員の雇用を維持する前提で法人税の支払いを先送りできる
・国税局は、税金の支払期限を2月29日から6月30日まで延長のうえ、利子、罰金、追徴金の合計85%を免除
・貿易産業省は、衛生用品の販売価格を仕入れ価格の23%を上限とし、また衛生管理品、薬品の輸入税を一時的にゼロにする
・政府は、パナマ貯蓄基金(FAP)の資産を担保として10億ドルの融資を調達する法案を国会に提出
・生活必需品の購入数の制限,保健衛生用品の売買金額の上限設定
 さらに、政府は今後の資金需要に対応するために早い時期から資金調達に取り組んでおり、国債発行をはじめ、米州開発銀行、ラ米開発銀行、IMF,MIGAからの融資など、8月20日現在までに60億4,800万ドルを確保、うち33億4,800万ドルを2020年の政府予算に織り込んでいます。

■経済活動再開するも感染はさらに拡大
 早い段階から厳しい外出禁止措置を実施したパナマでは、一部例外はあるものの5月20日頃までは1日の新規感染者数が平均170人程度、多くとも200人以内で推移しました。また、実効再生産数Rtも1.0近くに下がって来たため、貿易産業省が中心となって準備してきた経済活動再開のための6段階のロードマップに従い、まず5月13日に第1ブロック(配管・電気等の技術サービス、修理工具販売等)が解除されました。感染拡大はそのまま収束に向かうかに見え、6月1日には第2ブロック(公共インフラ工事、一部の製造業,鉱山採掘,公園等)も解除され、保健省はいったん完全外出禁止措置を解除します。しかし、パナマ県と西パナマ県での急激な感染拡大をふまえ、6月8日から、この2県では再び完全外出禁止措置が実施され、8月現在の今も継続しています。

 このように、早い時期から外出禁止措置を実施し、経済活動再開にも一部とりかかりましたが、感染は一層拡大し、国家非常事態宣言から約5ヶ月経過した現時点(8月20日)での総感染者は84,392人、死亡は1,838人に達しています。パナマの人口は約422万人ですから、これらの数字は、「100人のうち2人が感染」し、「1万人のうち4人以上が死亡」ということを意味しており、残念ながら中南米主要国の中でも上位にランキングされるレベルになってしまいました。

■感染拡大の要因は何か
 パナマにおける初期の感染事例が欧米諸国からの帰国者によるものが中心であったことから、感染拡大はトクメン空港が立地するパナマシティで始まりました。その後、時間経過とともに全国他県へも広がりますが、早くからのロックダウンの効果もあって、地方部での感染拡大は限定的で、むしろ6月以降、パナマ・西パナマの2県を中心に急激に感染が拡大しました。
 パナマでは全人口の半分にあたる約225万人がこの2県に集中しており、経済活動もパナマシティを含むこの地域に集中しています。パナマは一人当りGDPが$16,245(名目)(2019年、IMF)という高い水準にありますが、一方で所得格差も大きく、パナマシティでも高級住宅地のすぐ横に低所得者層の住宅地が隣接する状況も多く見受けられます。政府は、懸命にマスク着用や消毒、手洗いとうがいの励行を呼びかけていますし、食料品店の入口には一定間隔の距離を保った行列もでき、入店の際には手や靴底の消毒、体温チェックが当たり前という状況になっています。しかし、一方でTV・新聞では外出禁止に違反した若者たちが逮捕されたという報道も連日目にします。何ヶ月もの長期に亘る完全外出禁止期間が続く中で、やはり緩みも出てきていると言わざるを得ない面もあります。
 また、6月に入って急激に感染が拡大した要因については,やはり第1ブロック(5月13日)及び第2ブロック(6月1日)の解除がきっかけだったように思います。特にブロック解除に際して労働のための通航許可証(salvoconducto)が多数発行されたことが大きく影響したものと推察します。通行許可証は53万件、約3万社に発行されたとのことです。完全外出禁止にも拘わらず、街中のホテル、レストラン、オフィスは閉まっている一方で、道路には多くの車が走り、渋滞を起こしている交差点もある状況は、通常状態とたいして変わりません。
 こうしたことが重なって、パナマでの感染拡大がもたらされたのではないかと思われます。

■医療体制の逼迫と対策
 パナマにおける新型コロナによる入院患者は全国的にみても6月中旬頃までは300人程度でした、しかし、感染が急激に拡大した6月後半からは入院患者も急激に増加しました。
 そうしたなかで、7月15日、保健省がコロナ感染対策の中核病院として位置づけて新型コロナの患者を受け入れてきたサンミゲル・アルカンヘル病院の医師らがデモを行いました。医師らは、病床が埋まり,患者も椅子に溢れているなか,消耗品や医療用手袋も防護服も不足しているような状況の改善を求めたデモだったとのことです。

 政府も病床不足対策として,主要病院が重症患者対応に専念できるよう,低中程度の患者を移すための病床を周辺にあるコンベンションセンターや学校施設などに1086床を設置するとともに、医療従事者不足に対しても保健省が医療従事者500名、外国人医師も対象とする専門医師50名の募集などにも取り組んでいます。
 一方、こうした医療関係者の感染状況に関するPAHO(米州保健機構)の報告についての報道もありました。パナマでは、8月12日までに新型コロナに感染した医療関係者は3,299人,うち隔離中1,098人,入院79人,治癒2,096人,死亡が26人とのことです。これを業態別で見ると,管理補助が38.5%,看護師24.5%,検査23.3%,医師13.5%だったそうです。我々は医師・看護師が最も危険に晒されていると思いがちですが、実は病院の受付・クラークなど管理部門の方々の感染率が最も高いことに改めて気づかされます。

■Zaandam号のパナマ運河通航
 パナマといえば運河が有名ですが、運河通航の際には運河庁のパイロットらも直接船に乗り込んで対応するため、船内に感染者がいることは運河通航の支障となります。
 3月27日、新型コロナを発症した乗客・従業員を乗せたクルーズ船Zaandam号が運河に到着し、運河通航を申請しました。当初、保健省が運河の通航を許可しなかったため、船は運河太平洋側沖合で立ち往生していました。しかし、その後救援のために急遽駆けつけたクルーズ船Rotterdam号に一部乗客を乗せ替えるなどの措置により、人道的支援を理由に運河通航が承認され、3月29日、2隻は無事に運河を通航し、カリブ海側へ渡ることができました。これは、保健省と運河庁が連携して特別な検疫対策を施したうえで、最小人数によるオペレーションのもと実施された例外処置であったとのことです。
 現在パナマ運河では、新型コロナに罹患あるいは感染が疑われる船員を乗せた船舶の運河通航は禁止されており、感染が疑われる船員が乗船している船舶は一定期間洋上で待機のうえ保健省の指示に従って対処されることになっています。また、感染が疑われず通航を予定している船舶についても、運河に到着する30日以上前に船員の健康状態や寄港履歴を運河庁へ提出することが必要となっています。

■パナマ日本人会がチャーター便による邦人退避を実施
 国家非常事態宣言、完全外出禁止令などが次々と出される一方で、3月22日からはパナマ発着の全ての国際便が停止されることになり、欧米諸国の一部人道支援便などを除き、パナマ在住の外国人が国外に脱出する手段はなくなりました。そうした状況のもと3月27日、パナマ日本人会会長の呼びかけで、今後あり得る退避の方策について意見交換会が行われました。この時点ではまだ頭の体操といった感覚でしたが、3月30日に日本外務省が各国の感染症危険度をレベル3(渡航中止勧告)に一斉に引き上げるという報道を受けて、一部企業やJICAにおいて在外職員や家族の帰国を奨励する動きもあり、チャーター便の実施が一気に現実的なものとなりました。4月1日のネット会議で会員各社に事務分担が振り分けられ、チャーター便の実施準備に取りかかることとなりました。当館も日本人会の会員以外の搭乗希望者の募集とパナマ政府にからのチャーター便の運航許可の取得調整に当たりました。その結果、4月12日発のアエロメヒコのB737に58名が搭乗するチャーター便の実施準備が無事整いました。
 チャーター便は4月12日、極めてスムースに実施され、メキシコシティ経由で皆さん日本へ無事帰国することが出来ました。このようなオペレーションが成功したのも、日本人会会長のリーダーシップとそれを会員各社が事務分担して支えた素晴らしいチームワークのお陰でした。また、パナマ政府からの迅速かつ丁寧な協力が得られたこと、乗継地の在メキシコ大使館には大使をはじめ準備段階から実施当日の乗継ぎに至るまで支援頂けたことも成功の大きな要因でした。関係者の皆さんのご支援に心から感謝申し上げます。
 なお、パナマ日本人会によるチャーター便での退避は、その後も2回(6月3日:9名、7月8日:30名)、プライベート・ジェットを手配して実施され、全員が無事帰国を果たしています。

■早期収束に期待
 8月24日、パナマ政府は9月7日の建設セクター活動再開から10月12日の外出禁止措置の廃止、国際線フライトの再開等に至る経済活動再開プロセスを閣議決定し公表しました。半年にも亘る外出禁止措置を経て、ようやく通常状態に戻る道筋が見えてきました。 パナマはもとより、各国での感染拡大が早期に収束し、安心して社会経済活動が行える日が早く訪れることを心から願っております。