(コロナ特集)ハンガリーにおけるコロナウイルス対応


駐ハンガリー大使 佐藤 地

1.はじめに
(1)3月4日、ハンガリー国内で初めての新型コロナウイルス感染者が確認された。11日、政府は非常事態宣言を発し、非常事態という特別な法制の下、外出制限、レストラン・カフェでの給仕の禁止、買物時間帯のゾーン制(65歳以上の高齢者とそれ以外の者とで買物が出来る時間を分ける制度)、デジタル授業への移行等の対策措置を矢継早に講じた。結果、非常事態宣言が解除された6月18日時点の累積感染者数は、4,079人(人口1万人あたり4.16人)とEU諸国や近隣国の中でも誇り得る数字であった。6月に非常事態を終息させた際、オルバーン首相をはじめ政府要人は、「ハンガリーは、新型コロナウイルスとの闘いの第一段階に勝利した。」と高らかに宣言した。また、非常事態解除後に実施された与党系シンクタンク・ネーズーポント社の世論調査では、国民の約78%が、政府による新型コロナウイルス対策に満足していると回答した。一方で、3月30日、国会で可決された非常事態宣言の下で緊急に講じた措置の延長等を定めた新型コロナウイルス対策措置法については、「政府に無期限の権限を与えるものである。」或いは、「フェイクニュースに対する取締りの強化という名の下に言論弾圧を行おうとしている。」といった批判が、国内左派勢力や西欧諸国やそのメディア等から厳しくなされた。しかし、ハンガリーは、フェイクニュースの取締りでこれらの批判に当たるような行動を取ることは無かったし、上述の勝利宣言とともに、非常事態を終息させた。
(2)防疫措置に基づく感染拡大の封じ込めを最優先とする一方、3月19日、オルバーン首相は、個人及び企業を救済するための負債猶予や税免除等を内容とする経済対策第1弾を打ち出した。更に、4月6日、同首相は、雇用維持のための企業支援や家族と年金受給者の支援等を含む経済対策第2弾を打ち出し、一連の経済政策の予算規模は、総額でGDPの18~20%の規模となると発表した。ハンガリー政府は、コロナ禍におけるハンガリー経済の縮小を阻止するため大規模で幅広い経済政策を、早め早めに講じている。6月4日、政府は、政府の経済対策によりコロナ禍で仕事を失う可能性のあった約114万人もの雇用が政府の経済対策により守られた旨発表(グヤーシュ首相府長官による記者会見。なお、2019年のハンガリーの就業者数は約450万人)。2020年4-6月期の失業率は4.6%にとどまるなど,EU平均(6.9%)より低く抑えられている。
(3)当国では、感染者の再増加に伴い、9月1日より、厳格な入国管理措置を再導入した。変化する状況の中ではあるが、本稿では、主に3月~8月にかけて、政府が実施した防疫措置及び経済対策に関し、ハンガリー又は現政権に特徴的と思われた点について、書くことにしたい。

2.「国民のおばあちゃん」
(1)政府による新型コロナウイルスに関する情報発信を通じて、国内で有名になった女性がいる。その女性は、ハンガリー国立公衆衛生センターのトップを務める、ムッレル主席医務官。新型コロナウイルスの感染拡大前は、彼女のことを知っている国民は殆どいなかった。が今ではおそらく殆どの人が、彼女の顔を知っている。政府によって実施された「国民との対話」に毎回登板していたからである。政府は、国内の感染状況等について、国民に対する説明責任を果たし、できる限り透明性を確保するよう取り組む一環として、国内での感染が初めて確認された翌日の3月5日以降、非常事態宣言が取り下げられる6月18日までの間、ほぼ毎日オンライン記者会見を開催し、感染状況・対策措置に関して国民に説明を行った。記者会見に出席したムッレル主席医務官は、一部メディアで「国民のおばあちゃん」と呼ばれるほどに、親しまれる存在となった。特に高齢者に対して、ステイホームを呼びかけた。

政府対策本部による記者会見。中央がムッレル主席医務官
(政府対策本部公式ウェブサイトより)

(2)外出制限と同時に導入された高齢者専用の買い物時間帯(毎朝9時~12時)は、人材省の担当副大臣(自身が気管支系専門の医者)によれば、高齢者は早起きの人が多く、店は衛生上も午前の方が良く、混むこともなく、理にかなった措置であった旨述べている。一部若者からは、仕事と両立して、必需品の買い物時間をとるのが困難との苦情も出たが、同措置は6月18日の非常事態終息まで継続された。重症になるリスクの高いお年寄りに当初より配慮し、こうした対策措置を講じていた点は、高齢者を大切にするハンガリーらしさを感じさせるものであった。

午前9時~12時の間に買い物をする高齢者の様子
(当国日刊紙「Magyar Nemzet」より)

3.「空飛ぶ外交」 
(1)シーヤールトー外務貿易大臣は、コロナ禍以前より、例えば、昨年12月のオルバーン首相の訪日の際には、英国から日本に飛び、日本からハンガリーへ戻り、すぐに韓国に行くなど、空を飛び回って外交を行っている。その空を飛ぶ手段は、飛行機に限らない。昨年7月、首都ブダペストから北へ60キロ(車で約1時間)離れた、当国ニェルゲシュウーイファル市で行われた東レ・ハンガリー社による工場の起工式に出席した際には、直前に外交行事が入ったが、出席をあきらめないでブダペストから起工式会場までヘリコプターに乗って駆けつけた。
(2)コロナ禍においても、そのスタンスは変わらず、6月初旬までは周辺国への訪問に留まっていたが、それ以降は、モスクワ、スペイン、トルコ、イスラエル、フランス、キルギス、韓国、中国、UAE、マルタ、バングラディシュ、ベトナム、米国等を訪問している。もちろん、同大臣は、この他に、テレビ・電話会議や国際会議への出席も精力的に行ってきた。同大臣は、これらの会合の様子を自身のFacebookで連日公開し、コロナ禍においてもこれまでと変わらず、外資も安定的に入ってくることなどを示し、国民一般及びビジネス界に安心材料を与える努力も行った。実際、5月に茂木外務大臣と電話会談を行った際には、ハンガリーに進出する日系企業の継続的な事業活動を確保するための支援と理解を要請した茂木大臣に対し、今後とも日系企業がハンガリーで事業を継続していく上で,あらゆる支援を提供する旨回答し、日本からのビジネス目的渡航者の入国を認める特例措置を電話会談の前日に講じた旨も説明した。

4.「施しより仕事」 
(1)オルバーン首相は、2018年4月、連続3期目の政権運営を開始するにあたり、2030年までの中期目標を7つ挙げた。最も住みやすく働きやすい国、また、最も競争力のある国としていずれにおいてもEU域内トップ5入りを目指すこと、国内人口の減少をストップさせることなどが含まれる。なお、翌々のEU中期予算期(2028年~2034年)には、純受益国から純拠出国に転換することも目標としている。
(2)2010年の第2次オルバーン政権発足後、経済政策に特に力を入れてきた政府にとって、新型コロナウイルスがもたらす経済への影響は、今後の大きな懸念事項であるが、コロナ禍への対応においても、これら目標の実現を軸としている。例えば、「施しより仕事」。失業手当給付期間の延長などの政策よりも、雇用機会の創出を目指す。
(3)経済対策第1弾として打ち出された政策には、個人及び企業が抱える債務の返済の2020年末までの猶予、新型コロナの影響を大きく受けた観光業に対する観光開発税等の一部免除等が含まれていた。
 更に、3月26日には、非常事態中に失効する育児手当の給付延長といった措置も発表され、これまでの政権運営と同様に、家族を重視する姿勢も示された。因みに、人口減少をストップしたい(合計特殊出生率は、1.49で、EU平均の1.55(2018年)も下回る。)この国の家族支援策には、相当手厚いものが含まれる。例えば、4人以上出産した女性は、生涯、個人所得税を免除。いずれは、3人出産に拡大する方針がある。また、大家族の乗用車購入を支援すべく、子供が3人以上の家族が7人乗りの車を購入する場合250万フォリント(約100万円)の補助金が出る。
(4)4月6日、政府は、雇用の確保・創出や家族と年金受給者の支援等を柱とする、経済対策第2弾を打ち出した。労働時間が減少した従業員に対する給与への政府による補填(時短勤務等に伴う給与の減少分の70%を国が3カ月間負担)や、新たに雇用を創出した企業に対する従業員の給与の一部負担等の措置を講じ、雇用の維持を図っている。例えば、日本の自動車部品メーカー・デンソー社の当地グループ会社は、この対策により、約3億1,075万フォリント(約1億円)の補助金を、ハンガリーの大企業として初めて受領し、約3,800人の雇用が守られた旨、政府から発表されている。その他、政府はコロナ禍にあっても将来を見据えた競争力向上のための投資を行うことを奨励し、設備投資などを行う企業へ投資額の最大50%の補助金を支給する施策も実施。例えば、当地に進出済みの日本のタイヤメーカー・ブリヂストン社など日本企業もこのスキームを利用・受給している。
(5)なお、3月中旬から非常事態宣言に伴う外国人に対する入国制限が敷かれる中,政府は独、墺及び近隣V4諸国(ポーランド、チェコ、スロバキア)に加え,5月1日に韓国(韓国は2019年、域外からの直投フローで最大国となった。累積では引き続き日本が最大投資国。),同14日には日本からのビジネス目的渡航者の入国を認める特例措置をとった。また、9月1日より施行された入国管理にかかる改正政令は、感染拡大の第2波を認識し、感染拡大防止のため、基本的に外国人の入国を認めないこととしたが、商用目的が証明できる者の入国については、出発地に関わらず、しかも隔離等の制限無しで、入国することを可能とした。ハンガリーが外国投資及び外国企業のビジネス活動をいかに重視しているかを物語っている。 

5.おわりに
(1)ハンガリー政府は、非常事態の終息を発表した後、第2波への対策措置に関する国民の意見を問うため、「国民との協議」(国内の全有権者を対象としたアンケート調査)を実施した。ハンガリー政府は、これまでも家族政策や移民問題に関して「国民との協議」を実施しており、今後のコロナ対策においても、同アンケートによって得られた国民の意見を尊重して、対応を進めることとした。
(2)9月に入り、ハンガリーにも第2波が到来したが、オルバーン首相は、「国民との協議」により「国民は、ハンガリーが止まらず動き続けることを望んでいる」と分かったため、国民の命を守ると同時に国が機能し続ける措置を講じると述べており、防疫措置を取りつつ、経済対策によって国を動かし続けて行くことを目指す。
(3)本年後半のV字回復を予想していた国立銀行も、9月22日、本年4-6月期のGDPが前年同期比-13.6%と予想以上に落ち込んだことを踏まえ、2020年のGDP成長率予想を、以前の強気なプラス0.3%~2.0%からマイナス5.1~6.8%へと大幅に下方修正した。
(4)この国も、我が国も、世界も、with coronaの闘いはまだまだこれからである。コロナ後は生活や経済が大きく変わり、国際関係も変容を受けるであろう。目下の状況が収束し、明日への展望が開かれるよう、力を合わせるしかない。
(2020年9月24日記)