(コロナ特集)コロナ禍の友情機


駐ポーランド大使 川田 司

 ポーランドは、欧州諸国の中では、新型コロナ感染症の感染者数も死亡者数も比較的少ない。私は、当地にて日本の状況について問われると、ポーランドの状況に似ています、と答えることにしている。8月19日現在、累計感染者数は58611名(この内回復者は40099名)、死亡者数は1913名。勿論人口比を考えれば、日本より多いのであるが、良く対処しているとしばしば指摘される隣国ドイツと比較しても遙かに少ない。本稿では、ポーランドにおけるコロナを巡る状況を概観すると共に、このようなコロナ禍で行われた(行われている)日本とポーランド間の友情的な協力について記すことにしたい。

1.ポーランドにおけるロックダウン
(1) ポーランドにおいて、最初の感染者が報告されたのは、3月4日であった。その後、ポーランド政府は、他の欧州諸国と呼応するように、矢継ぎ早に対策を打ち出す。モラヴィエツキ首相は、3月9日、国境の検疫強化を発表。翌10日には、全ての大規模イベントの中止を発表。11日には、全ての大学・学校・幼稚園・劇場等の閉鎖を決定した。ちょうどこの頃、日本大使館は、ワルシャワ大学と協力して、日本から講師を招き、2つのシンポジウムを計画していたが、急遽中止せざるを得なくなった。
(2)14日には、感染症脅威事態宣言が発出され、薬局・食料品店・クリーニング店を除いてショッピング・モールが閉鎖され、レストラン・喫茶店なども、テイクアウトを除いては営業が禁止された。私は、この日、町中の視察に出かけてみたが、ほとんど全ての店が閉まり、一部のレストランがテイクアウトの営業を行っているのみであった。宣言発出の当日に政府の指令が徹底されていることに驚き、馴染みのレストランのボーイに尋ねてみたところ、2~3日前から噂が流れ準備をしていたとのことであった。
(3)15日には、全ての隣国との国境審査が開始され、全ての国からの航空機の着陸が禁止された。この措置の導入と同時に、ポーランド政府は、「LOT DO DOMU(ポーランド航空で帰国しよう)」という標語を掲げ、ポーランド人在住者の多い国にポーランド航空機を派遣し、ポーランド国民の帰国を助ける政策を開始した。

2.日本人の出国―友情機の離陸
(1)このような状況下において、私としては日本人の出国が心配になった。在留邦人数は約2000人であるが、長期滞在者については、ポーランドの感染状況は余り深刻でないので引き続き当地に留まれば良いとして、問題は短期滞在者である。「たびレジ」登録者で検索すると約60名の短期滞在者がいるのではないかと推測された。陸路での出国は可能であったため、まずは領事メールにより出国可能なルートを案内した。
(2)日頃から付き合いのあった首相府のコロヴァイチェック国際局長に連絡をとり、日本人の出国に便宜を図るよう依頼すると、種々やり取りの後、先に述べた「LOT DO DOMU」便の往路便を利用して日本人も出国できることになった。ロンドン行きの便が多かったため、邦人にロンドン経由で帰国可能と案内する。更に、ミレフスキ駐日大使とも連絡をとると、日本に在住するポーランド人は余り多くないため「LOT DO DOMU」の優先度は高くないと言う。議論するうちに、ポーランドから日本への便に日本人が乗れば、往復で人数が増え、成田便を飛ばすことも可能かも知れないということになり、二人で共同してポーランド政府及びポーランド航空に働きかけを行うことになった。結果として、4月1日に「LOT DO DOMU」の成田行きが飛び、約150人の邦人が帰国することができた。搭乗に当たっては、日本側においても外国人の入国規制がなされていたことから、搭乗者を原則日本人に限る必要があり、大使館で領事メールにより希望者を募り、搭乗者リストを作成する必要があった。林領事を筆頭にポーランド人のローカルスタッフが深夜まで搭乗者確認に追われた。
(3)この便をきっかけにポーランド航空のバルトゥジ国際部長と頻繁に連絡を取るようになった。「LOT DO DOMU」のオペレーションも終了した5月初旬、同部長より、成田へ貨物便(機体は旅客機ドリームライナー)を飛ばす予定があるが、日本への帰国希望者があれば、搭乗可能であるとの連絡がきた。当地日本商工会会頭と連絡をとると、社員の一部、家族等を帰国させたいと考えている企業もあり、50名程は乗りそうであるとの感触であった。こうして、5月16日、成田への特別便が再度飛び立ち、約50名の邦人が帰国した。領事班が再び航空会社のようになったのは言うまでもない。
(4)ポーランドに勤務して感じるのは、この国が本当に親日的ということである。昨年日本ポーランド国交樹立100周年を記念して、秋篠宮皇嗣同妃両殿下がご訪問され、本年1月にはモラヴィエツキ首相が訪日し、両国間の絆が一層深まっていたことも、以上のようなコロナ禍における友情的な協力に繋がったと考える。

3.ロックダウンの段階的解除
(1)感染者数の割には、他の欧州諸国並の厳しいロックダウンに入ったポーランドであったが、その後4段階に分けて徐々にロックダウンを解除した。「最初は大きく構えて徐々に緩める」という危機管理の原則を忠実に守った対応である。4月20日に第一段階の解除が始まり、閉鎖されていた公園が開放され、マスクをして十分な距離をとれば散歩ができるようになった。5月4日に第二段階に入り、15㎡当たり一人の客との制限の下、ショッピング・モールの店舗の開店が認められた。5月18日に第三段階となり、人数制限等の下でレストラン・美容院等が開店。5月30日に第四段階となり、戸外でのマスク着用の義務がなくなり、店舗やレストランでの人数得制限も廃止された。現在は、室内でのマスク着用、ソーシャル・ディスタンスの確保、大規模イベントの人数得制限など一部の規制は残っているが、基本的な社会生活は、ほぼ通常通りに戻りつつある。
(2)空港も徐々に開かれた。6月17日から大部分のEU諸国との旅客便が再開され、7月1日からは日本を含む多くの国との旅客便が再開された。3月に突然空港が閉鎖された際は、極端な政策をとる政府と思ったが、世界中で感染拡大が起こる中で、当時比較的少ない感染者に留まっていたポーランドとしては、「水際対策(空際対策)」をとったと言うことであろう。

4.日本企業による高機能マスクの製造
(1)中国から世界最大輸送機ムリーヤにて医療品が到着とのニュースが大々的に報じられた頃、当地進出日系企業の創美クラフトポーランド社から、ポーランド政府に協力して医療品を製造したい、との申し出があった。同社は、シャープの下請けとして当地に進出したが、シャープの撤退の後、自動車部品製造に切り替えて、生産活動を続けている企業である。畑違いではあるが、現下の状況で是非ポーランドに貢献したい、と言う。外務省経済協力局長につなぐと興味を示し、同社に高機能マスクの製造を依頼することになった。ドヴォルチク首相府官房長官からも本使に対し、ポーランドは医療関連製品の国内生産能力拡大を目指しており、同社の協力を歓迎するとの話があった。
(2)8月の時点で同社は、ウイルスの侵入を94%防ぐマスク(FFP2)の試作品に成功し、9月末までには99%防ぐマスク(FFP3)を開発しようとしている。しかも、一般庶民が入手しやすいよう低価格での提供を目指している。日本企業が社会貢献にも尽力する姿を見るのは、任国大使として嬉しい限りである。

5.ファクターX? 
 先に述べたように、ポーランドにおける感染はかなり押さえられている。感染対策優良国とされている隣国ドイツにおいて、人口100万人当たりの死亡者が111人であるのに対して、ポーランドは49人である(8月19日現在)。統計上の問題もあるのかも知れないが、感染爆発国と比較すれば、低く抑えられていることに間違いはない。政府主導で進めている感染対策が功を奏しているとも言えるが、日本と同じようにファクターXがあるのではないか、との噂もある。当国においてもほとんど全ての国民がBCGワクチンを受けている。
 最近感染者が再び増加傾向にある。政府は、感染者が急増した地域を赤色ゾーン、黄色ゾーンに色分けし、その他の緑色ゾーンと区別して、より厳しい感染症対策を再び導入している。まだまだ先行き不透明な状況が続く中で、感染症対策と経済を如何に両立させるかは、当国にとっても難しい問題である。

 最後に、字数の関係で経済対策について触れることができなかったが、ポーランド政府は、コロナ対策として、これまでに総額3120億ズロチ(約8.9兆円、国家予算の約75%に相当)の経済対策を打ち出し、またEUからは、復興基金及び次期多年度財政枠組(MFF)を合わせて、総額約1600億ユーロ(約20兆円)を獲得見込み、との発表がなされている。  (2020年8月19日記)