(コロナ特集)コロナ禍と苦闘するエクアドル


駐エクアドル大使 首藤祐司

 赤道直下に位置する南米エクアドルは、人口・経済の規模も大きくなく(2018年人口1,708万人、GDP1,084億米ドル)、日系人もほとんどいないためか、日本のメディア等で取り上げられることは少ない。しかしながら初期の感染爆発に始まり、原油安も加わった経済的な打撃など、コロナ禍は甚大な影響を及ぼしている。その概要と人々の苦闘をご報告したい。

初期の感染爆発
 最初の感染者が確認されたのは2月28日であった。スペイン旅行からの帰国者であるとされ、以後の感染者も欧州との関連が多く報じられたが、主たる感染経路は明らかではない。3月16日、政府は非常事態宣言を発し、全国でロックダウンに入る。この時点の発表では全国の感染者数58人、死者2人であり、早めに手を打ったという印象であった。しかしその後、感染は発表数値より実はかなり多いようだという情報が聞かれるようになり、ついに、第二の都市グアヤキルで路上等に多数の遺体が放置されている衝撃的な映像が報じられるに至った。当時、グアヤキル方面からは「医療システムが崩壊したため自宅で亡くなっている人が相当いる。実際の死者数は政府発表よりもかなり多いはず」、「死者の増加に火葬が追い付いていない」、「既に自分の知人が20人亡くなった」といった情報が寄せられ、報道された深刻な状況が裏打ちされた。この頃路上の遺体に対しては遺体回収部隊が設置され、1日に30~150体の遺体を回収していたと報じられている。また、3月18日グアヤキル国際空港で、着陸しようとしていたスペイン発イベリア航空機に対し、滑走路に車両を置いて妨害するという事件が起こった(その後キト空港に無事着陸)。この妨害は、機内に感染者がいるとの情報を得た市長の指示によるとされており、無論暴挙ではあるが、当時のグアヤキル市が如何に必死になっていたかを窺わせるものともいえよう。なお、同市長は当地で人気の高い有力政治家である。
 4月に入ると政府発表の感染者数、死者数は過少であると政府自身公に認めるに至り、政府の苦衷が察せられた。さらに、4月23日付ニューヨーク・タイムズ紙は同紙推計としてエクアドルの死者数は7,600人(政府発表の15倍)で世界最悪の状況の一つと報じ、その後フィナンシャル・タイムズ紙も同旨の報道で続いた。エクアドル、特にグアヤキル市においてなぜこのような感染爆発が生じたのかについては、同市が港湾・商業都市であるため人の往来が多かったこと、医療体制が脆弱であったこと等が指摘されているが、必ずしも明らかではない。なお、その頃日本を含め、一部の識者やメディアから「新型コロナも夏になれば感染が縮小するのではないか」と期待する声が聴かれることがあったが、常夏のグアヤキルで世界最悪クラスの感染爆発が起こったのになぜこのような声があるのか不思議であった。

現在の感染状況
 感染爆発が起こったのはグアヤキル市とその周辺地域であり、その後の状況を全国的に見ると、グアヤキル市等が次第に落ち着いていく一方で、首都キト市を始め他地域では感染が進んできたという印象である。ただし、政府発表については、発表のない日や感染者ゼロの日、逆に突出して多い日があり、また事後修正、さらには定義の変更もあるなど安定性を欠いており、感染状況は非常に把握しにくい。強いて言えば、キト市を中心として日々の新規感染者数が次第に増加してきていたのが8月上旬頃いったんピークを打ち、しかし9月中旬頃また増加したように見える。9月24日現在、感染者数は131,146人、死者数11,213人と発表されている。特にキト市を含むピチンチャ県の状況が深刻であり、同日現在で感染者数36,288人、死者数1,609人となっている。同県の1日の新規感染者数は直近1週間の平均で約790人であり、これは東京都の人口に換算するとおよそ4,000人である。病院はどこも逼迫状態の模様である。
 しかし、筆者個人の感想ではあるが、国民はおしなべて平静に対応しているように見受けられる。非常事態の初めのうちこそピリピリした雰囲気が感じられたが、やがて、「慣れ」なのか「見極めを付けた」のか、徐々に平常に復してきた。それが緩すぎるために感染が続くという批判もあろうが、かといって厳しいロックダウンをいつまでも続けられないのも自明である。どこの政府も感染対策と経済活動維持の両立に悩んでいるようであり、エクアドルも例外ではないが、当地の人々は個々人でリスクを負いつつ、「さじ加減」を自ら探しているように思われる。

エクアドル当局の対応
 エクアドル政府は多くの対策を講じてきており、特に当初は相当厳しいロックダウンとなっていた。例えば外出禁止令に違反すると1回目は100米ドル(エクアドルの通貨は米ドルである)、2回目は400ドルの罰金が科せられ、3回目には逮捕されることとされており、実際多数の逮捕者が出た。ロックダウンが実施されるとほぼ一夜にしてキトの街がゴーストタウン化したものである。
 政府の対策で特徴的なのが、自治体ごとのゾーン規制である。全国の自治体をその感染状況や必要な規制の強さに応じて赤・黄・緑に色分けし、色ごとの規制内容は中央政府が決めるものの、どの色に該当するかは自治体の決定に委ねた。地域の実情を最もよく知る自治体に判断を任せることにより、判断の適切さと住民の納得を確保する仕組みであると評することもできよう。
 3月16日に非常事態宣言が発令された後、規制措置等の内容はしばしば修正されつつも宣言自体は維持されてきたが、9月13日をもって終了した。感染の収束が見えてきたわけでは全くないのであるが、憲法裁判所が「国民の権利を制限する非常事態宣言について、新規立法措置等を講ずることなく継続させることは認めない」との決定を出したことによる。立法措置を講じて延長する道はあったはずであるが、政府は憲法裁決定を受け入れる旨発表し、また、国民の間からも継続を求める声はほとんど聞かれなかった。半年近くに及ぶ非常事態下において経済社会活動が停滞し、特に日々の糧を得られない低所得者の苦境は察するに余りある状況であったことを踏まえれば、憲法裁の決定は法理論と同時に国民感情的にも必然であったと言えよう。

経済・財政への打撃とエクアドル政府の対応
 新型コロナは経済と財政の面でも厳しい困難をもたらしている。以前から財政赤字が最大課題の一つであり、昨年3月にはIMF等から総額100億ドル強の支援を受けることで合意していたが、それに伴い求められた緊縮財政等の構造改革の一環として昨年10月に一部補助金を削減したところ強い反対運動が起き、全国的な暴動に発展するに至って政府は撤回を余儀なくされた。引き続き構造改革が求められるところにコロナ禍により原油価格が急落し(エクアドルは産油国である。)大きな収入減になるとともに、経済活動縮小により税収が減少し、さらには医療等直接的なコロナ対策、困窮者救済等のための支出増が次々と発生している。政府推計によれば、非常事態宣言発令から5月末までのわずか2カ月半で経済損失は約158億ドルとされている。また、中央銀行による経済分析は以下の通りである。

2020年3~5月のエクアドル経済分析(エクアドル中央銀行7月26日発表)
・GDP成長率 -3.8%(前年同期比)
・2020年のGDP成長率見込み -9.6%(コロナ禍以前の予測は0.7%)
・雇用喪失 約33.5万件(労働人口の約4.1%)
・失業率 7.9% (2019年12月時点では3.8%)
・原油輸出収入 -59.8%(前年同期比)

 これらの数字は他国と比較してそれほど深刻には見えないかも知れないが、国の経済・財政の柱である原油輸出収入の落ち込みは容易ならざるものであり、かつ、しばらく続くと予想されている点は重要である。また、低所得層への影響を含め、経済社会への打撃について全貌が把握できるのはまだまだ先のことであろう。
 こうした状況の中で、エクアドル政府は財政の安定に向けて苦闘を続けている。特に、既発行の国債のうち比較的償還期限の近いもの合計約173億ドルについて債権者と再編交渉を行い、元本削減、金利引下げ、期限延長などで合意した(8月3日発表)。この結果、今年度分で約13億ドル、今後10年間で約164億ドル分の財政負担が軽減されたとされている。大手格付け機関によるエクアドル国債の格付けは、春頃は「SD」(選択的デフォルト)など極めて低かったが(実際、利払い延期を債権者に申し入れたためメディア等ではデフォルト国の扱いである)、現在は「B-」程度にまで持ち直している。債権者との交渉過程で漏れ聞こえてきたのは、エクアドル政府の真摯な交渉姿勢である。実は春頃の段階では、経済財政状況のあまりの厳しさに、議会や有力者から「債務返済に回す金があるなら国内で使え」との声があった(債権者の大半は外国金融機関等である)のであるが、マルティネス経済財務大臣をはじめ政府はそのような様子は一切見せずに交渉を続け、その姿勢は主要債権者から一定の評価を得ていたようである。今後のエクアドル経済の成り行きが極めて不透明である中、債権者たちが再編に応ずるのは全面的なデフォルトのおそれも踏まえたある種の「賭け」であろうが、エクアドルの可能性をある程度信じてくれたものと考えている。付言すれば、現モレノ政権の運営方針が、市場経済・貿易重視、開放性・透明性重視など、多くの主要国から好感されてきたことも影響しているであろう。なお、来年2月には次期大統領選が行われる予定であり、現職のモレノ氏は出馬しないが、左派、右派、中道と多くの候補が名乗りを上げている。この国の将来の方向を決めるものとなりそうである。
 この債務再編は、大統領自ら「歴史的」とコメントするなど当国の視界を広げるものではあるものの、もちろん懸念事項は多々残っている。例えば、再編にも拘わらず今年度の財政赤字は依然として40億ドル超と予想されており、引き続き財政は厳しい。また、困窮者対策等に充てるため企業や一定所得以上の個人への課税を強化する等を内容とする法案(人道支援法案)を議会に提出したが、法案のうち当該課税部分は強硬な反対に遭って削除された。次期大統領選を控え、国民に負担を求める政策が今後どの程度可能か不透明になっている。このため、IMF、世銀等から引き続き支援を受けるべく交渉中であり、民間債権者との合意はこの交渉によい影響を及ぼすはずであるが、それでも必ずしも十分ではない。そこでエクアドル政府は中国との間で既存債務の再編及び新規融資の取り付けを図り、相当進捗している模様である。現在でも既に中国はエクアドルの負う二国間債務の大半を有しているが、さらに中国の存在感が高まることとなりそうである。

日本大使館の対応
 コロナ禍において当館がまず力を入れたのは邦人旅行者等の早期帰国支援である。最終的には30数名と少人数ではあったが、ほとんどの方が個人旅行でなかなか接触できず、また、ガラパゴス諸島など交通通信の不便な場所におられた方もあり、支援は必ずしも容易ではなかった。お一人お一人の事情を伺いつつ、航空便探しをはじめ様々な支援に努めた。交通機関が止まり、県境を越える移動が原則禁止されていたため身動きの取れなくなっていた方々については、館員が迎えに行き、空港に送るということまでした。ロックダウン下で地方の治安状況に確信が持てないまま、また、出迎え・見送りで人との接触が増えるため、館員をこのような任務に就かせるのは館長としては非常に心苦しかったが、館員たちは懸命に頑張ってくれた。後日、ある若い旅行者の親御さんから東京の外務省へ丁寧なお礼の電話をいただいたときには、館員一同、報われた思いをしたものである。

 また、日本政府として医療機材の資金支援や、JICAによるマスク、防護服等の支援を行っており、供与式にはいずれもガジェゴス外務大臣が出席して非常に感謝された。しかし、諸外国の状況を見ると、米国の支援は別格であるが、ここでも存在感を発揮しているのは中国である。金額、種類、件数とも圧倒的といえる。さらに韓国も少なからぬ支援を行っている。「苦しいときの友こそ真の友」である。我々としても、エクアドル政府・国民のニーズを見据えてしっかりと支援していきたいと考えている。

(写真)感染症対策及び保健・医療体制整備のための無償資金協力署名式