習近平、宗教の「中国化」を標榜(キーワードは「グレー」)


元駐バチカン大使 文明論考家 上野 景文

1.はじめに ―― 宗教の「中国化」

 欧州ではカトリック教徒数の減少に歯止めがかからない。かかる悩みを抱えるローマ・バチカン(以下、ローマ)にとり、人口13億人を抱える中国は、信徒数拡大と言う観点から高い魅力を有する。このため、ローマは、中国との関係改善〔外交関係復活(注1)、教会関連懸案改善〕を目し、かねてより、北京との協議を続けて来ている。特に、フランシスコ法王就任後、熱意と協議の頻度は高まっている。

 ところが、最近、中国で、法王に「冷水」を浴びせるような展開があった。すなわち、昨年10月の第19次共産党大会における活動報告の中で、習近平総書記は、国政全般にわたり統制色を強める中で、宗教についても、「宗教が社会主義社会に適応するよう導く」、「宗教の『中国化』の方向を堅持する」と明言(注2)――つまり、党による宗教への「締めつけ」を強めると共に、外国の影響を抑えるということ――して、内外宗教関係者を憂欝にさせた。

 以下本稿では、中国カトリック教会に焦点を絞り、同教会の「中国化」にこだわる北京と、ローマと中国の教会の間を繋ぐ絲を守りたいローマとの間の「せめぎ合い」が、習政権下どう展開するか、占う。

2.中国カトリック教会を巡る「矛盾」

 先ず、教会の現状につきおさらいしておこう。中国のカトリック教会には、北京政府系の中国カトリック愛国会(CCPA)に属し、その管理に服する「公認教会」と、CCPAに属さず、あくまでローマ法王に従うことを旨とする「非公認教会(地下教会)」(注3)の二つの「異質な教会」が併存する(注4)。

 北京は、全カトリック教会をCCPA傘下に入れたいところであるが、「地下教会」関係者の多くは、ローマとの繋がりにこだわりを持っており、抵抗感が強いことから、これまで北京は「ゴリ押し」を控えて来た。対するローマも、「地下教会」を支援したい思いであるが、当局の「壁」があって、ままならない。つまり、二つの異質な教会が併存するこの「矛盾」を、ローマも北京も「整理」出来ずにいる(注5)。

3.カトリック教会の「中国化」

 では、習は「中国化」をどこまで進めるつもりか?英国のヘンリー8世が5世紀近く前にそうしたように、中国の教会をローマから完全に切り離し、「別人格の教会」にする(完全な中国化)つもりか?

 実は、総書記は、既に数年前から、宗教の「中国化」へのこだわりを度々口にしている。加えて、2016年12月に、愈正声人民政治協商会議主席(党の序列No.4/当時)は中国カトリック全国代表会議(公認系の集会)での来賓挨拶で、「中国カトリック教会は、ローマから独立した形で運営されるべきだ」と発言したこと等に照らせば、習の念頭に、「中国のヘンリー8世」にならんとの思惑、排外的情念があっても、不思議はない。

 で、「完全な中国化」をはかるのであれば、先ずは「公認教会」の「中国化」が課題となる。が、同教会の「中国化」は概ね達成済みだ。「公認教会」は、CCPAの傘下にあり、ローマ法王の傘下にないからだ。現に、司教の任命権は北京の手中にある(下記4参照)。従って、喫緊の課題は、「地下教会」の「中国化」だ。同教会をローマから「切り離す」方向で、今後北京は「ゴリ押し」に転じるものと見られる。

 と言うのが、常識的見方であろう。にもかかわらず、習は、後述する事情もあり、当分は、「ゴリ押し(完全な中国化)」は控え、現状を維持するものと見る。

4. キーワードは「グレー」

 「公認教会」のバックに控える北京と、「地下教会」を擁護したいローマの間に横たわる目下最大の懸案は、司教任命権の問題だ。ローマ・カトリック教会の場合、「普遍教会」と言う立場から、全世界の司教をローマ法王が遍く任命する。これに対し、北京は、司教任命はあくまで国内問題と位置付け、法王の任命権は認めない。と言う次第で、司教任命権を巡るローマと北京の立場は「黒と白」、対極にある。

 建前論では、そう言うことになるが、実態は少し異る。2017年末現在、中国には凡そ100人余の司教がいる(うち65名が公認系、36名が地下系)とされている。ところが、この65名の大半(60名前後)はローマからも認知を受けている。すなわち、公認系の9割、司教全体の6割は、ローマ、北京の双方から「二重」に認知された「グレー」な存在なのだ!

 この「グレー」性に今後を占う鍵が秘められていると見る。一皮めくってみよう。

  • 「グレー」司教の大宗は、北京が先ず任命し、ローマが追認したケースだ。北京は、自分達が任命した司教をローマが追認することは、大目に見ている。
  • 「グレー」司教の多くは、CCPAの管理下にありながらも、ローマ法王との繋がりを大切にしている。
  • 習政権は、ローマに配慮して、ローマが嫌がる司教の任命は一人も行っていない。
  • 少なからざる信徒が、公認、地下の両教会に出入りしている。

 そう、北京とローマは、「相互乗り入れ」を進め、「グレー性」を高めている。それも、習総書記の容認の下に。ひょっとすると、北京には、「中国化」の大枠さへ守られれば、ローマに対し或る程度配慮しても良いとの秘めた思惑(注6)があるのかも知れない。そう考えると、「グレー性」をなぜ許容しているか、合点が行く。

 目下、宗教を含む万事に統制色を強めつつある習政権(今後更に強めること必至)であるが、ローマとの共存を意識しているようでもある。このため、カトリック教会に関しては、ローマを無視したような強硬策は控え、「グレー」な現状が続くことを容認しているようだ。事情が変わらない限り、この姿勢は維持され、「グレー性」は持続するものと見て良かろう(中国国内に不満が残り、今後とも、局所的に司祭、教会への「意地悪」が散発すると見られるものの)。「中国化」と「ローマへの配慮」と言う矛盾する要請を同時に満たすとなると、その辺までが無理のない処であり、「地下教会」の処遇など核心に触れる問題は、当分は手つかずと思われる。

 ローマ・北京間では、司教の任命方式などにつき、双方が受容し得るギリギリの妥協点を探って、引き続き協議が続けられている。もとより、今後「合意」が得られる(注7)に起こしたことはないが、ネックは少くない(注8)。なお、一昨年秋には、「ローマと北京は、司教任命方式などにつき、事実上合意に達した。発表は真近だ」との国際報道があったが(その後も、類似の観測報道が続いている)、実現したとの発表はない。

5.まとめ

 繰り返しになるが、習総書記は、宗教の「中国化」にこだわりながら、ローマとの共存に一定の配慮を示す。と言う前提で、今後を占えば、「強持て」の習政権ではあるが、カトリック教会については、強硬策は控え、「グレーな共存」を許容するものと見て良さそうだ。その結果、懸案が積み残されそうではあるが。

 そもそも、13億人を擁する中国と、12億人の信徒がバックにいるローマ(バチカン)との間に、外交関係なり、対話のパイプがないと言う現状は、ローマが中国に直かに「物申す」機会を奪っていると言う点を含め、不健全だ。ローマとの対話を通じ、宗教に関する北京の姿勢が少しでも柔軟になれば(望み薄だが)、しめたものだ。正常化に向けての第一歩として、司教任命権問題につき妥協が成立し、両者間の距離感が短縮されることが期待される(国際社会は、この点にもっと関心を払って良い)。

(注1)
中国建国以降、共産党政権がカトリック教会を弾圧し、宣教師を追放したこともあり、バチカンは1951年に北京政府と縁を絶った(以降今日まで、台湾と外交関係を維持)。

(注2)
過去2回の党大会報告では、「経済社会の発展を促す上での宗教の積極的役割」に着
目するとしていた。今回は、明らかにトーンが異なる。

(注3)
「地下教会」と聞くと、ナチス占領下のフランスのレジスタンスのように、「隠れ家」で秘密裏に集会すると言うイメージであるが、「地下教会」の多くは公然と十字架を掲げ、当局はその実態を概ね把握している。

(注4)
カトリック教徒数は凡そ12百万人、うち、6-8百万人が地下系、4-6百万人が公認系と見られる。

(注5)
かかる現状には、特に中国で不満があるため、聖職者の拘束、教会破壊などの「意地悪」、露骨な「締め付け」が、局所的ながら、散見される。

(注6)
「ローマ法王との融和」を国際的にアピールしたいとの思惑、ローマに台湾との外交関係を絶って貰いたいとの思惑など。

(注7)
合意の内容としては、先ずは、司教任命につき、ローマ、北京の双方が併行的にこれを行うことを可能にするフォーミュラ、すなわち、北京、ローマの双方が「任命権は自分にある」と解釈出来るフォーミュラの策定合意がある。次いで、その合意が、「公認教会」だけでなく、「地下教会」にも及ぶこと、更には、バチカンと北京の外交関係復活がある。

(注8)
交渉の進展には引き続き紆余曲折がありそうだ。先ずローマであるが、中国のペースで妥協させられることや「地下教会」の人々を見棄てるような安易な妥協を警戒する声、更には、法王の姿勢への批判などが、しばしばメディアに登場する(それで、法王やバチカン幹部が姿勢を変えるとは思えないが)。北京サイドでも、気になる動きがある。昨年11月、北京政府は国営観光会社に対し、バチカンを中国人グループツァーの対象から外すよう指令した。韓国をグループツァーの対象から外した昨年の北京の措置を髣髴とさせるこの指令は、ローマに対する何らかのメッセージを込めたものだったのか。