余談雑談(第84回)文明の進化と衝突

元駐タイ大使 恩田 宗

 JR大森駅近くに縄文の後晩期の貝塚がある。公園になっていてアサリなどの貝殻の地層の断面を見ることができる。紀元前五~四世紀頃は日本列島の住民はまだ竪穴式の小屋に住み木の実や貝を食べ石器や丸木船を使っていた。同じ頃大陸の人達は穀物や家畜の肉を食し金属器具や馬車を使用していた。社会は階層化され権力者は楽器を合奏させて楽しんだ。孔子は韶(しょう)という楽曲に感動し「三月(さんかげつ)肉の味(うまさ)を(が)知らず(わからない)」程だったという。弟子の子貢は商品投機で「憶(おもんばか)れば則ち屢(しばしば)中(あた)る」という程金儲けが上手だった。ギリシャの都市では大理石の彫刻や神殿が建ち哲学数学が論じられ叙事詩が朗詠された。借金や遺言は文書で行なわれパピルス本を売る本屋もあった。   

 生物の進化について「断続平衡」という説がある。進化は徐々に進むのではなく長期の安定と短期の激変を繰り返すというのである。日本はまさにこの進化法則に従っているかのようである。平生は保守的で改革変化に臆病であるが節目ごとに激変し出だしの遅れを克服して今は世界の大勢と肩を並べるようになっている。

 現存する文明の数は学者により異なる。S・ハンチントンは七から八だとし日本文明をその一つに数えている。彼の1993年の論文「文明の衝突?」と1997年の同名の著書は大きな反響を呼んだ。冷戦構造の崩壊後は文明(文化の総体)の異同で対立や連帯が生じる、宗教が活性化し文明相互の差異が際立つようになり文明の断層(フォールト)線(ライン)で深刻化な衝突が起こる、西欧特に米国は自分の文化を他に押し付けようとするので紛争になる、西欧文明は最も強力な文明ではあるが普遍的ではなく西欧化即近代化ではない、西欧文明は既にイスラム文明と戦争を始めているが米国は中国とも戦争になる危険がある(その場合日本は中国に傾く)、と論じた。この文明の衝突というパラダイムはこれまでの世界の動きを的確に予測し得ていると思う。

 問題はイスラム圏内で国民国家が軒並み破綻し内乱状態になっていることである。西欧からの攻撃に触発された結果ではあるがあの身内同士の殺し合い(ISの主敵はイスラム内部の背教者)は文明の衝突では説明しきれない。イスラム文明が進化の過程の激変期にあると考えれば良いのではないか。
 
 大森貝塚は品川区と大田区の境にある。昭和初年両区にモース教授発掘の地との記念碑が建てられた。その間距離数百メートルである。昭和59年発掘地点は品川区だとの文書が発見され同区は遺跡庭園を造営し教授の出身市と姉妹都市となった。然し大田区側は記念碑周辺の整備を続け区のホームページに歴史遺跡として載せており旗はまだ降ろしていない。

(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。