余談雑談(第82回)心と体

元駐タイ大使  恩田 宗

 駅近くのジムが盛況である。少し古い厚労省の統計だが何故ジムに行くかとの質問(複数回答式)に対しストレス解消のためとの答えが体力の維持増進のためという回答と並んで多く女性では6割に達している。運動することで体だけでなく心のケアをしているのである。

 昭和の軍国主義時代の学校では「健全な精神は健全な身体に宿る」という標語のもとに生徒の身体を鍛えた。然しローマの風刺詩人ユヴェナリスのこの詩句の元々の趣旨は健全な精神が健全な身体に宿れかしという願望・祈りであったらしい。身体と心の二つともを揃って健全に維持するのは容易ではないということが前提にあるという。心と体は繋がっているようであり別のもののようでもある。高村光太郎は年老いてからの方が智恵子を想う言葉が激しく情熱的になっている。

 心がどういうもので体との関係はどうかについては心理学、生理学、生物学、物理学、コンピューター科学、哲学、社会学、人類学等がその解明に関わっている。それだけ大きく困難な問題だからである。

 心は客体化して観察できないのが問題である。そのため心理学者の多くが人や猿やネズミに刺激や課題を与えどう行動するかを観察するという迂遠で断片的な研究に終始した時期もあった。心とは何かとの正面からの問いに心理学はまだ答え得る状況にない。心理学辞典には心という項目さえ載っていない。他方、脳生理学者は直接心と脳の関係を研究してきた。特にMRI等の使用機器の急速な進歩のお陰で一定の心の動きが脳のどの部位と関係あるか詳細に分るようになった。然し心は脳内で生起する物理化学的な現象に過ぎないとの考え方は一般人には納得し難いところがある。心は物質とは違い物理法則などに縛られずより能動的で自由に動いているとの実感があるからである。

 アインシュタインは時間と空間が繋がったものだと我々が実感として理解出来ないことを証明した。心は体の中で起こっている物質現象の一つだとの証明がいずれされるかもしれない。哲学も心を扱う諸科学のため心の定義や研究方法の有り方を議論している。「入門マインドサイエンスの思想」の編著者の石川幹人は心の科学は今世紀も迷い続ける可能性の方が高いと悲観的である。心の真実に迫るには知恵の木の実をもう一つ食べるような大きなブレイクスルーが必要らしい。

 日本の女性には乙女心、娘心、女心、母心、老婆心がある。男には男心しか無い。他は幼心、子供心、親心を女性と共有しているだけである。ただ老爺心というものもあると思う。例えば、日本を取り巻く情勢は厳しく先輩としては現役の後輩にここはしっかり頑張って貰わねばならないが後輩と言ってもそれなりの歳であり思うことはあっても胸に収めて邪魔せぬように見守るだけでこらえたとする。老爺心とはそうしたものである。

(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。