現代日本語「愛」のオーラについて(三)
―愛の姿西洋と日本―

元駐ギリシャ大使 齋木俊男

 以前例に出したまんじゅうにいろな形や姿があるように、愛にもいろいろな姿があります。西洋ではさまざまな姿の愛が時代を追って出現し、文化と伝統の中に折り重なっています。西洋の愛を論ずるとき、ふつうは神の愛から始めますが、ここでは時代順に①プラトンの愛以下②神の愛、③情熱恋愛とすすめ、最後に日本の愛をみることにします。

一.西洋の愛

①プラトンの愛エロース
 紀元前四世紀プラトンの対話篇「饗宴」に現れた愛の思想です。いろいろ誤解があります。まずエロスという現代語と違って古代ギリシャ語エロースは性愛だけではなく恋愛一般の意味。プラトンはこれをさらに独特な意味で使っています。つぎに「プラトニックラヴ」という言葉があります。性愛抜きの「清い」恋愛の意味ですが、プラトンの愛とは意味合いが違います。ただプラトンの愛は最終的に超越的な理想美に出会うことになっているので、観念的なところは類似しているといえます。
 プラトンの愛を哲学的に要約すると、超越的で美しく神聖な永遠の実在(イデア)に直感的に到達しようとする魂の憧れということになります。そういう意味で後世に大きな影響を与えました。しかしこれを「饗宴」という対話篇から具体的に理解するのは大変むつかしい。対話篇は会話の連続ですから一見読みやすそう。ところがプラトンはおとぎ話に似た神話風の話をつぎつぎにくりだして何を言っているのか首をひねるところが多い。しかもプラトンは話の途中で断りもなく言葉の意味や了解を変えるから厄介です。エロースという中心的な概念がまさにそうです。エロースは初め美の神として登場するのですが、これが否定されて神々と人間を仲介する神霊(ダイモン)とされる。ではこの霊が愛の仲介でもするのかと思いきやいつのまにか美しいもの善いものを獲得するためにはたらく心的エネルギーのようなものになってしまう。そして最後にはそういうエネルギーを持つ人間の精神作用に。
 プラトンの思想をテキストに沿って解説してもらちが明きません。私の理解をまとめてお伝えしますが、学問的な正確さは保証できません。プラトンの愛エロースとは要するに美しいもの善いものを自分のものにして幸福になりたいという憧れというか希求の精神的エネルギーなのですが、プラトンはそれを持つ人間が上へ上へと梯子(はしご)を登るような修行をおこない、ついには究極の超越的理想美(イデア)に出会う。この出会いに人間の生きがいがあるという考えなのです。では芸術修行が人生の目的かというとさにあらず。プラトンの思想では美しいもの=よいもの(善・正義)=よい知(知識・真理の認識)というふうに、美を土台にして真・善・美が一続きになっていて、最終目的のイデアも美だけのイデアではないのです。どういうことかというと、美しいものの究極を見、それに触れることは真実を識ることだ。真実を認識した人間は真の徳(叡智と感化力)を生み出すことができる。真の徳を生み出し育てた人間は神に愛され、不死をも得る。それこそが本当の生き甲斐だ、というのです。ふつう「饗宴」は愛と美の書と考えられていますが、私はここに現れたプラトンの倫理的志向を見逃すべきではないと考えています。プラトンは古い王家の血筋に生まれ経世の気概をもつ思想家でしたが、彼が生きた祖国アテネは政治的混乱と凋落の時代にあり、人間と政治の高い理想追求が彼の宿願だったのです。
 若干の補足が必要です。プラトンの教説にはやや奇妙な点が二、三あります。まず愛のというよりは男性、そして肉体ではなく心の作用として。これは愛が熱い生命力を持つことや不死とのつながり、つまり妊娠と出産が新たな生命を生むことによって不死とつながることを示唆したかったためと思われます。さらにプラトンは愛の修行の出発点を少年愛に置いています。奇妙ですが、古代ギリシャでは少年愛が男女間の愛より高尚とされ、また年長者による師弟愛を含むが故に教育的な面があるとされていました。このようにプラトンの思想には古代社会の慣習や考え方という時代背景がありました。不死願望もそうですし、善いもの(世俗的には富とか名声など)を我がものとするのが人間の幸福という考え方もそうです。人間願望のこのような自己中心性は古代ギリシャにかぎらず人間に一般的であり、プラトンは世俗性は否定しながらも人間の自己中心性は肯定しています。この点が次のキリスト教の愛との大きな違いです。

②神の愛(アガペー)
 キリスト教は紀元後一世紀に誕生しました。その聖典新約聖書が古代ギリシャ語で書かれた事情は前にのべたとおりです。したがって神の愛アガペーもギリシャ語ですが、古代ギリシャ語としては新しく、名詞としては新約聖書に始めて出てくるそうですから、キリスト教専用語といってよいでしょう。神の愛アガペーは部外者にとって分かりにくく勝手な解釈は禁物なので神学を読んでみました。ニーグレンという新教の神学者の書物(「アガペーとエロース」)によると神は愛そのものであり、愛することは神の本性です。神の愛はまったく自発的でなにかの原因や動機に左右されるものでない。人間が神の意にしたがってよいことをしたからそれに報いるというようななものでもない。さらに神の愛は創造的な力を持ち、人間に愛させる力を起こさせ、罪人を赦して善性をつくりだす。また神と人間の交流の道を開く。このように神は全能なばかりではなく愛もすべて神から出るという考え方です。この辺まではキリスト教の基本的な考え方といってよいでしょう。
 しかしこの神学者には原理主義的なところがあって、人間の神に対する愛、隣人愛や敵に対する愛、罪人を赦す愛、これらすべての愛は神の愛があふれ出る結果であるとします。人間の神に対する愛や隣人愛は神の命令(掟)と聖書に書いてあるのに、その命令性は無視してあくまで神の愛の自発性を中心に考えるのです。またニーグレンは神への愛、隣人愛などについて人間の自主的な魂の働きというような人間的要素を一切認めません。人間の魂の価値などというものは自己中心愛(エロース)の産物だと考えます。エロースの思想はキリスト教成立当時の古代世界に広く行きわたっていました。プラトン主義もそうだしグノーシスという古代神秘主義の形で。このグノーシス主義は宇宙の超越的な全一者との神秘的融合を目指す教理(プラトンのイデア論も同根といわれる)としてキリスト教に似たところがある。このような状況があったため、ニーグレンとしてはキリスト教の立場からアガペーとエロースを厳しく区別したいのです。ニーグレンはさらに厳しくキリスト教は不幸にもこのエロースの影響を受けてしまった。影響は初期から中世の教会におよび、最終的にエロースを排除するためには改革者ルターを待たねばならなかったと言って相当に宗派的です。
 これに対してカトリックの思想家ダーシー(「愛のロゴスとパトス」)は、ニーグレンのようにアガペーとエロースを潔癖に分けたら人間の居場所がなくなってしまう。個としての人間の自我、そこから流れで出る自然の情愛というような「自然」を認めなければ愛はそもそも成り立たない、という趣旨の批判をしています。これはダーシーの方に分がありそうです。
 キリスト教の神の愛についてはその他にもいろいろと疑問があります。神の愛には心の平安をもたらすなどさまざまな恵みがあるようですが、教理的には人間の罪が許されることになっています。イエスキリストの磔刑(たつけい)によって万人の罪が贖(あがな)われた。それは神の愛による。では罪とは何か。犯罪の罪でないことはわかるが、それなら原罪か。原罪はアダムとイヴが神から離れた(背(そむ)いた)ために生じたらしいが、それが二千年前のイエスの十字架上の死によって赦されたとしても、十戒を規準とする限りそれ以後人類が日々に犯し、また犯している罪はどうなるか。罪が赦されたなら何故最後の審判は必要か。などなど。これらは重大な神学上の問題です。しかしインターネットで見る牧師や聖職者の説教による限り、その回答はいかにひたすらに神とその愛を信ずるかという信仰の中にしかないようです。
 あるとき信者がアウグスティヌスに質問した。「神が天地を創造する前に何があったか」と。アウグスティヌスは答えた。「そのように愚かな質問をする者のために神は地獄をつくられたのだ」。私たちも地獄に墜ちぬよう、この辺で不謹慎な疑問は収めましょう。

③情熱恋愛(ロマンティックラヴ)
 場合によって人生を破滅させるような濃厚な恋愛のことです。ロマンティックといえば美しい夢を追うだけで無害に聞こえます。しかしロマンティシズムの根本は、今ここにあるこの世界に安住できず、どこかその外に憧(あこが)れ出ようとする魂のうずきであり、危険な要因をはらんでいます。「山のあなたの空遠く幸い住む」と信じて家出するくらいで済めば良いが、とんでもない結果になる。恋愛に絡めばどうなるか容易に想像がつくでしょう。
 情熱恋愛は思うにまかせぬ障害があって燃えさかる恋です。そのうちわざと障害の道を選んで燃え上がり、恋が恋する恋愛中毒になったりする。さらには生にとって最大の障害である死と結びついて陶酔の中の愛の死に憧れたりするようになります。愛と死の結びつきをギリシャ語でエロスとタナトスと表現しますが、この状態を哲学的にいうと、自己中心愛が極まって自己を死=無の中に投げ込む。自己の存在を放棄する喜びと陶酔の中で愛が成就する、というようなことです。この背景には死によって歓喜の中で宇宙の全一者と合一しようとする神秘思想があります。愛の死といっても情死とは限らない。情熱恋愛の初期の文学である十二世紀の「トリスタンとイゾルデ」物語では、恋人たちは愛の恍惚(こうこつ)の中で死ぬが相対死するのではありません。なお情熱恋愛文学では、光よりは闇、昼よりは夜というイメージが詩的に支配します。
 西洋文学史には「恋愛は十二世紀に始まる」というイディオムがあります。恋愛は人類と共に太古からあり、ギリシャ神話でも神々は相当派手で行儀の悪い恋愛をしているのでこの言葉は間違いのようにみえます。しかしこれを情熱恋愛に置きかえれば当たっています。以後情熱恋愛は西洋文芸の伏流水として後の時代の恋愛小説、演劇、オペラ、ハリウッド映画さらには最近の映画やテレビドラマにまで出現します。西洋十二世紀といえば中世キリスト教の最高潮期です。情熱恋愛という愛はどうみてもキリスト教とは相容れません。この恋愛は先に見たように古代からの、東方にも淵源を持つ神秘思想に由来しています。西洋世界ではキリスト教の広まりと支配力の強大化にもかかわらず、古代的神秘主義とそれに根ざす異教的宗教がしぶとく生き残っていたのです。

二.日本の愛

 恋愛は明治の造語ですから日本の伝統にあったのは恋。その他の愛はどうだったのか。それを知るために教育勅語(明治二十三年)をみると、翻訳聖書によってポジチヴな意味をとり戻した「愛」は「博愛衆に及ぼす」の一つしかなく、あとは考(父母),友(兄弟),和(夫婦)、信(朋友)と、愛とは別の原理が並んでいます。愛に関連して他に思いつく古語は「思いやり」、「いつくしみ」、「慈悲」、「仁慈」などですが、いずれも封建的上下関係の匂いがします。では日本は愛の薄い過酷な社会だったのかといえばさにあらず。和を以て貴しとする「和の精神」が社会原理として有効に作用してきました。とはいえ日本では愛の観念の種類が乏しかったのは事実です。このような文化状況の中にこれまでに見た重層的かつ複雑な西洋の愛の文化が流れ込んできた。明治の日本は混乱し、混乱は現在もなお続いているように見えます。なにより愛を口にしながら意味がよくわかっていない。
 最後に手短に恋について。私は日本人の恋の基底にはつねにある種の哀しさ、「もののあはれ」の哀感がただよっているように感じます。恋の情を表す和語に「いとし」がありますが、他に「かなし」があります。「かなし」は用例によって「いとし」と同義の場合は「愛(いと)し」、悲嘆の場合は「悲し」、もののあはれのときは「哀し」と書き分けますが、同じ言葉が恋の情と哀感を表現するのは二つの情感が根でつながっており、日本人はそう感じてきたことを示しているのではないかと思います。たとえば次の和歌。
 恋せずば人の心もなからましもののあはれもこれよりぞ知る藤原俊成「もののあはれ」についてはいろいろ言われますが「あはれ」である以上哀感であるのは当然。それは無常観からきています。よくいわれるように日本人は昔から自然災害に苦しめられてきた。それは悲しいが悲しんでばかりも居られない。やがて無常観に支えられた諦めの気持ちが起こってくる。山折哲雄によると無常観とは(イ)世に永遠なものはない(ロ)形あるものは必ず滅する(ハ)人は生きてやがて死ぬという諦念であり、その諦(あきら)めから苦しさを柔らかく受け止める心が生まれてくる、というのです。要するに天地(あめつち)との折り合いがつく。恋も無常です。うつろいやすく、いつ終わるかわからない。西洋の情熱愛ならいきり立って愛の死まで突っ走るところですが、日本人の恋は滾(たぎ)る想いをしみじみと切ない無常の哀しみが優しく癒やすのです。うまく行けばの話ですが・・・。

三.結び

 ここまで付き合って下さった方々は私がなぜこうまで愛にこだわるのか不思議に思われるのではないでしょうか。原因は大学の卒業論文にあります。私の卒論はリヒアルト・ワーグナーの愛の死がテーマでした。ワーグナーの楽劇のほとんどが愛の死で終わります。当時の私は情熱恋愛の意味や西洋文化の中の位置づけなどわかっていなかったので、愛の死がひたすら崇高な芸術理念だと思って取り組みました。鬱陶しいのに耐えながら。ところが論文を仕上げた時には当時の恋の悩みも手伝って精神的に疲労困憊。結局研究者への道を断念しました。しかし愛の死というよりそもそも愛とは何かという問題は消化不良のようなわだかまりとなって私の中に残り、以来折に触れて調べてきたのです。いま一応の結論に達したように思います。うつ病に感謝しなければならないかもしれません。
 日本人には辞世という美しい習慣があります。今ここで本物の辞世を詠むつもりはありませんが、一生のトラウマであった愛と決着をつけたのでこの辺で一首。いまさら生(なま)な愛とは関係のない老人なので、いわばプラトン的愛の憧れを壮大な夕焼けに託す歌です。
 山茶花の紅(べに)散りゆきてなお残るいのち果てなむ夕空の荘厳(完)