<帰国大使は語る>多様性を力に成長するインド太平洋の友邦・カナダ


前駐カナダ大使 川村泰久

 2019年11月から2022年5月まで駐カナダ大使を務めて最近帰国した川村泰久大使は、インタビューに応え、カナダの特徴と魅力、日本との関係、ロシアのウクライナ侵攻やコロナ禍への対応、在任中に重点的に取り組んだことや感じたこと等について以下の通り語りました。

―カナダはどのような国でしょうか。

 カナダは日本の27倍の広大な国土を擁し、東に大西洋、西に太平洋、北に北極海と接する海洋国家です。カナダの人口3900万人の大半は米国との国境から約500kmの幅に住んでおり、一人当たりGDPは5.2万ドルとG7の中では米国に次ぐ高さです。
 カナダはシベリアから渡ってきた先住民の移住に始まり、16世紀の英仏からの移民を経て今日に至るまで「多民族国家」としての歴史を刻み続けています。積極的に移民を受け入れ、英仏語を公用語とするなど「多文化共生」を育んできたこの「多様性」がカナダのアイデンティティです。最近ではフィリピン、インド、中国本土などアジアからの移民が増え、カナダ総人口の2割強、バンクーバーやトロントなどの大都市では約半数がビジブルマイノリティ(非白人移民)です。

(写真1)錦秋のオタワ、連邦議会議事堂を望む

―カナダと日本との関係の現状をおうかがいします。

 カナダと日本は2018年及び19年に修好90周年を迎え、世論調査ではカナダ国民の8割が親日であるなど関係は非常に良好です。カナダは民主主義、基本的人権及び法の支配の価値観を共有するG7の貴重な同志国です。2019年の安倍総理とトルドー首相の首脳会談では「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンの下、戦略的パートナーシップを強化していくことで一致しました。カナダは北朝鮮の「瀬取り」を警戒監視するため航空機及び艦艇を毎年派遣している他、日カナダACSA(物品役務相互提供協定)の発効、昨年は空母派遣の米英や日・豪・蘭・NZなどと共に東シナ海で共同訓練を行うなど安全保障面での協力を飛躍的に強化しています。
 カナダはNAFTAやUSMCAを通じて米国経済との相互依存が進み、自動車産業を中心とする北米製造業のサプライチェーンの中枢にいます。日本のメーカーも現地生産を行い、カナダを走る車の3台に1台は日本車であり、高い技術力への信頼とプレゼンスを誇っています。
 900社を超える進出日系企業は、自動車以外にも資源、食料、ITや観光セクター等で活発に活動しています。私の在任中には、日本の2050年カーボンニュートラルを睨んで、三菱商事、三井物産や伊藤忠商事などによるアンモニアや水素製造などクリーンエネルギー関連重要プロジェクトが次々と発表された他、カナダが競争力を有する量子コンピューターやAIのスタートアップなどでも具体的な協働が進みました。
 また公正なルール・ベースの経済運営の確保が死活的に重要な現在、日本とカナダはCPTPP(包括的太平洋貿易パートナーシップ協定)の2大経済国として、質の高い貿易ルールを守る重要な責務を担っています。

(写真2)トルドー首相は2015年より政権運営、高い国民的人気を誇る。
©Office of Prime Minister

―在任中に重点的に取り組まれたことをお聞かせください。

 私が着任した2019年秋は国際秩序への挑戦が激しさを増した時期でした。太平洋国家でもあるカナダとは、戦略的関係をさらに進展させることを最優先に考えました。
 コロナ禍の下でも重点的にカナダ側に働きかけを行い、紆余曲折はありましたが、21年5月両国外相会合が開催され、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて優先協力6分野を合意することができました。6分野とは、(1)法の支配、(2)平和維持・平和構築・人道支援・災害救援、(3)健康安全保障及び新型コロナへの対応、(4)エネルギー安全保障、(5)自由貿易推進と貿易協定の実施及び(6)環境と気候変動であり、リストは包括的でいずれもプロアクティブなセクターです。
 この「6分野合意」により、カナダが日本とともにインド太平洋という基軸で動くことが一層明確になりました。本合意後、カナダ側高官は「これで選挙があろうと政権が変わろうとカナダと日本は迷うことなくこの敷かれたレールを着実に走っていける。」と意義を語り、私と固い握手を交わしました。4か月後の総選挙を経て成立したトルドー首相続投の新内閣では、ジョリー新外務大臣が「カナダはインド太平洋国家である」と明言、「自由で開かれた包括的な地域を目指す」とともに、カナダの新しい「インド太平洋戦略」を本年末までに策定することを発表しました。

―その一方でカナダと中国との関係はどのような状況だったのでしょうか。

 カナダは、19世紀にキリスト教宣教師を派遣している他、米国に先んじて1970年に中国と国交樹立するなどの歴史を背景にしてニュアンスのある対中関係を志向する伝統があります。カナダの全輸出に占める中国の割合は5%弱(250億加㌦)、中国からの輸入は輸出の3倍もあり、もっと中国に輸出できてしかるべきだという声が常にあります。2016年のトルドー首相訪中後、対中FTA交渉が17年まで行われましたが、締結には至っていません。
 他方で2018年に起きたファーウェイ社・孟晩舟CFOのカナダでの逮捕に続く形で、中国はカナダ人元外交官など2名を逮捕し、農産物の対中輸出を制限しました。カナダの対中世論は硬化し世論調査では8割以上が中国を不支持とするほど急速に悪化しました。その後の香港での民主化運動の困難や新疆ウィグル自治区の人権状況が伝えられると、21年9月に拘束カナダ人2名が解放された後も厳しい対中世論に変化は見られていません。昨年末の世論調査では約8割のカナダ人が対中関係において貿易よりも人権と法の支配が重要と回答しています。カナダは本年5月になってファーウェイ社とZTEの中国通信企業を5G通信網から排除しました。また尖閣諸島周辺での中国海警船による領海侵入など力による一方的な現状変更の試みが続く東シナ海の現状については、当方からの丁寧な説明を通じてカナダ側の認識がより正確で現実的なものになっていったという印象を持っています。因みにカナダ国軍は「瀬取り」の活動中に中国軍機等による異常接近など挑発行為を受けることがあり、トルドー首相もこれを厳しく批判しています。カナダは中国との率直な対話は続け必要な協力は進めるとの立場であり、ジョリー外相は本年4月に加中外相会談を行いました。

―カナダはロシアのウクライナ侵略をどう受け止めたのでしょうか。

 カナダ在住のウクライナ系移民は約130万人で世界第3位の規模です。すなわちカナダにとりウクライナ侵略は看過せざる重大な国内問題でもあります。フリーランド副首相兼財務大臣も両親がウクライナ出身です。
 カナダはG7やNATO同盟国と協調、厳しい対露等制裁を実施している他、国際刑事裁判所にも事案を付託しています。
 私が重視したのは、日本の対露制裁やウクライナ支援がカナダでのNATO中心の議論から切り離されてしまわないよう「連帯」を確保することでした。我が国の対ウクライナ支援、特にLNG(液化天然ガス)の対欧融通支援と避難民の受入れについてカナダ政官要路に重点的に説明を行いました。またEU大使がカナダ外務省と共催するNATO加盟国大使ブリーフィングには必ず出席を求め、発言し、日本のプレゼンス確保に努めました。次第に日本の支援策を評価する声が上がるのを感じました。ウクライナ臨代大使は他のG7大使会合でLNG支援までする日本を高く評価、「欧州には一層の支援を求めたい。」と述べました。さらに英米両大使と協力してウクライナ支援のG7連帯対プレス・アピールも行いカナダ国内の認識を高めました。
 「法の支配」がウクライナだけでなく国際社会全体の問題であることにも理解が進みました。ジョリー外相は私に対して「インド太平洋地域の法秩序を守るためにも国際法違反のウクライナ侵略が解決されなくてはならない」と力説していました。NATO中心の議論が盛んなカナダにいながらも、対ウクライナ支援で日本との強い一体感の醸成を実感できた一言でした。

―コロナ禍への対応で重視されたことは何でしょうか。

 最も重視したのは、7万1千人の在留日本人の方々の安全確保でした。感染初期、各総領事館とも協力して大使動画メッセージや領事メールを頻繁に出して注意を呼びかけました。不安を感じる邦人の方々には、24時間いつでも大使館に相談できるようにしました。またニューヨーク等米国の状況をみて、在留邦人がヘイトの被害を受けないよう複数の関係閣僚に確実な保護を要請しました。人権を重視する「プログレシブ」なカナダ政府は真摯に協力してくれました。結果的に限定的な言葉や態度のハラスメントを除くと邦人の方が生命身体に危害が及ぶようなヘイトや暴力の対象になることは防げたと思っています。
 また三菱商事が資本参加しているカナダ最大のエネルギープロジェクトの「LNGカナダ」が20年代中頃からの対日輸出開始にとり重要局面にあったため、経済・エネルギー安全保障の観点から東奔西走して政府・議会のあらゆる層に支持を働きかけました。
 カナダのワクチン接種はG7の中で最速で進みました。このため要人接触の扉が何度か開きました。この機会を捉え、「一期一会」の精神でテーマを絞り込んだ深い議論を提案したところ、カナダ側もこれを歓迎してくれました。
 夏の大使公邸の庭にテーブルを出して国防大臣と語り合った3時間の会合は、両国の戦略的協力に始まり、大臣自身のアフガンPKO参加の経験に基づく平和構築論に及び、私から提案した「カナダ軍の「瀬取り」活動」の日本国内のTV放映案も快諾され、その後NHKが放映しました。
 雪の年末、産業貿易大臣とイノベーション・科学技術大臣が連れ立って公邸を来訪、夕食会を行いました。外気―10℃でも感染防止のため窓を開けました。食卓に長めのテーブルクロスをかけ中にオイルヒーターを入れて「簡易型こたつ」を用意したところ、両大臣は「快適なイノベーション!」と非常に喜びました。両大臣はカナダが進める脱炭素化経済政策を熱心に説明、私の方からは日系企業が直面する課題やエネルギー安全保障の要望事項を率直にぶつけ、1時間の予定が4時間に及ぶ大議論となりました。会合の後、両大臣とは暖炉の前で腕を組み肩を叩き一層の協力を確認し合いました(写真3)。

(写真3)シャンパーニュ・イノベーション大臣(右)、イン産業貿易大臣(左)とともに

 なお、会合の長さは首相補佐官との会合が最長でした。同補佐官とは「日本とカナダの協力にはまだ伸びしろがある」という問題意識を共有、波長も合ったので、会合はいつも5時間コース。深い議論になりました。補佐官が昼に来ると帰るのは夕食直前、夕食に来ると帰るのは深夜という具合でした。
 私の離任直前の本年4月、ジョリー外務大臣が、議会での答弁が予定されていたにも関わらず開いてくれた送別昼食会も重要でした(写真4)。送別会ではありましたが、アジアに関心が高いジョリー大臣とは地域でカナダに期待される役割や東シナ海の厳しい現状について率直に議論しました。このやりとりがカナダの新インド太平洋戦略にも反映されることを期待しています。

(写真4)ジョリー外務大臣主催送別昼食会
©Global Affairs Canada

―カナダ在勤を通じて強く感じたことはありますか。

 カナダは数十年先を考えながら人口と国力を着実に伸ばしている賢明な国であり、今その視線はインド太平洋に向いています。日本はより長期の視点に立ってカナダとの良好な関係に常に先行投資をしておくことが重要と考えます。
 カナダの強さは、優れた移民政策、多文化主義そしてこれを支持する国民のコンセンサスの3点が揃っていることです。カナダは今後も試行錯誤を続けながらも国内融和の下で成長を続けることでしょう。カナダは日本とほぼ同率の合計特殊出生率(約1.4)を抱えながらも能力の高い経済移民を受け入れることで人口と経済を成長させています。近年の移民はカナダのイノベーションの担い手です。カナダの政策は人口減少と高齢化に悩む日本にとって示唆を与えるものと思います。詳細は外交専門誌「外交」vol.71の拙稿をご参照下さい。カナダの産官学からなる政策集団は、「2100年、人口1億人国家」を目指しています。さて80年後、日本の人口は上位予測で6400万人、低位予測だと3800万人とされています。
 カナダのエネルギー自給率は175%、食料自給率は233%でいずれもG7で最大です。更に北太平洋を直行する北米最短ルートで日本に資源・物資を運ぶことができます。また温暖化が進みインド太平洋とつながっている北極海の安全保障がカナダ国内で盛んに議論されるようになっています。カナダの広大な国土と選択肢の広い資源は、不確実性を増す国際情勢にあっては日本とG7民主主義同盟国の安全保障に一層貢献してくれることが期待されています。本年8月のショルツ独首相及び9月の尹韓国大統領のカナダ訪問はカナダの資源に焦点をあてた経済安全保障が主要議題でした。独経済界が「価格が高くなっても同志国カナダから資源を買いたい」と発言していたことは注目されます。
 カナダへの関心は「カナディアン・ロッキー」、「赤毛のアン」と「語学留学」を除くと必ずしも高くはありません。「知らないから関心が持てない。関心が低いから報道・発信しない、報道・発信されないから知らない。」の悪循環を止めることが必要です。対外発信や広報の一層の強化が期待されます(写真5)。また官民の「カナダ・チーム」も将来を見据えて増強されると良いと思います。
 若手事務官の時から40年来の付き合いのあるカナダは私の心の友です。今後とも日本とカナダ双方がお互いに関心を高め協力していけるよう「応援団員」を務める覚悟でいます。

(写真5)CBCテレビに出演、東京オリンピックについての取材に応えた
©CBC News