北朝鮮の核兵器開発問題と公開情報分析


前広島市立大学准教授 福井康人

1.はじめに
 筆者の前職(広島市立大学)では、北朝鮮関連の仕事が多かった。筆者の研究室の隣人が、韓国政府の南北統一省にいた韓国人の北朝鮮専門家だった関係もあり、よくお茶を研究室で頂きながら北朝鮮の話を聞いた。また、韓国に出張した時は事前入域申請なしで行ける市民統制ライン(CCL)外にある切断されたままの鉄道線、幹線沿いの検問所及び防御建築を見学した。また、韓国外交部及び我が方日本大使館からも参加がある、韓国の世宗研究所との1.5トラックの会合に出席するなど、北朝鮮問題とは今の職場以上に関係があった。こうした会合においては、特に私の発言が元外務省員の見解として先方に伝わる可能性があるので、質問に対する回答を含め発言には随分気を使っていた。
 驚いたことは、台風後には食料を野山で探していた人が国境の川に転落して、ご遺体が流れてくることがあり、韓国赤十字社の協力を得て、板門店から北朝鮮側に送還させるという報道されない現場の生々しい話を耳にして、北朝鮮とはどんな国だろうと思った。入省前に大学卒業旅行でソウルに行った時は、まだ地雷が残っているというので、自己責任で参加の誓約書を書かされてDMZ内の見学や板門店にも行った。また、外務省時代は核実験監視を担当していたので、特に北朝鮮の核開発にも個人的に関心があった。実際に2006年の北朝鮮による核実験実施の際は、1998年のインド・パキスタンによる核実験の怒涛の1週間を思い出しながら対応に当たったが、急に超過勤務手当が増えて、疲れはてた同僚と苦笑いをした記憶がある。
 そのような次第もあり、現在の仕事では核セキュリティ等を担当しているが、自宅では今でもネットで朝鮮半島情勢も含めて国際情勢のフォローをしている。最近はインテリジェンスの世界でもオシント(open-source intelligence)と呼ばれる、合法的に入手できる公開資料を参照の上突き合わせて事実関係を再構築する手法が注目されている。もっとも、外務省関係者にとっては、報道振りを公電報告にする際に、所感を加筆するなどの付加価値を付ける前のベースとして使用するなど政務班等で普通に行われて来たことではある。

2.公開資料としての商業衛星画像の利用
 それで、筆者が北朝鮮情勢で必ず公開情報として見るのがNorth38である。これは米国の主要シンクタンクの一つであるスティムソン・センターが中心に運営しており、それ以外にもカーネギー財団、戦略国際問題研究所(CSIS)、ジョンズ・ホプキンズ大学国際研究大学院(SAIS)等の北朝鮮問題をフォローしている機関の研究者が協力している。そのカバーする分野は軍事情勢のみならず、現地の経済情勢や社会事情にも及んでおり、日本と比べるとアジアから離れているにも関わらず、北朝鮮研究者の層が厚いのに驚かされる。
 特にこの研究グループを有名にしているのが、商業衛星画像を使った北朝鮮の核兵器開発等の情報分析であり、今日の商業衛星画像が実用レベルになっているので、北朝鮮国外から衛星情報等を中心に分析が行われている。昔は低軌道を周回する軍事偵察衛星の画像と商業衛星の画像は比較にならないと考えられていたが、近年は解像度等も進歩している。例えば、一般向けのGoogle-earth等の無料ソフトを見ても、自宅近くの道路に書かれた速度制限の数字も読み取れる程度の精度の画像が使われている。また、若いころ勤務したルーマニアの元日本大使館の建物が、上空とストリートビューから、現在も外観はあまり変わらないものの、幼稚園になっているのが判り、驚愕を禁じえなかった。このため、各国政府とも機微な場所はグーグル社に依頼し、マスキングをして見えなくしているようである。筆者も毎年秋頃に東京国際展示会場で開催されるテロ対策・防衛装備展に行った際に、例えば、日本スペース・イメージング社の出展ブースで商業衛星画像の見本を見せて貰ったが、驚くべき精度の衛星画像が市販されている。特殊衛星画像がなくても、公開情報の衛星画像で、例えば、作物の生育状況等は十分に把握できるのである。因みに、筆者も商品としての信頼性を把握するために、どこの官庁が顧客なのか聞いてみたが、企業秘密であるとして答えて貰えなかった。

3.北朝鮮の核兵器開発
 では、北朝鮮の核兵器数についてはどうであろうか。スェーデンのシンクタンクSIPRIは公開情報に入手可能なインテリジェンス情報を加味し、2021年冒頭予想値として、40発から50発と推定している。スェーデン議会の支援もある半ば公的シンクタンクで実績もあり、筆者も訪問したが、各国専門家との関係構築を重視していることも豊富な情報源につながっているようである。また、北朝鮮核問題の専門家として著名なヘッカー博士がNorth38から受けたインタビューを昨年の4月30日号に掲載しており、弾頭数で20-60発を保有している可能性を示唆している。更に、最大で北朝鮮が核弾頭を既に90発保有しているとの見方を紹介する一方で、the most likely number being 45としている。これはSIPRIの予測とほぼ一致しているので、恐らく信頼できる核兵器予測数であろう。もっとも、その後もヨンビョンの施設を稼働させているとの公開衛星写真情報もあるので、更に増えている可能性もあり、要注意である。
 他方で、保有する核分裂性物質として、a plutonium inventory in the range of 25 to 48 kilogramsとの予測値を提示している。もっとも、これらはあくまでも原子炉の稼働状況からの予測による予想値であるとヘッカー博士は述べており、更に信頼度の高いインテリジェンス情報が利用できれば真の値に一層接近できるかもしれない。SIPRIによる核弾頭数予測値は各年の年初のデータを基に毎年6月頃に公開される。合わせて保有する核分裂性物質の量も原子炉の稼働状況から予測しうる。各国のインテリジェンス関係者も衛星画像等から判明する原子炉の稼働状況、再処理の証拠となるクリプトンー85の検出、過去の査察等何らかの形で生産炉の形状等諸元が把握できれば核分裂性物質生産量の予測がある程度は可能になる上に、核兵器と思われる形状のものが移動した形跡や処理した鉱石の残滓等の付加的な情報の衛星画像が入手できれば、より正確な値に近づくことが出来るかもしれない。筆者もIAEAが主催する国内核物質計量管理の研修を受講したが、架空の演習用データであっても計算が複雑であり、さらに配管等にウランやプルトニウムの粉末が付着して、数字が合わなくなるMUF(Material unaccounted for)値の問題もあり、施設の概要が把握できても真の値を計測するのは容易ではない。

4.北朝鮮の運搬手段の開発
 運搬手段であるミサイル技術開発についても特に過去15年間の間に、大きな変化を遂げている。この運搬手段の諸元についても正確に把握する必要があるものの、主要な弾道ミサイルとしては、①ノドン(1300㎞)、②テポドン1(1800km)、③ムスダン(4000㎞)、④テポドン2(8000㎞)⑤「KN-08」または「火星13」(6000㎞-9000㎞)等が代表的である(括弧内は予想射程)。既に日本国内のみならず、アラスカやカナダもこれらの射程に入っており、日本の現実の脅威として理解する必要がある。即ち、日本領域に通常弾頭でも弾着すると大きな社会的混乱が予見され、少なくとも日本に対して攻撃に使おうとする意思決定を北朝鮮にさせない抑止力を確保する必要がある。更に、潜水艦や移動車両等の発射プラットフォームの多様化により事前の予測も困難になりつつある。また、通常の弾道ミサイルの飛翔コースでなく変則的飛行をさせる技術も取得しつつあり、こうしたミサイルの邀撃は益々困難になる。このため北朝鮮による運搬手段を含む核兵器開発対策は正に喫緊の課題であり、今般再延期されたNPT運用検討会議でも今後しっかり国際社会に訴える必要がある。

5.終わりに
 ではこのような北朝鮮を非核化に進ませるにはどのように進めるのが最適であろうか。
 国際法の教科書のようで恐縮だが、現行の実定法(Lexlata)及びあらまほしき法(de lege ferenda)の組合せのように思われる。これまで北朝鮮が核実験を実施し、ミサイルの発射実験を行う度に、北朝鮮を含む全ての国連加盟国を法的に拘束する一連の安保理決議が採択されている。その多くは北朝鮮に対する制裁決議であるが、非核化との関連でも重要な要素が含まれている。それは現在北朝鮮が脱退している核兵器不拡散条約(NPT)及び北朝鮮のIAEA保障措置協定(INFCIRC/403)への復帰である。
 特にNPT脱退については、日本政府が、当時北朝鮮の脱退通告が日本を含め全てのNPT加盟国に通知されていないとして、脱退が無効であると主張したのはNPTの脱退規定の正しい解釈である。しかしながら、当時から相当の時間が経過し、複数の安保理決議でNPTへの復帰を求めている事実から、北朝鮮のNPT脱退を事実上認めざるを得ない実情がある。また、国連法務部データベースも注釈で脱退が無効である解釈にも言及しつつ、基本的に北朝鮮はNPTを脱退していると捉えている。
 従って、先ずは一連の法的拘束力を有する安保理決議を遵守して、NPTへ非核兵器国としての復帰を求め、更に北朝鮮IAEA包括的保障措置協定の適用が確保されることが非核化の前提条件である。その上で、脱退後に北朝鮮の核兵器開発の結果生じた矛盾は、保障措置協定に基づいて修正申告が行われ、更に例えば、核兵器国出身者からなる査察官チームを編成して、特別査察が行われ、本来あるべき姿に戻るのが日本の重視する「法の支配の原則」に基づく解決法であろう。更に、既存の実定法である保障措置協定が不充分な場合は、同協定を交渉の上改定するか、或いは別途の合意として別の文書を作成するかは、どちらが実効的か判断した上で決められ、そうして出来上がる法的枠組みに従って必要な検認等の実際の実施者及び技術的手法も自ずと決まるのであろう。尤も、こうした核兵器開発問題の外縁には、日本の外交政策の政治的優先度である「拉致、核、ミサイル」もあり、北朝鮮の核兵器開発問題の解決には複雑な方程式を解くような難しさがある。