余談雑談(第185回)難しいカタカナ語


元駐タイ大使 恩田 宗

 首相が国会演説で使うカタカナ語の数が年と共に増えている。このことは既に2010年に本欄で取り上げた。同年の鳩山首相の施政方針演説では48だったが、その10年前の小渕首相は29、30年前の大平首相は9、50年前の岸首相はスポーツの一語のみだった。この二月の高市首相の施政演説では73(種類)である。演説の長さが違うので単純に比較できないが一貫して増えている。今回問題にしたいのは使うカタカナ語の数ではなく難しさである。彼女以前の首相が使ったカタカナ語はライフとかビジョンとか日本人に馴染みのあるものだけだったが、彼女のカタカナ語は分かりにくいものが多すぎる。グリーン・トランスフォーメイション、ワット・ビット連携、グローバル・ユニコーン、ワンヘルス、データヘルス、バーン・テロ他であるが、普通の人も理解できるような形(フュージョン・エネルギーは核融合エネルギー)にして語る配慮が欲しかった。

 明治初年の岩倉全権大使の「米欧回覧実記」は外国語を漢字で書いている。加利福尼(カリフォルニヤ)、新約(ニューヨーク)、維廉(ウイリヤム)、加特力(カトリック)教、安摩尼(アンモニヤ)のように。中国人が既に漢字化していたものはそれを借用したらしい。波土敦(ボストン)や蘇格蘭(スコットランド)や里味服(リバプール)などがそれではないかと思われる。「実記」の執筆者は読者の便に配慮して、漢字で書いた地名物名には全てカタカナでルビを付し、シャンゼルゼー街・ノートラダム寺・セイン河などはカタカナだけで表記している。「巡査(ポリス)」とか「ハマーとは鉄槌」などとも書いている。外国語をカタカナで書く慣習はこのあたりで定着したのではないか。

 カタカナ語は原語と発音や意味がずれる。treeはツリー、threeはスリーでrightも lightもライトである。ずる賢いという英語がカンニングになると試験での不正行為のことに変わる。言語により発声法や考え方が違うので致し方がない。又、サラリーマンの様に外国語にないカタカナ語が作られたりもする。しかし学生達は好んで使っているようである。群馬大学の一年生対象の調査では「漢語とカタカナ語では意味が同じ場合はカタカナ語を使う、新しいことを言っているような気になれるから」と答えている。カタカナ語は先の大戦以後急速に増えており辞書の見出し語数で比較すると和語三割・漢語六割・カタカナ語一割だという。カタカナ語を嫌う人もいるが日本語の表現力の巾を広げるのに大きな役割を果たしている。歴代の首相演説がそれを示している。

 間もなくクール・ビズの季節になる。変な言葉だと思っていたがこの20年間で違和感はなくなった。言葉は慣れである。