余談雑談(第183回)老いについて

元駐タイ大使 恩田 宗
日経新聞にこんな和歌が載っていた。「あの夏の砂浜駆けし健脚も杖にゆだねて波を見ており」。往時を想い嘆息している。老人だと思う。老いは辛い。沢村貞子も若い頃工夫して老け役をしていたときは楽しかったがその歳になると辛いことばかりと書いている。仏教では人は「生老病死」の四苦と愛別離苦(愛するものとの別離の苦)、怨憎会苦(怨憎するものに出会う苦)、求不得苦(求めて得られぬ苦)、五陰盛苦(心機情感過多の苦)の計八苦で苦しむ。精進し開悟すれば救われるというが凡人に悟りは無理である。
生老病死の「生」は受胎から出生までで出生から「老」が始まる。胎内での無意識の「生」に苦楽などない筈であるがこの世に生じ輪廻転生を繰り返すことになったことが苦なのである。享年を数えで言うのは胎内の期間も人生に算入するからである。「老」の苦は年をとっていく過程の苦を含み老の終末の身体の衰弱だけを意味しない。スーパーなどで新システムに慣れず孫ほどの女性に子供のように注意されるという屈辱など、時代に遅れがちになることによる苦も老苦である。
朝日新聞で見た「60歳の肉体とともに起きる朝よっこらしょってなんか可愛い」は俵万智作だった。あの新鮮溌らつの才女が今は「よっこらしょ」らしい。時の流れを感じた。同紙に載っていた「空襲の下でかぼちゃを植えている徳川無声の敗戦日記」も時代の変遷を思わせる。機体が銀色に光るB29の空襲やかぼちゃばかりを食べていたことを知る人は少なくなった。それを語り合うことが出来なくなり夢で見ることもなくなった。夢の中の自分も2~40年遅れではあるが年をとる。現役の頃は子供時代の夢をよく見たが退官後は留学先の大学での不出来に悩む話に変わった。80代には外国で交通渋滞の為ディナーに間に合わず狼狽する夢などになった。今は夢の中でも自由な身分で気楽に行動している。身のこなしも自然で階段も身軽に上下している。朝目覚めて立ち上がる度に身体の衰えに現実の厳しさを痛感させられる。
別日の日経に「生きるとは老いてゆくことたくさんの人を見送ることと知りたる」との歌と朝日に「死を受容出来ずに卒寿ちんちろりん」との句があった。多くの死に接すれば自分も死なねばならぬと解る。作句者は死にたくないと言うが松虫に掛けチンチロリンと自分を茶化す余裕もある。人は死を否認・怒り・取引・抑うつの段階を経て受容するという。彼も最期には受け入れると思う。数日後の朝日に「傘寿から卒寿を目指し日向ぼこ」との句があったが「日向ぼこ」するだけでは杖をつき往時を想い嘆息することになる。
