余談雑談(第128回)アジアと日本

元駐タイ大使 恩田 宗

 印度のモディー首相は2019年6月親中政権が倒れたモルディヴを訪れ議会で印モ両国は印度太平洋地域の不可分の一部でありそのシーレーンの開放性と安全を確保するため共に努力しようと呼びかけた。新聞は中国の印度洋進出への牽制だと報じたが、より大きく、東アジアと南アジアが一つの地域として融合しつつある兆しだと見ることができる。

 岡倉天心は日本芸術を論じた英文著書「東洋の理想」の冒頭でAsia is oneと断定しているが気張った明治のナショナリズムが言わせたことで歴史的にアジアが一つだったことはない。天心も、中国・印度・イラン・アラブの文化には共通するものがあり確たる区分線を引き得ない、日本芸術はその共通のアジア的特性を実現している、日本はアジア文明の貯蔵庫でありアジア文化を系統的に研究するには日本をおいて外に無い、と論じているだけである。

 東と南のアジアはヒマラヤ山脈で背中合わせに隔てられ互いに関係なく別々の道を歩んだ。中国の歴史は周辺特に北方の夷狄との闘いであり印度の歴史は北西から侵入する異民族との抗争と同化だった。世界史的にも両地域は異なった役割を果たしてきた。人種も宗教も違っている。儒教では人の魂は死後子孫に祭られることによりこの世に戻れると考えた。先祖を祭り父母に尽くし祖霊祭祀が続くよう家系を絶やさぬことを孝とした。死後どう記憶されるべきかは墓碑銘や伝記によって示された。中国の史書は要人の伝記の集成でよく読まれ重んじられた。漢の高祖劉邦については体の黒子の数まで詳しく史記に書いてある。古代の印度人は宗教・哲学・文学の書は書いたが歴史や地理については書き残さなかった。魂は永遠に輪廻転生を繰り返すので現世は一通過点に過ぎず書き記す価値なしと考えたからだという。アレキサンダー大王のインド侵略も印度人の記録には無くヒンズー黄金時代の諸王についてさえ肖像を含め詳細は今もって何も分からないらしい。 

 アジアは欧州起源の言葉でウラルとスエズ以東のユーラシア大陸及び付属諸島だとされている。50ヶ国と世界人口の過半を抱える巨大複雑な地域で欧州の東という地理的範囲を指すだけでそれを一つに纏める概念はない。欧米ではまだアジア人とかアジア的とか言うが東や南など限定なしのアジアは政治経済文化的な意味では使いようがない。

 アジアの東端の島国日本は長いこと世界史的な動きには深く関わらずに過してきたがロシアの東アジアへの膨張を黒竜江と樺太千島の線で防ぎ止めたことにより始めて世界史的な役割を果たした。然し余勢を駆って大陸侵略にのりだし敗北を喫し外国軍に占領された。二十世紀は日本にとり忙しい世紀だった。今後の課題は大陸部分を統合した独裁国中国が国力隆盛の余勢を駆って海域と島嶼の略取に暴走せぬよう米国・豪州・印度を含む与国と共に抑止することにある。戦争などせずに達成できれば良いが。

(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。