中米グアテマラと日本(その2)


元駐グアテマラ大使 川原 英一

(5)練習艦隊のグアテマラ寄港

 自衛隊練習艦隊3隻がグアテマラ太平洋側のケツァル港寄港したことも、とても印象深い。艦隊の入港直後にグアテマラ海軍司令官主催による歓迎式典があり、炎天下の中、任官したばかりの海自士官たち約180名が、音楽隊の演奏のなか、堂々と素晴らしい行進を行った。晴天の中、波止場前の広場は、甲板上と同様、目も眩みそうな暑さの中での式典となり、参加された自衛官の皆さんは大変な思いをされたものと思う。 
 中畑練習艦隊司令官より若い士官向けに講話の御依頼をうけた。グアテマラ諸事情、日本との関係、2011年3月の東北大震災時、マイアミに在勤していて米国内各地での草の根レベルで日本支援活動が急速に拡大したことを驚きをもって見守っていたこと、1898年のキューバ解放をめぐる米西戦争中、フロリダ州タンパ港を拠点としていた秋山艦船武官らは米艦艇に乗り込み米海軍とスペイン無敵艦隊との戦いをつぶさに観察して日本へ優れた内容を報告、その後も日露の日本海海戦で参謀として活躍したことに関連したお話しをしたと記憶する。
 練習艦隊の旗艦「鹿島」の甲板上で、グアテマラ関係者多数をお招きした艦上レセプションが行われ、翌日には船内を一般に公開してもらうオープン・シップの機会があり、多くの方が楽しまれた。練習艦隊付きの音楽隊には、首都の国立劇場ステージで演奏を披露してもらった。特に、日本民謡にお囃子が入り、見事な演奏に満員の観客は大いに楽しめた様子であった。見事な演奏をされる練習艦隊付の音楽隊員には、音大出身者が多数応募しているとの事情を中畑艦隊司令官からその後お伺いした。公演の模様は、グアテマラのメディアでも報じられた。

(6)両国外交樹立80周年の閉幕式典が、大統領官邸に近い国立文化宮殿の中庭で11月に行われた。この建物は、様々な正式行事に使用され、各国大使による大統領への信任状奉呈式や新大統領が就任する際、各国使節代表からの挨拶を受ける場所として、また、大統領就任レセプション会場などとしても使用される。行事のない日は、市民に開放されて見物することができる。宮殿内の広場を囲む建物の中には、ダライ・ラマが灯した永遠の炎が納められたケースがあり、中庭から永遠の炎を眺めることができる。
 閉幕式典はフエンテス大統領代行(副大統領、左写真・左端の方)が主催し、大統領府、外務省、観光文化省関係者や各国駐在大使・在留邦人代表・日本人学校児童・先生などが招待された。

 式典行事に使用される白バラの花を日本人学校の児童に運んで頂く場面もあった。同式典では2002年開催された日韓合同のワールド・サッカー大会(2002FIFA)閉会式でも御活躍された日本の太鼓チーム(「太鼓マスターズ」)による勇壮、ダイナミックな演奏があり、出席したグアテマラ政府関係者、外交団、日本人学校の先生・児童生徒たちに大いに喜んで頂いた。

グアテマラ総選挙(2015年)事情
 2015年には4年に一度の大統領選、国会議員や自治体組長の選挙が同時行われた。特に、大統領選には、20名ほどの候補が立候補した。米国大統領選と同じく、大統領・副大統領が一組となって立候補する選挙であり、当初は、元コロン大統領夫人のサンドラ・トーレス候補が優勢であった。多数の候補の中には、当国TVパロディ番組の喜劇俳優であるジミー・モラレス候補もおり、腐敗撲滅をスローガンに掲げていたが、当初は泡沫候補扱いであった。しかし、フェイスブックやツイッターなどの社会交流サイト(SNS)を利用して、毎日書き込みを行って、次第に注目を集めるようになった。

民主主義のインフラとしてのSNS 

 現在、日本の国会議員の選挙ではSNS利用が当たり前になっているが、2015年当時のグアテマラや中南米諸国でも、こうしたサイトを利用して、市民による大規模デモが政治的な意思を表明する民主主義のインフラとして機能していた。手軽な携帯電話の保有台数が急増し、人口数を上回るグアテマラでもSNSサイトが利用されていた。 
(参考)2015年中南米におけるSNSの普及率(%)
左のグラフが示すように、2015年当時のフェイスブック人口普及率はグアテマラでは3割程度、中南米の平均は4割にもなっていた。

 グアテマラの大統領選挙の話しに戻れば、2015年4月から選挙選が始まり、同9月に第一回大統領選投票が行われた。誰も過半数票を取れなかったことから、1位の元コロン大統領夫人トーレス候補と2位のモラレス候補との決選投票が10月に行われ、結局、モラレス候補の地滑り的勝利となった。
 モラレス大統領は、10歳の頃には、両親を亡くして、仲買人の祖父に育てられ、早くから祖父の商売を手伝い、サン・カルロス国立大学では経営学を学び、大学院では安全保障を学んだ。また、大学時代から起業支援活動を行っており、自宅に映画スタジオを有している。大統領選挙結果が判明した折、ロンドン・エコノミスト誌などが報じたようなコメディアン出身者が偶然に大統領になったわけではなかった。

女性検事総長の活躍
 2015年当時、政治家の腐敗・汚職を取り締る検事総長にはテルマ・アルダナさんという女性の方が任命されていた。山のようにある捜査案件に取り組むため、少数の検事たちの士気の維持に努めながら、毎週定期的に記者会見を開き、可能な範囲で、捜査中の内容を伝え、メディアを味方につけることに成功し、この国から汚職の追放に尽力されていた。2015年初め頃から始まった一連の内定捜査の結果、関税当局をめぐる組織的な大型脱税疑惑を摘発し、その後、当時の副大統領側近が組織的汚職に関与していたことから関係者が次々と検挙される事態になった。メディアがこうした事件を大々的に取り上げ、多数の人がSNSを利用し、首都の憲法広場では、毎週末に市民・学生などによる数万人規模の大規模抗議集会が繰り返された。抗議の矛先は当時の副大統領の更迭、さらには大統領への辞任要求にまで高まった。なお、大規模デモを政府当局が最後まで武力弾圧することがなかったのは、この国の民主政治が機能していた証(あかし)として国際的に注目された。
 副大統領の更迭が行われた後、大統領が収入に見合わない豪邸を所有していることが報じられるとともに、検察当局の捜査に必要な大統領の不逮捕特権が、はく奪されるかどうか、メディアが一斉に大きく取り上げた。国会でこの是非をめぐる審議がされる日は、市民によるデモが最高潮となった。国会も世論に動かされて、大統領の不逮捕特権をはく奪することを支持したため、当時の大統領は、大統領職を辞して、公判で自らの潔白を明らかにすると述べて、捜査当局に協力する姿勢を示した。

モラレス新大統領の登場
(1) 汚職撲滅をスローガンにしたジミー・モラレス大統領候補が2015年10月の大統領決選投票で7割近い高い支持率を得て勝利し、次期大統領となった。モラレス次期大統領は、選挙選の最中に米国に出かけて、米国で働く200万人とも言われるグアテマラ人の支持者との集会を行い、SNSを利用して、母国に残した家族達にモラレス候補に投票してくれるよう呼びかけを行った。大統領選に勝利した10月末以降、モラレス候補は再び米国に出かけ、支持してくれた米国在住のグアテマラ人に御礼の旅も行っている。このように大統領選でSNSを積極的に利用し、労働移民とその家族を見方にする戦い方は、モラレス候補独自のものであった。同候補を推した大多数の支持者は、既存の政治家ではなく、新たなタイプの指導者がこの国を良い方向に変えてくれることを期待したのであろう。

(2) 2015年末、カブレラ次期副大統領(元サン・カルロス大学学長、医師)と公邸で懇談した折、大統領選でモラレス候補はSNSを利用した選挙キャンペーンを行い、他候補のように多額の選挙資金を必要とせず、おそらく、主要な他候補の10分の1程度の経費しかかからなかったのではないかと述べておられた。また、11月に行われたモラレス次期大統領と各国駐在大使との会合の席上、大統領からこの国の病院が危機的な事情にあることから、資金支援を呼びかけ、既に数百万ドルを集めたとの発言もあった。自らが医者で、クリニックを経営しているカブレラ次期副大統領が、ある日、国立病院の事情を視察したところ、基本的医療機器が不足、検査治療用機器も大半は老朽化し、使用不可となったものも多く、医療関係者人件費が恒常的に不足している事情にとても驚いたとのお話を伺った。

(3)2016年1月、モラレス新大統領就任式後の国家宮殿で夜遅くから始まるレセプションに夫妻で招かれ参加した。同じテーブルに居合わせた人達をはじめ、支持層に若いビジネスマンが圧倒的に多いのが印象に残った。新大統領の閣僚には、政治家ではなく、国際的に活躍していたテクノクラートと呼ばれる人達も数名いた。エストラーダ財務大臣はその一人で、WEF(世界経済フォーラム、略称ダボス会議)の中南米事務所次長などを直前まで勤めていた。グアテマラ国家予算編成について、議会に提出する前に国家宮殿内の会議場で関係団体から予算ヒアリングを行うなど、これまで、透明性のなかった予算審議の過程をメディアにも開放しながら審議することを始めた。 未だインフォーマル経済に従事する人が多くて税収源が限られるのが中南米諸国の一般事情であり、限られた国家税収の中での予算配分は厳しい事情にあった。この状況で、大統領府に配分された広報関連予算等を大幅に削減するなどして、医療や教育に少しでも多く予算を増やしたものと思われる。教育予算は、以前より教育大臣から労働組合との関係が難しいと聞いていたので、相当に厳しい交渉があったと思われる。教員組合は、賃上げを要求し、要求を通すために平日に抗議デモを行い、首都の交通をしばしば麻痺させることが過去に繰り返された。

<モラレス大統領との思い出>

 モラレス大統領には、その後も何度かお会いする機会はあった。2016年5月、日本が防災の観点から無償で供与した橋梁点検車輛の贈呈式でお会いした折、行動的な大統領との印象を強く感じた。通常、このような供与式には、担当のインフラ通信大臣が出席するところ、大統領自らが出席されて、迫力あるスピーチをされた背景には、日本への感謝の気持ちを出先の大使に直接伝えておきたいとの思いがあったのであろう(左上写真:引渡式典会場でモレレス大統領と握手。左下写真:ガルシア・インフラ通信大臣らと日本が提供した橋梁点検車輛の前で)。

モラレス大統領、御即位の礼出席のため訪日
 同国勤務を終えて帰国した後、2019年10月下旬、御即位の礼に御出席のために訪日されたモラレス大統領夫妻を、接伴大使として空港でお出迎えして、久しぶりにごく短時間お話をする機会があった。初めての訪日をとても喜んでおられた。同大統領ご夫妻には同行記者もおり、空港での再会場面は、グアテマラ主要紙に写真入りで掲載された(右写真)。
 同国大統領の任期は憲法規定で一期4年となっており、2020年1月からは、新たな大統領が就任した。モラレス大統領とカブレラ副大統領は、中米議会(中米地域統合機構の立法府で、グアテマラに本部がある)の議員として活躍されることとなり、現在に至っている。

(本稿は、個人としての見方・印象を述べたものです。)


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(参考1)本稿の記載内容に関連したグアテマラの新聞・TV報道例:以下サイトにあります。
https://www.gt.emb-japan.go.jp/EP20161130web.pdf (天皇誕生日レセプション記事2016)
https://youtu.be/ihz_F5y8uhg 天皇誕生日レセプションTV報道例(動画31:44~)
https://www.gt.emb-japan.go.jp/S21_20160413ES.pdf (日本の対グアテマラ支援に関する主要紙インタビュー記事)
https://www.gt.emb-japan.go.jp/MC.jpg (日本とグアテマラ関係に関する主要紙インタビュー記事)
https://www.gt.emb-japan.go.jp/itpr_es/GenovaQuetzaltenango.html (TV報道例、日本大使館によるグアテマラ・ケツァルテナンゴ県小学校改修のための草の根支援活動)
https://www.gt.emb-japan.go.jp/EP20160831.png (小学校草の根支援開始署名式報道記事)
https://www.gt.emb-japan.go.jp/DCA20160209.pdf (ソロラ県中学校建設、草の根支援署名式報道記事例)

(参考2)在勤当時、大使館ホームページに活動報告を随時掲載していました。
以下サイトで御覧下さい。
①80周年記念式典(2015年2月、グアテマラ市、於 国立劇場)
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_02.2015.pdf (emb-japan.go.jp)
② 主要紙日本特集記事、日・グアテマラTV取材チームの交流:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_02.2015-2.R1.pdf (emb-japan.go.jp)
③ 日・中米ビジネスフォーラム:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_05.2015_JP.pdf (emb-japan.go.jp)
④ 練習艦隊の寄港、岩見神楽公演他
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_06.2015.pdf (emb-japan.go.jp) 
⑤ スポーツ・音楽・文化交流他:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_07.2015_JP.pdf (emb-japan.go.jp)
⑥ 主要紙日本特集記事の掲載他:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_08.2015_JP.pdf (emb-japan.go.jp)
⑦ 伝統工芸展の開催他:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_09.2015_JP.pdf (emb-japan.go.jp)
⑧ 日本文化祭、80周年閉幕式典(11月、於 国立文化宮殿)
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_12.2015JP.pdf (emb-japan.go.jp)
⑨ 西部地方出張報告:
Reporte_de_las_Actividades_del_Embajador_11.2015_JP.pdf (emb-japan.go.jp)
⑩ 大使からの活動報告(2013年12月~2016年11月末迄):
https://www.gt.emb-japan.go.jp/itpr_ja/L_actividadesJP.html