フランスにおける東京2020オリンピック・パラリンピックの受け止め


在フランス日本国大使館 公使兼広報文化部長 松田 賢一

(はじめに)
 9月5日に終了した東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京大会」)について、フランスにおいては、日本がコロナ禍にも関わらず東京大会を無事成し遂げたことが非常に高く評価されています。
 特にフランスは、続く2024年のオリンピック・パラリンピック競技大会の開催国であることから、当初より東京大会への関心は高いものがありました。当館としても、東京大会が無事開催され、そしてパリ大会に円滑にバトンが引き継がれるよう、東京大会開催前からフランスの政府関係者をはじめとするオリンピック関係者との緊密な関係を築きつつ、当館の広報媒体であるホームページ、Twitter、Facebookなどを通じて東京大会についての情報発信を行ってきました。とりわけ6名のフランス側関係者(マラシネアヌ・スポーツ担当大臣、エスタンゲ・パリ2024組織委員会会長、マセグリア・フランス国内オリンピック委員会前会長、ル・フュール・フランス国内パラリンピック委員会会長、ノミス・フランス柔道連盟会長、ディディエ・フランス空手連盟会長)の方々の下を訪れて、東京大会開催に向けたビデオメッセージを収録させていただき、東京大会開催前に順次発信したところ、閲覧数合計は12万回以上にも及びました。
 本稿では、メディア、行政府等関係者、自治体等の交流の3つの柱に整理して、フランスにおいて東京大会がどのように捉えられていたかについて簡単にご紹介したいと思います。

(メディア)
 東京大会の開催前から、同大会に関するフランスメディアの関心は非常に高いものがありました。新型コロナウイルス感染症の状況が刻々と変化する中で、日本国内における感染状況や政府の衛生対策、それに対する日本国民の受け止め等について連日のように様々なメディアで報じられ、そうした状況の中で本当に東京大会が開催されるのか否か、開催するとすればどのような形式(有観客・無観客等)なのかについて注目が集まりました。そして無観客開催が決定された後には、新型コロナウイルス感染症が蔓延する状況において東京大会が開催されることについて日本国民が不満を持っており、日本国内が悲観的なムードであるといった論調の記事が数多く報じられました。
 一方で、東京大会が開会し、選手たちの活躍が日々報じられるにつれて次第に風向きが変化するようになりました。引き続き一部にはコロナ禍での大会開催を批判的に捉える記事もありましたが、それよりもむしろ大会が順調に進展していることや大会のポジティブな側面及び成果等を紹介する報道へと次第にシフトしていくようになりました。例えば、日本側の「おもてなし」や感染症対策を賞賛し、日本の取組に感謝するフランス人選手団の声が多数報じられ、さらにボランティアが東京大会の盛り上げに貢献していることや、無観客という制約を補って臨場感あふれる観戦を可能にするために、日本科学未来館での3Dによる生中継や江ノ島での12Kの解像度のスクリーン設置といった新技術を駆使した取組が行われていること等が紹介されました。 
 また、社会的な課題に注目した報道もありました。例えば、参加国等の旗手を男女2名としたことや新規競技には女子種目の設定を義務づけたこと、そして参加選手数もほぼ男女同数となったことを、男女平等という観点から東京大会の成果と位置づける記事や、パラリンピック競技大会に関連して日本の包摂的な社会へ向けた取組が進展していることを紹介する記事などもありました。
 このようにフランスにおいて本大会をめぐる雰囲気がどんどん盛り上がっていった様子は数字にも示されています。8月10日付当地レ・ゼコー紙によれば、2週間にわたり開催された東京オリンピック大会は約5,000万人が視聴し、視聴者数は前回のリオ・オリンピック大会よりも約600万人も多いと報じられています。同大会期間の一人当たりの視聴時間は7時間53分にも及び、フランスと日本の間には7時間の時差があることを考えると、フランス人の関心が極めて高かったことがわかるかと思います。
 このような良好な雰囲気の中で、オリンピック及びパラリンピックの閉会の際には、パリ市内のトロカデロ広場において、コロナ禍にもかかわらず非常に多数の観客を集めた引継ぎ式典が、東京での閉会式と同時刻に開催され、それが東京でも中継されました。この引継ぎ式典では、新型コロナウイルス感染症という前代未聞の困難に直面しつつも、日本は見事に成功を収めたこと、そしてオリンピック及びパラリンピックのバトンが無事にパリ2024へと引き継がれたことについて日本への感謝が述べられ、その様子は当地のメディアでも大きく取り上げられました。

(写真)トロカデロ広場での引継ぎ式典

(行政府等関係者)
 マクロン大統領は、G7の中で東京大会の開催への支持をいち早く表明するとともに、唯一のG7の首脳として訪日し、オリンピック開会式に参加しました。フランスからはマクロン大統領の他にも、ブランケール国民教育・青少年・スポーツ大臣、マラシネアヌ・スポーツ担当大臣、クルーゼル障害者担当長官、イダルゴ・パリ市長等をはじめとする数多くのオリンピック・パラリンピック関係者が大会期間中に訪日しました。
 マクロン大統領は、開会式への出席、菅総理(当時)との首脳会談、競技観戦の傍ら、日本の財界や芸術家との交流も精力的に行いました。736万人のフォロワーを有するマクロン大統領のTwitterでは漫画「FAIRY TAIL」や「AKIRA」の作者との交流の様子なども掲載されています。また、大会終了後、9月13日にフランス大統領府で行われたフランス人メダリストの祝賀会の場において、マクロン大統領は「(前略)日本の主催者の方々がその逆境にもめげずにやりとげたこと(resilience)に対して敬意を表する。開催されたことが重要であった。そのことに感謝申し上げるとともに、称えたい。(後略)」と述べられています。
 また、オリンピックとパラリンピックのそれぞれの機会に訪日したマラシネアヌ・スポーツ担当大臣は、レキップ紙のインタビューの中で、日本の滞在中に最も印象的であったことについて以下のように述べ、困難な状況にありながらも最後まで東京大会をやりきった日本の底力を高く評価しています。
 「日本人はオリンピックと自身の計画を信じて、最後までやりとげました。(中略)延期により多くの資金が失われ、新型コロナウイルスの蔓延という時期にあって国民の観戦が制限されたにも関わらず、きちんと開催されました。私は、皆にこのことを考えてもらいたいと思っています。」
 さらに、パリ2024オリンピック・パラリンピック組織委員会のエスタンゲ会長は、フィガロ紙のインタビューに答えて、「主な教訓は、オリンピックは全てに勝るということだ。スポーツの力はとても強く、どんな状況にも対応できる能力を持っている。私たちは、日本人のようにこの適応力を養わなければならない。彼らは適応力の金メダルに値すると思う。(中略)東京は解決策が存在することを示した。私たちはそれを生かすことができるだろう。」と述べています。このエスタンゲ会長の発言にみられるとおり、フランスの大会関係者は日本の取組を2024年パリ大会に向けた模範と位置づけています。

(写真)仏オリパラ関係者からのビデオメッセージ(マラシネアヌ・スポーツ担当大臣)

(自治体等の交流)
 日本におけるフランスチームのホストタウン数は27(台湾の28に次いで2番目に多い)にものぼり、日・フランス関係がいかに良好であるかが示されるものとなりました。フランス柔道の父と呼ばれている川石酒造之助の出身地である兵庫県姫路市は、その縁でフランス柔道チームを受け入れました。また、ワインなどをテーマにフランスとかねてより積極的な交流を続ける山梨県では、全都道府県で最多となる10の市町村がフランスチームのホストタウンとして手を挙げるなど、これまでの長年にわたる交流がその基盤にもなっています。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の影響により、住民と選手達との物理的な交流は当初の予定から変更を余儀なくされることになりましたが、いくつかのホストタウンではオンライン上で交流を行うなど、何とか交流を盛り上げようとする工夫も見られました。フランス柔道界のスターであるテディ・リネールをはじめとする多くのフランス人選手や各競技団体などからは、ホストタウンを含む日本でのおもてなし、感染対策への謝意がメディアやSNS上で数多く発信されています。なお、当館ではTwitterやFacebookを通じて、2年近くにわたり継続的に各ホストタウンの食や文化などの魅力をフランス国内向けに発信し続けてきましたが、幸いそうした投稿は概ね好評を博し、フランス人フォロワーたちにとって、日本の地方の新たな魅力を発見する良い機会となったように思います。
 そして大会後も、例えば、兵庫県神戸市・姫路市、千葉県浦安市・いすみ市の高校生が、ホストタウン交流の経験を題材に合同で新聞記事を作り、読売中高生新聞に掲載されました。さらにその後、これらの記事や「Terre de Jeux」(パリ大会に向けた、ホストタウンに相当するフランスの取組)をテーマに日本とフランスの高校生が意見交換するオンライン交流イベントが開催されました。このように、本大会を契機とした交流の活性化が随所に見られ、日本・フランス相互の関心の高まりが感じられます。

(写真)ホストタウンでの交流(富士吉田市)

(最後に)
 全体を総括しますと、東京大会開催前は、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえ、メディアにおいて、日本国内での悲観的な世論や大会開催を不安視するような報道はありましたが、開催後は、政府関係者、大会関係者のコメントのみならず、メディアからも東京大会についてのポジティブな内容の発信が増えました。特に、コロナ禍という前代未聞の環境において大会開催を成し遂げたことは各方面から高い評価を得ています。これは、これまでのトレーニングの積み重ねの上に最大限の力を発揮して競技を行う選手達、そして彼らが競技に専念できるように、厳格な防疫措置の下での安心・安全な運営、そして制約がある中でも可能な限りのおもてなしを心掛けたすべての関係者の方々の努力の賜物であると思います。
 「安心・安全」、「信頼」、「おもてなし」といった従来からも評価されてきている日本の強みを、幅広いフランス国民が注目するイベントにおいて改めて証明したことにより、その評価は一層確立されたといえるでしょう。加えて、レジリエンス、適応力など、近年重視されている強みをもあわせて有する国としての評価も得ることができ、国際社会における日本のプレゼンスの更なる向上に寄与したと思います。
 また当地で今回の日本の取組が好意的に迎えられた前提として忘れてはならないのは、フランスでは日本文化がきわめて広範かつ深く受容され、一般的に日本に対する非常に高い評価があることです。これはもちろん一朝一夕に得られたものではなく、長年にわたる日本・フランスの友好関係強化に向けた日仏の官民双方の関係者の方々の努力の成果だと思います。最近では、日仏修好条約締結160周年の節目であった2018年に、「ジャポニスム2018:響きあう魂」というテーマの下、フランスにおいて70以上の企画が実施されました。これからもこうした大きなイベントのみならず、日本語の普及をはじめとする地道な努力を、国内各地で継続的に積み重ねていくことが大切だと感じています。
 今後フランスでは、2024年のパリ・オリンピック・パラリンピック競技大会のみならず、その前年の2023年にはラグビー・ワールドカップの開催も予定されています。すでに当地では双方ともに前回開催国である日本との協力を期待する声が聞かれます。当館としても、日本の知見が円滑にフランス側に伝達され、フランス大会の成功、そして二国間関係のさらなる発展に貢献できるよう、今後ともフランス側関係者との連携を進めていきたいと思います。