パレスチナの重鎮Saeb Erakat氏を偲ぶ


元駐インドネシア大使 元駐イスラエル大使 鹿取 克章

 2020年11月10日、パレスチナの重鎮Saeb Erakat氏が逝去した旨の報道が流れた。私は2006年から2008年、イスラエルに在勤したが、その間、イスラエル側はオルマート政権のチッピ・リブニ外相、パレスチナ側はアッバース大統領の信任の厚いサエブ・エラカート交渉局長の下、米国のイニシャティブによるアナポリス和平交渉が精力的に進められていた。国境の問題、ユダヤ人入植地の問題、パレスチナ難民の問題、エルサレムの問題など多くの難問が存在したが、交渉は、二国家解決に向け第三者の目から見ても真摯に行われていた感があった。頻繁な会合を通じ、交渉当事者間には一定の信頼感及び友情も芽生えつつあることが感じられた。

 私は、イスラエル在勤中、西岸ジェリコのエラカート氏の事務所や自宅をしばしば訪れ会談したが、同氏は、中東和平問題に長年携わってきた中東和平問題の正に「生き字引」であるとともに、極めて頭脳明晰かつ率直な人物であり、和平実現に向けての展望を決して放棄することなく尽力していた同人の能力及び人柄には常に大きな感銘を受けた。和平交渉は、2008年に報道されたオルマート首相のスキャンダル及び同首相の辞任により中断された。オルマート氏のスキャンダルが明るみに出た背景には、和平実現を危惧したユダヤ強硬派の暗躍もあったのではないかなどの噂も流れたが、ネタニヤフ政権の誕生により和平交渉は完全に頓挫することとなった。

 現在、米国トランプ政権の政策及びネタニヤフ政権の姿勢により、和平実現のめどははるかかなたに遠のいた感がある。このような時期にエラカート氏のように自らのすべてを和平実現のためにささげてきた重鎮が失われたことは、世界全体にとってのかけがえのない損失である。心からのご冥福をお祈りしたい。

 イスラエルが、二国家解決に向けての交渉に誠意をもって取り組むこと、もしも二国家解決をあくまで否定するのであれば、パレスチナ人に対して政治的、経済的及び社会的にユダヤ人と完全に平等な地位を与えることが強く望まれる。