グローバルサウスという言葉に惑わされてはいけない


公益財団法人ニッポンドットコム理事長、元国連事務次長 赤阪清隆

 このところ、誰もかれもが、「グローバルサウス」という言葉を使うようになっている。その定義はまだ定かでないものの、これまでの「開発途上国」や「第三世界」というのと大なり小なり変わらない模様である。それなら、なぜこの言葉が使われるようになったのだろうか?

 グローバルサウスとは、アジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカの地域に含まれる開発途上国や新興国のことを意味するとみられる。先進国を意味するグローバルノースに対比する呼び方であろう。米国などの西側先進国と、中露の権威主義国のあいだに位置する国々は、経済的、社会的な発展が北半球の先進国に比べて遅れ、しかも大半が先進国から見て南に位置するので、グローバルサウスと呼ぶようになっていると思われる。

 インドが、今年1月におよそ125か国からの参加を得て「グローバルサウスの声」というオンライン・サミットを主催した。同サミットには中国は参加しておらず、岸田総理も国会答弁で、このグループに言及する際には、中国を含めていないと発言している。急速に台頭するインドが、このグローバルサウスのリーダー格と見てよいのであろうか?

 これまで「開発途上国」あるいは「発展途上国」という言葉が使われてきたが、これらの言葉にも、国際的に厳格な定義があったわけではない。先進国でない国々を、そう呼んだにすぎない。それでは、「先進国」というのには定義があるのだろうか? 実は、それもない。普通よく使われる尺度は、金持ち国のクラブと言われるOECD(経済協力開発機構)の加盟国だ。欧州諸国を中心に、日、米を含め、現在38カ国が加盟している。しかし、このOECDの加盟国よりも経済的に豊かな国がいくつかある。日本よりも一人当たり国内総生産(GDP)が高くて、OECD加盟国でないのは、シンガポール、カタール、アラブ首長国連合だ。それでは、これらの国は先進国と呼んでよいのだろうか?

 援助を受けている国を開発途上国と見る観点から、OECDが発表している政府開発援助(ODA)の受け取り国リストが基準としてしばしば使われている。最新のリスト(2022-23年)では、2020年時点の一人当たり国民総所得(GNI)が、12,695ドル以下の国々、合計141カ国がリストアップされている。国連によって「後発開発途上国(LDC)」と分類された46カ国に加えて、世銀の分類による「低所得国」2カ国(北朝鮮、シリア)、「下位中所得国」36カ国(インド、インドネシアなど)、および「上位中所得国」57カ国(メキシコ、中国など)だ。この上位中所得国のうち、メキシコ、コロンビア、コスタリカとトルコは、現在OECD加盟国である。

 この基準に従えば、世界第二位の経済大国中国は、まだ途上国のグループに属する。他方、シンガポールは属しない。国連には、1964年に発足した途上国と新興国による「G77プラス中国」という交渉グループが存在する。気候変動など様々な交渉で、途上国を代表するグループだが、目下134カ国を抱え、中国、インドはもちろん、なんと日本よりも金持ちのシンガポール、カタール、アラブ首長国連邦もメンバーになっている。

 国連での交渉、特に環境に関する交渉では、1992年のリオサミットで決まった「共通だが差異のある責任」の原則がある。地球環境の悪化は、すべての国に共通の責任があるものの、先進諸国にこそ主たる責任があるとして、先進諸国は、開発途上国よりも差異のある、重い責任を有するという原則だ。このように、途上国グループに属するということは、責任を軽くする大きなメリットがある。

 世界貿易機関(WTO)にも、途上国優遇制度がある。途上国であるか否かは加盟時の自己申告に任されているため、現在164のWTO加盟国中、約3分の2が、「途上国」を自称している。中国、インド、カタール、アラブ首長国連邦といった国々が、「途上国」として大手を振っている。

 これに業を煮やした米国は、2019年に卒業基準を提案した。OECD加盟国、G20メンバー、世銀の「高所得国」、世界貿易シェア0.5%以上の4つの要素を基準に、いずれかに該当すれば途上国待遇から卒業させようというものだ。しかし、いまだまとまっておらず、台湾、ブラジル、シンガポール及び韓国の4か国のみが、卒業に応じる宣言をしているにすぎない。

 グローバルサウスという言葉がはやり言葉になった一因は、途上国がもはや一枚岩ではなく、その中で、経済大国や、非常にリッチな国々と、まだまだ貧しい国々との格差が広がっており、すべてをいっしょくたにしてとらえ難くなっていることがあげられよう。その実態をオブラートで包み隠すため、「グローバルサウス」という言葉は、曖昧ではあるものの、新鮮味があり、使いやすい新語とみなされるようになったのではないだろうか? 

 このため、このグローバルサウスという言葉には、何かうさん臭いにおいが漂う。前述のアメリカ提案のような、明確な基準があれば区別が容易になるのだが、そのためには国際的な合意が必要だ。合意が困難なのは、早く先進国グループに入りたいという途上国がある一方で、反対に、できるだけ長く途上国グループに残って、優遇措置を受けていたいと思う国もあって、意見がまとまらないからである。

 現在途上国グループに属しているいくつかのリッチな国は、分類上は先進国と途上国との間のグレーゾーンにあると判断すべきだろうか? そして、そのような国々も、強いて言えば、グローバルサウスに属しているとみるべきなのだろうか? あいまいな言葉だけに、融通無碍な使い方ができる便利な言葉ではあるが、使い方次第では落とし穴に警戒も必要だ。

(注)本稿は日本英語交流連盟のホームページへの寄稿文を転載したものです。