(中国特集)クロアチアから見た中国


駐クロアチア大使 嘉治美佐子

 アドリア海の真珠と呼ばれるドブロブニクは、ユネスコの世界遺産にも登録されていますが、蟹型をしたクロアチアの国土の南の爪先にあります。宮崎駿のアニメ「魔女の宅急便」で、箒に乗ったキキが見たような、オレンジ色の屋根が連なりキラキラ光る青い海にそり出している風景です。本稿では、ドブロブニクのある地帯との国土分断解消と言う、歴史的な出来事を紹介します。続いて、「16+1」、「三海域イニシアティブ」、「ドブロクニク・フォーラム」と言う、何れもこの城壁都市が舞台となった三つの国際会議を概観します。これらを通じ、今のクロアチアが中国をどのように見ているのかについて、私感をお伝えしたいと思います。

出典:外務省ホームページ(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/croatia/index.html)を加工して作成

ペリェシャツの橋の上で踊ろう

 複雑な歴史を持つバルカン地域の片隅で、ビザンチン帝国に認知されていた(1205年まで)共同体が、ベネチア共和国による支配(1358年まで)を経て、ハンガリー帝国やオスマン帝国を公式に承認しながらも、15世紀前半にはドブロブニク共和国を称するようになり、ナポレオンの部隊に制圧される(1806年)まで、外交力を駆使して都市国家として独立を維持しました。近代的とも言える政治体制に支えられ、海運により大いに繁栄、最盛期の15,6世紀にはその艦船が、地中海を超えて大西洋やインド洋にまで馳せていたそうです。その後はハプスブルク帝国(1918年まで)、ユーゴスラビア王国(1945年まで)、ユーゴスラビア連邦共和国(1991年まで)の一部となり、現在はクロアチア共和国随一の観光都市となっています。
 コロナ禍前までは、毎夏世界中から観光客がやって来て、旧市街を囲む城壁の上を普通に歩けないほどの混雑ぶりでした。今年の夏は、去年のへこんだ観光収入を取り戻すべく、ワクチン・パスポート等の施策が奏功、近隣国からの観光客を中心に、賑わいを取り戻しています。筆者は先月、第14回ドブロブニク・フォーラムの会場だったホテルで、直航便が再開したので早速旧婚旅行に来た、というニューヨーク在住の旧友にも遭遇しました。
 クロアチアの内陸部にある首都ザグレブからドブロブニクに行くには、飛行機なら55分、パスポートも必要ないのですが、陸路ですと、出入国審査の検問所を2回通らなければなりません。ドブロブニクがその昔、海への出口を求めていたオスマン帝国に差し出した回廊が、ボスニア・ヘルツェゴビナの領土として残っているため、ドブロブニクのある地帯は飛び地になっているのです。
 こうした国土分断を克服しようと、90年代から橋の構想はあったのですが、2005年の最初の企画はリーマンショック後の不況などが災いし、立ち消えになっていました。クロアチアは、2013年にEU加盟国となり、2017年に欧州委員会より、ペリェシャツ橋とアクセス道路に総額3.57億ユーロの資金供与の承認を得ます。EU基金分は85%で、クロアチア負担分を合わせると、総事業費は4.2億ユーロです。競争入札の結果、橋梁(約2.8億ユーロ)は2018年、中国の道路橋梁会社が、アクセス道路(約1.4億ユーロ)は2019年、オーストリアとギリシャの会社が落札しました。アドリア海沿いの国土と平行に北西に伸びるペリェシャツ半島のブリエスタと国境手前の街コマルナを繋ぐこの橋は全長2,440メートル、2018年着工、橋梁部分は明2022年3月竣工予定、同年6月末までにはアクセス道路を含め開通予定です。開通式には中国要人の来訪も予想されます。

困った時の中国

 7月28日夜、この橋の165ある鉄鋼のパーツの最後の一つが組み入れられ、連結された橋梁部を、プレンコビッチ首相、ヤンドロコビッチ議会議長を先頭に、ヘルメットをかぶった関係者がぞろぞろと歩き、その様子は、国営テレビで生中継されました。テレビ画面手前では、ザクレブ大学の土木工学部長が、工程を振り返るなどして解説、午前零時を過ぎると空いっぱいの花火です。与党HDZ(クロアチア民主同盟)の党員ばかりが参加した、という批判は翌日主要紙にも現れましたが、国土が繋がることは一般に評価されているようです。
 プレンコビッチ首相は橋の上で、三百年来の問題が解決したと達成感を吐露する演説を行い、このプロジェクトは中国との間で切っても切れない絆を構築するものである、と述べました。他方、工事を請け負った中国路橋工程有限責任公司の人が実況番組に若干登場したものの、駐クロアチア中国大使が現場に立ち会うことはなかったようです。また、欧州委員会からクロアチア出身の委員が参加しましたが、周辺国やEU加盟国から公の祝辞が届くこともありませんでした。

竣工を控えたペリェシャツ橋
(筆者撮影)

 ザグレブの中国大使館のHPには、28日付で中国大使の「ペリェシャツ橋の連結を祝うビデオ会議における挨拶」が掲載され、このプロジェクトは中国とクロアチアの外交関係樹立(1992年)以来最大の交通インフラ案件であると同時に、中国・クロアチア・欧州の三者協力の旗艦である、EUから建設コンサルティング企業8社、建設企業17社、機材サプライヤー86社、及び環境保護企業が参加、クロアチア側も建設に貢献、これらは全て、習近平国家主席が提唱する、共同協議・共同建設・共同享受という「一帯一路」協力の原則の好例である、等々とあります。
 一帯一路は、グローバルなインフラ輸出構想として中国が2013年打ち出したものですが、高利の借款が売り込まれて返済不能に陥る事例などが批判の対象となって来ました。クロアチア政府は、このプロジェクトは、EU基金によるものであり、その心配はない、と言明しています。中国の公社は、2位のイタリアとトルコのコンソーシアム、3位のオーストリア企業より低価格で落札したのですが、これはダンピングで、自由競争に反するのではないか、という批判もありました。何れにしても、初めて落札したEU基金のプロジェクトに、中国が威信をかけて先端技術や資金をつぎ込んだとすれば、これは自然なことでありましょう。
 なお、上記の中国大使のメッセージは、コロナ禍の下、工期に間に合わせたことを自賛してもいます。当地紙の報道によれば、昨年5月時点で600人の建設作業員が工事に従事、中国路橋工程有限責任公司は、同年7月、チャーター便を手配して溶接工等150人の労働者を連れて来て、14日間の自主隔離の上就労させました。部品である軸受溝の品質管理のためクロアチアからもエンジニアが中国に渡航するなど、二国の間で技術的な共同作業や交流が応札の前から完工までかなり緊密に行われた趣です。

欧州の一帯一路「16+1」

 その機会にプレンコビッチ首相は中国の李克強首相を工事中のペリェシャツ橋に案内したのですが、2019年4月、第8回「16+1」会合が、ドロブニクで開催されました。「16+1」は、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア(当時))、ヴェシグラード4カ国(ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー)、ルーマニア、ブルガリア、そして旧ユーゴのスロベニア、クロアチアというEU加盟11カ国、さらにEU未加盟の西バルカン5カ国(セルビア、モンテネグロ、北マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルバニア)の計16カ国首脳が、中国の首相を交えて会合するフォーラムです。2012年以来毎年、これら諸国が(2014年の蘇州を除き)順番にホストしています。2019年ギリシャが参加表明したので、「17+1」となりましたが、その後本年リトアニアが離脱を表明しました。
 第9回「17+1」は、本年2月、オンライン形式で習近平国家主席が参加して開催されましたが、首相でなく閣僚級が参加する国もあった中、プレンコビッチ首相は自らフル出席した由です。首相は2018年に訪中しており、ヴァーチャルを含めれば、6、7回中国と首脳会談をしています。

三海域イニシアティブ(Three Seas Initiative, 3SI)

 3SIは、2015年に、クロアチアのコリンダ・グラバル=キタロビッチ大統領(当時)と、ポーランドのアンドレイ・デゥダ大統領の合意で提案され、第一回は2016年ドブロブニクで開催(第11回ドブロブニク・フォーラム)、メンバーは、前述の「16+1」加盟のEU11カ国にオーストリアを加えた12カ国です。エネルギー、運輸・交通、及び通信の分野のインフラを整備して、バルト海、黒海、アドリア海という三つの海に囲まれた中東欧・バルカン地域の南北の連結性を強化し、欧州における東西の格差を減らすというのが目的です。
 例えば、アドリア海のより北に位置するクルク島には、液化天然ガスのターミナルが造られましたが、ポーランドの既存のターミナルと繋ぐことにより、中東欧諸国のロシア産天然ガスへの依存が軽減されることになります。米国の駐クロアチア大使は、これができて本当によかったと言って昨年末離任して行きました。クルク島を沖に見る、海上輸送の拠点リエカ港の使用権のプロジェクトには、中国の応札が報じられましたが、その後仕切り直しとなり、結局オランダに拠点を置くデンマークのコンテナ会社とクロアチアの国内企業のコンソーシアムが落札しています。
 2020年に就任したゾラン・ミラノビッチ大統領は3SIに熱心でなかったと報じられており、クロアチアにとってこのイニシアティブは、大統領案件から首相案件に移っているようです。プレンコビッチ首相は、今年7月8,9日にブルガリアのソフィアで開催された第6回首脳会議に、各国大統領に混じって参加しました。その直後にドブロブニクに飛び、9日夜フォーラムのガラ・ディナーを主催、翌日キーノート・スピーチをしました。3SIは、米国やドイツ、EUがパートナーとなっており、投資基金も創設されています。ソフィアでの首脳会議でプレンコビッチ首相は、全ての参加国が望んでいるのはより良いインフラ、エネルギー及びデジタル接続であり、ここにおいては米、独、仏、英、日本の強力な支援が特に必要であると述べました。ソフィア会合には宇都外務副大臣がビデオで出席、3SIへの日本の関心を表明しています。

ドブロブニク・フォーラム

 周辺国や主要国の閣僚や官僚を招いて、時の国際問題を話し合うこのフォーラムは、2006年からほぼ毎年、今年第14回は7月9、10日、青い空と海に囲まれ、開催されました。キーノート・スピーチにおいてプレンコビッチ首相は、去年のパンデミック発生直後、医療用保護具の不足に直面し、李克強首相への電話一本で助けてもらったと述べました。世界の観光客の安全な行き先となることは、観光業がGDPの4分の1を占めるこの国にとり死活問題です。遅れたEU認知のワクチンの到来を待って、中国からワクチンこそ調達しませんでしたが、医療保護具は大量に購入、これが基礎産業の崩壊を防ぐのに貢献したと言うわけです。

ドブロブニク祭開会式展でルジャ広場の時計塔に上がる旗(筆者撮影)

 フォーラムの第一パネル「パンデミック後の世界の地政学を解く」は、EU、米国、ロシア、中国が新しい国際秩序の形成に共通の土壌を見いだせるかという議題でした。「EU、三海域イニシアティブと17+中国:中東欧諸国の経済成長と社会開発を如何に支援するか」と題するパネルでは、欧州の対米・対中協力のために、中東欧諸国はどのように役立つか、という設問に対して、バルト三国やポーランドの外務大臣や副大臣、米国のバルカン担当次官補、カナダの欧州担当大使等が、発言していました。中国とロシアはフォーラムに招待されていたものの、参加者を送りませんでした。
 ドブロブニク・フォーラムに先立つ5月27日、中国の楊潔チ・共産党中央政治局委員が来訪し、プレンコビッチ首相と会談。主な議題は、交通インフラの建設、再生可能エネルギーへの投資、北京―ザグレブ間の直行便、そして「16+1」への支持であったと報じられました。同じ27日、台湾・クロアチア・ビジネス会議がクロアチア経済会議所、中華民国国際経済合作協会(CIECA)及び台北市進出口商業同業公会(IEAT)の共催により、オンライン形式で開催された、とクロアチア国営通信が報じています。ドブロブニクの標語は、リベルタス(自由)です。グローバルな覇者の間を泳ぐこの国の生き様は、その昔バルカン地域の覇権勢力を手玉にとって生き延びたドブロブニクのそれと、重なるように思えるのです。