ウクライナ大統領訪米とその意義(英米メディアの視点)


外務省参与、和歌山大学客員教授、元駐グアテマラ大使 川原英一

はじめに
 ゼレンスキー大統領が昨年末(12月21日)に米国をサプライズ訪問したことは、いまだ記憶に生々しい。戦時下にウクライナ最高指導者がリスクを冒して、米国を訪問し、約10時間の米国滞在中に、バイデン大統領との首脳会談と共同記者会見、米議会主要議員との懇談、議会演説を行い帰国している。 ウクライナ大統領に対しての米国の対応、米議会と国民にどのようなメッセージが届いたのか、ゼレンスキー大統領の訪米の意義を英・米メディアの視点から取り上げ、若干の個人的印象を付け加えたい。

 ゼレンスキー大統領は、昨年2月24日にロシアがウクライナへ軍事侵攻開始後の10カ月間、戦時下にあるウクライナを一度も離れたことはなく、その代わりにNATO諸国の首脳などが、また、ペロシ米下院議長(当時)、ブリンケン米国務長官、オースティン同国防長官らが相次いで首都キーフを訪問している。今年1月6日には、岸田総理とゼレンスキー大統領との電話会談の折、同大統領が岸田総理に対してウクライナへ招待したことが報じられている。

偉大な指導者
 英エコノミスト誌12月21日付電子版(注1)は「ゼレンスキー大統領自らがワシントンへメッセージを届ける(Volodymyr Zelensky brings his message to Washington)」との見出し記事で以下報じている。
-首脳会談が行われた米ホワイトハウスでは、バイデン大統領は、赤絨毯でゼレンスキー大統領を歓迎し、「偉大な指導者(great leader)」と呼び、ウクライナ人が「世界を鼓舞(inspire the world)」し続けていると発言。また、ウクライナの自衛能力、特に防空能力強化への支援など、18億5千万ドルの追加拠出を表明し、米国は必要な限りウクライナと共にあることを強調した。
 これに対し、オリーブ・グリーン色の軍服に身を包んだゼレンスキー大統領は、米国の支援に深甚な感謝を表明しつつ、さらなるウクライナ支援を求めた。

-米議会で演説を行うゼレンスキー大統領は、議場内から何度も沸き起こるスタンディング・オベーション(満場総立ちで拍手)で迎えられた。自ら英語でスピーチを行い、すべての米国人に感謝の言葉を述べ、ウクライナは「健在である」と語った。また同演説の中で、米独立戦争当時や第二次世界大戦当時の米国を想起させ、ウクライナの「独立戦争」とその「絶対的勝利」を力強く表明したスピーチは、感動的であり期待を裏切らないものであった、と報じている。
注1 https://www.economist.com/united-states/2022/12/21/volodymyr-zelensky-brings-his-message-to-washington

バイデン大統領の共同記者会見発言
 米・ウクライナ両国首脳会談後の共同記者会見では、バイデン大統領からウクライナへの支援継続について、以下の注目発言があった。

-(昨年2月の)ロシアによるウクライナへの軍事侵攻以来、戦時下にあるウクライナから大統領による初めての外国訪問は、プーチン(大統領)が、罪なきウクライナの人々、子供たちの生活を困難にするためエネルギー重要インフラを標的とする残忍な攻撃をエスカレートさせている最中に敢行された。プーチンのウクライナでの行動は言語道断なものだ。

-同大統領の米国訪問は、ロシアのウクライナ侵攻から300日の節目に当り、ウクライナの人々がこの期間にロシア及び世界に示してくれたのは、ウクライナ人の鋼(はがね)のような精神(backbone)、自国への愛、そして自らの断固たる決意であった。

-他方、プーチン(大統領)は、(野心の達成まで)この残酷な戦争を止めるつもりがないと我々は知っている。 勇敢なウクライナの人々が、ロシアの侵略から自国を守り続けることができるよう、米国は必要な限り尽力していく。何故なら、ウクライナの戦いは、もっと大きな戦いの一部であることを、骨身にしみて理解しているからだ。自由と民主主義、そして主権と領土保全の基本原則に反する、あからさまな攻撃を前にして、我々が傍観すれば、世界は確実にもっと悪い結果に直面する。

-米議会のウクライナ支援への超党派支持に感謝する。 また、ウクライナへの追加支援を含む450億ドルの包括法案に署名できることを期待する(筆者注:直後に議会承認を経て署名)。米国が供与予定のウクライナにとり重要な安全保障を強化する機材には、ウクライナが必要とするパトリオット地対空ミサイルや今後数カ月間の戦闘に必要となる大砲、戦車、ロケットランチャー用の弾薬の供給などを含む。
(※参考:バイデン大統領発言全文https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2022/12/21/remarks-by-president-biden-and-president-zelenskyy-of-ukraine-in-joint-press-conference/

ゼレンスキー大統領の米議会演説 
 米上下両院合同議会での演説の際、同大統領は英語で演説を行い、すべての米国人への感謝の言葉を述べた上、当初の予想に反し、ロシア軍によるウクライナ占領地の一部を奪還するなどウクライナは「健在だ(alive and kicking)」と語り、議場にいる議員、TV放映をみる米国民に米国独立戦争当時や第二次世界大戦当時の米国による行動を想起させ、ウクライナの独立をかけた戦いで絶対的勝利を収めるとの信念を語った。ゼレンスキー大統領が訪米する前日に、ドンバス地方バフムトの前線を訪ねた際、米議会への贈り物として受け取ったウクライナ兵士サイン入りのウクライナ国旗を議場で手渡し、下院議長から返礼に、同演説の日に議事堂ビルに掲揚されていたアメリカ国旗が贈られた。
(※参考:ウクライナ大統領の議会演説動画https://www.c-span.org/video/?525000-1/ukrainian-president-zelensky-address-joint-meeting-congress

 元TV俳優でもあったゼレンスキー大統領は、外国の政治家に遠隔地からアピールすることに長けており、米国(昨年3月)、日本、欧州の主要国議会へ特設スクリーンを通じてウクライナ支援を度々呼び掛けている。今回の同大統領による米議会演説では、米国の第二次大戦参戦当時の米大統領の言葉などスピーチに織り交ぜ、聴衆に合わせて巧みに発言内容を変えている。ゼレンスキー大統領の演出と相まって、感動的スピーチとなっていたとメディアが報じている。

 12月22日付BBC電子版は、23年1月から下院の主導権を握る共和党(※筆者注:1月に入り下院議長に選出されたマッカーシー議員)から、11月の中間選挙の公約として、ウクライナ支援に白紙委任はしないとの警告があったこと、また、共和党有権者のウクライナ支援への支持率が、22年11月米世論調査では、共和党有権者の半数強がウクライナ支援を支持し、同年3月の世論調査の同党有権者の支持率80%から相当減少したと報じた。

 他方で、隣国ポーランドから米軍機で渡米したゼレンスキー大統領は、「米議会がどう変わろうとも米議会から超党派支持が得られると信じる」と語っており、又、同大統領の議会演説の際、僅かな共和党議員を除き、ほぼ全議員から、スタンディング・オベーションが18回も繰り返され、その度に演説が中断されたとBBCが報じている(注2)。
注2 https://www.bbc.com/news/world-us-canada-64060437

米議会演説の評価
 12月22日付BBC米国版(注3)は、ゼレンスキー大統領による同21日の米議会演説について、1941年12月に第二次大戦の戦時下にあるチャーチル英首相が米議会で行った歴史的演説に匹敵すると報じている。チャーチル首相の米議会演説から81年後、戦時下のウクライナから最高指導者が、危険な国外への旅を米軍支援の下で敢行し、米議会で直接にウクライナへの支援を求めたこと、また、ゼレンスキー大統領を米国に招待したペロシ下院議長が、同大統領の議会演説前に「歴史的指導者が戦時下に米議会で演説する」、「民主主義そのものが危機に瀕している 」と語った旨報じている。

 さらに、ゼレンスキー大統領の演説では、チャーチル首相に直接に触れなかったが、第二次世界大戦当時との比較で同演説を締めくくり、「今日、この議場に立って、私はフランクリン・ルーズベルト大統領と戦争のことを思い出す。米国民と、正義の力により絶対的勝利を勝ち取るだろう」と述べたと報じながら、他方で、チャーチル英首相が演説した当時と比較すれば、現在の米連邦議会の方が遥かに分断されていて、ウクライナへの多額の軍事・財政支援に反対する共和党員が増えているとも報じている。
注3 https://www.bbc.com/news/world-us-canada-64059777

 12月24日の米国公共放送(PBS)対談番組(注4)は、同大統領の議会演説の意義につき、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙コラムニスト及びワシントンポスト(WP)紙副編集委員に聞いており、この中で、

-NYT紙コラムニストは、ゼレンスキー大統領の米議会演説を聞く両院議員の様子に注目してみていたところ、極めて少数議員を除き大多数の議員が何度もスタンディング・オベーションを繰り返し、ウクライナ国旗の色の黄色と青色をあしらった洋服を着た議員がおり、「ウクライナの戦いは、米国独立戦争の際の自由と人間の尊厳を守る、権威主義(authoritarianism)との戦いだと訴え、米国が世界のなかで何者であるべきかを想起させ」、「米国民に感動とウクライナへの連帯・支持の気持ちを高揚させて大きな成果(triumph)を挙げた」と評価している。

-WP紙副編集委員は、英チャーチル首相の81年前の米議会演説に触れて、戦時下にあるウクライナへの支援継続を求めるゼレンスキー大統領を現代のチャーチルとして米国民に強く印象づけ、失われつつあるとは言え、未だ米国が世界で指導力を発揮する必要があることを想起させてくれた、と評価している。
注4https://www.youtube.com/watch?t=14&v=-Clz0LHtjgM&feature=youtu.be

 12月22日付米主要紙WSJ紙社説(注5)は「ゼレンスキー(大統領)はもっと米国から支持されるべき(Zelensky Deserves More U.S. Support)」との見出し入りで、以下見方を述べている。

-「クレムリンの独裁者が何をするかは予測できないが、この戦争から学んだことは、ロシア軍は多くの人が思っているより、はるかに手ごわくないということだ。少ない兵力と火力にもかかわらず、ウクライナ軍は多くの犠牲者を出しながらロシアと戦い膠着状態にある。ウクライナの粘り強い戦いは、ウクライナのためだけでなく、米国の利益にも貢献している」

-「もし、プーチン(大統領)や米情報機関が予想したように、数日のうちにロシアが首都キエフに攻め込んでいたら、世界はどうなっていたか、考えてみる価値はあろう」と問いかけ、「次にモルドバがロシアに陥落し、バルト三国の一つや二つもプーチンの視野に入っていたであろう。NATOはプーチンの怒りを恐れてどう対応するかで分裂し、フィンランドやスウェーデンの加盟申請のことも忘れてしまうだろう。西ヨーロッパ全体がロシアによるエネルギー供給の恐喝にさらされ弱体化していただろう」

-「プーチン(大統領)の戦略は、ウクライナ国民を痛めつけ、西側諸国に経済的コストを押し付け、民主主義を凌駕する(outlasting the democracy)ことにある。 ゼレンスキー大統領とウクライナ人は米国による継続支援に値する。戦争を終わらせる最も早い道は、ウクライナに出来るだけ早く勝てる武器を提供することだ」、「すべての戦争は何らかの交渉で終わるが、プーチンは自分が出す条件以外で交渉するつもりはない。ウクライナの領土回復が、早く、劇的であればあるほど、ロシアがこの悲惨な戦争を見直すかもしれない。」
注5https://www.wsj.com/articles/volodymyr-zelensky-goes-to-washington-ukraine-vladimir-putin-russia-war-biden-administration-11671661698?mod=MorningEditorialReport&mod=djemMER_h

 英エコノミスト誌(注6)も、もしプーチンがウクライナを征服していたら、次はモルドバやグルジアを攻撃し、バルト諸国を脅かしていたかもしれないとの見方を示しつつ、他方、現実には、ウクライナが、弱者のいじめっ子、それも巨大ないじめっ子(ロシア)に立ち向かえることを証明し、また、台湾など略奪的な隣国を持つ地域や世界中の抑圧された人々に感銘を与えている、との見方を述べている。
(注6: https://www.economist.com/united-states/2022/12/21/volodymyr-zelensky-brings-his-message-to-washington

 米主要紙WSJ紙12月22日Podcast(注7)が伝えた同紙政治コラムニスト達の同大統領の議会演説の評価の中では、以下3つの点が、特に興味深い。

―(世界の安全保障への投資)
 自由を守り、国際法を守るため、そして国境は侵すことが出来ないことを侵略者(ロシア)に証明するための戦いというゼレンスキー大統領の主張は正しい。米国がウクライナへ多額の財政支援と軍備を供与しており、同大統領が繰り返して感謝の言葉を述べるのは重要であろう。他方、同大統領が述べたように、ウクライナ支援は米国にとり慈善活動(charity)ではなく、世界の安全保障への投資であろう。プーチン(大統領)は帝国主義的拡張の野心を抱いており、それがNATO諸国に波及して、米国が行動を起こさざるを得なるのを、くい止めるためにウクライナが戦っている。従って、同大統領の主張は正しばかりでなく、米国の国益に適う。

―(忘れてはならない)
 過去10か月間、米国を含めNATO諸国の支援を得ながら、ウクライナ軍は10万人以上のロシア軍を殺傷し、8千台のロシア装甲車・戦車・装甲兵員輸送車輛・大砲、航空機を数百機、艦艇の損失等が確認されており、ロシア側通常兵力の半分近くを破壊したことにもなる。ロシアは世界最大級の敵の一つであり、米国にとり災いである中、この戦果は驚異的である。米議会はウクライナ支援として新たに450億ドル(約6兆750億円)を拠出予定である。他方、米議会が承認予定の米国防予算は8380億ドル(約113兆円)である。2023年のウクライナへの米国の支援額は、米国防費の約5.4%に相当する。ウクライナは、米国にとり最大の脅威のひとつのロシアに対し、米国防費の一桁台の支援で、しかも米兵の命が失われない形で戦っていることを忘れてはならない。

―(ウクライナの根本的懸念)
 ウクライナの絶対的な勝利が目標だとのウクライナ大統領の主張は正しい。ウクライナが抱く懸念は、2014年にロシアがウクライナ国内ドンバス地方で分離主義的動きを可能にさせ、国際的圧力による和平調停が急遽行われた際の経験から得た。この和平調停の結果、ロシアは時間を稼ぎ、装備を整え、好機と判断した22年2月に再びウクライナへの侵攻を開始した。もし、ウクライナが自国領土を取り戻すことができず、ウクライナの勝利を前提としない交渉による和平が成立した場合、プーチンが再び同じことをする可能性がある。これこそ、ウクライナにとっての根本的な懸念であろう、と述べており、いずれも的確な指摘だと感じる。
(注7https://www.wsj.com/podcasts/opinion-potomac-watch/zelensky-in-washington-trump-tax-returns/d448ac3e-8dea-404c-88ca-958ef8326af3)

最後に
 ウクライナ大統領が昨年末に米国をサプライズ訪問した時期は、同年11月上旬に実施された米中間選挙後、米議会の過渡期の時期にあり、これまでウクライナ支援に米議会が超党派で支持していたが、今年1月から共和党が下院の過半数を占め、また、下院議員80数名が入れ替わる中で、ウクライナへの多額の支援を継続することに懐疑的な声が高まる可能性が報じられていた。

 バイデン大統領は、ウクライナ支援継続のため連邦議会と米国世論を味方につける上から、ウクライナ大統領による米国訪問を実現させ、米国はそのうちウクライナ支援から手を引くとのプーチン大統領の思惑に相反して、米国のウクライナ支援は今後も揺るぎないとの姿を示そうとしたのではなかろうか。

 他方、ウクライナ領土外への戦線の拡大は、プーチン大統領を過度に刺激することになりかねず、ウクライナが求めた射程距離の長い攻撃兵器の供与は避けつつ、ウクライナ防空能力の強化のための地対空迎撃ミサイル供与に踏み切り、NATO諸国と結束しつつ、ウクライナ支援を継続したいとの思いがあったと思われる。

 ウクライナ側としては、NATO諸国の中で最大の支援国である米国を劇的に訪問し、最高指導者が直接に米議会に出向いてウクライナへの継続的支援を最大限アピールすることで、自国領土と独立の保全に向けた本年のロシアとの戦いで勝利するには、米国による最大限の支援が必須であったと思われる。

 さらには、バイデン大統領は、民主主義を守る戦いを続けるウクライナへの支援を継続して、プーチン大統領の拡張主義的野心を阻止し、また、ロシアと制限なき(limitless)協力関係を維持する中国が、今後、台湾などインド太平洋地域で類似の行動をとることを牽制する上からも、戦時下のウクライナ最高指導者が訪米し、ウクライナへの支援継続の重要性を米議会と米国民に劇的な形で訴えてもらい、ロシアと戦うウクライナへの米国支援に最大限の支持を確保する狙いがあったのではないかと思われる。

(令和5年1月11日記)