ウクライナの原子力発電所に対するロシア軍の攻撃についての考察


元広島市立大学准教授 福井康人

 2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵略の戦火は、首都キエフをはじめウクライナ全土に広がっている。日本を含むG7は3月11日付けの首脳声明で、「ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領の選択により始められたウクライナという主権国家に対する軍事侵略及び戦争に敢然と抵抗しているウクライナ国民及び同国政府を支持し」続けることを引き続き決意すると毅然とした態度を表明している。更に、「学校、家 庭、病院における文民に対するますます無差別になっている爆撃や砲撃などを通じて、このいわれのない不当な攻撃は、多大な苦痛と悲劇的な人命の損失」を引き起こしていることを指摘している(注1) 。事態は日々変化し、ロシアの指導者の焦りや精神分析を報じるものもある中で、ゼレンスキー・ウクライナ大統領は徹底抗戦を呼びかけている。

 なお、本題から逸れるが、筆者は偶々ルーマニア語研修者でモルドバ語も理解出来るため、隣接するモルドバ共和国のメディアや英語や仏語の報道を経由して情勢を見ている。モルドバは戦前にドイツに協力する旧ルーマニア軍に首都キシナウを攻略され、ロシア軍は退却時に戦略的建築物等を占領軍に利用させないように爆破して退却している。このため、モルドバ共和国の新しい鉄道網は旧ソ連同様に広軌軌道であり、航空戦力でなく鉄道網も実は侵略経路になる弱点がある。更に、沿ドニエストル地域にはかつての旧ソ連第14軍退役軍人が多数入植しているので、モルドバにはウクライナ東部地区「共和国」に非常に類似したロシア系住民が実効支配をしている地域もあり、モルドバ政府も気が気でないようである。このため、早々と「中立国」を宣言するとともに、米国副大統領等の西側高官の訪問を得て、支持を取り付ける一方で、ウクライナからの戦火を避けての「難民」も既に多く入国し、更にルーマニア、ハンガリーを経由して西欧に避難している由である。当然のことながら、ポーランド経由で避難する人も多く、現時点では西部ウクライナにはロシアの攻撃が限定的なため、人道支援等の目的でウクライナに向かう人とともに国境地点はかなり混雑した様子がネット経由で観察できる。

 そのような中で、かつて大事故になったチェルノブイリ原子力発電所に2月24日に「正体不明の武装勢力」により石棺化施設の周辺にある無人化区域で戦闘行為が発生した。構内を車両が移動したため空中放射線量上昇がモニタリング・ポストにより検知されたものの致命的な損傷は免れた。グロシーIAEA事務局長は「最大限の抑制」を呼びかけるとともに、2009年IAEA総会の決定を引用して、「平和的利用に供される原子力施設に対するいかなる武力攻撃も国連憲章、国際法、IAEA憲章の原則に違反するものである。」とIAEAの立場を表明し、又IAEAではこの事案を受けて3月1日にウクライナ情勢についての緊急特別理事会が開催された。今度は、3月4日、ザポリージャ原発の攻撃があり、不幸中の幸いではあるものの、運転中の原子炉の損壊は免れたものの付属施設が攻撃を受けて、原子炉のモニタリング・ポストの情報転送も停止したままであり、さらに3つ目の原子力発電所の攻撃も噂されている。ゼレンスキー大統領は徹底抗戦を呼びかけ、他方でプーチン大統領も強気であり、今後さらに原子力施設が攻撃を受ける可能性があり、極めて危険である。

 では今回の原子力発電所の攻撃と国際法との関係についてはどうであろうか。
先ず、3月末に関連運用検討締約国会議が予定されている核物質防護条約改正との関係であるが、同条約は非国家主体によるテロ行為を想定したもので、国家による武力紛争の除外規定が置かれている(注2) 。同改正条約第1条Aに「(前略)、当該核物質及び原子力施設に関連する世界的規模で犯罪を防止し、並びに当該犯罪と世界的規模で戦うこと、並びにこれらのことを目的とする締約国間の協力の促進を容易にすることにある。」と規定しており、同条約はあくまでも核物質の詐取等を防止するためのテロ防止条約であり、警察等の実力による排除が想定されており、武力紛争は同条約の適用範囲外となっている。

 次に、国連憲章との関係では、先ず武力行使の禁止を定めた国連憲章第2条4項が関係する。即ち、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」との規定に抵触する。これは主に有形力による武力の行使を念頭に置いたものと解釈されているが、最近はやりのサイバー攻撃も物的損壊を引き起こす結果となった場合は適用し得るとみる解釈が増えている。この条項については「国連憲章の金字塔」であると高く評価する意見もあるが、国際社会の非条理な現実の中でその実効性の確保には困難が伴っている。現実には「国内問題」として適用されない場合や、ロシアのように正面から挑戦する国家があっても安保理で拒否権を有していると、安保理のメカニズムが十分に機能しないのも事実である。

 さらに、文民保護の観点から見ると、ジュネーブ諸条約第1追加議定書第56条(注3) 及び同57条の適用が考えられる。国際赤十字委員会の解説文書によれば、先の大戦中にライン河のダムを破壊して、下流住民を溺死させ、農地も耕作不能にしたという事例があり、その類推で原子力発電所に関する規定も同議定書に挿入されたが、実際に武力紛争時に原子力発電所が攻撃されたのは今回が初めての事例である。例えば、Kolbジュネーブ大学教授は大量の放射性物質が放出されるので、第57条の規定する文民・戦闘員の区別等の予防原則は実施できず、原子力発電所の攻撃は、2項(b)の例外規定があっても事実上禁止されているとしている(注4) 。

 最後に、IAEA憲章との関係では様々な見方があり得るが、憲章第2条は「機関(IAEA)は、全世界における平和、保健及び繁栄に対する原子力の貢献を促進し、及び増大するように努力しなければならない。機関は、できる限り、機関がみずから提供し、その要請により提供され、又はその監督下若しくは管理下において提供された援助がいずれかの軍事的目的を助長するような方法で利用されないことを確保しなければならない。」と設立目的を定めており、原子力発電施設の攻撃はダーティ・ボム(放射性物質を拡散する爆弾または装置)として軍事目的で使用されかねないので、IAEAの設立目的に反する。

 このようにロシアによるウクライナ侵略は力による一方的な現状変更の試みであり、国際秩序の根幹を揺るがす違法な行為である。国際人道法等の重大な侵害も発生しており、日本がウクライナの事態に関する国際刑事裁判所(ICC)への付託 (注5)を行ったのは極めて正しい対応である。その関連で、3月4日の官房長官会見において、日本でこのような事態が起きると、国民保護法等の適用される事態になり、原子力発電所がミサイル攻撃を受けた場合には、「海上自衛隊のSM3搭載のイージス艦による上層での迎撃と、航空自衛隊のPAC3(地対空誘導弾パトリオット)ミサイルによる下層での迎撃を組み合わせ、多層防衛により対処する」(注6) ことに言及したのは、現行憲法の範囲内で、通常の核セキュリティを超えた、非常事態対処時の対応を明確化したものとして評価しうる。

(注 1)G7首脳声明(和文仮訳)at https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100315216.pdf (as of 13 March 2022)

(注2 )改正核物質防護条約第2条4項(b)は、「国際人道法の下での武力紛争法の活動とされている活動であって、国際人道法によって規律されるものは、この条約によって規律されない。(以下略)」と規定されている。なお、核テロ防止条約第4条2項にも、類似の除外規定が置かれている。

(注 3) ジュネーブ諸条約第1追加議定書第56条(危険な威力を内蔵する工作物及び施設の保護)は以下のとおり規定する。
「1 危険な威力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、それらのものが軍事目標である場合にも、その攻撃が、危険な威力を放出して、その結果文民たる間に、重大な損失を生じさせる場合には、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又はその直近地域に所在する他の軍事目標は、その攻撃がこれらの工作物又は施設から危険な威力を放出させその結果文民たる住民の間に重大な損失を生じさせる場合には、攻撃の対象としてはならない。
2 1に規定する攻撃からの特殊保護は、次の場合にのみ、消滅するものとする。
(a) ダム又は堤防については、それが通常の機能異常の目的でかつ軍事行動を恒常的、重要な及び直接の支援を行うために使用されており、それに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合
(b) 原子力発電所については、それが軍事行動を恒常的、重要な及び直接の支援を行うために電力を供給しており、それに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合
(c) これらの工作物は施設の場所又はその直近地域に所在する他の軍事目標については、それが軍事行動を恒常的、重要な及び直接の支援を行うために使用されており、それに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合。
3 文民たる住民及び個々の文民は、すべての場合において、第57条に規定する予防措置の保護を含めて、国際法が与えるすべての保護を引き続き享有する権利を有する。保護が終了し、1に規定する工作物、施設又は軍事目標が攻撃される場合には、危険な威力の放出を避けるためにすべての実際的な予防措置をとらなければならない。
4 1に規定する工作物、施設又は軍事目標を復仇の対処とすることは、禁止する。」

(注4 ) Robert Kolb, Ius in bello. Le droit international des conflits, Helbing Lichtenhahn .2010, p.289.

(注5 )報道発表「ウクライナの事態に関する国際刑事裁判所(ICC)への付託」
at https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press3_000751.html (as of 13 March 2022)

(注6)「原発攻撃、ミサイルで迎撃/松野官房長官」時事通信(注:質疑応答の録音部分にあり)
at https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030401286&g=pol (as of 13 March 2022)