アフガニスタン和平と日本及び国連;そして日本と国連


前国連事務総長特別代表・国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)代表
山本 忠通

 アフガニスタン人同士の和平のための直接対話が9月12日にカタールのドーハで始まった。歴史的な日である。1979年のソ連の侵攻に端を発し40年以上続いたこの紛争は、多くの犠牲者をもたらした。アフガニスタン人だけではない。2001年9月11日のタリバンにかくまわれていたアルカイーダによる米国同時多発テロ事件では、日本人を含む多くの人が犠牲になった。それから更に20年近く、犠牲者は増え続けた。2009年に国連が統計を取り始めてから民間人だけで死傷者は10万人を超えた。戦闘員を含めるとその何倍になる。米国にとっては関与した最も長い戦いとなった。
 紛争が続く中、和平へ向けての努力は種々模索されたが、転機をもたらしたのは、2017年8月の米国トランプ政権の政策転換であった。タリバンを交渉相手にしない政策が転換され、翌年9月には、アフガニスタン生まれで米国連大使を務めたハリルザード氏が特使に任命され、タリバンと米国の直接交渉が開始された。交渉は紆余曲折を経たが、2020年2月29日に合意が署名された。

タリバンと米国の直接交渉
 米国とタリバンとの直接交渉開始までに時間を要したのは、両者の紛争に対する根本的認識が違っていたからである。タリバンは、政権を追われて以来一貫して米国とそれに率いられた多国籍軍を「占領者」と位置づけ、その撤退を旗印に掲げ、ジハードを展開するとの建前を取ってきた。私との定期的な対話の中でも、「米軍の撤退こそが和平プロセスを開始するために不可欠であり、最初に合意されねばならない」と主張してきた。これに対し米政府は、オバマ政権末期に非公式にタリバンとの接触を行い、捕虜の交換を行った以外は、基本的にこの紛争はアフガニスタン人同士のもので当事者同士の話し合いで解決すべきものとし、タリバンだけとの交渉を拒み続けてきた。私は、タリバンとの度重なる接触を通じ、その立場が極めて固いことを感じ、国連として米政府に対して、タリバンと直接対話を行うことを一貫して促してきた。

ガーニ大統領の無条件交渉開始の呼びかけ
 アフガン政府の果たした役割も忘れてはならない。2018年2月ガーニ大統領は、和平のための第二回カブール会合でタリバンに対し無条件で和平交渉に入るように呼び掛け、その後の和平への動きへと繋がっていく。これは、アフガン政府にとって容易な決断ではなかった。前年5月31日、カブールの外交団コンパウンド入口の検問所で2トンの爆薬を積んだ大型トラックが自爆した。アフガン民間人百数十名が一度に命を落とした。負傷者は1000人を超えた。この傷跡が消えない中、和平会合は開かれた。テロに対する激しい怒りと、その実行を阻止しようとしないと見られた周辺国への憤りが渦巻いていた。国連は、会合の準備にあたり政府高官や各国大使と連絡・協議を重ね、建設的な結果に導くようガーニ大統領と会議の成果につき何度も打ち合わせ、成功に向けて粉骨砕身した。ガーニ大統領の呼びかけは、その年6月の断食明け祭(Eid)の際の三日間の停戦をもたらし、ハリルザード特使の直接交渉へと繋がっていった。

軍事的側面:紛争は話し合いによって解決しなければならない
 紛争の軍事的側面を見ると、2005~2006年頃より南部及び東部を中心に徐々に勢力を盛り返したタリバンとアフガニスタン政府軍との戦いは、米軍を主体とする多国籍軍の政府軍への支援にも拘わらず、お互いが相手を完全に屈服させることができない膠着状態に陥った。和平を研究する者の間で良く知られている、所謂“Mutually Hurting Stalemate”に陥ったのである。私は、政府側、タリバン側の関係者との多くの対話の中で、誰からも「この戦争は勝てない」という明示的な言葉は聞いたことがない。しかし、両者とも「この紛争は話し合いによって解決しなければならない」と発言するようになった。これは彼らが“Mutually Hurting Stalemate”を感じていることの表れといえるだろう。

近隣諸国及び主要関係国の支持
 紛争解決のために最も大事なことは、いうまでもなく、当事者、この場合は、アフガニスタン政府、より正確には共和国側とタリバン双方の真摯な和平への意志と努力である。しかし、アフガニスタンのように長く続く紛争では、複雑に絡み合う要因を解きほぐすために、近隣国と主要関係国の和平へ向けての積極的な協力も不可欠となる。アフガニスタンは周りを六か国に囲まれている。国境線は長く、山岳地帯も多い。完全に往来を抑えることは困難である。国境を越えた所謂セーフ・ヘイブン、訓練基地、医療手当など、人、武器弾薬を含む物資、資金の出入りについて、国境の双方からお互いへの不信感がある。
 国境を接している国々にとり、アフガニスタンの状況は、自国の安全保障に直結する。加えてアフガニスタンは、地政学上重要な位置を占めており、その為に歴史上大国の介入を招いてきた。ハリルザード特使は、タリバンとの直接対話を始めて以来、これら近隣・周辺諸国に丁寧な根回しを行ってきた。国連は、カブールでそのための会合を複数回主催した。関係国全てに状況を知らせ、意見を聞くとの米国の対応は、これら諸国の和平努力への理解を深めたことは間違いない。米国が直接に対話できないイランについては、私がテヘランを訪問し、状況を説明した。イランは、アフガニスタンに平和と安定をもたらすことは、いかなる努力であれ支持すると述べた。米国は、ロシア、中国への根回しも怠らなかった。米、中、ロ三か国協議を立ち上げ、丁寧に交渉状況を説明し、米国の努力への支持を取り付けた。これらの国々は、現在の直接対話への支持を表明しており、漸く和平交渉開始へ向けての域内環境が整いつつあると言えよう。

交渉の課題
 ドーハでの交渉は、まだ本格化していないが、既に交渉の進め方などについて話し合いを始めており、両者共に前向きな姿勢で臨んでいるとのことである。しかし、交渉が問題なしに進むと予測する者はいない。アフガニスタンの当事者を含め、関係者は、安易な期待を戒めている。
確かに、予想される主要課題を考えてみるだけで、難しさは浮き彫りになる。国の基本となる将来の政治体制を見ても、共和国の維持を掲げる共和国側と首長国の実現を求めるタリバンとの間では、根本的な立場の相違がある。憲法にもかかわる問題である。また女性の権利を含む人権問題の扱いも両者の間には大きな隔たりがある。
 国内の人権団体、犠牲者団体は、合意することが優先され、彼等の利益や克ち得てきた成果が犠牲になるのではないかとの懸念を表明している。立場を表明しているのは、アフガン当事者だけではない。EUは、声明の中で、将来を決めるのはアフガン人自身だとしつつも、女性の権利を含む2001年以降のアフガン国民の成果の上に、合意はなされなければならない、と述べている。また、米国も、ドーハでの直接対話開始の開会の辞でポンペオ国務長官が、合意内容は、米国との将来の関係と支援に影響すると述べている。近隣国も、強い関心と立場を表明している。
 複雑な方程式が絡んでいる。解決を見出すためには、共和国側とタリバンの双方が誠意と柔軟性を以て妥協を探ることが必要になる。忍耐強い交渉が必要である。

アフガン国民の期待と停戦
 更に忘れてならないのは、長い間紛争に苦しみ、多くの犠牲を被ってきたアフガン国民の期待である。和平プロセスの真剣さを国民に示し、期待に応えていくためにも、今回の話し合いにおいて、早い段階で停戦と暴力の減少について何らかの進展を得ることが極めて重要である。特にタリバンにとっては、戦闘が国際社会とアフガン政府を真剣にさせる為の一つの手段をなしている面があるが、多くの死傷者を含むアフガン国民の犠牲を考えると、停戦を巡る進展なしに真剣な和平交渉とは言えないであろう。

交渉体制
 その様な観点から交渉体制を見てみたい。タリバンの首席代表になったハキム師は、タリバンの長のハイバトラ・アカンザタ師と近く、司法の長を務めた宗教指導者で、タリバン内の保守層の信頼が厚いと見られている。交渉の難しさの一つに仲間同士の内部の説得があるとよく言われる。ハキム師は、難しい交渉の結果を保守層にも信頼されるものとする上で大事な人選のようにも思える。また、共和国側は、交渉団を選ぶに当たって、広く政治指導者、国内の人権団体、女性団体、若者など各界、各層との協議を経てきている。アフガン国民を広く代表して交渉にあたることが重要である。

国連の役割
 簡単に国連の役割を見てみたい。国連は、私が赴任した2014年末、UNAMAだけで約1500名、国連システム全体で5000名が働いていた。構成員の8割以上はアフガン国民で、中には後に閣僚になる人々もおり、様々な国籍の職員に加えアフガン人エリートと共に働いた。
 国連の比較優位は、いずれの当事者にも偏らず、等しく関係者にアクセスし、特定の利益を代表することなく話し合えることにある。交渉が行き詰まるようなことがあれば、または、より広く関係者を一堂に会する必要がある場合に国連の会議開催能力は有用な役を果たし得る。
 また、国連は、交渉結果が国民に受け入れられ、和平合意の実施を容易にする為には、広く国民を代表する形で交渉がなされることが重要なことを経験から知っている。従って、広く女性、若者、市民社会(NGO)の代表の交渉への参加を一貫して唱え、彼らに集まり考える機会を与えてきている。
 実質面での役割もある。国連は、和平に関係する種々の分野で高い専門性と経験を有している。今後和平交渉が進む中で、停戦、和平後の政体、イスラム法(シャリーア)の適用、女性の権利、報道の自由、腐敗防止対策など、容易でない問題に対処せねばならない事態が生じよう。その時に、専門的助言を与え、過去の例を紹介することにより、当事者の話し合い、合意の形成を助けることが出来よう。

我が国への期待
 我が国は、これまでアフガニスタンの安定と経済社会開発に大きく貢献してきている。このことに、アフガニスタン国民も政府も強い感謝の気持ちと親しみを抱いている。累積支援額は、世界で二、三番目であるし、2002年と2012年には、東京で開発支援のための閣僚会議を開いて自ら率先して多くの支援を約束しただけでなく、多額の資金のコミットメントを国際社会から確保した。日本の行う支援は、アフガニスタン国民の生活の質を高める教育や保健、国のインフラの基礎となる道路建設、人々の生活を確保する農業支援などを中心に行われてきている。故中村哲氏の活動はその典型的な例である。また、故緒方貞子女史が、アフガン難民救済のために果たした役割は大きく、今でも大きな尊敬を得ている。このような日本に対する期待は大きい。
 今後とも、これまでの実績の上に和平プロセスを支持し、和平を受けての復興においては、2002年と2012年に開発のための閣僚会議を開催したように、国際社会を主導してアフガニスタンの国造りと人々の発展を支援していくことが一つの道と考える。

国連での日本職員の増強
 国連で働いていると、日本の国際的役割を思わざるを得ない。例えばコロナや気候変動のように人類が直面している大きな問題は、国際協調なしには意味ある対応はできない。我が国は、憲法にもあるように国際協調を国是の一つとしている。率先して、一国の利害を超えて国際協調推進に努めている国連諸機関と協力して活動していくべきであろう。そうすることは、国際社会における日本の存在感を高めることにもなる。その為に日本政府が国連で積極的に活動することが大事なことは言うまでもない。
 しかし、それに加えて大事なことは、国連諸機関で日本人職員が活躍し貢献することである。特に政策面で国際社会を主導できる枢要なポストに日本人が就くことは重要である。昨年夏までは、IAEAの天野事務局長と私を含め日本人事務次長が3人いたが、今は、軍縮担当の中満女史一人である。比較のために中国を見ると4人の専門機関の長を有している。現在日本は一つも占めていない。勿論国際公務員は、国際社会の公益のために働くものである。しかし、日本人が働くことは、日本としての貢献を示すだけでなく、その者が日本人として育ってきた形で日本を反映することにもなる。私も、多くのアフガン国民だけでなく周辺国の政府関係者からも、日本人がアフガニスタン支援団の長として来てくれることは素晴らしいと歓迎された経験がある。是非ともわが国民が国連及び諸機関の枢要ポストで職責を果たせるよう戦略を以てその実現に努めて欲しい。
 ポスト獲得に大事なのは、候補者の資質だけではない。採用する側の事情を十分に踏まえることも必要である。私の経験からしても、採用する側には、大事な職であればあるほど、採用したい者についての明確なイメージがある。求めている資質に合わない者は、いかに優秀であってもそのポストには採用されない。
 タイミングも大事な要素である。欲しいポストを得るためには、そのポストが空くタイミングを見極め、適格者を探し、根気よく戦略的に行うことが必要なことが多い。逆に急に空いたポストの場合は、日本政府としての強い意向を明確に伝え、会議開催、資金提供など成果に繋がる貢献を行う用意があることを明確にすることも必要となろう。
 若手職員を育てることも重要である。外務省によると2019年12月末時点で国連関係機関に働く日本人の数は921人であり、他のG-7諸国の1000-3000人と比べると少ない。しかし、単に数を揃えれば良いものでもない。評価される仕事が出来なければ、本人も周りも不幸である。英語で発表ができ、会合のまとめを作成し、政策提言が出来なければならない。私も、この様な基本を速やかにこなせない職員には、大事な仕事は頼めなかった。必ずしも母国語が英語の職員が良いわけではない。訓練と仕事への意欲と態度でこれらの仕事をこなせるかどうかが決まるのは、日本語で仕事する場合でも同じであろう。国際職員を希望する人々に何が必要かを教え、訓練する場を設けることが有用であろう。
 日本として人類の将来を考え、また、多くの日本人の採用を実現するため、周到な準備と戦略を以て国際職員の増強に本腰を入れる時であると考える。
(2020年9月20日記)