なぜ日本ではWHOのコロナ対策への評価が低いのか?


元国連事務次長 赤阪清隆

 米国のピュー・リサーチ・センターが2020年の夏に14か国でWHOのコロナ禍への対処ぶりについて世論調査を行ったところ、平均63パーセントの回答者が、WHOはまあまあ、あるいは大変良くやっていると答えた。

 米国も含めて、先進国のほとんどで過半数の人々がWHOに好意的な評価を行ったが、否定的な見解を示した例外が2か国 ― 韓国と日本 ― あった。韓国と日本では3分の2以上の人たち(韓国は80%、日本は67%)がWHOの仕事に否定的な見解を示した。

 ピュー・リサーチ・センターの調査は、国連に対する好意的な見方も日本で同様の急降下を示し、調査対象の14か国中最低(29%)であった。最近の日本国民の国連に対する評価は他の国に比して相当低く、だいたい40%強ぐらいにとどまっていた。筆者が国連で勤務していたとき、同僚からよく「なぜ国連を重視しているはずの日本の評価がこれほど低いのか?」との質問を受けた。多分に安保理常任理事国入りが実現しないことへの不満が反映されているのではないかと応えていたが、29%まで下がったというのは、国連専門機関の一つであるWHOのコロナ禍対策への厳しい見方を反映した可能性がある。

 なぜ日本と韓国では、WHOのコロナ禍対策についてこれほどまでの否定的な見方が強いのだろうか。その理由としていくつかの要因が挙げられよう。
 第一に挙げられる理由としては、コロナ禍の初期の段階でのテドロスWHO事務局長の対応ぶりについて国際的な批判が高まったことが、日本のメデイアで大きく報道されたことがある。同事務局長は、コロナウイルスの感染抑圧について中国の対応を褒めちぎって中国寄りの姿勢を示し、その結果緊急事態宣言の発令を遅らしたと見られた。その後、当時のトランプ米大統領は、WHOを「中国の傀儡」と呼んで厳しく糾弾し、同機関からの脱退を表明した。多くの日本人は、このようなニュースを目を見張ってフォローしたに違いなく、悪化したWHOのイメージが長く尾を引いたものと思われる。

 第二に、WHOがその活動や予算上抱える様々な問題への理解不足が挙げられよう。WHO事務局は、加盟国の指示に基づいて行動する国際公務員の集まりである。彼らは、加盟国が定めた国際保健規則によって、できることが限定されている。同規則は、WHO事務局に十分な裁量の余地を認めていないし、危機に際して迅速に動けるための財政的基盤も弱い。物事がうまく運ばない時、それは事務局ではなく、加盟国の責任であることがしばしばである。

 しかしながら、これらの理由は、なぜ米欧諸国と比べて、日本と韓国でのWHOへの評価がこれほど低いのかを説明するのに十分ではなく、両国に特有の理由があるに違いないと思われる。この点、東アジア諸国と西側諸国との間で見られる大きな違いは、コロナ禍による致死率が前者では格段に低いことである。その結果、韓国と日本の人々が、自分たちはWHOの特別の助力無しに、西側諸国よりも上手に対応できているとの自信を持ち、それが世論調査にいくばくかの心理的影響を及ぼしたのではないかと考えられる。もし仮に、両国民が、自分たちにはWHOは無用であると考えたのだとしたら、それは、少し身の程知らずで、傲慢な態度というべきであろう。
 
 最後に、日本と韓国に特有の別の心理的要因があるかもしれない。例えば、両国は、ともに過去にWHO事務局長を輩出していることがよく知られている。中嶋宏氏(1988年から1998年まで)とJ.W. リー氏(2003年から2006年まで)である。筆者は1990年代半ばにWHOで中嶋事務局長の政治顧問として勤務した経験があるが、同局長は、マネジメントの面では厳しく批判されたが、エイズ問題や旧ザイールでのエボラ熱などに対しては、素晴らしい業績を残した。リー事務局長は、ポリオ撲滅キャンペーンの専門家であったが、その任期中に悲劇的な死を遂げた。両国では、テドロス事務局長が、これらの先輩事務局長と比較して見られることは致し方なく、その結果、世論調査では普通以上に低い評価を得ることにつながったのかもしれない。

 WHOは、7千人以上の職員を擁し、国連専門機関の中でも最重要の機関の一つである。その機関に、日本は、確固たる支持を長年続けてきた。地球規模の保健問題が山積し、感染症の流行が次々と続く中、日本は、そのパートナーや関係者と協力してWHO強化のために助力することが期待されている。WHOに敵対的だったトランプに代わって、マルチ体制を支持するバイデン米新政権の下、主要国が協力してWHOの改革を強力に推し進める好機が到来したといえる。

 日本にとって、国民のWHOへの好意度を高め、その強化のための活動への支持を得るための最善策は、テドロス事務局長の後の事務局長ポストを再度獲得することであろう。新型コロナ禍では、ワクチンの手配が他の国に比して後れを取ったが、国民皆保険や国際的な保健協力など、こと公衆衛生分野での日本のこれまでの実績は、国際的にも高く評価されている。日本には、WHOを強力に支えうる経験と知見が十分にある。残るは、事務局長にふさわしい候補者を選び出すことであるが、この点も懸念には及ばない。組織力を発揮して、国際的な選挙には強い実績を有する日本である。官民が一丸となって、中嶋氏に続く第2の日本人事務局長を実現する日が近いことを願う次第である。

(本稿は霞関会英文ホームページの寄稿文を若干の修正のうえ和訳したものです。英文でご覧になりたい方は以下のサイトをご覧ください:https://www.kasumigasekikai.jp/
(了)