「勝利」の道筋見えぬロシア:無謀な戦争で国際的な立場が失墜


NPO法人岡崎研究所理事長 茂田 宏

国連憲章に背くロシアの武力攻撃

 ウクライナ戦争は国際法上違法な戦争であり、プーチンの暴挙である。このことをまずはっきりと認識する必要がある。

 国連憲章は、第2条4項で「すべての加盟国は…武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、…慎まなければならない」と規定している。国連憲章は、武力攻撃があった際の自衛権の行使、国連安保理が許可した武力行使は許している。ロシアの今回の武力行使は自衛権の行使ではなく、国連安保理の決定に基づくものではない。

 ロシアのウクライナ侵攻はルールに基づく国際秩序に反するという見解があるが、そうではなく、国連憲章に真っ向から反する。ここに中立や棄権の余地はない。

あり得ないウクライナのNATO加盟

 上記の法的評価とは別に、ロシアの行動は政治的には正統性があるのではないかとの議論がある。よく言われるのはNATO拡大がロシアの安全保障上の懸念を深めたからとの議論である。

 ミアシヤイマー・シカゴ大学教授は、NATO拡大を進めた米国などに今回の戦争の主たる責任があると言っている。この発言は全くの間違いである。

 まず第1に、NATOはその第5条で「加盟国の一カ国が攻撃された場合、全加盟国がその国を防衛する」と決めてある防衛同盟である。それが拡大したからといって、NATO加盟国のどこにも攻め入る気のないロシアが安全保障上の懸念を持つことはない。

 第2に、ウクライナのNATO加盟は現状では問題にならない。ロシアは2014年、ウクライナを攻撃してクリミアを併合し、東部ウクライナに二つの疑似「人民共和国」を作った。ウクライナは現に攻撃されている国であり、ウクライナの加盟を認めた途端、NATOはロシアとの戦争にならざるを得ない。このような状況では、加盟国の全会一致の承認は得られない。

 ウクライナのNATO加盟を阻止するために、ロシアは今回の戦争を続けているわけではない。すでにウクライナはロシアが要求しているNATO不加盟、中立化は受け入れるとしている。それでも戦争が継続しているのである。

 米のダルダー元NATO大使は、逆にNATO拡大が不十分であったことが今次戦争の原因であると指摘しているが、その通りである。2008年のブカレストでのNATO首脳会議で、ウクライナとジョージアの加盟が議論された。その直後にウクライナのNATO加盟が認められていたならば、2014年のクリミア併合も、東部ウクライナの親ロシアの「人民共和国」も、今次のウクライナ戦争もなかっただろう。

 今回の戦争を契機に、中立国であったスウェーデンとフィンランドはNATO加盟を検討している。欧州の平和と安全、自国の安全はNATOの拡大によって保たれるということを念頭においた対応である。正しい判断であろう。

目的は「全土のロシア吸収」

 今次戦争(ロシアは「特別軍事作戦」と称しており、戦争ではないとし、宣戦布告もしていない)でロシアはウクライナに中立化、非武装化、非ナチ化を要求している。中立化については、上に述べた通りであるが、戦争の相手側に非武装化を求めるのは降伏を求めることで、ウクライナが受け入れるはずはない。非ナチ化については、ゼレンスキー大統領はユダヤ人であり、ユダヤ人虐殺をしたヒトラーに何の共感も持っていないだろう。ウクライナ人はホロコーストを自分の経験として記憶している民族である。

 プーチンは何のために今度の戦争をしているのか。プーチンは2005年4月25日、ロシア連邦連邦議会への年次教書で、ソ連邦の崩壊を「20世紀最大の地政的惨事」と述べており、ベラルーシとウクライナとロシアの三国だけの「ミニ・ソ連邦」であってもその再興を夢見ている可能性が高い。プーチンは昨年7月に発表した論文で、ウクライナ人はロシア人と同じ民族であると主張し、ウクライナが独自の民族であること、ウクライナが国家として存在することを否定している。ウクライナ全土をロシアに吸収合併することが当初のプーチンの戦争目的であったと言ってよい。プーチンのNATOへの被害妄想、旧ソ連の復活願望という誇大妄想が今の戦争の原因である。

東部、南部でも「圧倒」できず

 2月24日の戦争開始後、ロシアは短期間でウクライナの首都キーウを占領し、ゼレンスキー大統領を拘束または殺害し、代わりに親ロシアの傀儡(かいらい)政権を作ることを狙っていたと思われる。しかし、その第1段階である首都攻撃はロシア側の敗北に終わった。兵站の失敗、ロシア兵の士気の低さ、ウクライナ軍の戦闘能力などが理由である。

 それでロシアは首都周辺からは兵を引き、今は東部ドンバスと南部を制圧することに重点をおいている。

 5月9日の第2次大戦の対独戦勝記念日に、プーチンはドンバスでの戦果を誇る演説をすると言われていたが、そうではなかった。演説はNATOがロシアの安全保障についての提案を拒否したので、ウクライナ「戦争」は避けられなかったと正当化し、ドンバスではロシア軍が祖国を防衛するために戦っていると述べるにとどまった。一部で取りざたされたロシアでの総動員を可能にする戦争宣言もなされなかった。他方、停戦の可能性のほのめかしもなかった。

 ロシアが今後、ウクライナのドンバスと南部を早期に制圧する状況は考え難い。 理由はウクライナ軍が高い士気を維持し、NATO諸国からの武器支援も重火器を含め強化されていること、またロシア軍の士気は低く、兵力も不足気味であるからである。

 南部については、特に黒海艦隊の旗艦「モスクワ」がウクライナ軍のネプチューン対艦ミサイルで攻撃を受け沈没したことで、オデッサ上陸作戦が不可能になった。黒海にいるロシアの大型艦は20隻もないが、ネプチューンの射程外、沿岸から150キロ以上離れている。こういう状況でオデッサ周辺への上陸作戦は困難である。南部にいるロシア軍が西に進み、 ムィコライウを掌握し、陸路でオデッサに向かうのには多大の困難が予想される。

「勝利」が見通せないロシア

 ウクライナ戦争のもう一つの特徴はロシアがウクライナの民間施設を戦時国際法に違反して攻撃していることである。ロシア軍は戦争犯罪を犯している。ブチャでの民間人虐殺はベトナム戦争でのソンミ村虐殺のように戦争の狂気ではなく、今のロシアの戦争のやり方に内在している。

 この戦争の帰趨(きすう)はどうなるだろうか。戦争継続中にその結果を見通すのは難しい。しかし、あえて言えばロシアが勝利することは見通しがたい。

 戦争での勝利はその目的を達成した時に得られる。ロシアの当初の戦争目的はウクライナを国家としてなきものにし、ロシアに吸収合併することであった。この目的は首都が陥落せず、西部ウクライナは時折ミサイル攻撃の対象になっても、ウクライナは生き残ると見込まれるので、達成されないだろう。

 ウクライナの戦争目的は防衛であり、国家の生き残りである。生き残れば、大きな被害を受けつつも戦争目的を達成し、勝利したということになるだろう。

 戦争ではその戦略目標を「勝利にするか、敗北しないことにするか」であるが、ロシアとウクライナの間にはその戦略目標に非対称性がある。

国際的信用も経済も「大逆風」

 この戦争はロシアの国際的な立場を大きく損なう結果をもたらすだろう。

 プーチンは西側諸国の「経済電撃戦」は失敗し、ロシア経済は安定を取り戻したと主張しているが、ロシア中央銀行のナビウリナ総裁はこれからの経済的困難について懸念を表明している。ルーブルの下落は資本規制などで元に戻ったが、今は金融面よりも、実体経済に問題が出てきている。これまで輸入していた部品が入ってこないなど、サプライチェーン上の問題が出てきている。IMF(国際通貨基金)は、今年のロシアのGDPはマイナス8.5%になると予測している。民間では二桁のマイナスになるとの予測も多い。この戦争の前にも、ロシアのGDPはIMFの統計では韓国以下であった。

 国際社会でのロシアの孤立は、ウクライナ侵攻についての国連総会決議、国連人権理事会からのロシアの追放、ウクライナへの武器支援を話し合う米主催会合に40カ国以上が参加したことからも明らかである。

 英国、フランスが1956年のスエズ動乱でその国際的立場を大きく害したと同じように、プーチンはこの無謀な戦争でロシアの国際的立場を大きく損なう可能性が大きい。

 こういう戦略的大失敗をしたプーチンがこれからもロシアの指導者にとどまりうるのか。これはロシア人が決める問題である。今のところロシア国内でのプーチン支持率は高止まりしていると報じられているが、プロパガンダと弾圧のもとでの支持率は砂上の楼閣である場合が多い。

(注:本稿は2022年5月12日にNippon.comに掲載された記事を転載したものである。)