<帰国大使は語る>日英同盟以来の高みに達した日英関係


前駐英国大使 林 肇

―最初にお聞きしたいのは、日英関係の現状をどのようにお考えかという点です。

 日英関係はここ数年大きな進展を遂げ、これまでにない高い水準に達し、どの時代よりも緊密な関係が築かれていると強く感じています。英国内の様々な方と話をしても、異口同音に、同等の評価をして下さっています。
 ご存知のとおり、日英間には、非常に長い交流の歴史があります。19世紀中頃から、日本が近代の世界と対外的な関係を始める中で、最も緊密な関係を築いたのが英国であったことは間違いありません。それ以来約170年にわたり、日英間の交流の蓄積があって、これまでも様々な分野で、両国は幅広く、深い関係を構築してきましたが、特にこの数年、その関係はさらに大きな発展を遂げたと言えると思います。
 その大きな理由の一つが、英国のEU離脱、いわゆる「BREXIT」です。2020年1月31日を以てBREXITが実現し、その後しばらくは離脱協定に基づいてEUの法律及び制度が暫定的に適用されていましたが、それも同年12月31日をもって終了し、2021年からは完全に「EUではない英国」として新しい形で国際社会に船出しました。その過程において、英国は、EUとはまた別の親密なパートナーを探すようになりました。そうした中で、交流の歴史と蓄積を有する日本が、その求めに非常に積極的に応えてきた、それが両国関係発展の一つの理由であると考えます。
 更には、日英両国が、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有していること、G7メンバーとして共通の戦略的利益を有していること、そして、どちらも米国との関係を特別なものとしながら国際社会での舵取りを行ってきた国である、という背景もあると思います。
 以上に加えて、もう一点付け加えるとすれば、英国の対中姿勢の変化でしょう。日英両国のパートナーシップは、経済面ではかねてから強固なものでしたが、2010年から2016年のキャメロン政権の下では、いわゆる「英中黄金時代」が唱えられ、中国からの資金や技術を通じて英国経済を再活性化させる方針がとられました。そのような中では、どうしても日英間のパートナーシップは経済面に限られ、戦略的なものとなることが難しかったと思います。
 しかし、2016年に成立したメイ政権、その後のジョンソン政権、トラス政権、直近のスナク政権という一連の保守党政権の下で、英国自身の対中認識が大きく変わり、英国は、欧州諸国の中で最も厳しい対中認識、そして対中姿勢を持つ国になりました。こうした中で、日英両国のパートナーシップは経済面からより幅広い分野へと拡大し、特に安全保障・防衛面での協力が大きく進展し、真に戦略的な関係となることが出来ました。
 以上のような背景の下で、ここ数年急速に進展して来た両国関係の一つの目に見える到達点が、2023年5月に広島で開催されたG7サミットの機会に、当時の岸田総理とスナク首相が発表した「広島アコード」です。正式には、「強化された日英のグローバルな戦略的パートナーシップに関する広島アコード」と言います。この中に非常に具体的に示された諸点は、広島アコードの発表後も、しっかりとフォローアップされています。
 そして、もう一つ目に見える象徴的な到達点が、本令和6年6月に行われた天皇・皇后両陛下の国賓としての英国御訪問です。両陛下の国賓としての英国御訪問は26年ぶりとなりますが、日英関係が発展する中で、まさしく両国関係の緊密化を象徴する、歴史的な出来事となりました。
 このように日英関係が高い水準に達した中で、私自身も当地で英国の有識者とお会いすると、日英は「もはや同盟国同士の関係と言って良い」とか、「1902年の日英同盟以来の関係になった」等、様々な言われ方がなされるのを耳にします。これらは全て、まさに現在の両国関係の水準の高さを示しているものであり、私自身大変嬉しく受け止めています。

―駐英国日本国大使としての在任中に経験された、特筆すべき事項は何でしょうか。

 4年弱にわたり駐英国日本国大使を務めてきた中で、最も厳しかった時期の記憶と、素晴らしいものとして最も心に残った記憶の2つをご紹介したいと思います。
 前者は、私が令和2年12月に大使の任命を受けた直後のことです。当時は新型コロナウィルスの世界的な蔓延による非常に厳しい状況にあり、しかも12月初めには、英国が3回目のロックダウンに踏み切った時期でした。そうした中で任命を受けたものの、実際にはすぐに赴任することが難しかったのです。一方、英国ではワクチン接種が、同じ12月から始まったため、それが軌道に乗るのを待って、翌年の2月上旬に赴任することになりました。
 赴任直後、多くの英国の市民とともに列に並んで、ロンドン市内のサウスケンジントンにある科学博物館の展示場に設けられた特設会場で、妻とともに、ワクチン接種を受けました。これは、大変印象的な出来事でした。英国は当時新型コロナウィルスの蔓延により、ほとんど全ての人が苦しみと不自由を味わい、非常に多くの方々が犠牲者となられました。しかし同時に、世界に先駆けてワクチン開発に取り組み、大規模かつ迅速な接種を進めました。ワクチン接種には、多数のボランティアの方々が動員され、非常に組織的かつ円滑に執り行われ、その結果もあって、英国は多くの国に先駆けて新型コロナウィルスの災禍から脱したのです。大変苦しい状況の中でも、改善を求めて大胆に前に向かって歩む英国の方々の姿を見て、非常に強い印象を受けました。
 後者は、本年6月の天皇・皇后両陛下の英国御訪問です。とりわけ、公式日程初日の歓迎行事が強く印象に残っています。ロンドン市内の中心にあるホース・ガーズ・パレードにおいて、チャールズ国王陛下とカミラ王妃陛下が天皇皇后両陛下をお迎えして歓迎行事を行いました。その後、各々馬車に乗られて、「ザ・マル」と呼ばれる市内の一番の太い目抜き通りを通って、バッキンガム宮殿まで行進しました。ザ・マルには、大きなユニオンジャックと日章旗がかわるがわる掲揚され、その中を一台目の馬車には天皇陛下とチャールズ国王陛下、二台目の馬車には皇后陛下とカミラ王妃陛下、三台目の馬車にはウィリアム皇太子殿下と日本側の首席随員を務められた中曽根弘文参議院議員が、それぞれ搭乗され進んで行きました。沿道には、ロンドン市民、在留邦人、さらには第三国から来られたと思われる方々が大勢集まり、非常に多くの日章旗とユニオンジャックの小旗が振られ、大歓迎してくれました。私自身も四台目の馬車に乗せていただき、同じ道を両陛下に随行する形で進んでまいりました。そのときの気持ちは、私自身にとっても、歴史的な出来事の中にご一緒させていただいているという、感動的で忘れ難いものであったことを、大変鮮明に覚えています。

(写真)天皇皇后両陛下の英国国賓御訪問(©The Royal Family)
(写真)バッキンガム宮殿における英国国王王妃両陛下主催晩餐会(©PA Wire)

―英国における内政や、英国とEUとの関係について、現状と今後の展望をどのようにお考えですか。

 英国では、今年7月に4年半ぶりとなる総選挙が行われ、それまで野党第一党であった労働党が圧勝し、14年ぶりに、労働党の下でのスターマー党首を首班とする政権が生まれました。逆に、それまで政権与党であった保守党は議席を3分の1に減らすという惨敗を喫し、政権の座から降りました。
 こうした新しい英国の国内政治情勢の下で、新政権を担うスターマー首相は、まずはこれまで保守党政権、とりわけジョンソン政権及びトラス政権の期間にぎくしゃくしていたEUとの関係改善に乗り出しています。今後、英国とEUの間でこれまで見られていた難しい関係が改善に向けて動いていくことは、間違いないと思います。
 しかし、その関係がどこまで進展するのか、どのような形になっていくかについては、まだ現時点で具体的な形では見通せないと思っています。現在より関係が緊密になり、協力分野が増したり共通のルールを取り入れたりすることは間違いありませんが、新政権が、英国とEUの間でBREXITの際に決めた離脱協定あるいは貿易協力協定、そして離脱協定の一部をなす北アイルランド議定書に関する「ウィンザー・フレームワーク」の修正にまで及ぶのか、更には、英国とEUの関係をもっと抜本的に改め、例えば関税同盟のような関係に向けて近づいていく意図まで有しているのかについては、現時点ではまだ分かりません。
 ただ、重要なことは、今回の総選挙の結果を見ると、労働党を支持し、同党に投票した人が、2016年のEU離脱に関する国民投票において離脱を支持した人と残留を支持した人の双方から構成されることがはっきりとうかがえるということです。したがって、スターマー政権としては、EU離脱の是非について表立って述べることは政治的に得策ではなく、その問題に踏み込むことは困難でしょう。更に、EU再加盟を進めるということも、政治的には容易には触れることができない点だと思います。
 よく日本から英国に来られた方々から、今回の新政権の誕生を以て、英国がいずれはEUに再加盟する方向に向かうことになるのでしょうか、という質問を受けたのですが、スターマー政権の下でそこまでいくとは考えられません。英国とEUとの関係が改善することは間違いありません。ただし、それがどこまで進むのかは、今後の推移をしばらく見ていく必要があると思います。

―日英関係の今後はどのようになるとお考えですか。

(写真)スターマー英国首相と会談する岸田首相(当時) (外務省HPより)

 7月に成立したスターマー政権は、EUとの関係改善に取り組むとともに、国際社会の喫緊の課題であるウクライナ情勢と中東情勢の問題に多くのエネルギーを割いています。このため、残念ながら、我が国を含むインド太平洋との関係の緊密化には、まだ本格的には動き出せていません。
 一方、日本では、10月に就任した石破総理の下、新内閣が成立し、衆議院選挙が行われたところです。こうした中で、これからの課題として、日本とスターマー政権が、双方の新しい指導者の下で、両国間のパートナーシップを維持発展させさらに緊密なものとしていくこと、特にインド太平洋地域での英国との協力を不可逆的なものにしていくことが求められていると思います。
 国際情勢が厳しさを増す中で、日英がそのパートナーシップをより強固なものとし、国際社会の様々な局面で協力しながら対応していくことは、両国にとって、必然的な選択だと考えます。これは、今後も変わることはなく、むしろその必要性は高まっていくことになるでしょう。
 そのためには様々な協力分野があり、外交・政治、安全保障・防衛、経済・ビジネスという分野はもちろんのこと、これに加えて、学術、教育、文化、スポーツ、観光といった多岐に渡る分野で両国関係を一層前進させていくことが必要です。

(写真)スナク英国前首相へ離任挨拶する筆者(在英国大使館提供)

 その重要な契機の一つとなるのが、来年4月に開幕する大阪・関西万博だと考えています。もちろん、万博というのはその言葉のとおり、全ての国に開かれ、多くの国の参加を得て行われるものですが、英国は何と言っても万博発祥の国です。近代五輪の発祥の地であることを強調するギリシャ人と違い、英国人はこのことを声高に主張したりすることはありませんが、1851年にロンドンで開催された第一回万博を皮切りに、国際的に万博事業が広がっていったのは知られるところです。英国の人々も、今回大阪で開催される万博に対して、強い思いと意欲を持っています。これを上手く活用して、日英関係を一層前進させる契機とすることが重要だと思います。
 大阪は、マンチェスターを中心とする広範囲の地域であるグレーターマンチェスターと非常に緊密な関係を築き始めています。この地域からも、非常に大きな代表団が大阪・関西万博を訪問すると聞いていますし、その他、もちろん英国全体の代表団に加えて、スコットランドやウェールズの代表団も、万博を活用して日本及び日本の各地域や地方自治体との関係の前進を考えていると伺っています。こうした動きが両国関係の更なる発展の大きなきっかけとなることを期待しています。

(写真)「2025年大阪関西万博まであと1年」記念レセプション (在英国大使館提供)

(了)