<帰国大使は語る>中米ホンジュラスに第二パナマ運河を!

 
前駐ホンジュラス大使 中原 淳 

ーホンジュラスはどのような国ですかー
 ホンジュラスと聞いても日本国民の多くはあまりよく知らない遠くの国といった認識が正直なところと思われますが、ホンジュラスから見た日本は、圧倒的な影響力を持つ米国や、旧宗主国であるスペインに次ぐ存在感があり、最重要国の一つと言っても過言ではありません。
 ホンジュラスは中米のほぼ中央に位置する人口約1,000万人、面積は日本の3分の1ほどの国で、今年(2025年)、日本との国交開設90周年を迎えます。これまで日本から多くのJICA海外協力隊員が派遣され、例えば、協力隊員の努力により小学校の算数教育に日本の教科書を導入して大きな成果を上げるなど、日本に対する感謝の気持ちの強い、とても親日的な国です。
 ホンジュラスの西部にあるマヤ文明のコパン遺跡は世界遺産となっており、日本との関係では、公立小松大学の中村教授が40年以上にわたって、遺跡の発掘・調査・研究に貢献されてきました。ホンジュラス国内でもコパン遺跡の現在があるのは日本のおかげであるというのが共通認識となっています。最近では、中村教授がコパンで発掘した素晴らしい出土品を展示する施設を日本政府の支援で考古学博物館内に整備し、VR(バーチャルリアリティ)機器を活用した遺跡の地下王墓への探検も体験できるようになりました。今年、関西で開催される万博におけるホンジュラスのブースでもこのVRを来場者に見てもらう計画があると聞いています。
 ホンジュラスにはコパン遺跡以外にもカリブ海沖にロアタン島という観光名所があります。オーストラリアのグレートバリアリーフに次いで世界第2位の大きさのリーフがあり、欧米から多くのダイバーが訪れています。ダイビングの国際免許を世界で最も安く取得できることが売りになっています。

―ホンジュラスで特に取り組まれたことは何ですか?―
 私が国土交通省出身でインフラの専門家であったこともあり、第2パナマ運河ともいうべき「ドライキャナル・プロジェクト」(現地では、「大洋間鉄道プロジェクト」と呼称)の推進に積極的に関わりました。
 世界の物流量は現在も増え続けているのに対し、以前からパナマ運河のキャパシティの限界が指摘されており、構想としては中米各国に7つの代替ルート案が存在していますが、実際に現時点で計画が進んでいるのは、メキシコとホンジュラスの2つのみです。
 ホンジュラスのルートとしては、カリブ海側のコルテス港から太平洋側のアマパラ港を高速道路で結ぶルートが当面メインルートとなります(図参照)。「ドライキャナル」というのは、本物の運河(キャナル)ではなく、一度港でコンテナを降ろし、トレーラー(または貨車)に積んで高速道路(または鉄道)で逆サイドの港まで運び、そこで再び船に積み直すことを想定しているためにつけられた呼称です。
 このルート中、カリブ海側のコルテス港は、既に中米有数の良港として機能しており、コルテス港から太平洋岸までの約400kmの高速道路も2021年に概ね完成しており、残るは太平洋側(フォンセカ湾)のアマパラ港の整備のみの状況となっています。アマパラ港以外にもフォンセカ湾には、ホンジュラス側にサンロレンツォ港、エルサルバドル側にラウニオン港という港もあり、それらも活用することが見込まれていますが、いずれも水深が10mに満たないため、周辺の水深が30m前後あるアマパラに北中南米を通じて最深となる深さ20mのアマパラ港を新設しようというわけです。

 世界では従来パナマ運河の深さを基準に船舶の大型化が進められてきましたが、パナマ運河のこれ以上の拡張が物理的に難しくなる中で、さらに運搬コストを軽減するため、最近では、パナマ運河を通れない巨大なコンテナ船も建造されるようになりました。したがって、世界でも最深の港の一つをアマパラに整備することは、そうした最大級の船を引き付けるために戦略的に極めて重要なのです。
 ドライキャナルの特性上、パナマ運河よりコンテナの積み下ろし等のコストが余分にかかることが指摘されますが、そもそも上記のようにパナマ運河を通れない船に関してはパナマ運河とは競争関係にないことや、パナマ運河の通行料は右肩上がりで高騰しており(2024年末時点で最大級のコンテナ船の1回の通行料が120万ドル!)、今後も上昇を続ければ将来はコスト面でも競争可能になる可能性があることなど、経済情勢をよく見極める必要があるでしょう。
 特に、一昨年(2023年)に少雨の影響で、パナマ運河の通航可能船舶数が大幅に制限された(一日36隻から20隻程度まで)ことで、米国は危機感を強め、ホンジュラスルートの計画推進に大きく舵を切りました。ホンジュラス政府も、政府の最重要プロジェクトの一つに位置付け、大統領の下に「大洋間鉄道建設国家委員会」を設置し、大統領の長男であるエクトル・セラヤ氏をその委員長に任命し、このプロジェクトの推進に積極的に乗り出しています。昨年12月には、この委員会で、このプロジェクトを日米韓西の4か国の協力で進めていくこと、特にアマパラ港は日韓、アマパラ橋(アマパラ港はティグレ島に位置するため本土と結ぶ2kmの橋梁が必要)は日本の支援に期待することが政府から発表されました。
 日本としては、今後、アマパラ港及びアマパラ橋のFS(フィージビリティスタディ)で事業の採算等の分析を早急に進める必要があります。実現可能となれば事業を進めるために設立されるコンセッション会社に日本から応分の出資を行い、将来の運用において、一定程度の発言権を確保することが外交上重要です(例えば、パナマ運河が少雨で通れない場合に、日本の船がある程度優先的にアマパラ港に寄港できるように誘導する等)。
 なお、直近の大きな話題として、トランプ大統領が就任早々パナマ運河の米国への帰属に言及しました。パナマ運河は1997年まで米国に帰属しており、返還後、上述のように通行料がどんどん値上げされ、最大の利用者である米国企業に不満がたまっていたことは想像に難くありません。トランプ大統領の発言は、パナマ運河への牽制という問題意識からすれば、ホンジュラスルートにとっては追い風になるのではないかと考えています。

―ホンジュラスは台湾に替えて中国と国交を樹立しましたがその影響はー
 2023年3月、ちょうど東京で中南米大使会議が開催されている最中に突然ホンジュラスのカストロ大統領がSNS上で、「台湾から中国への国交先変換を外相に指示した」と発表し驚きました。その後、大統領の訪中も含めた要人の往来があり、中国の存在感は日に日に増している印象です。
 中南米の台湾承認国が次々に中国に国交先を変えていく中にあって、他の国は中国との国交開設時に、スタジアムとか図書館といった大きな箱モノに数百億円を投資する等目玉になるプロジェクトを同時に発表する例が多かったように思いますが、ホンジュラスの場合、そうした発表もないままに国交先が台湾から中国に変換されました。ホンジュラス国内では主要輸出産品である養殖エビの主な輸出先が台湾だったため、輸出先を失い苦悩する養殖業者の記事がよく新聞に載るようになりました。中国は、教育やインフラ分野で大規模投資を約束するなど、中国との国交の利益を徐々に示し始めているようですが、今年11月に行われる予定のホンジュラスの大統領選挙で、野党の有力候補の一人が台湾との国交回復を表明するなど、未だ流動的な要素も見られます。おそらく中国も大統領選挙が終わって中国との国交が安定化するのを見極めてから本格的な支援を開始するのではないかと思われます。
 なお、先述のドライキャナル事業についても、中国は当然大きな関心を有しているとみられ、現に、太平洋側のフォンセカ湾周辺のインフラ事業を中国企業が受注する動きを見せていましたが、米国が強い懸念をもったこと等を考慮したのか、ホンジュラス政府は先述のようにドライキャナル事業については日米韓西の4か国を限定的に指名して、事業の推進のパートナーとする旨を発表しています。

―ホンジュラスにおける日本の強みは何でしょうかー
 日本とホンジュラスは国交開設以来90年の長きにわたって親善の取り組みを積み上げてまいりました。もちろん経済的に最大の影響力を持つ米国や旧宗主国のスペインなどもホンジュラスに対する様々な支援を行っていますが、ホンジュラスの官民のいろいろなキーパーソンと意見交換をする中で、欧米諸国と比べて日本の支援の姿勢及びその背景にある哲学すなわち共存共栄の考え方に対して、格別の信頼感があるように思います。
 例えば、ホンジュラスはかつて「バナナリパブリック」と揶揄されていました。今の若者にとっては有名なファッションブランドの名前と思うかもしれませんが、ホンジュラスでは、カリブ海沿いの広い平野部一帯で米国の農業資本が治外法権的にバナナ栽培を行っていたことから、国の中に別の国があるような状態をこのような呼称で表現したのです。米国の会社によって、鉄道が引かれたり、街が整備されたりする一方で、産出されたバナナやその売却益は地元に残らず米国に持っていかれてしまうといった不満がホンジュラス国民にはありました。
 現在では欧米等の支援ももちろんホンジュラスの利益を考えてやっているという位置づけだと思いますが、おそらくJICA協力隊員の50年にわたる地道な努力等も含めて日本の支援が長年にわたりホンジュラス側に最も寄り添う形で行われて来たということをホンジュラスの人たちが肌で感じているのではないかと思います。日本の支援は日本国民の税金によって成り立っているわけですから、私も大使として日本の国益に資することを強く意識しながら支援内容を決める半面、当然のように「共存共栄」の考えで、同時にホンジュラス国民のニーズを踏まえ、教育、医療やインフラ投資など将来のホンジュラスのためになることをよく考えて支援を行ってきました。こうしたことは日本にいるときは世界共通の当たり前の考え方だと思っていましたが、中南米にいると、そこまで相手国に寄り添って考えるのは、程度問題ではありますが、日本の顕著な特徴のように感じられました。今後は、日本への熱い信頼自体を外交的なリソースとしてもう少し意識して活用してもよいのではないかと思った次第です。

―その他に日本外交に活用すべきツールはありますかー
 日本のマンガ・アニメの訴求力は絶大です。大使公邸で政府要人や他国の大使等と会食をする場合、マンガ・アニメは鉄板の話題です。老若男女どのような人でも必ず贔屓のマンガがあり、一気に距離感を近づける有力なツールだと痛感しました。現に、チリのボリッチ大統領の就任式の際に、ボリッチ大統領がポケモンが好きだということをチリの渋谷大使(当時)が事前に調べて特派大使からのプレゼントとしてポケモンのぬいぐるみを準備したところSNS上で大いにバズッたことは記憶に新しいことです。
 現在、外交上のツールとしてSNSの活用が重視されるようになり、普段からいかにしてフォロワー数やアクセス数を増やしていくかが大きな課題となっていますが、マンガ・アニメの活用は、一気にアクセス数を増やす有力な手段になると思います。今後は、例えば、各国ごとに流行っているマンガを調べて、その作者をその国に文化事業等で派遣して、講演会などのイベントはもちろん、その国での体験等に基づいて、その国を舞台にしたストーリー展開を一話分でも書いてもらえれば、その国の人々のそのマンガへの人気は一層深化し、より強力なツールになってくると思われます。外務省でさらに組織的・戦略的にマンガ・アニメの活用を進めるべきだと思います。

―最後に一言―
 今年は日本とホンジュラスの国交開設90周年の記念すべき年です。中米のグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカも同様です。大阪で開催される万博等の機会も活用しながら、双方の国で計画されている90周年を記念するイベントなどを通じて、両国間の一層の親善が深まることを期待しています。(了)