<帰国大使は語る>ヨルダンの課題と日本からの協力

 
前駐ヨルダン大使 奥山爾朗 

―ヨルダンはどんな国ですか。どんな課題を抱えていますか。

 ヨルダンのお国柄については私の前任の嶋﨑郁大使が2022年12月21日付けのインタビューの中で見事に語られていますので、霞関会のホームページをご参照頂ければと思います。それを前提に、2022年11月から2024年末までヨルダンに在勤した私から見たヨルダンの課題は次の通りです。
 まず最初に、日本とヨルダンの関係について一言述べますと、2024年は、アブドッラー2世国王陛下の在位25周年に当たり、日・ヨルダン外交関係樹立70周年と双方の大使館開設50周年という節目の年でした。なお、その前年の2023年には、我が国の対UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)支援の70周年を迎えています。

(写真)日本の支援によるUNRWA夏休み学校(2024年)
(在ヨルダン日本大使館提供)

(1)国王の近代化に向けたリーダーシップ
 アブドッラーⅡ世国王のこれまでの治世はイスラエル・パレスチナ情勢における諸事変と並行して進んできており、さらに2011年からは「アラブの春」が広がる中で、ヨルダン自体の体制を発展的に維持強化していくとの課題と向き合いながら展開してきました。英明な国王は政治改革・汚職対策を進め、2012年以降、国の政治改革の方向性を示す7つのディスカッション・ペーパーを発出して国論を主導してきました。
 2021年に政治システム近代化のための委員会を立ち上げ、選挙法を改革し、比例代表制を導入し、政党制を強化し、国内各界の代表者を議会に選出できるようにし、ゆくゆくは議会第一党が首相を選出して国政をリードすることを目指しています。長い目で見て欧・米・日と同様の議会民主制への移行を平和裡に漸進的に実現する方向を目指しているものと見られます。
 他方、これまで部族、軍、情報組織、警察組織といった国を支えるグループに対する権力の配分によって統治を進めてきたやり方を行政機構の改革としていかに変えていけるかが課題となります。
 また、最大の友好・同盟国である米国に対しては、米国のイスラエルとの関係を巡って国民世論の反発があることは、2024年9月の改正選挙法による下院選挙においてムスリム同胞団系議員が議席を伸ばしたことにも表れています。
(2)経済運営
 国内経済の舵取りにあたっては、IMFや世銀といった国際金融機関と協調し、国際社会の信任を得る姿勢を強く打ち出しています。IMFは、地域情勢の逆風にもかかわらず、ヨルダンが堅実なマクロ経済政策の成果をあげているとして、2024年の経済成長率を2.3%、2025年を2.5%と予測しています。
 しかしながらヨルダン政府としては、2025年にユーロ債が満期を迎えることから、約20億米ドルに上る莫大な資金需要が見込まれており、その後状況は改善すると期待されているものの、現状では財政的に極めて厳しい状況にあると強調しています。
 また、ガザを巡る地域の不安定な状況により、GDPの約1割を占める観光業は深刻な打撃を受けています。ペトラ遺跡、死海、ワディ・ラム、ジェラシュなどの主要な観光地では、休業や閉鎖を余儀なくされるホテルも多く、客室占有率は非常に低い水準にとどまっています。

(写真)ペトラ遺跡 (ヨルダン政府観光局)

 若者と女性の失業率は高い水準にあり、より強力な成長を達成し、雇用を創出するために構造改革を加速させる必要があります。政府は、競争力と労働市場の柔軟性を高めるとともに、社会のセーフティネットを強化し、ビジネス環境の改善を通じてより多くの投資を誘致することを目指しています。
 現在、ヨルダン政府が特に注力しているプロジェクトには、「アカバ・アンマン造水送水プロジェクト」やリン・カリウムといったヨルダン南部の鉱物採掘サイトへの鉄道接続事業があります。これらは、将来的に国内経済の基盤強化に資するものとして期待されています。

(写真)アカバ・アンマン造水・送水プロェクトに関する「経済社会開発計画」署名式(2023年)(内閣広報室提供)

(3)ヨルダンの開放性と脆弱性
 ヨルダンはこの地域の十字路に位置し、地域的に開かれた交流から多大な利益を享受する一方で、交流が阻害されたり、周辺国から抑圧された人々が逃れてきたりする際に、その影響を直接受ける地理的特性を持っています。後述のガザ情勢もシリア情勢もこの一環です。
(4)地域横断的なプロジェクト
 ヨルダンが関与する地域横断的なプロジェクトとしては、シリア・レバノンへの電力供給、アラブ・ガス・パイプラインを通じたガス供給、バスラ・アカバ石油パイプライン、イラクへの電力供給(送電網構築による三角協力)、さらにはイスラエル・パレスチナとの間で「ブルー・グリーン・プロスペリティ」や「平和と繁栄の回廊構想」がありますが、地域協力が盛り上がりを見せる様子は現在ありません。
(5)ガザ等の情勢
 ヨルダン、エジプトはじめイスラエルの近隣諸国から見れば今回のガザ情勢の展開はイスラエルの建国以来長年にわたる入植地拡大の一環として「イスラエル・パレスチナ2国家解決」を挫折させかねないものであり、パレスチナ人の近隣諸国への「追い出し」=ヨルダン・エジプトによる「受け入れ」は認めることのできないレッドラインとなっています。
 人口の約7割以上を占めるといわれるパレスチナ系住民(難民を含む)を抱えるヨルダンにおいては、ガザ情勢への対応次第では長年維持してきた体制の安定が揺るぎかねません。国王はこれまで2度にわたりガザ人道支援会議を開催して、率先して陸路・空路によるガザへの人道支援物資の供給をはかり、国際社会による一層の支援を訴えてきましたし、停戦と平和・復興に向けた外交努力を精力的に行ってきました。イスラエルによるUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の活動の締め付けと米国による資金拠出の停止、第2次トランプ政権によるUSAIDの既往の支援の見直しはパレスチナ難民だけでも230万人を超える難民を抱えるヨルダンにおいても深刻な影響を及ぼしています。去る2月の米・ヨルダン首脳会談においてはヨルダン側からガザ住民がガザに留まる重要性を指摘しました。3月の緊急アラブ首脳会議で承認されたエジプトのガザ復興計画案に基づく米国との今後の協議の行方が注目されます。
 ヨルダンはまた、シリア危機以降に流入した約140万人のシリア難民を抱えてきました。シリアに難民が自発的に帰還できる環境の醸成を目指すとともに、違法薬物や武器のヨルダンへの密輸を防ぐための環境を整えるべく、アラブ連盟の枠組みの下でアサド政権下のシリアと折衝を重ねてきましたが、アサド政権は崩壊しました。24年12月の暫定政権の成立に伴って、今後ヨルダン国内のシリア難民等のシリアへの帰還が進むか、アサド政権を裏から支えてきた違法薬物のヨルダンへの密輸を絶つことができるかが注目されます。シリアが暫定政権の下、国内統一と安定に向けて前進し、ヨルダンにとって商機が拡大することにもつながるか、ヨルダンは慎重に見守っています。

―これらの課題を踏まえて日本はヨルダンに対してどのような協力が出来るでしょうか。

(1)ドナー間の協力
 周辺諸国において紛争など不安定な動きがある中で、ヨルダンの平和と安定は際立っています。ヨルダンを越えたより広い地域を管轄する国連諸機関がアンマンに集積していることも特徴と言えます。
 ドナー間の協調・連携の枠組みとしては、いくつかの重要な会合やグループが存在しており、日本もこれらの枠組みに積極的に参加して日本の対ヨルダン経済協力が他のドナー諸国や国際機関の支援と重複することなく、相互補完的な形で展開されるよう鋭意努めています。
(2)要人往来と協力の要望
 アブドッラー国王はこれまで15回訪日しており、最近では2023年4月、国王王妃(実務訪問賓客)がフセイン皇太子を伴って、サファディ副首相兼外務・移民相、トーカーン計画・国際協力相も同行して訪日しました。
 この国王の訪日のフォローアップとしてヨルダンの半導体産業の育成、重要鉱物の開発、洗礼の地への博物館の建設、ヨルダン領内への密輸対策を含めたシリア・イスラエル等との国境・出入国監視体制の強化、難民管理の効率化、衛星画像解析による各種モニタリング、UAEに続くヨルダンとの防衛機器・技術協力協定の締結、等のヨルダン側の要望が浮かび上がってきました。
 これらの要望のうち、半導体及び重要鉱物の開発については、2023年7月に中谷真一経済産業副大臣も参加して、JETROとヨルダン戦略フォーラムが共催したヨルダン・日本ビジネスフォーラムの場でも協議され、フォローアップが行われています。国境及び出入国監視体制の強化については、NECの協力が継続中です。
 2024年2月には、ハサーウネ首相兼国防相、ハナー二デ・デジタル経済・起業相、サッカーフ投資相、トーカーン計画・国際協力相が訪日した機会に、NEC本社を訪問してNECの有する多方面の技術・ノウハウについて紹介されました。
 2024年7月には、ハラーブシェ・エネルギー・鉱物資源相が「第5回日本アラブ経済フォーラム」参加のため訪日し、共同議長を務めました。同年11月には、「日ヨルダン外交関係樹立70周年」を記念してハッサン王子・サルワット妃両殿下が訪日し、林芳正内閣官房長官が総理に代わって会談を行いました。同じ11月にはフネイティ統合参謀本部議長が訪日し、吉田圭秀統合幕僚長と中東及びインド太平洋について突っ込んだ意見交換を行いました。双方の知見の深化が今後の協力の発展につながることが期待されます。

(写真) 第5回日本アラブ経済フォーラムの模様(2024年)
(経済産業省ホームページ)

 一方、日本側からは、2023年1月に西村康稔経済産業大臣、同年2月に山崎幸二統合幕僚長(当時)が訪問、同年5月フセイン皇太子殿下のご結婚に際しては高円宮妃殿下・承子女王殿下が公式訪問、さらに同年7月河野太郎デジタル大臣、9月林芳正外務大臣(第4回戦略対話)、11月上川陽子外務大臣が訪問しサファディ副首相兼外務・移民相等と会談、12月ドバイにおけるCOP28の機会に日・ヨルダン首脳会談が行われました。2024年1月能登半島地震の対応にあたっていた吉田圭秀統合幕僚長に代わって南雲憲一郎統合幕僚副長がヨルダンを訪問し、フネイティ統合参謀本部議長ほかと会談を行いました。石破内閣の成立に伴い、11月岩屋外務大臣はサファディ副首相兼外務・移民相と電話会談を行い、続いて本年2月にはミュンヘン安保会議で対面会談を行い、地域情勢について意見交換を行うとともに引き続き連携して取り組んでいくことを確認しました。
(3)防衛面での協力
 防衛面での協力は、2022年12月に令和4年度統合・展開作戦演習としてヨルダン軍の協力の下、ヨルダン周辺国における有事の際にヨルダンを退避の根拠地として活用し、各国在留邦人を自衛隊輸送機によって退避させるというシナリオを基に実施されました。ガザ情勢と続くレバノン情勢によって、演習は実際の退避作戦に取って替わられ、イスラエルから2度、続いてレバノンから1度の在留邦人等退避が行われました。その後も自衛隊とヨルダン軍との防衛交流が広がりを見せていることは喜ばしいことですし、日本としてもアジアの両端でお互いに似た脅威にさらされているヨルダンとサイバー・セキュリティー分野での協力を含め、一層の協力を検討していくべきです。

(写真)ミュンヘン安保会議における日ヨルダン外相会談(2025年2月)
(外務省ホームページ)

(4)経済面での協力
 経済面では、従来からのヨルダンへの自動車の輸出、リン鉱石・カリ・肥料の日本への輸出に加え、ヨルダンにおける経済活動の多角化にもつながる新たな民間企業の活動が展開されることが期待されますし、ヨルダンにおける各種発電事業に従来から参加している商社が活動の幅を広げ、新規投資につながっていくことが期待されます。ヨルダン側としても今後の日本企業の新規の投資意欲に水をかけないような配慮が求められます。
 一方、伝統的な経済協力のツールである技術協力(青年海外協力隊を含む)、無償資金協力、草の根・人間の安全保障無償資金協力は、ヨルダン各地で日本と日本人に対する親愛の念を醸成してきました(例:観光、電力・エネルギー、水資源、IT/AI、産業振興・貿易促進、都市開発、教育、職業訓練、医療・保健、難民支援ほか)。ガザ等の地域情勢によるダメージもあり、ヨルダンの有償資金協力(開発政策借款)へのニーズに応え、またプロジェクト型円借款の新規形成・実施(例:電力・エネルギー、輸送インフラほか)を行っていくことが望まれます。
(5)ガザ等中東情勢における連携
 日本にとってヨルダンのみならず中東の平和と安定に向けて、ヨルダンと常に対話し、連携することは、国際秩序の維持のための日本の貢献としても大きな意義があると考えます。日本としては、本年1月に成立したガザに関する人質の解放と停戦に関する当事者間の合意の誠実かつ着実な履行の重要性と人道状況の改善の必要性を、G7の枠組みで訴え(3月14日外相共同声明)、イスラエルに対しても直接強く働きかけています(3月18日日・イスラエル外務・防衛当局間協議)。

―2024年の両国外交関係70周年に際してどのような交流の広がりが見られましたか。特筆すべき行事はありましたか。

 フセイン皇太子ご結婚祝賀のために2023年5月高円宮妃殿下・承子女王殿下がヨルダンを公式訪問された際に、ヨルダン日本友好協会の発会式が両殿下とハッサン王子・サルワット妃両殿下御臨席の下、ハッサン王子を名誉会長、マーゼン・ダルワゼ上院議員(ヒクマ製薬副会長)を会長として行われました。 2024年には数々の多彩な文化交流行事がガザ情勢をめぐる国民感情に配慮しつつ行われました。ヨルダンは2005年の愛知万博で人気投票第3位となった実績を踏まえて、大阪・関西万博出展にも意欲的に取り組んでいます。私の前任の嶋﨑郁大使の協力の下、リーナ・アンナーブ前駐日大使(現観光・遺跡大臣)のイニシアティブでNPO育桜会が大漁桜の苗木を携えてヨルダンを訪れ、両国の外交関係70周年を記念して70本の桜の植樹式が首都アンマン市内の公園において24年12月に行われたことは快挙であり、また、同大使のイニシアティブにより茨城県の常陸国ハイキング・トレイルとヨルダン・ハイキング・トレイルの相互訪問の覚書が交わされたことは特筆に値します。
 両国は、皇室と王室の長年にわたる親密な交流を友好関係の基礎としており、国民各層間の交流が広がりを見せ深まっていくことが期待されます。(了)