<帰国大使は語る>モルディブと日本の絆

前駐モルディブ大使 竹内みどり
-モルディブはどんな国ですか?
サンスクリット語で「島々の花輪」を意味するモルディブ。椰子の木と白珊瑚の砂浜に群青色の海、多様な海洋生物は、世界から沢山の人々を惹きつけます。コロナ前は日本人観光客数も年間4万人を超えてトップ10の常連でした。是非日本からも多くの観光客が戻ってほしいと思います(写真1)。

ヴェラナ国際空港着陸前に見える首都マレ島と橋
同国はインドの南に位置し、約1,200の珊瑚礁の島が、赤道を挟んで南北約868キロメートル(北緯7.5度から南緯0.42度)東西120キロメートルにわたって点在しています。特に同国の北緯8度線及び1.5度線には数多くの船舶が航行しており、地政学的に日本の外交政策「開かれたインド太平洋」の重要なパートナーの一つです。自衛隊の船や飛行機を受け入れてきました。長い歴史と文化に育まれた海洋国で、イブン・バットゥータの旅行記にも登場します。住民島は188で、それぞれに独自の文化と歴史があります(写真2)。一方産業島に分類される高級リゾート島は175で、政府による入札により開発が促進され、今後も数が増えるでしょう。住民島にもゲストハウスと呼ばれる宿泊施設が整えられるようになり、訪問者が増えています。

大きな漆器の中身は何?
ほとんどの島が海抜1メートルかそれ以下で、気候変動に極めて脆弱です。モルディブは自国だけでは自国の安全と平和を守れないと認識し、国際社会との協調を重視して、他の島嶼国と結束して気候変動対策を強く主導してきました。2021年9月から2022年9月の1年間、シャーヒド外務大臣が第76代国連総会議長を務めました。首都マレ島の隣に埋め立てられた人工島・フルマレ島は、海抜が2メートル。人口増に対応して気候変動から生き延びるために知恵を絞って行動する意思と努力の表れは、その他の埋め立てプロジェクトにも見て取れます。
人口は約51万人で、うち外国人の割合は26%。特に男性の就労人口はモルディブ人より外国人の方が多い。首都圏に人口が4割集中しています。人類学的にはスリランカや西インド系に南インド、アラブ、マレー、北アフリカの系統が交じると言われています。モルディブは南アジア7カ国中人口も国土も最小ですが、一人当たりの個人所得はもっとも高く、12,530USドルです。2011年に後発開発途上国を卒業して中進国となりましたが、毎年80以上の住民島が飲料水不足となり、政府からの支援に依存している極めて脆弱な状態です。昔は雨水や湧水が活用されていましたが、現在は淡水化された海水が上水の標準となっており、淡水化設備のための発電施設が必須です。債務負担増を避けて持続可能な成長を続けていくことは難しい課題です。塩害も厳しく、廃棄物処理、プラスチックごみ対策も早期かつ継続的な対応が求められています。
モルディブは穏健なイスラム教国ですが、イスラム教以外の宗教は禁じられています。酒類や豚肉の持ち込みは禁止です。2024年11月から電子たばこも禁止され、紙たばこも旅行客の一人当たり200本以内を除き禁止となりました。新しいモスクが建設される一方、400年前に建てられた見事な白珊瑚のモスクが今も大切に使われていて、日常生活の一部となっています。酒類やクリスマス装飾が認められるリゾート島と、それが認められない住民島とは別の世界です。
主要産業は観光業でGDPの3割以上を占めます。漁業も主要産業ですが、GDPに占める割合は1割程度。輸出は93%が魚・魚加工品。首都の空港から生食用に空輸されるキハダマグロと冷凍あるいは乾燥・缶詰加工された鰹などです。冷凍鰹の輸出先はタイが過半数を占め、そこで缶詰に加工されます。英国、ドイツ、インドも主要な輸出先で、日本も10位以内に入ります。輸入先は石油をオマーン、UAEから入手しており、インド、中国を加えた4か国が輸入先国の上位に来て、次にシンガポール、マレーシアが続きます。
-日本とモルディブの関係は?
日本はモルディブの最大の2国間援助供与国の一つで、モルディブ人は日本が大好きです。良く話題になる日本の貢献を説明します。伝統的にドーニーと呼ばれる帆船が使われていましたが、エンジンを提供・普及したのはヤンマーやヤマハでした。また、日本が1980年代に地方の15の環礁で近代的な工法を用いて作った学校、及び1990年代から2000年代に首都マレ島に建設した4つの大規模校は、モルディブ発展の基礎となったと何度も聞きました。2004年のスマトラ沖津波からマレ島を守った護岸壁は正に象徴的案件と呼べるもので、その修復工事・強靭化が2024年、正式に約束されました。過去40年間に延べ340人のJICA青年海外協力隊のボランティアが活躍しました。特に体育教育分野のニーズが高く、活動の成果は教育省からも高く評価されています。JICA研修参加者も1200人を超えました。ちなみにムイズ大統領もその1人です。
日本の大学院に留学する制度として文部科学省のプログラムが2018年から、JICAの人材育成奨学計画が2020年から導入され、優秀な人材が学んでいます。余談ですが、日本が建てた学校の吹奏楽部OBから創立35周年の記念パレード用にYOASOBIの「アイドル」の楽譜を入手したいと個人的に頼まれ、流行りの曲の選択に思わず頬が緩みました。当館の文化広報活動では、イスラム的に問題(おそらく女子生徒のスカート丈が短い)等の理由で日本の学校紹介の動画も公共テレビでは放映してもらえない苦労があるのですが。
支援と交流の担い手は人です。例えば佐藤武久(たけひさ)さんは、1960年から約6年間、モルディブの漁業資源調査・漁業指導等を行い、当地では大変良く知られていて地名や釣り針に今も名前を残す人物ですが、日本でその功績はほとんど知られていません。サトウラハは、北緯1度18分、東経73度18分、ラーム環礁とガーフアリフ環礁の間にある漁業資源の豊かな海底山の名称です。サトウブリは、カツオの一本釣りに使われる疑似餌針で、佐藤さんが作り方を教授しました。「昔々、日本人のサトウいう男が、船と潜水具を持ってやってきた。人々は何故長い時間サトウが海に潜っていられるのか不思議だった」と始まる絵本や動画が、2023年に観光省から出されました。同時に出版された他の伝承・説話と同様に、モルディブの歴史と認識されていることに驚きました(写真3)。筆者は日本の外交史料館で同人の活躍を知らせる記事を見つけ、ご出身の水産所(現東京海洋大学)同窓会関係者の皆様の協力を得て、正確な名前と来歴を両国の外務省間で共有しました。

外交関係樹立55周年記念行事として、2022年11月、日本の無償資金協力で建てられたソーシャル・センターで日本祭りを開催したことが、任期中最大の行事でした。満開の桜の枝、紅葉の葉、雪だるまや炬燵も全て館員の手作り。家族連れが会場に溢れて、JICAの浴衣の着付けには長蛇の列。(株)ヤマキの鰹節削りの実演・試食、コラコラリゾートの水風船釣り、公邸料理人の寿司デモンストレーションと実食等も大人気でした。翌12月、武井俊輔副大臣をお迎えしての55周年記念レセプションには、11人の閣僚が出席。続いて2023年7月、林芳正外務大臣に訪問頂き、両国関係が更に強化されました。外務大臣の訪問は史上2度目です。消防艇の引渡式も実施されました(写真4)。同年9月には武井副大臣が大統領選挙監視団長として再訪。11月のムイズ大統領就任式には、高村正大政務官が出席され、4件のハイレベル訪問が実現する画期的な1年でした。

3人の日・モルディブ関係発展の功労者を初めて叙勲しました。日本人最初の教育ボランティアとして活躍し、その後も観光促進、文化交流、自然保護活動に貢献した阪本時彦さん。水上コテージを初めてモルディブに導入した人としても知られています。日本語が堪能な外交官で駐日モルディブ大使を7年間務め、東日本大震災に際して約70万個のツナ缶を寄贈したアーメド・カリール前外務国務大臣。ソーリフ政権の5年間(2018-2023)、外務省の官僚として最高位の職にありました。1980年代にモルディブを訪問し、王宮火災で永遠に喪失したと考えられていたアラビア語で作成された王統記の写本を複数発見してその英語訳を作成し、学術交流に貢献した家島彦一東京外語大学教授は、イブン・バットゥータの旅行記の全訳、インド・太平洋交流史研究で著名な学者です。
日本が国際社会と共にモルディブの持続的発展に力を貸すことは、南アジア地域全体の安定と海洋安全保障に大きく貢献します。2019年に英国、2023年に豪州と米国が在外公館を設置して大使職が着任し、日米豪印プラス英国で緊密に協議して、効率的な支援の連携と調整に務めました。私の任期中に国連児童基金(UNICEF)によるコールドチェーンの整備が完了し、国連開発計画(UNDP)による農業・中小企業支援も進展、国連薬物犯罪事務所(UNODC)との海洋安全保障・法執行研修も継続されました。
二国間協力案件として、特に税関監視艇の贈与及び汚職対策委員会に対する船舶と車両の供与を約束し、警備艇供与への道筋を付けることに注力しました。海洋安全行政の業務遂行手段として船は最重要です。JICAによる地上デジタルテレビ放送網の整備及び海岸線を包括的に維持管理する強靭な島づくりの2つの無償資金協力プロジェクトも進みました。加えて全国を繋ぐフェリー・サービスに対する助言・支援の調査が行われています。
-モルディブの外交関係は?
5年に1度の大統領選挙に立会った訳ですが、観光立国のモルディブがコロナによって被った経済的打撃は深刻でした。現職のソーリフ大統領が敗れたのは、党内の分裂が一因であるものの、生活の不満が大きく、収束後政府によって再開された社会経済開発プロジェクトの恩恵が行き渡るには不十分だったことが影響していると思います。
2023年11月、親中派のムイズ大統領が誕生したと報道され、翌年1月に訪中したことはその証左でしょう。しかし、シーレーン上にあるモルディブが、地域における安全保障上の重要な相手と認識しているのは米国で、相当気を使っています。フーシー派の船舶攻撃がアラビア海で活発化すると、安全のために船主は航路をスエズ運河ではなく喜望峰経由とせざるをえず、店の棚を見れば価格高騰や品薄がすぐに感じられます。モルディブの1600km南、チャゴス諸島のディエゴガルシアには米軍基地があります。ムイズ大統領は英国で学士、修士、博士を取得しており、英連邦を離脱するとは思えません。
確かにムイズ大統領は「インディア・アウト」を主張して選挙に勝利しました。政権交代後、モルディブ政府関係者の発言を巡ってインドとの関係が悪化し、インドからの観光客が減る事態になりました。しかし、インドはムイズ大統領の要請に応えて、モルディブの北、中央、南にヘリコプター運用のために駐留するインド兵約90名を民間人に順次交代させ、2024年5月には障害が取り除かれました。防衛装備品はインドから提供されており、海難救助訓練の実施等、軍・海上警備隊レベルの協力は継続していました。6月、ムイズ大統領がモディ首相の就任式に出席し、10月インドを公式訪問したことで、両国関係は安定しました。ムイズ大統領は、インドがモルディブの債務支払いに関して提供してきた無利子・1年の繰延など透明性が高い措置及び外貨準備高の脆弱性に対する配慮の重要性を、一時的に失ってみて気づいたのでしょう。
1988年のタミールの虎一派による政府転覆の危機、2014年に海水淡水化工場火災により発生した水危機、コロナ危機の衛生対策や特別の入国対策によるインド観光客の来訪による経済支援など、隣の大国インドはモルディブを助けてきました。高度な医療を求めてモルディブ人はインドに頻繁に渡航し、受けた治療には医療保険も適用されます。ボリウッド映画や音楽もモルディブ人は大好きです。現在、首都マレ島と近隣の3島を連結する3本の橋がインドの支援により建設中です。完成すれば首都圏の風景も人々の生活も大きく変わることでしょう。
中国は引き続き、モルディブにとって重要な経済開発パートナーです。中国の支援により2018年に完成した空港島のフルレ島と首都のマレ島及びフルマレ島を結ぶ中・モ友好橋は、夢の実現であり、悪天候でも交通が途絶することなく、モータリゼーション社会が到来しました。中国の支援により、フルマレ島に25階建て16棟約7000戸の公営住宅建設、ヴェラナ国際空港の滑走路拡張が完了しました。2023年の新政権発足後、中国は1000件の小規模支援を行うと宣言して、大規模プロジェクトから小規模支援へと方針を転換したかに見えましたが、モルディブ政府の要請でマレ島の道路改善、ヴィラマレ島の100床の病院建設、半数以上の島の役所の建物建設等の大規模プロジェクトを約束しました。
中東諸国も重要なパートナーです。UAEはヴェラナ国際空港のターミナルビル、ヌーヌ環礁のマーファル国際空港滑走路建設等を、サウジアラビアはモスク建設やアラビア語講師派遣等を行っています。
欧米諸国はインフラ支援はしませんが、環境保護、脱炭素、法執行や人権保護に資する技術や研修支援等を行っています。
-大変だったことは何ですか?
2022年 2月24日のロシアのウクライナ侵攻により発生した原油高、資材の高騰はモルディブも直撃しました。我々が予定していたプロジェクトの実施にも、追加資金の調達が必須でした。調達できなければ、支援内容を精査してなおかつ有意義な実施となるよう組み替えるしかありませんでした。
2023年10月8日のハマスによるイスラエルの攻撃・イスラエルのガザ侵攻は、パレスチナへの連帯を強く示す市民による国連機関や西側諸国に対するデモ活動を活発化させました。
モルディブでも債務問題は深刻で、各国の支援を求めて綱渡りを強いられています。中国はモルディブの信用力が落ちるからと債務再編には応じず、返済資金を貸し付けています。
モルディブは東京五輪2020に初めてパラアスリートが参加し、2024年のパリ五輪で初めて、卓球とバトミントンの選手が正式に参加しました。このように五輪に選手が出場するのは最近のことで、モルディブにとっての4年に一度熱狂するスポーツの祭典といえば、アフリカを含む7カ国で構成するインド洋島嶼国大会です。アフリカとの距離の近さを感じます。選手育成に日本が大きく関わった競技もあり、引き続き高い期待が寄せられています。
-おわりに
小さな島嶼国に住む若者も、未来に希望が描ける社会経済発展が継続することを切に望みます。時代が変わっても、日本がこの伝統的な親日国に寄り添って、地域の安定に貢献していけたらと思います。皆様、是非この美しいモルディブを訪れて体験してみて下さい。 (了)
