<帰国大使は語る>―NATO加盟国となったスウェーデンと日本との関係―
前駐スウェーデン大使 能化正樹
―先日、スウェーデンからクリステション首相が訪日しました。どのようにご覧になりましたか。
12月4日、石破総理とクリステション首相が会談し、日本とスウェーデンの関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げする共同声明を発表しました。日本とスウェーデンが、現在の厳しい地政学的環境の下で、価値と利益を共有しつつ、政治・安全保障、経済・科学技術、人的交流の各分野で協力を強化する意義は大きいと思います。
意外に思われるかもしれませんが、スウェーデンからの首相訪日は、2008年以来、16年ぶりです。2022年10月に就任したクリステション首相もNATO加盟問題に忙殺されていましたので、「加盟が実現したら、早期にインド太平洋地域を訪問し、それは訪日から始めるべきではないか。」と、直接申し上げたこともあります。今回、首相は、初の訪日と共に、「アジア・デビュー」も果たしたことになります。
―スウェーデンはどのような国ですか。内政と外交の現状、また、注目すべき点は何でしょう。
スウェーデンはスカンジナビア半島の東側にあります。北緯55度から北極圏の69度まで、1500キロにわたって広がっています。森林が7割を占める美しい国土が印象的です。
地図を見ると、日本とスウェーデンは、ロシアを挟んで東西対称に位置します。また、ロシアの海の出口である日本海に日本が、バルト海にスウェーデンが、そして黒海にウクライナが位置していることもわかります。
人口は1000万人以上と北欧最大で、人権・民主主義、福祉、ジェンダー、開発などの先進的な政治・経済システムは「スウェーデン・モデル」とも言われ、日本でも注目されています。
毎年注目されるのは、12月10日のノーベル賞授与式です。スウェーデン自身、イノベーション力が世界2位(2023年WIPO指標)で、グリーン、デジタル、ライフサイエンスの先端企業を輩出しています。電力源の99%が非化石(水力、原子力、風力、バイオ)という強みを生かし、グリーンな製鉄や電池の事業が展開しています。
―2022年9月の総選挙により、政権が交替しました。
2014年以来政権を担ってきた社会民主党を中心とした左派が過半数を失い(173議席)、中道右派(175議席)が政権に就きました。穏健党のクリステション党首が首相となり、「極右」とされるスウェーデン民主党の閣外協力を得ながら政権を運営しています。
「極右」が伸びた背景には、治安・犯罪、さらに移民・難民問題があります。
未成年者をリクルートしたギャング集団の抗争により銃撃・爆発事案が相次いだことが社会に衝撃を与えています。また、寛容に受け入れてきた移民・難民の社会統合が課題になっています。2015年に中東、アフリカ等から欧州への難民申請者が急増した際にも積極的に対応した結果、スウェーデンの人口に占める外国生まれの人の占める割合が20%を越え、出生地は、2017年まではフィンランドがトップでしたが、現在は、シリアとイラクが上回っています。新政権は治安政策に取り組むとともに、移民・難民政策を厳格化しています。
その他にも、経済の減速や出生率の低下など、先進国に共通の経済・社会課題に直面しています。
他方、「スウェーデン・モデル」の特徴は、国民に手厚いセーフティネットを提供しつつチャレンジを促すところにあり、彼らがどのように未来を切り開いていくかが注目されます。
また、外交では、歴史的な政策転換を経てNATOに加盟するとともに、軍縮、開発、ジェンダーなどを引き続き重視していますが、全般に、現実路線を強めつつありますので、日本外交との親和性が増していると思います。
―在任中に経験した特筆すべき事柄はありますか。スウェーデンの対応をどう評価されますか。
最大の出来事は、ロシアによるウクライナ侵略です。スウェーデンは、強い危機感を持って、ウクライナ支援とスウェーデン自身の安全保障に取り組んでいます。
まず、ウクライナに対しては、軍事、非軍事合せて、総額約50億ユーロ(2024年10月28日時点)の支援を明らかにしており、支援額はGDPの約0.9%にあたります。2024-26年の3年間で総額約65億ユーロ(750億クローナ)の軍事支援も表明しています。例えば、携帯型対戦車砲・ミサイル、自走りゅう弾砲、対空ミサイル、攻撃艇等、スウェーデン企業が開発・生産した多彩な武器を供与した他、戦闘機グリペンを用いた訓練も実施しています。
また、スウェーデン開発庁にとって、ウクライナは最大の支援先となりました。この動きをスウェーデン国民が支持しています。ウクライナへの資金援助への賛成が95%というのは、EU加盟国の中でトップです(2024年4-5月、Eurobarometer)。加えて、スウェーデンは、2023年はEU議長国、24年は北欧バルト協力の議長国として、ウクライナ支援のための”unity(結束)”を強調し、国際的連帯にも取り組んでいます。
ロシアの侵略は、スウェーデンの安全保障にも直結します。ロシアによる領空侵犯が発生するなど、現実の脅威を認識しつつ、フィンランドと共にNATOに加盟しました。結果として、ロシアが嫌うNATO拡大が北欧で実現してしまいました。これは、スウェーデンが200年以上続けてきた中立・軍事非同盟政策を変更したものです。
スウェーデンにとって最後の戦争は1814年のノルウェーとの戦いでした。これ以降、第一次、第二次世界大戦、さらには冷戦下でも戦禍を免れました。ロシアと何度も戦火を交えた歴史を経て、ロシアが最大の脅威ではあっても、中立・非同盟政策が最善と考え、また、この政策がスウェーデンのアイデンティティにもなってきました。ウクライナ侵略発生直後でさえ、当時のアンデション首相は、「NATO加盟は欧州地域を不安定化させ、緊張を高める」と述べていました。
しかし、世論の変化と共に政策論も展開し、2022年5月18日にはNATO加盟を申請します。「200年の歴史が2週間で変わった」と評される急展開でした。その後、トルコやハンガリーとの調整に時間を要しますが、2024年3月7日に加盟が実現します。
ただし、スウェーデンは、NATOに加盟しても米のみに依存するわけではありません。2024年には国防予算をGDP比2%に引き上げるとともに、北欧や英など近隣国との軍事協力を強化しています。これらの取り組みは、トランプ米政権の登場との関連でも重要になるでしょう。
日本の視点から有意義なのは、欧州とインド太平洋の安全保障が不可分な中、スウェーデンがNATOの強化にも貢献していることです。ラトビアにおける「強化された前方プレゼンス(eFP)」に派兵し、バルト海地域の空域警戒に戦闘機を投入します。NATOは、スウェーデンの領域が加わることで、東西の移動能力が高まります。また、スウェーデンは、NATOと日本との関係強化にも前向きです。
スウェーデンの市民防衛も注目されます。専任の大臣が任命され、「In case of crisis or war」というパンフレットを国民向けに作成しました。備蓄品リストから止血、心理防衛、避難方法など、危機対応の要点を記すとともに、国民が自らを守り、かつ、国の安全保障に貢献すべきことを強調しています。
日本とは様相が違いますが、市民防衛担当大臣は、戦争と災害への対応には共通点があり、訪日して日本の防災対策から学びたいと述べていました。
―スウェーデンと日本との関係はどのようなものですか。今後の展望はいかがですか。
関係は良好で、対立するアジェンダはないし、ビジネスや科学技術・学術分野を含め、相互に得られるものが大きいと思います。政治・安全保障分野では、核軍縮に関するストックホルム・イニシャティブを通じて協力していますし、2014年5月には、ストックホルムで日朝政府間協議が開かれ、北朝鮮が拉致被害者を含むすべての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束したこともあります。スウェーデンは、ウクライナに関する日本の対応を高く評価し、対日関係を一層重視しています。
2022年からは、3年連続でNATO首脳会議の機会に両国首脳の会談が行われました。23年には、スウェーデンは、EU議長国による最大の外交行事として、EUインド太平洋閣僚会議をホストし、G7議長国の日本から林外務大臣が出席しました。24年1月には、上川外務大臣が来訪し、日本の北欧外交イニシャティブとして、➀北極・海洋、②WPS・ジェンダー平等、③科学技術・経済、④安全保障・防衛の4分野での協力強化を明らかにしました。
そのような積み重ねを経て、今回クリステション首相が訪日し、戦略的パートナーシップができました。特に、安全保障では、2022年12月、防衛装備品・技術移転協定が署名されました。スウェーデンは主に欧州諸国とこのような枠組みを設けてきていますが、インド太平洋の日本とも協定を結んだことになります。23年6月には、ヨンソン国防大臣が、スウェーデンの国防大臣としては四半世紀ぶりに訪日し、24年7月には、木原防衛大臣が、日本の防衛大臣としては初めてスウェーデンを訪問しました。ヨンソン大臣は、今回の首相訪日にも同行しています。スウェーデンのように、人口が1000万人で、潜水艦から戦闘機まで自力で生産できる国はありません。実益のある協力が進むことを期待します。
―大使として在任中、特に力を入れて取り組まれたことは何ですか。
政治・安全保障、ビジネス・学術、戦略的広報の三本柱で取り組みました。
第一に政治・安全保障については、インド太平洋のアジェンダを中心に、政府、議会、有識者に幅広く働きかけました。その中には、後に、外務大臣や国防大臣に就任した方もいます。
また、SIPRI等のシンクタンクと連携し、日本の有識者も招いて、海上での衝突、デリスキング、WPSなど、プラグマティックなテーマで分析と政策提言を行いました。
第二に、ビジネスと学術です。
スウェーデンには、グリーン、デジタル、ライフサイエンスなどの先端企業、また、ノーベル賞選考機関のカロリンスカ研究所を始め優れた学術機関があり、日本との交流も盛んです。ただ、他の国も自由に交流していますので、大使として応援する以上は、他の国はここまでやらない、というくらいプレゼンスを示した方が良いと心がけていました。また、先端分野では、ビジネスと学術の連携が大切ですので、両者の出会いの場を積極的に設けたことは評価されました。
第三に、戦略的発信です。
スウェーデンではメディアの独立性が高く、大使館からの働きかけを敬遠する傾向があります。
そこで、SNSを活用し、社会や文化に関するポストで好感度を高めつつ、G7やインド太平洋に関する政策広報を行いました。自分の言葉で、現地語で発信することが大事です。結果として、現地外交団で最大のフォロワー数を獲得し、要人から直接反応が来たり、メディアからも取材が入りました。日本に帰国してから、スウェーデン人から声をかけられることもあります。
―ありがとうございました。最後に何かおっしゃりたいことはありますか。
在任中、「スウェーデン人は欧州の日本人です」という言葉を何度も聞きました。確かに、少し控えめで、空気を読み、信頼関係を築いた人には心を開いて深く付き合う、というのは、日本人に似ています。だから、日本人とスウェーデン人は交流しやすいと言われるのでしょう。
そういった感性のレベルに加え、厳しい地政学的環境の中で、両国が協力を強化することは必然ではないかと思います。来年の大阪・関西万博に向けて、スウェーデンは真剣に準備しています。要人も来訪するでしょう。これらを契機として、日本とスウェーデンの関係がさらに深まることを期待したいと思います。 (了)