開発のための新しい資金動員に関する有識者会議「提言」を読み解く―「持続可能な社会づくり」と「社会課題解決」を「共創」の官民連携で―
元駐タイ大使 小島誠二
はじめに
本年7月、「サステナブルな未来への貢献と成長の好循環の創造に向けて」と題する開発のための新しい資金動員に関する有識者会議「提言」(以下「提言」)が上川陽子外務大臣(当時)に提出された。有識者会議のメンバーには、開発協力(ODA)を専門に研究したり、ODA事業に関与したりしておられる方が含まれているが、多くの委員はサステナブルファイナンス、ESG投資、インパクト投資、リスクテイク等に関する研究をしたり、実践したりされている方である。「提言」を読むと、筆者には、ODAとサステナブルファイナンスという二つの世界が併存しつつも、融合を求めてお互いの世界を理解し合おうとしているように見える。本稿では、有識者会議への提出資料等を基に、サステナブルファイナンス等の新しい金融メカニズムについて筆者なりの理解を紹介し、「ODAの世界」に住む筆者として、主としてODAの視点から、「提言」を読み解いて見たい。なお、「提言」では、後述の開発協力大綱に言う開発協力という語に代えてODAという語を用い、開発協力という語を使う時は、「ODA事業」の対語として民間企業等が主体となる事業を指しているようである。
本稿では、まず、二つの開発協力大綱に眼を向け、「提言」で中心的な役割を果たす「持続可能な社会」、サステナブルファイナンス、「共創」と「官民連携」等が二つの大綱においてどう位置付けられているかを考えるところから始めたい。
「貧困撲滅の開発」と「持続可能な開発」の二つの開発の追求
2015年9月に採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、それまでのミレニアム開発目標(MDGs)の流れと「持続可能な開発の流れ」が合体したものであると言われる。SDGs採択に先立つ2015年2月に閣議決定された開発協力大綱においては、重点課題として「「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅」(貧困撲滅の開発)とともに、「地球規模課題への取組を通じた持続可能で強靭な国際社会の構築」(持続可能な開発)が掲げられていた。昨年6月、閣議決定された開発協力大綱(以下「新大綱」)においても、「新しい時代の「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅」と「複雑化・深刻化する地球規模課題への国際的取組の主導」が重点政策とされた(注)。二つの大綱のこの記述では、二つの開発が別々のものとされている。
(注)二つの大綱には、「平和・安全・安定な社会の実現」といった第三の重点課題(政策)が置かれている。
共創を求める政府とSDGsに取り組む企業の連携
(共創を実現するための民間企業との連帯)新大綱では、1992年以来策定されてきた3つの大綱にはなかった「共創」という言葉がはじめて使用された。新大綱には、「誰も明確な解を持たない複雑に絡み合った開発課題が山積する時代においては、共通の目標の下、様々な主体がその強みを持ち寄り、対話と協働によって解決策を共に創り出していく共創が求められる」と書かれている。新大綱は、共創の結果生み出された解決策を力強く後押しするため、また、「ODAに係る幅広い資金源の拡大を推進する」ため、民間企業等のパートナーとの連帯の強化を訴える。
(経済・環境・社会の課題を統合したSDGsに取り組む民間企業)新大綱には、「SDGs採択により経済・環境・社会の課題が統合され、SDGsへの取組と企業価値が連動し得るようになったことで、多くの民間企業や投資家が開発課題により積極的に取り組み、持続可能な社会を実現するための金融(サステナブルファイナンス)を進めるようになって」おり、「インパクト投資やESG投資など、開発効果を有する民間資金の活用は国際的な潮流となっている」と書かれている。これらを踏まえ、「インパクト投資やESG投資、ブレンデッド・ファイナンス等の推進のため、開発途上国における経済基盤の構築、民間人材の研修・留学、法制度整備支援を含むビジネス環境の整備、開発モデルの提示、海外投融資を始めとする公的資金の戦略的活用等を行う」ことを求めている。筆者は、新大綱のこの部分を読んだとき、新しい金融用語が説明なく使われており、開発の世界に突然金融の世界が持ち込まれたような唐突感と違和感を覚えた。ただし、この時点では、制度改革・新たな取組の提言はなされておらず、今回の「提言」は新大綱から大きな一歩を踏み出したものと言えよう。
サステナブルファイナンスへの資金需要
「提言」の内容に入る前に、サステナブルファイナンスへの資金需要に触れておきたい。「提言」には、具体的な資金需要見通しは示されておらず、「サステナブルファイナイスのボリュームも増加傾向にあり、更に成長を続ける見込みである」が、その「大半は先進国向けであり」、「途上国への関心を高めていくことが課題となっている」と書かれている。このような記述に止めたのは、サステナブルファイナンスの定義が確立しておらず、企業の情報開示が進んでいないため、信頼できるデータが存在しなかったからであろう。ただし、有識者会合において、外務省からは、環境、社会、ガバナンスの解決を目的としたサステナブルファイナンスの「世界的な投資規模は、2025年までに、53兆ドル(全投資金額の約3分の1)を超える見込み」であるという説明がなされた。JICA配布資料によれば、SDGs達成のために必要な途上国への投資額が2020年では年間約7.8兆ドルであったのに対し、実績は年間約3.9兆ドル(公的資金約0.4兆ドル、民間資金約1.1兆ドル及び国内資金動員約2.4兆ドル)にとどまっている。また、2022年の国際金融機関及び二国間開発金融機関による民間セクター向けファイナンスの合計額は、約1200億ドルであるのに対し、JICAは約29億ドルに過ぎない。OECD出版物(DACのTOSSD統計)によれば、途上国の開発のため公的資金に動員された民間資金は、2018年から2020年の平均で米国の55.36億ドルに対し、日本は2.51億ドル(JICA1.49億ドル)にとどまっている。
持続的な社会の構築のためのサステナブルファイナンス
(サステナブルファイナンスの定義)「提言」では、「サステナブルファイナンスは、持続可能な社会を実現するための金融メカニズムであり、具体的には、ESG投資やインパクト投資を内包している」と定義されている。一般には、サステナブルファイナンスは民間資金に重点を置いて論じられることが多いとされるが、官民連携を前提とすれば、当然公的資金と民間資金の両方を含むことになる。「提言」は、サステナブルファイナンスに眼を向ける理由として、「国際場裏で持続可能な社会の構築を議論する際は、その資金調達手段としてサステナブルファイナンスが強く意識されている」ことを挙げる。「提言」には、「インパクト投資」及び「ESG投資」の定義は置かれていないが、配布資料によれば、「何に焦点を当てるかで用語が異な」り、サステナブルファイナンス、ESG投資及びインパクト投資は、「目的・目指す方向」、「考慮すべき要素」及び「生み出す効果」にそれぞれ着目したものであり、「重なる部分もあるが、異なる面もある」とされる(水口剛委員)。その結果、ESG投資は、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)等の非財務的な要素を重視する投資ということになり、インパクト投資は、「財務的リターンとともに、測定可能でポジティブな環境的・社会的インパクトを意図して追及する投資」ということになる(水口委員)。
(自主的で分権的な形成過程にある金融メカニズム)サステナブルファイナンスの専門家ではない筆者には、この金融メカニズムがEU等の動きを除けば、自主的で分権的で重層的なプロセスを通じて発展しているように見える。この金融メカニズムには、個別の企業、銀行、投資家等のほか、国連、G20、国際機関、EU、非政府間国際機構、国際当局間機構、OECD、二国間援助機関、米国州政府、各業界団体、NGO等多くの機関・組織等が関心を有しており、これらの組織・団体による実践の積重ねとともに、それぞれの関心に従って策定される基準、原則、行動規範等(国連が主導した責任投資原則プラットフォーム、気候関連情報開示の標準化、経済活動を分類する「タクソノミー」、ブレンデッド・ファイナンスに関する原則等)を通じて、このメカニズムは確立されていくように思われる。
(ODAとサステナブルファイナンスの関係)筆者は、新大綱では、「貧困撲滅の開発」と「持続可能な開発」という二つの世界が併存し、これを統合するものがSDGsであり、ODAは双方を達成するための手段であることを確認した。「提言」は、ODAとサステナブルファイナイスが目指すものが異なることを前提に、両者の共通点を「課題解決型の資金」である点に求める。筆者には、「提言」はODAが「貧困撲滅の開発」と「持続可能な開発」を目指すものであることを認め、明確ではないが、サステナブルファイナンスが目指すものを含んでいると考えているように見える。他方、「提言」は「地球規模課題や社会課題解決における民間主体の重要性も高まっている」ことを指摘するが、「持続可能な社会の構築」に貢献するサステナブルファイナンスを社会課題解決の手段とは考えていないように読める。ただし、「提言」も、「環境と社会が相互依存的システムにあるという考えの下」、サステナブルファイナンスが「ODAと連携する機会が拡大している」ことは認める。なお、ESG投資の目的に社会課題の解決が含まれていることは言うもでもない。
(「提言」の考える共創)「提言」も、「はじめに」において、「日本と途上国、政府と民間が、持続可能な社会づくりという共有する価値の実現に向けて、共創を加速させ、途上国の経済成長支援に加えて日本と共通する社会課題の解決も目指すことで、途上国との連携強化に加え、日本社会が抱える課題の解決や、日本企業の新たな市場創出といった好循環を目指すべきである」と主張している。「提言」の考える「共創」の目指すものは、「持続可能な社会づくり」と「社会課題の解決」ということになる。「提言」では、「社会課題の解決という価値」の実現におけるODAの必要性に触れているが、「持続可能な社会づくり」においても、ODAに同様の必要性が認められことは言うまでもない。また、「提言」はODAの触媒としての役割の重要性を強調している。
提言
(基本的な方向性)「提言」は、ODAとサステナブルファイナンスが「課題解決型の資金」という共通性とともに、資金としての違いも有することを指摘した上で、「双方の資金としての性質の違いを踏まえつつ、連携を強化し、相乗効果・補完性を高めていかなければならない」と助言する。「提言」では、日本と途上国の共通課題として、「気候変動」、「生物多様性の損失」、「グローバルヘルスといった地球規模課題」及び「少子高齢化といった社会課題」を挙げる。「提言」は、政府が制度改善に当たり参照すべき5つの指針を提示している。そこには、「ODA事業におけるリスクテイク機能」の強化、「民間企業・資金と協働する制度的工夫」、「現行ODA制度の障壁」の除去、ODA事業の評価軸への「民間資金のレバレッジ」の追加及び官民連携の「オールジャパン」による「開発効果の最大化」が含まれる。
(具体的な方策)「提言」は、国際金融機関及び開発金融機関(DFI)の事例も参照しつつ、次の「具体的な方策」を提言する。
- ブレンデッド・ファイナンスの活用(「リスクテイク機能の拡充」及び「グラント性資金の活用」)
- インパクト増大に対してインセンティブを付与するような仕組みの活用
- 開発効果の評価・計測に関する知見の共有
- フィランソロピー性資金の活用
ここに掲げられた方策は、抽象的な内容にとどまっているが、次のような具体的な方策も例示されている。 - JICAにおける保証制度の導入
- アンカーインベスターとしてのJICAによる債券購入
- ODAを活用したリスクの高いファンドへの民間資金動員の仕組み
- アウトカムファンド及びサステナビリティ・リンク・ローンのような成果に連動した仕組みの導入
- インパクト評価におけるJICAの貢献及びJICAの事業評価の経験・知見の活用
(方策の実施に当たっての留意点)「提言」は、主として資金としての性質の違いから次の点に留意するよう求めている。
- 実施体制・ガバナンスの強化(専門性を有する組織体制、公正で透明性の高い意思決定プロセス、市場歪曲回避及びJICA既存スキームの見直しや他の公的金融機関との役割分担)
- 被供与先のガバナンス・透明性の確保(環境社会配慮、資金の適正使用等)
- 多様なステークホルダーとの協力(日本NGO連携無償資金協力の広域化等の制度面の見直しを提案)
- 日本経済・社会への還流(日本と途上国の共創のためのODAとサステナブルファイナンスの効果的活用、「オファー型協力」の推進、JICA海外協力隊による内外の課題解決の橋渡し等)
おわりに
「提言」は最後に、日本政府に「制度の抜本的見直し」と「新たな取組」を提案し、官民の継続的な「対話と協働の場作り」を求めている。今回の「提言」は、一方で気候変動リスクを回避し、企業価値を高めたいと考える企業、また、「必ずしも経済的価値に直結するわけではない」社会課題に取り組もうとする企業と、他方で二つの重点課題(政策)のための新しい開発資金を確保したいとする政府が協働作業を通じて「共創」を実現するという難しい取組に、政府が立ち向かうことを求めている。
サステナブルファイナンスの専門家は、サステナブルファイナンスにとっての最大の課題が「国際環境の変化」(注)であると指摘する。そうであるとすれば、サステナブルファイナンスの推進には、外交に重要な役割が求められることになる。この意味で、日本政府、とりわけ外務省に求められる役割は大きい。このことを確認して、本稿を終えることとしたい。
(注)「一国主義」の台頭と「国家資本主義」の進展による「国家間の対立」の激化(水口剛/高田英樹編著『サステナブルファイナンス最前線』(一社)金融財政事情研究会)
(11月1日記)