英語から見えてくるスコットランド


大阪学院大学教授、元駐エチオピア大使 松永大介

 筆者は、エディンバラ総領事として、二年余りをスコットランドで過ごしました。美しい自然とやさしい人々に囲まれた楽しい日々でした(着任1ヶ月にして、国民投票による英国のEU離脱という激震も体験しました)が、色々ある思い出の中で、今回はスコットランド英語に焦点を当ててお話ししたいと思います。
 かつて、夏目漱石は、文部省派遣による英国留学が決まり、さて英国のどこで勉強しようかと思いあぐねていた際に、エディンバラが留学先の候補に上がっていたそうです。エディンバラ城をはじめとする歴史的文化的な遺産や美しい風物に漱石は魅力を感じたのかも知れません。しかし、スコットランド英語が、かなり標準的な英語と異なることから、せっかく留学して英語を学ぶなら標準的な英語をと考え、結局ロンドンを留学場所として選んだと聞いております。もっともいかなる英語を標準と考えるかは物差し次第ですから、スコットランドの人々にとっては、スコットランド英語こそ標準と言えるのかも知れませんが。
 さて、スコットランド英語と言っても、訛りの強さは人それぞれです。自分がエディンバラ総領事を務めていた時期に首席大臣(行政府の長)を務めていたニコラ・スタージョン(Nicola Sturgeon)女史は、人一倍訛りが強く、アップル製品の音声入力ソフトであるSiriを使おうとすると、Siriのほうから「あなたの言っていることは分かりません」と反応されると自虐ネタを飛ばしていたぐらいです。もっとも、彼女の所属政党であるスコットランド国民党(The Scottish National Party: SNP)は、その党是がスコットランド独立であることから、彼女が訛りを直さないのはわざとだとも言われていました。

(写真)丘の上にそびえるエディンバラ城(筆者提供)

 それでは、スコットランド英語の特徴的な用法には、どのようなものがあるでしょうか。それを紹介する前にスコットランド語に、Scots語とゲール語の2種があることを説明しておかなければなりません。Scots語は標準英語との関係が深く、両語の単語のつながりが推測できる場合が少なくありません。他方、ゲール語は主にハイランド(高地)地方で話されていたケルト系の言語であり、標準英語とは明らかにルーツを異にしています。
 18世紀後半に活躍した国民的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)の詩は、Scots語で書かれています。バーンズが生まれ育ったのは、Ayrshire(エアシャー)と呼ばれる地域で、彼の作品は標準英語とのつながりが深いScots語で書かれています。後述する『蛍の光』(Auld Lang Syne)も当然ながらバーンズによるScots語の歌詞で歌われます。
 なお、ゲール語については、日本の辞書には、Gaelic(ゲイリック)と掲載されていますが、それ以外にGallic(ギャリック)と呼ばれる場合があり、現地では後者のほうが一般的です。日本の辞書では、Gallicについてはフランスを意味する「ゴール地方(現在のフランス), ゴール人の」という語義(ドゴール大統領のde Gaulleがまさしくそれにあたります)しか載っていませんが、スコットランドでは、逆に「ゴール地方の, ゴール人の」という意味が意識されることなく、「ゲール語」を指します。
 Scots語には、標準英語とのつながりが容易に推測できるものが少なくないと述べました。例えば、怪獣で有名なネス湖は、Loch Ness (ロッホ・ネス)と呼ばれますが、lochは明らかにlake(レイク)と語源を共有しています。同様に、英国国教会とは独立しているスコットランド教会を表すthe Kirk(カーク)という言葉があり、標準英語のchurch(チャーチ)と語源を同じくすることは明らかです。
 その他頻用されるScots語の単語としては、若い女性を指すlass, lassie, 若い男性を指すlad, laddieがあります。筆者の小学生時代に、アメリカの連続テレビ番組「名犬ラッシー」が子供たちに人気がありましたが、主人公のコリー犬の名前がラッシーでした。名前から察するに雌犬だったようですが、当時は雄犬だと思っていました。
 高校生の時には、音楽祭の課題曲として『スコットランドの釣鐘草』を歌わされました。聞いてみれば、皆が「ああ、あの曲か」と誰もが分かるメロディーですが、その歌詞は “Oh, where, tell me where, is your highland laddie gone?”(おお、ハイランドのあなたの恋人は一体どこへ行ってしまったのか?)という女性への問いかけで始まります。もっとも、この曲には、幾つかの異なる歌詞があるようですが。
 この歌はそのあと、問いかけに対する女性の側からの答えという形が繰り返され、“He dwelt in bonnie Scotland where bloom the sweet bluebells.”(彼は美しいスコットランドに住んでいました。愛らしい釣鐘草の咲く地です。)という歌詞に連なります。自分はエディンバラに赴任した翌日の朝、庭先に青色の鐘状の花が咲いているのを見つけ、これが高校生のときに歌わされたツリガネソウの実物であったかと、とても嬉しく感じました。

(写真)スコットランドの釣鐘草(撮影筆者)

 なお、bonnie Scotlandのbonnie(ボニー)は、「きれいな」とか「感じが良い」というポジティブな形容詞であり、若い女性を意味するlass, lassieという名詞と相性がよくa bonnie lass という組み合せで詩や民謡に頻出します。
 とは言っても、形容詞bonnieは女性だけに使われるものではなく、18世紀半ばにジャコバイトの乱を率いて連合王国政府に反旗を翻したチャールズ・エドワード・スチュアートが、Bonnie Prince Charles(いとしのチャールズ王子)と呼ばれて、スコットランドで広く愛されました。Bonnieが愛称に付くぐらいなのですから、さぞかし美男だったのでしょう。
 Scots語の形容詞で標準英語とのつながりの想像がつきやすい形容詞としては、ほかに前述の「蛍の光」の原題になっている “Auld Lang Syne”の“auld”があります。“Auld Lang Syne”は、直訳すれば“Old Long Ago”(古き良き昔)の意味ですので、“auld”がoldにつながっていることが明らかであると同時に、“lang”が標準英語のlongにつながっていることが容易に想像できます。
 形容詞auldは“Auld Alliance(古き同盟)”というフレーズにも登場します。かつてスコットランドには、フランスと同盟を結んで強国イングランドに対抗した時代(1295-1560)がありました。今でもラグビーやサッカーなどのスポーツでフランスとイングランドとの対抗戦があると、auld allianceを引き合いに出してフランス側を応援します。また、フランスに限らず、スポーツの試合でイングランドが他国と対戦するときは、スコットランドの人たちは当然のようにイングランドの相手方を応援しますが、これは日本ではあまり想像できないのではないでしょうか? 同じ英国に属するのだから、当然イングランドを応援するものだと皆思っているのではないでしょうか。
 スコットランド特有の形容詞としては、ほかにwee (小さい) があります。標準英語でも、夜中過ぎの未明の時間帯を指してin the wee hours of the morning と呼ぶことがあり、in the small hours of the morning という言い方と同じ意味になります。標準英語と枝分かれする頃の古い英語がスコットランドに残っているということかも知れません。意味としては午前2時とか3時にあたりますが、2も3も小さい数なのでこう言うものと思われます。
 自分はweeという言葉を聞くと、かつて勤務した沖縄で、小さくて可愛いものを指して使われる「〜ぐわー」という接尾辞を思い出します。「犬(いん)ぐわー」「砂糖(さーたー)ぐわー」などのように使われます。小さくて可愛いもの(というと今はやりのキャラクター「ちいかわ」を連想しますが)に対する親しみや愛情を感じさせる表現です。なお、「少し疲れた」というように、「少し」を副詞として使うときは、bitをつけてwee bit tiredのように表現します。
 さて、もうひとつ日常会話でしょっちゅう使われるスコットランド系の単語に、返事の「はい」に当たる“Aye”があります。海軍の水兵さんが“Aye, Aye, sir.”と上官に返事するのを映画などで耳にしますが、スコットランド英語(Scots語)が標準英語と枝分かれする頃にじ言葉が使われていた名残りなのかも知れません。
 また、スコットランドで何日かを過ごせば、店頭でのやりとりや何気ない会話の流れの中で、たびたび“Aye”という返事が返ってくるのを経験するでしょう。”Aye”と言っている本人も、特にスコットランド英語を話しているという意識なしに、極く自然に”Aye”が口を突いて出るようです。
 さて、ここでゲール語についても一言触れておきましょう。本来ゲール語はハイランド(高地)地方の言葉であり、全スコットランドで共有されていた言葉ではありませんが、2007年からスコットランドで政権を握るスコットランド国民党(The Scottish National Party)は、ゲール語重視をスコットランド・ナショナリズムの象徴として重視してきました。そのため、ゲール語の地位が上がっています。例えば、鉄道の駅では、駅名が英語とゲール語の両方で表示されています。テレビにもゲール語チャンネルがあり、常にゲール語で放送されています。ゲール語で各教科を教える学校もあり、ナショナリズムの意識の高い人の中には、子供をこうした学校へ通わせる場合もあります。ゲール語で詩を書く詩人もいます。
 最後に、スコットランド英語そのものの特徴ではありませんが、Englishという言葉が独特な使い方をされる場合があり印象的でした。Englishという単語が通常「英語」の意味に使われるのはご承知の通りですが、スコットランドでは「イングランド(人)の」という形容詞として使われる頻度が相対的に高いのです。また、この言葉が使われる際は、歴史的に常に意識される存在であった南の大国イングランド(England)に対する特殊な感情が込められている場合が多いと感じました。
 例えば、“He is English.”という言い方は、「彼はイングランド人である」という意味になります。初めてこれを耳にする日本人には、“He is English.”と聞いて一瞬「彼は英語であるだって!? 何のこっちゃ?」と戸惑う人もいるのではないでしょうか。
 British(英国人)という、ある意味で無色な単語を使えば済むところを、あえてEnglish(イングランド人)という単語をあえて選ぶことに、話し手が「スコットランド人ではない」というある種の区別を意識していることが窺われます。
 日本の中学・高校では、英国はBritainともEnglandとも呼ばれると教わることが多いようです。さらに、国名としてはThe United Kingdom (The UK)も使われると教えられる場合もあるでしょう。しかし、こうした教え方は正確ではありません。なぜなら、England, Britain, the UKにはそれぞれ異なる意味があり、使い分けられるべきだからです。
 Britainは、イングランド・スコットランド・ウェールズを含む島全体を意味する名称であり、The United Kingdomは、Britainに北アイルランドを加えた正式国名(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)の冒頭部分です。
 英国について名称が複数あることについて、思い出す話があります。徳川家康は、同時代に英国国王であったジェームズ1世(スコットランドでは6世)から手紙を受け取り、これを腹心の英国人である三浦按針(ウィリアム・アダムズ)が仮名書きに和訳しましたが、その和訳には国名として「大ぶりたんや」(Great Britanniaの訳か?)が使われていました。物の本で読んだのですが、家康はそこで、翻訳に当たった按針に「あなたの国には(いんぐらんど)の他にもう1つの名前があるのか?」と訊いたそうです。三浦按針は、「その通りです」と答えたそうですが、英国が2つの名称を持つに至った経緯すなわちスコットランドと同君連合の関係になったことを家康に説明するのが億劫だったのではないかと想像してしまいます。
 なお、家康からジェームズ1世(6世)への返書(先般の天皇陛下ご訪英の際の晩餐会スピーチでチャールズ国王が言及していました)の冒頭には、「大ぶりたんや」を使わずに「いがらていら国王」としてあります(注)。「いがらていら」はイングランドに当たるラテン語なのでしょうか。
 実を言えば、ジェームズ1世(スコットランドではジェームズ6世)の時代には、イングランドとスコットランドはまだ別の国であり、たまたま彼が両国の国王を兼ねる同君連合(personal union)の状態でした。両国が法的に合体するのには、約100年後の1707年にスコットランド議会が廃止されるまで待たなければなりません。(同議会は約300年ぶりに1999年に再開されました。)
 なお、ジェームズ1世(6世)が両方の国の君主となったのには、スコットランド女王であったメアリー・スチュアートの息子であったのと同時に、イングランド国王ヘンリー8世の姉の曾孫であったという事情があります。(先代のイングランドの君主はエリザベス1世で「私はイングランドと結婚した」と言って生涯独身を通したため子供がいませんでした。)
 なお、スコットランド出身者が日本で “Mr.〜 is from England.”と紹介されることが時々あって戸惑うそうです。紹介する人は、学校でイギリス=Englandだと教わったので、そう訳すのでしょうが、紹介されるほうにとっては、違和感があるが当然と思われます。日本の英語教室でも、そろそろEnglandが指すのはイングランドだけであり、スコットランドとウェールズを足してBritainになるのだときちんと教えても良い時期が来ていると思われます。

 スコットランド英語について論じていたのに、図らずも歴史的背景にまで話が及んでしまいました。言語が歴史や文化から切り離せないものだからでしょう。英国を構成する4つの部分(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)を正式に指す名詞がregions(地域)やprovinces(州)でなく、通常「国家」を意味するnationsであることは象徴的です。それぞれの構成主体がnationとしての独自のアイデンティティを持っていることを示しているように思われます。皆さんが、スコットランドや、そこで話されるスコットランド英語にこれからも関心を持たれ、それがひいては複眼的な英国理解につながることを念じて、筆をおきます。(了)

(注)幸田礼雅『日本に来た最初のイギリス人:ウィリアム・アダムズ=三浦按針』新評論1993年, 118頁