米国大統領選挙・ヒスパニック票の行方


元在バルセロナ総領事(マイアミ在住) 渡邉尚人

はじめに

 本年11月5日は、米国大統領選挙の日であり、その結果は、日本やラテン・アメリカのみならず世界に大きな影響を与えるものです。そして、この選挙には米国で白人に次ぐ第二の人種別人口比率を持つに至ったヒスパニック票の行方も注目されるところです。大統領選挙動向、ヒスパニック人口の動態、ヒスパニック票の行方、フロリダ州の動向等につきご紹介したいと思います。

米国大統領選挙動向

(1)大統領候補
(ア)今年の大統領選挙には、当初は民主党からは、予備選や党員集会を制したバイデン大統領が再選を目指して選挙活動を行っていましたが、7月21日に選挙戦からの撤退を表明。カマラ・ハリス副大統領を後任候補として指名し、民主党は8月6日にハリス候補を正式指名しました。更に8月19日から22日のシカゴで開催された民主党全国大会でハリス副大統領は指名受諾演説を行い、ハリス大統領候補の下、党の結束を固めました。
(イ)共和党の大統領候補は、予備選や党員集会を制し、7月15-18日の共和党全国大会で大統領候補に指名されたトランプ前大統領です。なお、ケネディ元大統領の甥で弁護士のロバート・ケネディ・ジュニア氏が無所属で出馬を表明していましたが8月23日、選挙戦から撤退し、トランプ支持を表明しました。
(ウ)9月10日の候補者討論会を経て、11月5日に大統領選挙投開票です。

(2)バイデン対トランプからハリス対トランプに
(ア)今回選挙は、当初バイデン大統領81歳、トランプ前大統領78歳の高齢者対決といわれ、7月までは両候補の激しい競り合いが続いていました。バイデン大統領は高齢と認知能力への不安や、物価高、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区攻撃への対応批判等を抱え、またトランプ前大統領は、不倫口止め料、機密文書持ち出し、大統領選挙結果の覆し疑惑、ジョージア州大統領選挙結果覆し疑惑等四つの刑事裁判で91の重罪に問われている前代未聞の選挙です。既に5月31日に不倫口止め料をめぐる事業記録改竄に関する34の重罪につき陪審員の有罪評決が出て、7月に量刑が言い渡される予定でしたが9月に延期されています。多額の民事裁判も抱えています。なお、機密文書持ち出しについては7月15日フロリダ州連邦地裁が起訴を棄却、検察側は上訴予定です。大統領選挙結果覆しについては7月1日連邦最高裁が在任中の公的行為として免責特権を一部認め、下級審に差し戻しとなっています。ジョージア州控訴裁判所は6月裁判手続きの保留を決定しています。
 トランプ前大統領は、政治的な魔女狩りだとして徹底抗戦の構えですが、有罪・収監となれば有権者の投票行動にも影響を与えることとなります。なお、有罪・収監となっても当選すれば自らに恩赦を出すのではないかと見られています。善かれ悪しかれ、そのエネルギーとある種の楽観主義には驚かされます。
(イ)その対決構図は、6月27日のCNN主催第一回候補者討論会を契機に一変します。討論会では、バイデン大統領は声がかすれ言葉に詰まる場面もあり精彩に欠け、パフォーマンスの優劣についての世論調査ではバイデン33%、トランプ67%でトランプの圧勝でした。このためバイデンの健康を不安視する声が上がり、党内にも撤退を求める声が高まります。更に7月13日には、演説中のトランプ前大統領襲撃事件が起こり、共和党の党内結束が強化されます。そして7月21日にバイデン大統領は突如撤退を表明し、後任候補にハリス副大統領を指名、ハリス副大統領は8月民主党により正式指名され、シカゴで開催された民主党党大会で指名を受諾します。
(ウ)ハリス候補は、59歳という若さ、非白人(父はジャマイカ出身、母はインド出身)、検事の経歴で女性票や黒人層、無党派層にアピールし、急激に支持率を上げトランプ候補に並んでいます。なお、民主党の副大統領候補は、ウォルズ・ミネソタ州知事、共和党は、バンス上院議員となりました。

(3)支持率
 8月23日の世論調査(リアル・クリア・ポリテイックス)の平均では、ハリス48.4%、トランプ46.9%でハリスがトランプを僅差で逆転し、リードしています。 しかしながら選挙は水物で、選挙までの二ケ月半の間に本当に何が起こるかわかりませんので今後の選挙動向が注目されます。

米国のヒスパニック人口
(1)米国の人口は、2020年の国勢調査では3.31億人で2010年の3.08億人から7.4%増加し、現在は3.41億人(2024年5月、ワールドメーター社)で世界人口81億人の4.23%を占め、増加し続けています。
(2)このうちヒスパニック人口は、2000年に35.3百万人(全米の12.5%)となり初めて黒人を抜き米国最大のマイノリティとなって以来、2010年50.5百万人(16.3%)、2020年62.1百万人(18.9%)、2022年には63.7百万人(19.1%)となり、白人に次ぐ米国第二の人口、人種となっています。2050年は90百万人に達する見込みです。
(3)ヒスパニック人口の多い州(2020年世論調査)は、カリフォルニア(15.5百万人)、テキサス(11.4百万人)、フロリダ(5.69百万人)、ニューヨーク(3.94百万人)、イリノイ(2.33百万人)、アリゾナ(2.19百万人)、ニュージャージー(2.0百万人)、コロラド(1.2百万人)、ネバダ(0.89百万人)等です。
(4)そして米大統領を選ぶ選挙人の数(大統領選出には538人中270人必要)は、国勢調査に基づき決められる州選出上下両院議員の合計です。これらの州の選挙人数は、カリフォルニア(54人)、テキサス(40人)、フロリダ(30人)、ニューヨーク(28人)、イリノイ(19人)、アリゾナ(11人)、ニュージャージー(14人)、コロラド(10人)、ネバダ(6人)であり、選挙人の多い州や激戦州のヒスパニック票や無党派票更に女性票の動向は大統領選挙に大きな影響を与えることとなります。

ヒスパニック票の行方
(1)ヒスパニック有権者
 米国のヒスパニック有権者は、全有権者の13.3%の32.3百万人(2020)で2024は36.2百万人(2024)に増加しています。州別ではカリフォルニア7.9百万人、テキサス5.6百万人、フロリダ3.1百万人、ニューヨーク2百万人、アリゾナ1.2百万人です。
(2)ヒスパニック有権者の投票行動
 前回2020年の大統領選挙での全米での人種別の投票では、一般的に白人層はトランプ支持(58%、バイデン41%)が多く、黒人層は、バイデン支持(87%、トランプ12%)、ヒスパニックはバイデン支持(65%、トランプ32%)の得票率でした。今回の選挙では全国のヒスパニックは、ハリス支持(52%、トランプ35%)ですが、フロリダ州のヒスパニックは、トランプ支持(47%、ハリス45%)となっています。
(3)接戦州
 今回の大統領選挙での接戦州は次の7州といわれており、両候補の接戦がつづいています。アリゾナ(ハリス47.1%、トランプ47.3%)、ジョージア(47.1%、48.1%)、ミシガン(48.6%、46.6%)、ネバダ(46%、47.4%)、ノースカロライナ(46.3%、47.2%)、ペンシルバニア(47.5%、47.7%)、ウイスコンシン(48.6%、47.6%)。(8月23日、リアル・クリア・ポリテイックス)
なお、ケネディ無所属候補撤退による民主党、共和党両陣営への影響、更に無党派層への影響が注目されます。

フロリダ州の動向
(1)フロリダ州のヒスパニック有権者
 フロリダ州の人口は21.5百万人(2020)、ヒスパニック人口は5.69百万人で州人口の26.5%を占めます。うち、ヒスパニック有権者数は、3.1百万人で17%を占めます。
(2)フロリダ州はスイング・ステートを外れる
 フロリダ州はかつては支持率の拮抗するスイング・ステートと呼ばれ、2000年共和党ブッシュ候補がゴア民主党副大統領と537票差の大接戦を演じ、数えなおし訴訟に持ち込まれ最高裁の判断によりフロリダ州でのブッシュ勝利が確定し、右により選挙人271票を獲得したブッシュがゴア(266票)を抑え、大統領に当選したのは有名です。2004年は共和党ブッシュ勝利、2008、2012年民主党オバマ勝利、2016年共和党トランプ勝利、2020年は民主党バイデンが勝利しました。
今回の大統領選挙には、当初共和党のデサンティス・フロリダ州知事、スアレス・マイアミ市長も立候補していましたが、トランプ候補の圧倒的な強さの前に既に撤退し、デサンティス州知事はトランプ支持を表明しています。今やフロリダ州は、かつてのスイング・ステートではなく共和党の票田となっているのです。
(3)マイアミでの選挙動向
 筆者の在住しているマイアミ・デイド郡は人口272万人の実に7割がヒスパニックで、街のいたるところにスペイン語広告が溢れ、街角やスーパー、銀行、病院、薬局、レストラン等での人々の日常会話はほぼスペイン語です。そして街角で話を聞いてみるとキューバ系やニカラグア系の住民は、ハリス・トランプ両候補の討論や政策等を見極める必要があるとの慎重な意見も聞きますが、やはりトランプ支持の声が強いのが分かります。
(4)テレビ報道ぶり
 フロリダ州では、現在両候補は、本選のための資金集めパーティーや選挙集会を頻繁に行い、本格的な選挙戦に入っています。トランプ候補も襲撃事件後、野外での選挙演説を再開しています。また、これまで地元テレビはもちろん共和党寄りのFOX NEWS や民主党寄りのCNNに至るまで毎日四六時中、トランプ前大統領の裁判や選挙活動における一挙手一投足の動静を詳細に過熱気味に報道し続けていましたが、今はハリス候補の報道とテレビ選挙広報が急激に増えています。トランプ候補は、良きにつけ悪しきにつけマスコミがニュースとして取り上げるので圧倒的な知名度がありますが、ハリス候補が猛追しているところです。

フロリダ州のヒスパニック有権者の選挙関心事項
(1)主要関心事項
 フロリダ州のヒスパニック有権者の大統領選挙での主要関心事項は、世論調査によれば、まずは経済です。物価高、医療費、税金、雇用等の経済的不安をどちらの候補がより取り除き、生活を楽にしてくれるかであると思われます。この意味では、国内産業や雇用を守り、自国第一主義のトランプ候補に期待する声をよく聞きます。
(2)移民問題
 移民問題については、合法的な移民よりも不法移民により手厚い保護を与えるバイデンの移民政策には批判的で国境の壁建設や不法移民排除という不法移民に厳しいトランプの移民政策を支持するヒスパニック有権者は多いといえます。
 なお、昨年7月発効したフロリダ州移民法SB1718は、非合法移民の雇用禁止、運転免許取得禁止を定めています。このためフロリダ州の労働人口の4割を占めると言われた不法移民は、北上し、フロリダ州は労働人口不足により経済的損失や税収減等マイナスの影響がでている由です。また果実収穫のための労働力不足による果物価格の上昇やスーパーマーケットのレジ係不足等弊害も出ています。
(3)環境問題
 フロリダ州には、世界自然遺産で鰐や水鳥の生息する広大な湿地帯のエバーグレーズ国立公園や州南端のキーウエスト沿いのサンゴ礁等豊かな生物多様性を擁し、また毎年ハリケーンや大雨による洪水、海面上昇、熱波等気候変動の脅威を受ける州で更に世界的観光地で都市の美化やゴミ問題等への市民の環境意識の高い州です。バイデン政権の電気自動車優遇措置によりEV普及率もカリフォルニア州に次いで全米二位の州です。また、ヒスパニックは非ヒスパックよりも自分のコミュニテイーに関係する環境問題への意識が高いといわれています。(ピュー・リサーチ・センター)
 他方、本年3月デサンティス・フロリダ州知事は、バイデン大統領の進めるESG投資(企業投資において非財務情報である環境・社会・ガバナンスの要素を考慮する投資)政策に反発する声明を共和党の19州知事と連盟で発表し、ESG投資を禁止する法案に署名しています。これは州・地方レベルの投資決定におけるESG使用禁止、財務要因のみの考慮の保証、債券発行の際のESG要素使用禁止等です。日本でももてはやされているESG投資への真っ向からの反発であり、注目される動きです。
 更に同州知事は、5月には、グリーン狂信者たちから守るためとして州法から気候変動の文言を削除する法案にも署名しています。
 トランプ共和党候補が当選する場合には米国の環境政策は、大幅な変更を余儀なくされることが予想されます。7月発表された共和党の政策綱領では、石油・天然ガスの増産、バイデン政権の電気自動車(EV)普及に向けた環境規制撤廃等が発表されています。

中南米の権威主義的政権と大量移民
(1)なお、マイアミにいて、個人的に感じるのは、在米のキューバ人やニカラグア人、ベネズエラ人達が本国政府を口を極めて非難するにも拘わらず、本国の権威主義的政権が長年継続し、なかなか政権交代が実現しないのも、米国への大量移民が一つの要因だと思われます。
(2)権威主義的政権は、キューバのマリエル難民危機等国内危機がある度に米国に大量移民を流出させることで国内の抵抗勢力を排除し、また、合法・非合法移民の本国送金で経済的にも持ち直します。そして多くの知識層や経済人が米国に亡命したため、国内には反政府派の力のある知識人や経済人等がおらず或いは投獄されているため、民主的抵抗勢力が育たず、また権威主義的政権の影響下にある選挙管理当局が選挙結果を改竄するので、反政府民主勢力はどうしても選挙に勝てず、軍部の政権離れ等がなければなかなか民主的な政権交代は実現できないというのが現実ではないかと思われます。

結び
 米国の大統領選挙の結果は、日本や中南米を含む世界に大きな影響を与えるものです。自国第一主義でグローバリズムや国際協調に後ろ向きなトランプ前大統領が当選する場合には、移民規制強化、環境・エネルギー政策転換、自由貿易協定見直し、関税増、同盟関係や国際関係見直し等の変更が生じ、中国の影響が顕著となりつつある中南米の地政学的安全保障の観点からも影響を与えることが予想されます。また、分断した米国社会と混迷する世界の安全保障環境の中、リーダーシップを発揮できるかが注目されます。
 また、ハリス候補が当選する場合には、バイデン政権の政策継承となりましょうが、環境・エネルギー政策やジェンダー、中絶問題等はより左派主義的なものとなると思われます。
 なお、ハリス候補勝利の場合トランプ候補が敗北を認めず抗議活動等で混乱が続くことも予想されます。更に議会選挙の行方も注目されるところです。
 大統領選挙の動向やヒスパニック票の行方からはなかなか目が離せません。(了)