最近のノルウェーの安全保障政策と日本・ノルウェー関係


駐ノルウェー大使 杉山 明

 本年5月、ストーレ・ノルウェー首相は同国にとり最初の国家安全保障戦略を発表し、この戦略策定の背景としてノルウェーが「第2次世界大戦以来最も深刻かつ不確実な安全保障環境」に直面していると述べた。ロシアのウクライナ侵攻、米欧関係の変化、中国の台頭等はノルウェーの安全保障政策に大きな影響を与えてきている。本稿では、国家安全保障戦略、脅威認識年次報告書(国防省傘下のノルウェー情報局が毎年作成公表)及び長期国防計画(昨年4月発表)並びにこれまでの筆者の当地安全保障関係者との意見交換などを踏まえ、最近のノルウェーの安全保障政策について概観した後、本年外交関係樹立120周年を迎えた日本・ノルウェー関係につき述べることとしたい。なお、以下は筆者個人の見解であり、筆者が属する組織の見解を示すものではないことをお断りしておきたい。

1. ノルウェーを取り巻く安全保障環境
(1)ノルウェーにとり北方で国境を接するロシアは常に警戒の対象であったが、ウクライナ侵攻後、ロシアはより攻撃的かつ予測不可能な隣国となり、欧州の安全保障秩序を力で改変し隣国を自国の意のままに圧倒できることを企図する存在としてロシアに対する脅威認識を強めている。さらに、ロシアは、スウェーデン及びフィンランドのNATO加盟を受けてバルト海及び北欧に政治的・軍事的に関心を高めているとしている。また、ロシアの北方艦隊のノルウェーを含むNATO諸国に対する冷戦期以来の脅威に変わりはなく、本年にも多目的潜水艦及びフリゲート艦の増強が予想されている。
(2)北極圏地域(High North)は、ノルウェーが外交安全保障政策において最も重視してきた地域であり、同地域における緊張を抑える政策(High North, Low Tension)を進めてきたが、ロシアとNATOとの対立、気候変動の影響(氷解による資源開発や北極海航路利用)、地政学的競争の増大(露中連携を含む)により新たな状況が生じている。また、ノルウェーと国境を接するロシアのコラ半島は、冷戦期以来戦略核ミサイル搭載潜水艦の母港があるなど「世界最大の核兵器集積地」と言われ、その状況に変わりはない。北極圏地域はその地政学的重要性が増し、最早Low Tensionとは言えない状況となっている。

北極圏のスヴァ―ルバル諸島スピッツベルゲン島の氷河(筆者撮影)

(3)欧米関係については、米国のかつてない対決的な政策により相当の不確実性がもたらされていること、米国は欧州の安全のために欧州同盟国がより多くの負担を担うことを求めており、欧州はこれに応える必要があること、欧州における米国の軍事的プレゼンスは所与ではないということを強く認識している。
(4)中国に関しては、「ノルウェーの安全保障、経済成長及び繁栄に不可欠な国際的なルールと価値に挑戦しており、中国の顕著な軍備増強及び威圧的手段の使用は地域及びグローバルなレベルの双方で不確実性と軍事的均衡の変化をもたらしている」(国家安全保障戦略)としている。その上で、外交政策のための経済的手段の利用、中国国営企業のノルウェーの港湾インフラへの関心、欧州における諜報活動、北極におけるプレゼンス、能力及び影響力を強めようとする野心及びロシアとの協力強化等を警戒している。但し、現在の主要課題(気候変動等)解決は中国との協力なしでは不可能という点も指摘している。
(5)戦時と平時との境目が曖昧となり、主としてロシア、さらに中国によるサイバー攻撃、諜報活動、妨害活動、偽情報流布等を警戒している。
(6)なお、本年3月、ノルウェー国民の6人に1人(16%)が5年以内にノルウェーで戦争が起こる可能性が高いと考えている(昨年同時期の約3倍)という世論調査が発表されたほか、8月の世論調査では、ノルウェーに対する安全保障上の脅威について、約半数が(脅威の程度は)「中程度」と回答し、3分の1が「高い」または「非常に高い」と回答するなど、一般国民の間でも脅威認識の高まりが見られる。

2.最近のノルウェーの安全保障政策の展開
(1) 国防力の迅速な強化
昨年4月、ノルウェーは現在の安全保障上の課題及び今後予想される安全保障環境に対応するための準備が不足しているという厳しい認識の下に長期国防計画を策定したが、同計画の迅速かつ効果的な実施がノルウェーにとり最優先事項となっている。「我々の努力は戦争危機のリスクの高まりを反映したものでなければならない」という国家安全保障戦略の記述にも危機感が表れている。
 同計画は2025年から2036年の12年間にわたる国防力増強計画であり、議会内超党派による支持がある。同計画により、既存予算(2024年)に基づく同期間の支出見込みに比べ1兆6350億ノルウェー・クローネ(以下NOK)(約22.9兆円)が増額され、2036年国防予算は現行予算の2倍になるとされており、「歴史的な国防支出の増強」(ストーレ首相)である。同計画の主な内容は、弾薬・部品備蓄やICTインフラの強化等基盤的運用能力の強化、北極圏地域における状況把握能力の向上(衛星増強、長距離ドローン取得等)、海軍戦力の増強(新型フリゲート艦最低5隻、新型潜水艦6隻の新造等)、防空能力の強化(配備を終えたF35A戦闘機に加え、地対空ミサイルNASAMS及び新レーダーの追加、長距離防空システム取得)、陸軍・郷土防衛隊(Home Guard)の装備・人員増強(陸軍1個旅団を3個旅団に増強等)である。
 なお、国防予算は2024年及び2025年とも前年比約20%増となっており、国防費のGDP比は、2024年にNATO基準の2%を達成し、本2025年には3.3%に達する見込みである。また、6月のNATO首脳会合で合意された国防関連支出GDP比5%目標についても、ノルウェーは国家安全保障戦略に沿ったものであるとしていち早く支持を表明した。ストーレ首相は、「国防支出は今後数年間の優先事項であり、(医療、教育、介護等の)他分野への投資の増加を抑制するものとなる」と国民の理解を求めている。
(2) NATO(特に米国、英国、北欧バルト諸国)との協力強化
 ロシアによるウクライナ侵攻後はNATOのノルウェーの安全保障にとっての重要性は一層高まっており、集団的防衛体制の信頼性の維持強化のために応分の役割を果たすことはノルウェーの安全保障政策の重要な柱である。ノルウェーは、その地理的位置、特に「世界最大の核兵器集積地」が国境付近にあることから、「NATOの北方における目と耳」(ストーレ首相)を自任しているほか、北方地域での有事に備えた共同訓練などに主要な役割を果たしている。以下、同盟各国、特に米国、英国、北欧バルト諸国との関係等につき述べる。
 米国はノルウェーにとっても最重要の同盟国であり、2024年には米軍に使用を認める空軍・海軍基地等を8カ所増やし計12か所としたほか、米空母群のノルウェー近海への展開も増えてきている。ノルウェーも対米関係の不確実性の増大を懸念しているが、一方で、北極圏地域はロシアの潜水艦発射弾道ミサイルが米国に到達する最短ルートであることから、北方に睨みを利かせるノルウェーは米国の安全保障にとって重要な存在であり、これが両国関係安定の基礎になっている。4月のノルウェー・米国首脳会談においては安全保障が主要議題となり、ストーレ首相はトランプ大統領に対して「ノルウェーとロシアとの国境からわずか100キロの所に世界最大の核兵器集積地がありますが、それらの兵器は私たち(ノルウェー)ではなく、主にあなた方(米国)に向けられている」と説明したと報じられている。
 英国は、北海を挟んだ隣国であり、北大西洋及び北極圏地域の安全保障面での重要なパートナーである。昨年12月にスターマー首相が訪諾した際に「戦略的パートナーシップに関する共同宣言」を発出し、相互運用性向上、脅威認識の共有、装備開発協力等安全保障面での協力強化に合意した。本年には、英国空母打撃群のインド太平洋地域派遣にノルウェーのフリゲート艦が参加して相互運用性向上を図ったほか、8月末、長期国防計画の下で調達する新型フリゲート艦調達の戦略的パートナーとして英国が選定され、北方海域の海洋監視・防衛において両国の統合的運用が一層強化されることが期待されている。
 北欧諸国間の防衛協力はかねてより行われてきているが、フィンランド及びスウェーデンのNATO加盟により、戦後初めて北欧諸国は同盟国として計画運用面でより緊密な協力が可能となりロシアに一致して対峙できるようになったことをノルウェーは高く評価している。また、バルト諸国との連携協力も強化されてきており、北欧バルト8か国(NB8)がウクライナ支援等で連携することも多くなってきている。さらに、NB8に英国、オランダを加えた合同遠征部隊(JEF)にもノルウェーは積極的に参加しており、本年5月には首脳会談を主催した。
 EUが安全保障面での役割を強化しつつある中、ノルウェーはEU非加盟国であるが、EEA(欧州経済領域)協定及び「EUノルウェー安全保障防衛パートナーシップ(2024)」に基づき、緊急事態対応、危機管理、防衛産業、宇宙活動等の分野で協力を進めるとしている。但し、EUは安全保障面ではあくまでNATOを補完するものと位置づけている。
(3) 北極圏地域(High North)の安定
 本年8月末、ノルウェーは約20年ぶりに「北極圏地域戦略」を発表した。ノルウェーは北極圏地域の安定及び同地域における自国の主権及び行動の自由を保持するために、自らの国防能力及び北欧、米、英、加等との協力を強化し、特に海洋安全保障及び状況把握能力を強化するとしている。中国の同地域の活動に対しては警戒を緩めず制限的な政策を継続するとしている。一方で、同地域に係る多国間枠組である北極評議会については、ロシアを排除せず実務レベルでの活動維持に努めている。なお、上記「戦略」では、この地域の安全保障のためには北部ノルウェーにおける地域社会の強靭化・活性化が重要であることも指摘されている。
(4)対ウクライナ支援
 ロシアのウクライナ侵攻は欧州全体に対する直接的脅威であるとの認識の下、ウクライナ支援を積極的に行っている。特筆すべきは、ノルウェーはウクライナ及び周辺国支援のために2023~2030年の8年間にわたり総額2050億NOK(約2.9兆円)をコミットしており、これに議会内超党派の支持があることである(ナンセン・プログラム)。これまで多岐にわたる軍事、民生・人道支援を行ってきているが、最近は防空能力支援(パトリオット・ミサイル供与を含む)、地雷除去支援、防衛産業支援等を重点的に実施している他、英国と共に海洋能力強化支援を主導している。8月末、ストーレ首相はウクライナを訪問し、明2026年も本年と同水準である850億NOK(約1.2兆円)の支援を行う方針を表明し、これが議会承認を得れば2023~2030年の支援総額は2750億NOK(約3.9兆円)に拡大される。
(5) 経済安全保障(エネルギー、中国)
 経済安全保障は国家安全保障戦略の柱の一つと位置付けられている。
 ノルウェーは、欧州が天然ガスのロシア依存を減らしていく中で、欧州の天然ガス需要の約30%を供給しており、欧州のエネルギー安全保障に大きく貢献しているが、安定的かつ長期的に欧州にエネルギー供給を続けるとしている。
 「ノルウェーと安全保障上の利益を共有しない者」との関係で、外国投資規制、機微技術・情報流出防止強化、安全保障上不可欠な産業分野における輸入依存の見直し等に言及するとともに、特に中国については、中国との経済協力に伴うリスクの特定・削減、機微な分野における協力を回避すべきとしている。
(6) インド太平洋地域への関与
 ロシアのウクライナ侵攻をめぐる露中、露朝の協力等を背景として、インド太平洋の安全保障情勢が欧州、自国の安全保障に影響するという認識はノルウェーにおいても強まっており、そのような認識に基づき、国家安全保障戦略においてもNATOのインド太平洋パートナーとの協力の重要性が指摘されている。昨年のグラム国防大臣(当時)の日韓豪訪問、本年のフリゲート艦のアジア派遣及び日本寄港(英空母打撃群に参加)などノルウェーはインド太平洋地域への安全保障面への関与を強めている。
(7)社会の強靭性(resilience)の強化
 詳細は省くが、これまでにない深刻な危機的事態に備え、社会の強靭性を高めることも国家安全保障戦略の柱の一つになっている。

3.日本・ノルウェー関係
 日本とノルウェーは海洋国家として長い友好関係を築いてきた。2023年12月、ストーレ首相が訪日した際、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の実現に向け協力する「戦略的パートナーシップ」に両国関係を高めることを表明する共同声明が発出された。同共同声明では多岐にわたる分野において両国関係を強化することが謳われているが、その中でも安全保障及び防衛、北極、経済安全保障、海洋、グリーン移行等は重要な柱となっている。本稿と関連する安全保障及び防衛分野では、その後、グラム国防大臣(当時)訪日(昨年9月)、小林防衛大臣政務官来諾(本年4月)、上述のフリゲート艦日本寄港とそれに伴う国防副大臣、国防軍司令官、海軍司令官等の訪日(本年8月)、シンクタンク間の交流等を通じて対話と協力が格段に強化されているほか、日本によるノルウェー・コングスベルグ社製スタンド・オフ・ミサイルの調達をはじめとする防衛装備協力の進展が期待される。また、ノルウェーは日本とNATOとの連携強化に積極的に協力してくれている。
 日本は、ノルウェーがスウェーデンとの同君連合を解消して完全な独立を達成した1905年にノルウェーと外交関係を樹立しており、今年(2025年)は外交関係樹立120周年である。これを機会に諸分野での両国関係強化に向けて微力を尽くしているところである。

1905年11月7日の外交関係樹立時の外交文書(外交史料館所蔵)

(了)