日米首脳会談をみて感じたこと
外務省参与・和歌山大学客員教授 川原 英一
2月7日、米国首都で行われた日米首脳会談の結果は、大変に実りある結果となりました。日本国内でも石破総理とトランプ大統領の初顔合わせが、とても良い結果となったとの見方が大勢であったと思います。
周到な準備
実りある首脳会談になった背景には、オール・ジャパンで総理をお支えするために早い段階から準備が周到に進められたことがあったと感じます。このことは、2月8日夜に米国から帰国した総理が、9日の朝のNHK日曜討論の番組でも述べておられました。同番組中、総理から関係者の努力に言及をされて、訪米準備は昨年11月頃から訪問者のいない休日も使い、総理勉強会が進んでいたことを率直に述べておられ、会談成功への強い意欲が伺えます。
首脳会談でのトランプ大統領
トランプ大統領と会談した際の印象について、総理から、テレビで見ていた時は、恐ろしそうな印象を受けたが、首脳会談の際は、誠実で、話を遮ることなく、とてもよく話しを聞いて下さる方であったこと、他方、自分(総理)の発言が相手から説教調だと受取られずに、より耳に残る表現をすることを心掛けたとの発言がありました。この発言を聞き、前回のトランプ第一次政権下でトランプ大統領との首脳会談に臨んだ当時のドイツ首相のことが頭によぎりました。説教調な話しぶりと大統領にうけとられると、拒否反応が起き、その後、話しをじっくり聞きたいと思ってはくれないことになりかねません。
首脳会談の映像(注1)を見ていますと、記者が入ったホワイトハウス執務室での同首脳会談の冒頭、トランプ大統領から総理に対して大いに敬意を払い、総理を持ち上げているようにも思える発言が続いたのは意外でした。中国に対して第一次トランプ政権で厳しい態度で貿易関税交渉に臨み、第二次政権下では、中国に対してさらに強硬な立場をとろうとする大統領は、日米関係を強固なものとしたいとの気持ちが強くあったのではないかと感じます。
(注1:https://youtu.be/jVYTmxCVNXI?si=mWxr0AmYL9PZcaHD)
自らの言葉で語りかけた総理
石破総理からは、暖かい歓迎に謝意を述べた後、自らの言葉で語り始めました。昨年7月の大統領選挙キャンペーン中に暗殺未遂の事件があった直後にトランプ大統領がとられた行動から、偉大な米国にするとの強い使命感と忘れ去られた人々への深い思いやりが感じられたと発言されていました。第一次トランプ政権でのトランプ大統領と安倍総理による日米関係の確固とした基盤が築かれたこと、日本が過去5年間、最大の対米投資国であり続けたこと、日本の自動車企業数社が、これから米国での製造拠点へ投資を行い、米国の雇用創出に寄与することを述べられ、日本の対米投資額が1兆ドルまで増大するといった話題を取り上げられました。
カメラ・記者が入った首脳会談の冒頭取材は15分を超えてもなお続き、その後も記者と大統領とのやりとりがあり、結局26分間にも及び異例の長さになりました。因みに大統領就任後初めて会談したイスラエル首相の場合は、10分ほどで終わっています。このあと日米少人数グループでのワーキング・ランチが1時間20分ほどあり、幅広い議題について議論がされたようです。
対米民間投資の1兆ドルへの引き上げ
総理から対米投資1兆ドルの発言の背景には、以下事情もあるかと思います。
昨年12月、トランプさんのフロリダ州の邸宅で行われた記者会見にソフトバンク会長の孫(ソン)氏が招かれ、孫会長自らに、AI(人工知能)関連の対米投資に今後1千億ドルを投資しますと発言してもらい、とても良い知らせであるとトランプさんが大いに喜んだことがありました。 孫さんは、ビジネスとしてのAI開発での米国での共同事業を展開するメリットを感じておられたのでしょう。
今年2月3日、総理官邸に孫会長とアルトマン(米国拠点のオープンAIの代表)氏を総理が招かれて、総理との間でもやり取りがあった様です。また、石破総理とトヨタ会長の豊田章夫さんが、中学・高校の同期であったことや豊田会長もトランプ大統領と既にお会いされたことがあり、共通の友人であったことも幸いしたのではないかと思います。
トヨタ自動車による米国内での新工場建設や既存工場の拡張など投資予定については、事前の総理勉強会で知っておられたと思います。また、トランプ大統領は、バイデン前大統領が大幅に引き上げた法人税を再び大幅減税することを大統領選挙中から公約として明言していました。
会談成功に向けた米側の配慮
初の対面での日米首脳会談を実りあるものにしたいという意欲を米側チームからも感じました。首脳会談後の共同記者会見(注2)の冒頭、トランプ大統領から自筆メッセージ入りの総理とのツーショット写真盾が総理に手渡され、また、首脳会談の冒頭に総理から発言のあった、トランプさんが暗殺未遂事件の際、星条旗を背景に、こぶしを振り上げた姿が表紙となった本も大統領が総理へ直接手渡しをされていました。首脳会談を記憶に残るものにしたいとの大統領側近による配慮が感じられます。第一次トランプ政権での主要各国との首脳会談後のホワイトハウス共同記者会見をこれまで何度もみたことがありますが、このようなきめ細かな配慮の例は記憶にありません。
また、40分近く続いた同記者会見の最後に、米メディアから関税についての質問をうけた際、総理から、仮定の質問にはお答えしないというのが国会答弁の定番ですと発言された。この発言を聞いた大統領が、咄嗟に、とても良い回答だと笑いを誘う発言をしながら、同記者会見を締め括りました。映像を見た多くの人々にとても良い記者会見との印象を残したものと思います。総理は、共同記者会見でも、質問に自分の言葉で丁寧に答えておられ、印象深く感じました。
(注2:https://youtu.be/jVYTmxCVNXI?si=fv7E57DAjHb5iyH8)
注目された米国産LNG輸入拡大
バイデン前大統領は環境配慮からLNG(液化天然ガス)の開発・輸出を規制してきており、また、日本製鉄によるUSスチール買収について、ペンシルベニアなど大統領選の激戦州において政治的影響力ある米鉄鋼労組が買収に反対していることに配慮し、国家安全保障を盾に、同買収に反対しました。
今回の日米首脳会談では、トランプ大統領がLNGの日本輸出拡大に積極的であり、また世界有数の埋蔵量のあるアラスカ州の石油ガス共同開発にも積極的でした。日本のエネルギー安全保障の観点からは、中東にエネルギー供給の多くを依存する現状を変えられ、米国から安定的に低廉な価格で日本が供給を確保できるのであれば朗報です。トランプ大統領は、大幅対日貿易赤字が続く状況は、フェア(公平)ではないとみています。米国産LNGの対日輸出が拡大すれば貿易赤字是正への効果が大きく、魅力的と大統領が受けとめており、日米双方がウィン・ウィンの関係になりそうです。
日本製鉄によるUSスチール買収については、日本製鉄からの多額投資(株式所有数が過半数以下)という形に発想を転換しました。見事な発想の転換により、解決の可能性が急浮上してきました。
「鉄は国家なり」といった言葉が昔にありましたが、USスチールは、米国の鉄鋼生産量が世界一の頃を象徴する米国企業でした。買収されて米国企業の名前がなくなるのは、米国人の「琴線」にふれる機微な面があると石破総理がNHKインタビューで指摘しておられました。 買収から投資へ発想を代えて、高品質の鉄鋼製品を製造する技術力をもつ日本製鉄が、経営の厳しいUSスチールを支援することで、USスチールの経営基盤が強化され、国際競争力が高まり、雇用も確保されるメリットをトランプさんが感じて、日本製鉄による対米投資が実現する可能性が高まりました。今後の米側での最終判断が注目されます。
中国への言及
会談後に発表された両首脳の共同声明(注3)の中には、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて日米が連携して協力する中で、中国(PRC)による東シナ海、南シナ海や台湾海峡での力または威圧による現状変更の試みに強く反対し、中国の違法な海洋領有権主張、埋め立て地の軍事化、威圧、挑発的活動などを強く反対すると改めて表明しています。一方的な現状変更や既成事実化が続くことに対する日米両国の強い懸念の気持ちが、共有・反映されたと感じます。
(注3:https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/2025/02/united-states-japan-joint-leaders-statement/)
安全保障環境の悪化と強固な日米同盟
日本は周辺を核保有国や体制の異なる国々に囲まれており、ウクライナ侵略を続けるロシアへの北朝鮮軍兵士派遣やロシア軍需産業を中国企業が支援している現状があります。また、日本海、尖閣諸島、台湾の周辺海域では、ミサイル発射、頻繁な領海・領空侵犯、軍事演習と称する威圧的行動が増えており、日本を取り巻く安全保障環境は一段と厳しいものになっているのは周知のとおりです。
日本の安全保障、アジア太平洋地域における力による一方的な現状変更に対する抑止力を高めるためには、強固な日米同盟に加えて、日・米・インド・豪(クワッド)、日・米・韓、日・米・フィリピンといった同じ志の国々との重層的な地域協力の強化は極めて重要です。
今回の日米首脳会談の成果は、日米関係を黄金時代へ向ける羅針盤として位置づけがされています。日米両国の一層緊密な対話・意思疎通により、地域の平和・安定と繁栄に寄与し、日米双方に大いなる恩恵をもたらすものとなることを切に願っています。
(令和7年2月11日 記)