日パナマ120周年:「運河の国」との共栄


前駐パナマ大使 福島秀夫

「パナマは重要」ってTVで言ってたけど何で?

 パナマと言えば日本人にとってはまずパナマ運河が思いつく訳だが、この運河システムの根本部分は全て天からの恵みである雨水によって稼働していることは意外と知られていない。つまり船の自走や進路調整などを除けば、ほぼひとえに水と重力が巨大船を閘(こう)門という「エレベータ」に乗せて、えっちらおっちらと太平洋(または大西洋)から分水嶺を越えて反対側の別の大洋まで運んでくれる。このことが実感として分からないと、なぜ昨年来のこの地域での未曾有の干ばつがパナマ運河に危機的な機能不全をもたらしたかを十分理解できないであろう。その頃には欧米の大手メディア報道の翻訳にくわえ、日本のメディアもわざわざNY支局から出張してパナマ情勢を重ねて報道した。そのような報道を通じ、あらためてパナマの日本にとっての重要性が逆に浮き彫りとなったのもまた事実だ。

 昨年末から本年初頭の頃に実際に運河やその水源である人工湖ダムを訪れてみると、くだんの干ばつの影響は水位などに目に見えて明らかであった。パナマ運河庁は昨年後半から運河の通過隻数制限を段階的に強化。一時期は通常時(一日36隻)の3分の2くらいしか貨物船が通れず、また喫水制限のために一隻あたりの貨物量も制限された。その頃に大使公邸から眺めるパナマ湾には、多くの「沖待ち」貨物船がひしめいていた。通航予約からあぶれた船会社はやむなく数少ない競売枠に殺到し、通航料の落札価格が5億円超という異常事態も招いた(通常時は1億円ほど)。こうしたコスト増はもちろん物流コスト増に少なからず反映された。かかる事態に日本の船会社は地球の逆回り、つまりスエズ運河・紅海ルートを代替策として視野に入れたものの、程なく昨年末から中東の治安は急速に悪化し、海運会社としては事実上このカードを切れなくなった。

(写真)海上自衛隊練習艦かしまからパナマ運河を臨む(2022年7月) (筆者提供)

 前置きが長くなったが以上の事態が、パナマ運河が正常に機能しないと国際物流ひいては国際経済にどれほどの深刻なインパクトを与えるか、について報道等を通じて日本の方々にあらためて認識してもらう機会を提供したと言える。またこれは貿易の99%を海運に頼る我が国にとっても死活問題である。米大陸東側とアジアとの海運貿易の実に約半分がパナマを通過している。実際、これは報道のみならず足元の日本経済の変化などを通じて身近に感じられたのではないか。アフリカ喜望峰経由を余儀なくされた迂回輸送をふくめ、コンテナ料金、燃料、人件費、保険料など海運コストが急騰したことにより、当然ながら輸入インフレそして供給網の不安定などが市場で顕著となった。

(写真)パナマ旧市街から高層ビル街を臨む (筆者提供)

 スエズの運用状況は残念ながら現状まだあまり改善していないものの、幸いなことにパナマ運河にはその後、恵みの雨が降りつつある。5月から11月ころまで水源ダムを潤す雨期が本年はどうやら正常化しており、そのおかげで水位も隻数制限もほぼ回復している。まさにこの巨大な運河システムがひとえに自然の恵みに依存していることが改めて痛感させられた。昨年の約5年ぶりの異常気象エルニーニョが長期化したのがよく言われている地球温暖化現象の影響なのかは、はっきりしたことは言えない。ただ何れにせよこの運河システムにおける追加的な水源ダムの増強は、先の7月に発足したムリーノ新政権にとり待ったなしの急務となっている。

 このように、中東とは異なり地政学上の緊急事態はほぼ想定されない安全なパナマ運河を我が国の商船隊がひきつづき安定的に活用できることは、我が国の経済安全保障と国際供給網確保の上で死活的に重要となる。南北アメリカつまり西半球との間での機械製品等輸出と天然資源・エネルギー・食料等の輸入が停滞しないように、パナマ政府との継続的な対話と意思疎通がこれまで以上に求められている。

地域における「安定の錨(いかり)」としてのパナマ

 ラテンアメリカ地域は、昨今のウクライナ危機をうけた歴史上の転換点ともいうべき地政学上のうねりの中で、いわゆるグローバルサウスの一角として日米などの民主主義陣営にとってあらためてその重要性が再認識されている。この観点からは、パナマはパナマ運河をめぐるその建国と発展の歴史上、米国とのつながりが強く、左派政権や反米政権も点在するこの地域一帯において常に「民主主義と安定の錨(いかり)」として米国の支援や干渉をうけてきた。政治的・経済的な安全保障の要であるパナマ運河をしっかりしたガバナンスが管理することは地域の安定にとってきわめて重要である。パナマは民主主義、法の支配、自由経済、人権など国際社会における基本的な価値観を我が国と共有しており、そのことが混迷する世界情勢の中でパナマを地域安定の錨とし得るゆえんとなっている。

 我が国がこうした米国や欧州、韓国等の民主主義諸国との強い連携の下でパナマへの関与を深めていくことは、世界のどこにおいても覇権主義の浸透や拡散を防遏するという観点からきわめて重要と考えられる。これは昨今、ラ米における影響力を拡充し資源獲得外交を積極的に展開している中国との対抗という意味でもそうだ。中国は2017年にパナマが台湾から外交関係を変更した際には「一帯一路」を梃子にパナマの取り込みに邁進したものの半ば頓挫し、中進国パナマとしても中国はあくまでビジネスパートナーという姿勢で是々非々のつきあいを維持している。しかしこうした状況に油断せず、日米欧などがニアショアリングやフレンドショアリング等の経済ビジネス連携を通じてパナマとの互恵関係を緊密化していくことが地域戦略の観点から重要だ。

(写真)2024年7月ムリーノ・パナマ共和国大統領就任式にて(在パナマ大使館提供)

日パナマ関係強化にむけた取り組みとその展望

 本2024年は、日パナマの外交関係がパナマ独立直後の1904年に樹立されて以来、ちょうど120周年という歴史的な節目にあたる。その永くて厚い歴史についてここでは回顧しないが、これを祝賀する本年の周年事業は、パナマとの絆を深める上で大きな効果と意義があった。なかんずくそのハイライトとなったのは、パナマにおいて史上初めて実現した9月の歌舞伎公演であり、人気若手役者の尾上右近(うこん)氏による鏡獅子のダイナミックな舞は、日本の伝統芸能の真髄をパナマの方々に伝えてくれた。
 そしてこの周年事業のテーマは未来志向の「繁栄するパートナーシップ」であり、日パナマのこれからの協力展望をも提供している。

(写真)パナマ史上初の歌舞伎公演 (筆者提供)

(1)海運・海事分野における協力
 運河の今後の機能強化にあたっては、日本企業の技術力が貢献し得る可能性が大いにある。これは米中に次ぐ主要利用国という地位と、これまでの運河拡張事業などで日本が積極的に果たしてきた役割とにかんがみても自然な貢献だ。たとえばいつも上限ぎりぎりの稼働率で船を通している運河の効率・安全運用のために新たなDX導入が日系企業により検討されている。そして先述の水資源問題の解決にも、日本企業が貢献しえるかもしれない。これは中東などでの海水の淡水化事業の経験を踏まえ、類似プラントを運河に付設することにより3隻~5隻分くらいの水資源を提供しようという構想だ。これらの運河機能強化にむけた協力は、ビジネスとして成立すれば互恵的かつ日本の存在感を強化する取り組みとなり得る。

(2)持続可能な成長のための協力
 運河というドル箱を運営しながら外資をよびこみ、特にここ10年余り高成長をつづけてきたパナマだが、その泣き所は国民間の経済社会格差と、政治の腐敗だ。パナマの成長に利益を共有するパートナー日本としては、これまで主にJICAや大使館の協力事業を通じてその解決に協働してきた。JICAパナマは当地で60年超の老舗であり、主に教育、保健、環境保全などの社会セクターを重点とするが、汚水処理場などの都市経済インフラも支援し、現在もっともパナマで注目を浴びている首都圏モノレール建設もその一つである。日本側官民チームが一体的にパナマ側と建設プロセスを調整し、首都の西側25kmにわたりすでに多くの軌道や駅、そして車両が据え付けられている。中南米最大の円借款案件(約2,800億円)として内外の期待も高いが、必ずやパナマの成長を支える日本の支援と技術力の象徴として国民に愛されるインフラとなるだろう。

(写真)円借款により導入される日本製モノレール (在パナマ大使館提供)

(3)ビジネス交流の振興と進化
 在パナマ日系企業のビジネス分野としては伝統的に製造業や海運・金融等サービスなどが主流となってきたが、パナマ側の国家ビジョンをふまえてこうした地平を拡げていくことが共栄の鍵となるだろう。具体的に焦点があてられているのが気候変動パリ協定に沿った脱炭素化計画だ。パナマ政府は、国際公共財であるパナマ運河を脱炭素化すべく、「グリーンルート2050」計画を発表している。そしてそこではLNGやアンモニアなど脱炭素燃料の船舶への導入、さらには運河地帯の水素エネルギー貯留・供給基地化など野心的な目標がかかげられている。こうした構想はすでに端緒についており、環境技術を得意とする日系企業に新たなビジネス機会を提供している。例えばアンモニア燃料補給施設の構築等に向けて既に運河庁や海事庁との協議が開始されており、進展が期待される。

(4)政治・外交面での連携強化
  既述のとおり、パナマとの関係強化は双方に互恵的であると共に、日本の国際戦略上も地域戦略上も重要な意義がある。こうした共有認識の下、両国政府間の意思疎通は活発におこなわれてきており、最近そのハイライトとなったのは本年初頭2月の上川前外相のパナマ訪問であろう。これは上川大臣にとっては中南米における唯一の二国間訪問となったことでも象徴的であり、パナマの地においていわゆる「中南米外交イニシアティブ」が発表された。また、来年から2年任期となる国連安全保障理事会の非常任理事国に立候補し、安定得票でこれに選出されたこともパナマの外交力と意欲とを端的に表すものだ。国際場裡での「同志国」パナマとは、国連での連携強化についてもすでに日本との緊密な協議が進められている。

(5)文化・人的交流の活性化
 パナマにおける親日層というのは、外交関係が120年と長い分だけ、それなりの歴史の重みがある。こうした厚い親日層はもちろんのこと、インバウンド急増の人気観光国・日本に行ってみたいというパナマ人はご多分にもれず増えている。そうした機運をうけ、本年の日パナマ120周年事業の目玉ともいうべき、観光訪日パナマ人に対する査証免除措置が本年の4月からついに発動されるに至った。待望の措置であり関係当局に深謝したいが、これにより実際に毎月ベースの訪日パナマ人数はほぼ3倍に増しており、両国間の人的交流はこれから上昇機運であろう。こうした草の根レベル、そして経済・政治など各レベルにおいて、この120周年を一つの契機として、日本とパナマの交流が加速的に活性化されることが望まれる。

おわりに

 アイコンたるパナマ運河を別にしても、最近では最高級コーヒーはパナマ産ですよと答えてくれる人が徐々に出てきて、嬉しい限りである。これは日本のマスコミでも幾度かとりあげられたゲイシャ(芸者とは無関係でアフリカの地方の名前)コーヒーというスペシャリティ(特選)コーヒーで、普及版のブレンドものでも1杯2千円くらいする。それでも銀座の一等地にある専門店ではコーヒー愛好家が愛飲しており、パナマに新しい高級ブランドイメージを与える戦略商品である。当方もパナマでのゲイシャ国際品評会に参加したが、まさに国家戦略として独自の付加価値をあたえ、量より質や知恵で勝負しようとしている。そんな矜持を持つパナマと日本はこれからも親しく何でも協力できるような「地球の裏側の真の友人」でありつづけたいものだ。120年間の友好と信頼の歴史の上に立ち、新たな交流の発展を祈念してこの稿を終えたい。(了)